聖女の孫娘 1
無事神官試験にも受かり、俺の聖女と神官見習いとの二重生活のスタート、と思っていたが、それはしばらく延期されることとなった。と言うのも、試験翌日にアレックスからフランチェスカ王女に贈るアクセサリーがそろそろ完成しそうだとの手紙が届いたからだった。
「まずはフランチェスカ殿下の対応に注力されるべきでしょう。午後の時間は、訪問時のマナーの再確認などにお使いください」
ロバートさんからそう言われたこともあり、そこから数日、俺はアレックスに打ち合わせの手紙を書いたり、王宮でのマナーの確認したり、いつの間にかアリーが手配していた高級ブランドのメゾン・ルベリアのファー付きコートのサイズ調整を行ったりした。
俺が細々したことに追われる傍らで、アリーもまた、必死に作法や言葉遣いなどの最終確認を行っていた。侍女としての外出デビューがいきなり王宮訪問だなんてハードルが高すぎて申し訳なく思ったが、当のアリーは「これ以上の経験はないですよ。もちろん緊張しますけど、私がんばります」と意気込んでいた。
しかし、俺たちの中で一番忙しかったのはメグだろう。俺とアリーの両方の講師を務め、さらに外出でもメインで仕事をするのは彼女だった。
皆がそれぞれバタバタと過ごすうちに、フランチェスカ王女を訪ねる日はあっという間にやってきた。
「聖女ユーリ様、こうしてまた相見えたこと、大変光栄に存じます」
王女様に会うためキラキラとした聖女様の正装姿に盛られた俺の前で恭しく俺の手を取っていたのは、これまたキラキラな王子様モード全開のアレックスだった。今回もフランチェスカ王女からの指名でアレックスは俺を迎えに来てくれたのだが、この場でも彼は俺たちの共謀作戦を惜しみなく実行していた。
「わ、私も再びお会いできたこと嬉しく思います、アレックス様。それから、先日は本を贈ってくださり、ありがとうございました。とても勉強になりました」
アレックスの眩しさに押され最初少し言葉を詰まらせた俺とは対照的に、彼は淀みなくスラスラと甘い言葉と笑みを返してきた。
「ユーリ様のお役に立てたならこれ以上の喜びはありません。また参考になりそうな書籍がありましたら、贈らせていただきますね」
笑顔を形作る口角の角度まで完璧だと思わせるほどの、見事な王子様っぷりだった。今日もこれに一日付き合うのかと思うと、イケメンにちやほやされることに免疫のない俺は既に気疲れしそうだった。しかし、これはお互いの利益のためでもあるし、アレックスも演技をしてくれているのだから俺も頑張らねばと、気合いを入れ直した。
「アレックス様、今日もご案内よろしくお願い致します」
意識してにこやかな笑顔を作り、アレックスにそう声をかけた。すると彼は、取っていた俺の手を自分の肘にかけさせ、近くなった距離を更に詰めるように顔を寄せてきた。
「もちろんでございます、ユーリ様」
あまりの顔の近さに、レースの下の素顔がはっきり見えてしまうのではないかと焦り、俺は腰が引けてしまった。そんな俺をからかうかのように、アレックスは俺だけに見えるようにパチンと一瞬ウインクをしてから、何事もなかったかのように姿勢を正した。
前言撤回。共謀作戦での演技に四苦八苦してるのは俺だけで、目の前の軟派なイケメンは案外楽しんでいるようだった。思わずジト目を向けそうになってしまったが、周囲の目があるため、俺は何とかにこやかな笑みを維持し続けた。
建物を出て馬車に乗るまで、気力を削がれる対応は続いた。馬車のドアが閉まり、ガラガラと音を立てて馬車が走り始めると、俺は思わず安堵の息をもらしてしまった。
「申し訳ございません、ユーリ様。共謀の件をご提案いただいてから初めての外出なので、少しやりすぎたかもしれません」
全く悪びた様子も見せずそういう男に、今度こそ繕わず俺はジト目を向けた。しかし相手はその程度で怯むはずもなく、変わらない調子で話を続けた。
