神官試験 1
「このブローチは、明日私からメグたちに渡しましょう」
ロバートさんがそう言ってくれたので、俺はブローチを彼に渡して、残りのことも全てお願いをした。
次の日、俺が午前の聖女の仕事を終え部屋に戻ったタイミングで、メグとアリーがロバートさんから呼び出された。二人はブローチを受けとるため、ロバートさんの執務室へと向かった。
一人自室に残された俺は、二人が帰ってくるのを待っている間にアレックスへの返事を書くことにした。
俺が主に手紙のやり取りをしていたのはフランチェスカ王女とカプレリア家のメリーベルの二人だけだったが、最近そこにアレックスも追加された。彼と交友があるという実績を作るためでもあるが、先日の手土産のお礼を送ってからやり取りが続いていた。
前回、俺がこの世界について学んでいるところだと手紙に書いたからか、彼は返事と共に本をいくつか送ってくれた。そのお礼をそろそろ書かねばと思っていたのだった。
アレックスへのお礼を貴族向けの複雑で遠回しな表現を添えて何とか書き終える頃に、メグとアリーが部屋に戻ってきた。帰ってきた彼女たちの胸元には、あのブローチがしっかりと着けられていた。
「ユーリ様、ロバート様よりこのブローチをお預りいたしました。お心遣い、本当にありがとうございます」
「ユーリ様が私たちのことを考えて作ってくださったのがとても嬉しいです。高いものなので、失くさないよう気を付けますね」
プレゼントなんて俺の独り善がりだったかもと思っていたけど、目の前の彼女たちは嬉しさを隠さず、はにかんだ表情をしてくれていた。それを目にした途端、何だか急に照れ臭くなって、俺は少し視線を外しながら彼女たちに返事をした。
「フィリップス工房でも見たと思うけど、そのブローチには強めの『ライト』を込めてあるから。もし何かあったら遠慮せず使ってくれよな」
少し視線を下げたところにはちょうどブローチがあり、淡い黄色の結晶が光を受けてキラリと輝くのが見えた。護身用も兼ねられるようにと作ったが、俺が聖女を辞めるまで、このブローチはただのアクセサリーとして役目を終えますようにと、俺は密かに願った。
ブローチのことで一騒ぎあったが、そこから神官の試験がある日までは、久々に学生のような生活をした。時間を見つけては教会の教義を頭に叩き込み、教えの言葉をぶつぶつと暗唱した。神官試験を終える頃にはフランチェスカ王女に贈るアクセサリーも完成する予定だったので、アリーも同じように最後の追い込みをしていた。
試験当日、俺は午前の守護結晶へ魔力を注ぐのを終えてから、いつものように自室に戻った。普段ならここから手紙を書いたり、魔法の練習をしたりするが、その日は違っていた。化粧を落とし、女装用のウィッグを外され、寝室でアリーが用意してくれた服に着替えるように言われた。
その服はロバートさんが着ているような襟の高い上着と、シンプルなシャツとズボンだった。上着まで着た後にその上から黒いベルトを締め、靴も聖女用の物から用意してくれていたシンプルな黒いブーツに履き替えた。全部着替えてから寝室の入り口近くにある姿見に目をやると、そこには男の姿の俺がいた。
いや、男の姿の俺って何だよって感じだが、この数ヶ月寝間着以外はずっと女装だったので、本当に久々に見る本来の自分の姿だった。懐かしさというより違和感が頭をもたげそうになったが、意地でそれを無視した。こっちに来てから前髪ぐらいしか切っていなかったので、すっかりツーブロックではなくなってしまった後頭部を一度撫でてから、俺は寝室を出た。
メグとアリーとは毎日顔を合わせているし、何なら寝起きの間抜けな顔も見られているのに、男の姿で二人の前に出るのは少し気恥ずかしいような気持ちになった。
そんな俺の気持ちをよそに、アリーはいつものように俺を鏡台の前に座らせると、髪を軽く整えてくれた。
「あー、試験はロバートさんの執務室で受けるって聞いてるけど、もう向かってもいいのかな?」
試験前なのも相まって、少し落ち着かない気持ちでそう聞くと、メグが時計を確認した。
「少し早いですが、もう向かっても問題ないと思います。では、ユーリ様、こちらにお願いします」
そう言ってメグが開けたのは、俺の部屋の隣にある使用人室のドアだった。
