ブローチの完成 2
そうして俺は試験に向けて教会の教えを、アリーは外出に付いていく際のマナーや仕事を覚えていたある日の午後、フィリップス工房から俺宛に手紙が届いた。その手紙には、依頼していたブローチが完成したと書かれていた。いつでもお持ちできますとのことだったので、早速次の日にブローチを届けてもらうことにした。
翌日、フィリップス工房の副工房長だという若い男が完成したブローチを持ってきてくれた。彼が宝箱のような高そうな箱を開けると、艶々とした布地の上に結晶が美しく輝くブローチが置かれていた。
二人が選んだデザインだけあって、ブローチは結晶の美しい輝きを見せつつも、白いレルムの花が優しげな印象を与える素晴らしい出来上がりになっていた。二人にも似合いそうだと、俺は大満足でブローチを受け取った。
その日の夕食の後、就寝前の準備を終え、最後に紅茶を用意しようとしていたメグを呼び止め、アリーと一緒にソファセットのところまで来てもらった。いつもと違う雰囲気を察したのか、少し緊張した面持ちで立つ二人の前に、俺は午後に受け取ったばかりのブローチを置いた。
「実は黙ってたんだけど、このブローチは二人のために作ったんだ。加工のときに説明したように、これには強い『ライト』の魔法が込められている。目眩ましぐらいにはなると思うから、護身用として持っておいてもらいたいんだ。受け取ってもらえるかな?」
俺の話は予想外であったようで、二人とも驚いた顔をしていた。
「いけません、ユーリ様。こんな高価なものをいただく訳には参りません」
生真面目なメグが遠慮してくることは想定済みだった。でも作っちゃったし受け取ってよと返そうとしたそのとき、アリーから予想外の声が上がった。
「ユーリ様、このブローチの価値を正しくご理解されていますか?この結晶だけでもそれなりなのに、その上聖女様の魔法が込められたものなんて、想像もつかないような値段のものですよ」
「想像もつかない?そ、そんなお高いの、これ?」
アリーの思わぬ言葉に、俺は間の抜けた声を出してしまった。そんな俺に、二人は静かにこう教えてくれた。
「強い光魔法自体が聖女様しか使えませんので、その希少さから価値が相当高くなります」
「ユーリ様の魔法が込められた結晶は、王女様のプレゼントになるぐらいの物なんですよ?」
全くそんなこと思っていなかったが、言われてみればその通りで、ぐうの音も出なかった。俺にとっては貰いものの結晶(無料)と、俺の魔法(無料)と、加工代(そこまで高くない)で出来たお手頃なプレゼントだったが、どうやら世間一般から見ると相当高価なものを作ってしまったようだった。
できれば二人にブローチを受け取ってもらいたかったが、高価すぎるプレゼントが受け取り難いのも理解できた。でも、理解はできたが、護身用でもあるし受け取ってもらいたい気持ちも残っていた。
こじつけでもいいので、何か渡せる理由がないかと考えたが、全くいい案が思い付かなかった。それに思い付いたところで、このブローチの価値さえ正しく理解できていなかった俺の考えだけでは不安があった。
そのため、こんな時間に申し訳ないと思いつつ、相談のためにロバートさんを呼んでもらった。
「これは、また随分な品を作られましたね」
ブローチの詳細を伝えると、ロバートさんは苦笑いをしながらそう言った。
「しかし、異世界から来られたユーリ様がこの価値をご存知なかったことは無理のないことです。それで、ユーリ様はできればこれらをメグとアリーに贈りたい訳ですね?」
「はい、二人には普段からお世話になりっぱなしだし、護身用にも使えるし、貰ってもらえたらと思ってます。けど、無理に押し付けたい訳ではないので、難しければ大丈夫です」
少し考え込む仕草をした後、ロバートさんはメグとアリーに顔を向けた。
「二人は受け取るには高価すぎるという問題さえなければ、このブローチを身に着けても構わないと思っていますか?」
「はい、ユーリ様のお気持ちは大変嬉しく思います」
「私もです。デザインもすっごく可愛いですし」
二人の気持ちを確認した後、ロバートさんは俺にこう提案してくれた。
「二人が懸念する通りいくら彼女たちが二人しかいない聖女様の専属侍女とはいえ、使用人に渡す物としては、こちらは少々値が張りすぎます。そのためユーリ様の希望からは少し外れますが、このブローチは彼女たちに贈るのではなく、貸し出すという形を取られてはいかがでしょうか?」
「貸し出す?」
「はい。所有権はユーリ様にあるままにしておいて、聖女様を守るための護身用の装飾品として、専属侍女である二人に貸与するのです。それであれば、このブローチがどれほど高価であろうと、彼女たちが身に着けても問題にはならないでしょう」
