ブローチの完成 1
昼食の後、アレックスに送ってもらって俺は教会に戻った。昼過ぎになって日差しも冬なりに高くはなっていたが、馬車を降りるとぶるりと震えるような寒さを感じた。
今朝に顔を合わせた客間で、最後にアレックスと挨拶をした。
「ユーリ様、フランチェスカ殿下のためにお時間をいただきありがとうございました。本日は任務でしたが、ユーリ様と共に過ごせたこと大変光栄に思います」
「こちらこそ、ありがとうございました。私もアレックス様と色々お話ができてよかったです。騎士団や街についてのお話、とても興味深かったです」
「王都にはまだまだご案内したいところがございます。ぜひエスコートさせていただきたいので、お誘いのお手紙を送ってもよろしいでしょうか?」
仲良く見せるためには快諾した方がいいかと一瞬思ったが、俺の対応は何も変えなくていいと言われたことを思い出し、俺は変に繕わずに答えた。
「えーっと、そうですね。聖女の仕事もありますので出かけられるかは分かりませんが、お手紙ぐらいでしたら」
「ありがとうございます。では、手紙を送らせていただきます。またお会いできることを心より願っております」
最後に眩い笑顔を俺たちに向けて、アレックスは帰っていった。色々あったが、やっと終わったと俺はふぅと息を吐いた。
よそ行きの服装から着替えた後、ロバートさんに部屋に来てもらって今日のことを報告した。彼にもアレックスの生い立ちは伏せ、共謀することになったことだけを伝えた。
「アークゼアリ公爵令息とですか。あまり距離を詰めすぎるとユーリ様の正体がバレないか心配になりますが、適切な距離をとっておけば、仰る通り他の男性は寄ってこなくなるでしょうね」
「向こうも俺にその気がないのは理解してくれてるから、ベタベタ寄ってくることはないと思います。今日もそんな素振りはなかったよな、メグ?」
「はい、とても紳士的なお方でした」
「それであれば、私としては特に気になるところはございません。ユーリ様が聖女を辞められた後のことも、きちんと考えてくださっているようですし」
「あー、俺が聖女を辞めた後か……」
思わず呟いてしまったが、先日からこの世界のことを学んではいるが、俺はまだこの世界で『聖女ユーリ』以外の姿で生きる自分というのをイメージすらできていなかった。断じて女装で生き続けたい訳ではないが、やはりこの世界で生きるための経験と知識が足りなさすぎるように思っていた。
そんな俺の考えを察したのか、ロバートさんがこう声を掛けてくれた。
「ユーリ様はこの世界に来てまだ数ヶ月、この先聖女の仕事を終えても半年も経たないでしょうから、不安はごもっともだと思います。これは一つの選択肢として聞いていただければと思うのですが、教会に残られるというのもあると思うのです」
「教会に、ですか?」
女装で?という気持ちが顔に出てしまっていたのか、ロバートさんは苦笑いをしながらそれを否定した。
「もちろん男性としてですよ。ユーリ様は計算もお得意ですので、神官候補になり、名目上私の部下となっていただくことも可能かと思うのです」
「ロバートさんの部下か。それならロバートさんにサポートしてもらいながら、仕事を覚えていくこともできそうですね」
「そうです。そしてこの世界や教会の仕事に慣れてこられたら、正式に神官として働き続けるか、教会で子供たちに勉学を教えるか、はたまた街に出てその他の仕事を探すかなど、そのときのご自身が望む選択肢を選ばれるのもいいのではないかと思ったのです」
今、俺がここで何とかやっていけているのは、ロバートさんや、メグ、アリーのサポートがあるからだった。ロバートさんの提案は、とても現実的に思えた。
「そのロバートさんの提案通りにするなら、俺は神官候補っていうのにならなきゃダメなんですよね。神官候補になるには、試験とか何かあるんですか?」
「基本的な読み書きと計算、あとは教会の教えについて確認されますが、ユーリ様なら問題ないと思います。後は推薦人が必要なのですが、こちらは私がなるので問題ございません」
確かに教会で過ごす上で必要だということで、メグから簡単にではあるがこの聖グロリア教会の教えについても習っていた。
「教会でロバートさんたちの近くで暮らせる方が、色々助かると思います。神官候補になる試験はいつでも受けられるんですか?」