使用人室はメグやアリーが使う部屋で、中はお茶などを用意するための水回りから、ベッドまであると聞いていた。しかし女性が使う部屋なので、話には聞いていたが俺はキッチン以外は足を踏み入れたことはなかった。
メグの案内で部屋に入り、簡易なキッチンを横目に奥に進んでいくと、突き当たりにもうひとつドアがあるのが見えた。
「こちらが使用人用の裏口です。聖女様のお部屋から使用人ではない男性が出てくると問題になりますので、今日はこちらから出入りをお願いします。鍵はこちらになります」
俺の部屋を出てすぐの廊下の先には、いつも護衛の人が立っている。正面から出ると、確かに彼らに見つかって一騒ぎにもなりかねないだろうと思いながら、俺はメグから鍵を受け取った。
「それと」
そこで一旦言葉を切ったメグは、俺の方を見て、意を決したようにこう続けた。
「ここを出た瞬間から、ユーリ様のことを一人の神官候補者として扱わせていただきます。言葉遣いなどもそれに合わせますが、ご容赦くださいませ」
ロバートさんから聞いた感じでは、神官候補者の立ち位置は若手社員といったイメージだった。そんな相手に聖女に向けるような態度を取るのは、確かに不釣り合いだろう。
「分かった、俺もそれに合わせるよ。ここを出たら、メグのことも『メグさん』って呼ぶことにするよ」
「メ、メグさんですか?ユーリ様にそんなお言葉遣いをしていただくには、いやでも、候補者ならそれが正しいんですけど」
メグは、俺に『メグさん』と呼ばれるのは落ち着かないようだった。しかし、俺は彼女のことをさん付けで呼ぶことで、密かに彼女と対等になれたような気持ちになっていた。光魔法を持つからと聖女様と敬われるより、年相応の扱いの方が俺の性には合っているようだった。
「じゃあ案内よろしくお願いします、メグさん」
俺がそう声をかけると、諦めたのか、この短い時間で立て直したのか、メグは落ち着いた様子で返事をした。
「はい、では私の後をついてきてください、ユーリさん」
使用人室を出た先には、階段があった。そこを降りるとバックヤードのような場所に出て、そこには洗濯物を抱えた人や、掃除道具を持った人が忙しなく行き来をしていた。彼らに紛れるようにして、俺はメグの背を追って進んでいった。
応接室や礼拝堂とは別方向に進んでいくと、まるで大学の教室のように、シンプルなドアが等間隔に並ぶ建物にたどり着いた。それらの中の一室の前でメグは立ち止まり、ドアをノックした。
「メグでございます。候補者のユーリさんをお連れしました」
「どうぞ」という返事を受けて、俺はメグに続いて部屋に入った。そこは壁際に大きな書架のある、広目の部屋だった。
「メグ、候補者を連れてきてくれてありがとう」
部屋の奥にあるデスクから、ロバートさんがそう声をかけた。メグはロバートさんに一礼した後、励ますようにチラリと俺を見てから、部屋を出ていった。
「事前にお話した通り、ここでは貴方と私は、神官候補者とその推薦人です。推薦人は上司のような立場ですので、貴方のことはユーリと呼びます」
「はい、ロバート様」
言葉遣いを神官候補者に相応しいものに変えた俺に、合格とばかりにロバートさんは笑みを返した。
「もうすぐ試験官がやってきます。試験官が算術の試験問題を持ってきますので、それを先に解いてもらいます。制限時間はありますが、ユーリなら問題なく時間内に解けるでしょう」
「はい」
「その次に教義について、口頭による問答が行われます。そのときに人柄も見られますので、多少のミスをしても下手にうろたえたりしないように」
「分かりました。気を付けます」
上司モードのロバートさんと話したせいか、試験が近づいてきているという実感が急にわいてきた。顔にその緊張が出ていたのか、ロバートさんが優しい口調で声をかけてくれた。
「かなり勉強をしていたとメグから聞いていますよ。落ち着いてやれば、ユーリの実力なら合格できますよ」
そうだ、メグもずっと勉強に付き合ってくれたし、やれることはやったはずだ。よし、と自分に気合いを入れていると、トントンとドアがノックされる音が聞こえてきた。
「どうやら試験官が着いたようです。ユーリ、準備はいいですか?」
ふうと一息吐いてから、俺はロバートさんに「はい」と短く答えた。