ロバートさんが提示してくれたのは、現実的な妥協点だった。渡せないのはやはり残念だが、お蔵入りになるぐらいなら使ってもらえる方が断然よかった。念のため二人の方をうかがうと、二人とも問題ないとばかりに、首を縦に振って頷いてくれた。
「分かりました。ロバートさんに提案してもらった通り、彼女たちに貸し出す形にしたいと思います」
「ユーリ様のお役に立てたようで、何よりです」
「いや、今回のことでも俺にこの世界の常識がないのがよく分かりました。危うく彼女たちに迷惑をかけるところでした」
サプライズだなんて息巻きつつも一人空回りしていた自分に凹み、情けない声が出た。そんな俺に、ロバートさんがこう気遣ってくれた。
「言葉の通り住む世界が違ったのですから、こればかりは仕方がありません。そんなユーリ様をお支えするために、我々がいるのです。お気になさらないでください」
「そう言ってくれると助かります」
「それに、ユーリ様が二人のためにこのブローチを用意してくださったそのお気持ちは、彼女たちにも伝わっておりますよ」
ロバートさんの言葉に顔を上げると、メグもアリーもこちらを見てにこりと微笑んでくれた。
「さて、ブローチを貸与するにしても、できれば周囲にもそうだと分かる形にしたいですね。私とユーリ様はもう少し詳細を詰めたいと思います。今晩のユーリ様の支度も終わっているようですし、二人は下がって構いませんよ」
ロバートさんの言葉を受けて、メグとアリーは部屋を出ていった。
二人きりになった部屋で、ロバートさんは改めて俺に向き合った。
「今回のブローチですが、モングスト侯爵家のこともあったため、彼女たちに護身用に使えるものを作ってくださったのではありませんか?」
貸し出しの仕方ぐらいだったら二人がいても話ができるのではないかと思っていたが、どうやらロバートさんはメグの耳にモングスト侯爵家の話を入れないために二人を下がらせたようだった。メグたちもいないことだし、俺も胸の内を正直に打ち明けた。
「ロバートさんの言う通りです。聖女の側にいることで危険な目にも合わせてしまったし、普段お世話になってるお礼も兼ねて彼女たちの身を守るのに役立つものを渡したかったんです。けど、ブローチの価値までは考えが及びませんでした」
「やはりそうでしたか」
ロバートさんはそこで言葉を切って、俺の用意したブローチを改めて確認し始めた。まだ何か見落としていることがあるのかと身構えていると、ロバートさんは予想外のことを言ってきた。
「そうであれば、このブローチを彼女たちに渡すことは可能かもしれません」
「えっ?」
話の流れについていけず、俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「え、え?これ、すごく高いものなんですよね?メグたちに渡せるんですか?」
「はい。いくつか条件を飲んでいただくことにはなりますが」
「条件って何ですか?」
前のめりで質問をした俺に、ロバートさんはゆっくり答えてくれた。
「まず一つ目は、この結晶から魔法を抜くことです。このブローチの中で最も価値があるは聖女であるユーリ様の魔法ですから」
「魔法を抜く?でもそれじゃあ護身用としては使えないってことですか?」
「いえ、このブローチを護身用としたいユーリ様のお考えは理解しております。そのため、二つ目の条件にもなりますが、彼女たちにこのブローチを贈るのは、ユーリ様が聖女様のお役目を終えられてからにするのです」
「俺が聖女を辞めてから?あ、そうか!そうなれば、キャサリンのときみたいに聖女絡みで彼女たちが狙われることがなくなるから、魔法がなくても大丈夫になるのか」
「そうです。そしてお務めを終わられた後ならば、身の回りの世話になった侍女にそれなりのものを餞別として渡しても不自然ではありません」
魔法を抜くことも、聖女を辞めた後に贈ることも、どちらも俺では思い付けないことだった。こんな時間に呼び出してしまったのは申し訳なかったが、やはりロバートさんを頼ってよかったと俺は思った。
「ブローチを貸し出すこともそうですけど、色々考えてくれてありがとうございます、ロバートさん」
「いえ、お礼には及びませんよ。魔法を抜く加工はまたどこかの工房に依頼する必要があります。そのときになれば、また手配いたしますね」
「何から何まですみません。助かります」
聖女を辞めた後の身の振りといい、今回のブローチの件といい、やっぱり俺は知らないこと、思い付けないことが多いと身に染みて分かった。普段の生活もそうだが、恐らく俺が自覚していないところでも、ロバートさんたちに支えてもらっているのだろう。
教会での生活に慣れているという理由もあって神官候補を目指すことにしたが、こう思うと俺が彼らの助けもなく外で生活するなど無理な話だったのではないかと思えてきた。これは益々神官候補試験に落ちるわけにはいかないなと、俺は改めて思った。