「定期的に試験は実施されます。次は、確か再来週だったはずです。そこで試験を受けられてもいいかもしれませんね」
「さ、再来週ですか?いくらなんでも早過ぎませんか?それに、聖女の仕事はまだしばらくかかりますよね?」
守護結晶に魔力を注ぐ仕事は順調に進んでいるが、もう少しかかると聞いている。さすがに早くないかと思っていると、ロバートさんがその理由を教えてくれた。
「聖女ユーリ様がその任務を終えられてすぐ、神官候補として「ユーリ」という名前の人間が現れれば、男性の姿でも何か思う者が出てくるかもしれません。そのようなことを回避するためにも、聖女様の在任中に神官の資格を取るのもいいかと思うのです」
「なるほど。顔はなるべく隠しているけど、完全覆っている訳じゃないし、不審に思われる可能性は低いに越したことないもんな。よし、再来週にその試験受けてみたいと思います」
「分かりました。では、必要な手配を行っておきます」
具体的な行動が決まったことで、ぼんやりとしていた俺の将来が、少しクリアになった気がした。
「では、メグ。試験まで、ユーリ様に教会の教義を再度お教えするように」
「かしこまりました」
試験なんて久しぶりだが、ロバートさんも太鼓判を押してくれていたので、手を抜かず勉強すればきっと問題ないのだろう。
「よろしく頼むな、メグ」
「はい、ユーリ様」
ロバートさんが帰った後、早速俺はメグから簡単に教義について説明をしてもらった。いくつか聞いたことのある話もあり、カタカナの羅列である貴族の名前を覚えていたあの頃よりは、まだ楽そうに思えた。
そうしているうちに休憩の時間になったので、メグに今日アレックスに持たせてもらったお菓子を出してもらうようお願いした。
手土産の中身はチーズケーキだけだと思っていたが、メグに開けてもらうとチーズケーキの他に、フルーツのタルトも三ピース入っていた。タルトも俺たち三人分を用意してくれるなんてさすが過ぎるなと思いながら、俺はメグとアリーに一緒に休憩をするように言った。
「きゃー!何ですかこれ!ケーキがキラキラ輝いてます!」
フルーツのタルトを目の前にしたアリーは、目を輝かせながらそうはしゃいだ声を上げた。美しくカットされたフルーツたちは確かに綺麗で、アリーのテンションが上がるのも分かる気がした。
「私たちまでいただいて、よろしかったのでしょうか?」
「いいんだよ、メグ。日持ちするものじゃないし、俺一人で三個は食べられないからな。美味しいものは、美味しく食べようぜ」
そう言って俺が一口食べると、メグも少し遠慮がちにではあったが、タルトに手をつけた。
お店で食べたチーズケーキもうまかったが、フルーツのタルトも絶品だった。さすが高級店だけあって、味に間違いはなかった。
「はー、こんな美味しいものを私たちの分まで持たせて下さるなんて、さすがはアレックス様。お顔もですが、中身も素敵すぎます。そんな方に口説かれるなんて、役得ですよユーリ様」
「俺が女性だったらそう思ったかもな」
「本当に勿体ないですよ。でも、これからアレックス様とお会いする機会も増えるんですよね?あー、私も付いていきたいです」
「では、ユーリ様の許可がいただければ、次はアリーも一緒に行ってみますか?」
「え?」
アリーの独り言のような言葉に返事をしたのはメグだった。その内容が予想外だったのか、アリーは驚いた声を出した。
「メ、メグさん、それって、その、いいんですか?」
「ええ、私の後ろに控えてもらうことにはなりますが、一緒に出かけても問題はないレベルまで、マナーは身に付いてきていますよ」
最初は俺より進捗が遅いと凹んでいたアリーだったが、必死に一つずつ、地道にではあるが勉強を頑張っていた。それを評価されたのが余程嬉しかったのか、いつもなら大きなリアクションで喜びを表す彼女が、静かに噛み締めるような表情をしていた。
「メグが大丈夫と判断してるなら、俺は問題ないよ。アリーがいてくれると、身だしなみとかもすぐに気付いて、整えてくれるから助かるよ」
「ユーリ様、じゃあ私……」
「次の外出となると、今回の結晶を使った装飾品ができあがった後、それをフランチェスカ王女に渡しに行くときかな?いきなり大物相手になるけど、アリー、やってみるか?」
「はい!やります!いえ、ユーリ様、やらせてください!」
アリーの目に迷いはなかった。俺も彼女の成長を嬉しく思いながら、「じゃあ決まりだな」と二人に伝えた。