「フランチェスカ王女にはこの共謀のことを既に相談しております。殿下とお会いするときにはあのような対応は致しませんのでご安心ください。それよりユーリ様、王城までは少し時間がありますので、お手紙でご相談いただいていた氷の魔法の件、ここでお見せしましょうか?」
話をうまく逸らされた気がしなくもなかったが、この手の話でこの男に敵う気はしなかった。それに、何より知りたかった魔法の話を持ち出されたので、俺は彼の提案に乗ることにした。
相談していたこととは、数少ない氷の魔法の使い手であるアレックスに、魔法の見本を見せて欲しいとお願いしていたことだった。
第二属性の水魔法の習得については、ロバートさんも水属性のため、彼に色々相談に乗ってもらったり、見本を見せてもらったりしていた。しかし、ロバートさんは氷の魔法までは使えないため、氷の魔法が使えるアレックスに会えるときに見本を見せてもらいたいと思っていたのだった。
「魔法のイメージを掴みたいとのことでしたよね?では、今から手の上に小さな氷を出したいと思います」
アレックスはそう言うと、小さく呪文を詠唱した。手のひらを上に向け、そこに氷のように澄んで美しいと女性たちがもてはやす青い瞳を向けた。
『アイス』
呪文の最後の言葉と共に、アレックスの手の上に小さな氷が生まれた。初めは豆粒みたいな氷だったが、それはピキピキという音を立てながら瞬く間に成長していった。アレックスの生み出した氷は、最終的に手のひらにすっぽり収まるぐらいのサイズまで大きくなった。
「どうですか?これで参考になりましたでしょうか?」
アレックスからの問いかけに、俺は彼が生み出した氷を見つめたまま答えた。
「はい、大変参考になりました。私は『アイス』という魔法は自分のイメージした氷の塊をポンと生み出す魔法だと思っていたのですが、思い描く大きさまで広げていくような魔法だったのですね」
「そうですね。私は最初の氷を核にして、成長させるイメージを持っていますね。この程度の大きさであればそう魔力を食いませんが、サイズが大きくなるとかなり魔力を消費することになりますのでお気をつけください」
俺は魔力量は人並み外れているようだが、第二属性の適性はそう高くないし、水属性の魔法にもまだ慣れてもいない。調子に乗って大きめの氷など出したら、魔力の使いすぎでひっくり返るかもしれなかった。
魔法の練習ついでにどこまで大きな氷を作れるか試してみたいと密かに思っていたが、それはやらない方がいいようだった。
そこから戦闘で氷の魔法をどう応用しているかなどの話を興味深く聞いていると、あっという間に王城に到着した。荘厳な門をくぐり抜け、馬車はフランチェスカ王女がいる建物へと更に進んでいった。
馬車を降り、アレックスに親しげに手を引かれながら連れられて行ったのはフランチェスカ王女専用のサンルームだった。大きなガラス窓からは冬の角の取れた柔らかな光が差し込み、部屋は明るい光で溢れ返っていた。ガラスの向こうでは冬でも明るい色をつける花が咲いていて、室内がよく暖まっていたのもあって、まるでこの部屋だけ季節が違うように感じるほどであった。
窓からの景色や品のある調度品に気をとられていると、アリーが側にきて、俺の服の細かな装飾を整えてくれた。その際に彼女の方をちらりと見ると、緊張に少し顔を赤くしていたが、手はいつも通りてきぱきと動いていた。不意に目が合うと、アリーは緊張の色を滲ませつつも、ニコリと俺に笑いかけてくれた。懸命にがんばる彼女に、俺も応援する気持ちを込めて笑みを返した。
軽く身なりを整えてもらった後、アレックスと並んで待っていると、部屋のドアが開いた。そこから姿を見せたのは、薄いブルーのドレスを着たフランチェスカ王女だった。




