聖女 6
ヨンハンス司教との挨拶を終えたあと、俺たちは今日の本題の守護結晶へ魔力を注ぐ作業を始めることとした。
ヨンハンス司教はそこで帰る予定だったが、そのままここに残ってもらうこととなった。と言うのも、偉い人だけあって魔力の扱いも上手だし、何より彼は先代の聖女様のこの作業にも付き添ったことがあるとのことだったからだ。聖女の作業についてロバートさんよりも詳しいとのことだったので、ヨンハンス司教にも作業に立ち会ってもらうことにした。
守護結晶と向き合い、俺は魔力の注ぎ方について改めてヨンハンス司教から説明を受けた。
「異世界から来訪された聖女様が魔力を注がれた際に残された言葉がいくつかございます。『触れれば自ずと結晶が教えてくれる』、『体温を移すような気持ちで行っている』です」
「特に何か力を込めるとかではないんですね」
「そのようです。そのためまずはユーリ様にも結晶に触れていただき、どう感じられるかを確認していただくのがよいかと思われます」
「なるほど。前の聖女様は結晶のどの辺りに触れていらっしゃいましたか?」
「いつも一番大きい結晶の柱、その真ん中辺りに軽く触れていらっしゃいました」
「ありがとうございます。では私も初めはそうしてみます」
ヨンハンス司教の言葉に従って、俺は高く伸びる結晶の一部にそっと触れた。結晶は光を反射し淡く輝いていたためどこか温かなイメージを感じていたが、実際に触れると無機質らしい冷たい感触が指から伝わってきた。
その冷たさを感じた瞬間に、自分の身体の中で何かがそわりと動いたような不思議な感覚がした。
それらはぐるりと腹の中を回ったあと、結晶に触れている指先からすうっと抜けていった。特に何かを意識した訳ではなく、高い場所から水が落ちるかのように、それは自然に行われた。
すると、それまでも淡く輝いていた結晶が一際明るく輝きだした。それまでは入ってくる光をただ反射した輝きであったが、明らかに結晶自体の内部から発光しているような光に変化した。
その変化を目の当たりにしたヨンハンス司教が息を飲む気配を背後に感じた。それもあったが、これが魔力を注ぐということなのだろうと、俺は根拠があった訳ではないが確かに感じていた。
魔力を注ぎ始めて十五分経ったぐらいだろうか。ぐるぐると体内を駆け回っていたそれがふっと大人しくなった。それに合わせるように、目の前の結晶も段々と輝きを落としていき、最後にはここに来たときと同じぐらいの明るさに戻っていった。
「……どうやら終わられたようですね」
ロバートさんの言葉に結晶から手を離して振り向くと、そこにいた皆が祈るようなポーズを俺の方に向けていた。
「これが聖女様の奇跡の力……」
うわ言のように呟きながらメグが、初めて会ったあの日のようなキラキラとした瞳を俺に向けていた。気恥ずかしさから俺が視線をさ迷わせていると、ヨンハンス司教がこう声をかけてくれた。
「ユーリ様、あの守護結晶の輝きは先代の聖女様のもたらした光よりも強いものでしたが、同じ種類の輝きでした。ユーリ様のお力は問題なく結晶に注がれたものと思われます。しかし、あれほどの短時間で守護結晶が満ちている……どうやらユーリ様、貴女のお力は歴代の聖女様の中でも一番強いのかもしれません」
それは昨日魔力を計ったときにロバートさんにも言われた言葉だった。自分としては『湧き上がるパワー!』みたいなのは特段感じないが、否定するほど魔力に詳しくはないので、とりあえず「少ないよりはよかったです」と答えておいた。
そんな感じで初めての俺のお仕事は、思ったより呆気なく終了した。
仕事が早く終わってしまったので、お昼前には俺は部屋に戻っていた。帰り道にも何人か人がいたが、特に俺の格好を訝しむ人はいなかった。皆にうまく変装させてもらったおかげで、堂々としていれば男と疑われることはなさそうだということが、今日の移動で知ることができた。しかし、そうは言ってもこの部屋以外では気の抜けないことには変わりはなかった。
そのため、自分の部屋に戻ると俺は無意識に詰めていた息をふうと吐き出してしまっていた。
「ユーリ様、すぐにお茶を用意いたしますね」
そんな俺の姿を見て、メグがそう声をかけてくれた。気を遣わせたなとは思ったが、緊張が解け、くたびれたように感じていたのは事実だった。なので、その気遣いをありがたく頂戴することとした。
華やかな香りのする紅茶を飲みながら、俺は部屋まで付いてきてくれていたロバートさんにこう尋ねた。
「結晶に魔力を注ぐってのは今日やってみて何となくだけどやり方は分かったよ。さっきヨンハンス司教があの状態で結晶に力が満ちたって言ってたけど、まさか魔力を注ぐのは一回で終わりって訳じゃないよね?」
「もちろんです。ユーリ様に注いでいただいた魔力は守護結晶を通じて、この世界を守る力に変換されると言われております。それは少しずつ行われるので、聖女様には一日以上間をおいてから、またああして魔力を注いでいただきます」
「分かった。じゃあ、あの仕事の続きはまた明日以降にやればいいんだな。それじゃ午後からは何をしようかな。他にも聖女の仕事ってあるのか?」
するとロバートさんは少し驚いた顔をしながら、俺にこう言った。
「過去の聖女様方は、守護結晶に魔力を注がれると魔力を使い果たし、そのあとは休まれていたと聞いております。ユーリ様は疲労など感じていないのでしょうか?」
その言葉に、俺はさっきのロバートさんよりはっきりと驚いた顔をしながらこう返した。
「えっ?そうなの?身体は特に疲れてないな。移動のときに緊張したから気疲れは多少あるけど、それだけだよ」
「やはりユーリ様は今までの聖女様より相当お力が強いようですね。でもお気をつけください。急に多くの魔力を使ったり、魔力を使い果たしたりすると、気を失います」
明確に魔力を使ったという感覚もなかったが、魔力がまだ残っている感覚もまだ俺には分からなかった。
「分かった。気をつけるようにするよ」
「あと、ありがたいお申し出なのですが、今のところユーリ様にお願いするお仕事は、他にはございません」
「そうなのか。じゃあ午後からどうしようかな。暇を持て余すの慣れてないから何かすることがあればありがたいんだけどな」
そう言った俺に、ロバートさんはこう提案をしてくれた。
「それでしたら、予定よりはかなり早いのですが、魔法を学んでみるのはいかがでしょうか?」