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聖女の孫娘 3

光が出る魔法。

俺が『ミラクル』をそう表現した瞬間、フランチェスカ王女はネックレスをぎゅっと握り込み、ガタンと音を立て、ソファから立ち上がった。


「チェスカ……!」


アレックスが焦った声で呼び止めようとしたが、彼女の動きが止まることはなかった。王女様はそのまま彼を振り切るように窓際まで進むと、すうと息を吸い込んでから、はっきりとした発音で詠唱を始めた。


『神よりもたらされし祝福と奇跡の光を』


結晶に込められた魔法を発動させるのに、呪文の詠唱など必要ない。魔法が使えないアリーでも持つような、微量の魔力を注ぐだけで十分だ。そんなことは知っているだろうに、フランチェスカ王女は大切なものを扱うかのようにその言葉を紡いだ。


そして最後にネックレスに触れていない左手を、真っ直ぐ前に伸ばした。天に向けた己の手のひらを見据えたまま、彼女は最後の言葉を唱えた。


『ミラクル』


彼女が唱えた呪文ではなく、通された魔力に応じて、俺が結晶に込めた『ミラクル』の魔法が発動した。見慣れた光の粒子が、窓辺に立つフランチェスカ王女の指先が示す虚空に現れ、サラサラと落ちながら消えていった。


最後の一粒が消え去るまで、フランチェスカ王女はその姿勢を崩さず立っていた。冬の陽の光が注ぐ中、前を見据え真っ直ぐに立つその姿は、あの日見た柔らかで聖母のようなイメージを抱かせたメグとはまるで正反対であったが、厳粛な静けさを思わせる彼女もまた、まるで聖女のようだった。


光の粒が全て消えても、静かな場の雰囲気に圧されたかのように、誰も動くことも喋ることもできずにいた。そんな重さを感じさせるような静寂を破ったのは、フランチェスカ王女だった。


「……本当ね。あんなにこの魔法が使えたらと思っていたけど、使ってみれば光が出るだけの魔法だったわ」


困ったように笑ったあと、彼女はそっと目を閉じた。そして、次に目を開けたときには、いつものフランチェスカ王女に戻っていた。


「ごめんなさい、驚きましたよね、ユーリ様」


イエスともノーとも答えづらく、俺が言葉に迷っているうちに、フランチェスカ王女は言葉を続けた。


「『ミラクル』の魔法は、先代聖女のお婆様が何度かこっそり見せてくださったことがあったのです。お婆様の手のひらから溢れる光がとても綺麗で、幼い私は本当に特別な魔法なんだと思っていたんです」


祖母との幼い日々を回顧しているのか、フランチェスカ王女は少し遠い目をしながらそう語った。


「しかし、お婆様が亡くなり、夢を見るばかりではいられない年齢になってくると、『ミラクル』の魔法は少しずつ、私が使えるようにならねばならない魔法になっていきました。私は王家というこの国で一番魔力量が多い器と、先代聖女であるお婆様の血を有していた。私こそが最も次代の聖女に近しいと誰もが思い、私をそう扱ってきました」


聖女の血筋。それも先代聖女の孫ともなれば、彼女にかかる周囲からの期待は相当のものだったのだろう。アレックスも言っていたが、俺が現れるまでフランチェスカ王女はほぼ聖女のような扱いを受けていたのだろう。


「幼い頃から王女であるよりも、聖女に相応しい存在であれと見られてきました。神託の鐘が鳴るまでは分からないと周囲に答えつつも、私自身も自分が聖女になるのだと、心のどこかで恐らく思っていたのでしょう。お婆様のように神秘的な『ミラクル』の光を自分の手で生み出すのだと、勝手に夢見ていたのです」


つい先程その祝福の光を放った手を、フランチェスカ王女はぎゅっと握り込んだ。そして俺を見て、少しだけばつの悪そうな顔をした。


「だから自分が使えなかった、聖女にしか許されない『ミラクル』を、あんな簡単に使っていいと言われて勝手にカッとなってしまったのです。『ミラクル』が特別なのは私にとってであって、異世界からいらしたユーリ様の価値観が違うのは当然のことなのに」


今までも『ミラクル』の魔法を特別視する人をたくさん見てきた。それなのに、軽はずみなことを言ってしまったことを俺は反省した。

そのことを俺の表情から読み取ったのか、フランチェスカ王女はこう言った。


「ユーリ様、今回『ミラクル』を使ったことで、私がこの魔法に、いえ聖女という存在に囚われていたことがよく分かりました。ご迷惑をおかけした上、お見苦しいところをお見せしました」


「そんな、私は別に迷惑だなんて思っていません。私こそ配慮が足りず申し訳ございませんでした」


「ユーリ様は何も悪くありませんわ。私、自分が聖女でなかったことを気にしていないつもりでした。でも、思えばユーリ様に頼まれてもいないのに手伝いを申し出たり、アレックスのことをお願いしてしまったりしておりました。聖女様の周囲で自分が何かを為すことで、自分を誤魔化そうとしていたのかもしれません」


フランチェスカ王女はそう自嘲したが、俺はそれを否定した。


「初めて王宮でお会いしたときに、力になるとおっしゃってくれたことはとても心強かったですし、アレックス様のことも大切に思っているからこそ、そう行動されたのだと思います。フランチェスカ王女のお心は私には図れませんから、そんな気持ちもあったかもしれません。でも、そうだとしても、そればかりではないと私は思います」


利己的な部分があったとしても、それだけで全てがそれに染まる訳ではない。彼女の優しさだって、間違いなくそこにはあるはずだ。そう思いながら王女様を見つめていると、彼女はこちらを見返し、眉を下げて緩く笑った。


「ユーリ様には敵いませんわ。光属性を持つこと以外聖女に選ばれる要因は分かっていませんが、ユーリ様は選ばれるべくして聖女に選ばれたのでしょうね。私の生きる時代の聖女様が、ユーリ様で本当によかったです」


持ち上げられ過ぎてはないかと思ったが、フランチェスカ王女は吹っ切れたような顔をしていたので、水を差すのはやめておいた。


しかしフランチェスカ王女、アレックス、キャサリン、そしてメグ、多くの人が聖女という存在に囚われ、その人生を大きく変えられているのだと改めて思わされた。これまで俺が感じてきた以上に、この世界の人にとって聖女というのは重要な存在なのだろう。


そんな俺の考えを見透かしたかのように、表情を固いものに変えたフランチェスカ王女が、俺にこう告げてきた。


「あのときは言いませんでしたが、私はこのネックレスをいただく理由になったキャサリンのこと、少しは分かる気がするのです。聖女になれないと七歳で知った彼女と、聖女になれと育った私は同じではありません。けれど、一度心に巣くったものが根を張りつづけていたのは、同じかもしれないと思うのです」


固執。発露の形は違ったが、彼女たちの心にはどちらも『聖女』という存在があった。


「彼女の聖女に対する感情は、負に傾きすぎているように思います。私も気に掛けておきますが、ユーリ様もどうぞお気をつけくださいませ」


キャサリンがメグに対して行ったことは常軌を逸したことだったし、あれはもう歴とした犯罪だった。それだけでも彼女のおかしさは分かるのだが、それより俺が怖いと感じたのは彼女の目だった。

人が人を憎む目。彼女の目には煮詰められたドロリとした憎悪が澱んでいた。


フランチェスカ王女の言葉を重く受け止め、俺はしっかりと頷いた。

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