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聖女と騎士 7

アレックスが語った彼の生い立ちは、俺、佑利にとって微塵も予想していなかったものであった。王城で初めて会ったときから、彼は文句の付けようのない貴公子様に見えていた。今日フルネームを聞いたときも、俺は勝手に彼は誰もが羨むやんごとなき生まれと育ちなのだと思った。


「ジュリアスが隠しもせず私を下に見るのは、私の実父が当主を務める伯爵家がモングスト侯爵家が筆頭である派閥に属しているからなのです。彼にとって私は顔だけで格下の家から公爵家に取り入り、成り上がった男なのです」


まあ実際に容貌で義父に売り込んだので、あながち間違いでもないのですがね、とアレックスは何でもないことのように軽く笑った。

そうして彼の話を聞いたことで、ジュリアスの吐いた暴言の意味をようやく理解することができた。

アレックスは軽く流しているようだったが、意味が分かったからなお、聖女である俺の前であんなことを言ったジュリアスの非常識さがよく分かった。妹のキャサリンといい、あの兄といい、モングスト家の人間はどうなってるんだと、眉間にシワが寄るのを止めることができなかった。


「権力の意味を履き違えている人間は、ままいるものです。それにユーリ様のように、それに気づいてくださる方もいます。私にとっては義父に悪影響がなければ、あのような男が私に何を言おうが、どう振る舞おうがどうでもよいのです」


そこで一旦言葉を切ってから、アレックスは改めて俺にしっかりと視線を向けた。応えるように視線を向け返すと、彼は真剣な表情をした。


「先ほど申しましたように、私は義父に大きな恩義があります。そして、あの方にそれを返すためにも、私は『聖女様』の関心を引くよう振る舞わねばなりません。義父は、『聖女に相応しい令息にする』と言った言葉など貴族向けの方便だから気にするなと言ってくださいます。しかし、私を見ている貴族たちはそうは思っていないのです」


アレックスが俺にその気がないことを知りながらも好意を向けていたこと、その癖馬車など人目のないところでは歯の浮くようなことを言ってこなかったこと。その理由を、俺はやっと知ることができた。彼は聖女を伴侶とするために努力をしていると、周囲に見せなければならなかったのだ。


「ユーリ様が私に興味がないこと、この国の貴族になる気がないことは、初めてお会いしたあの日から理解しておりました。それなのに、私の都合のためだけにしつこくユーリ様に声を掛け続けておりました。本当に申し訳ございませんでした」


アレックスはそう言って深く頭を下げた。しばらくそうした後、彼は顔を上げ、再び俺と目を合わせた。


「ユーリ様にご迷惑をお掛けしていることは承知しております。貴女には何のメリットもない、私の勝手な都合であることも理解しております。しかし、どうか、どうかこの先も声を掛け続けることを許してはいただけないでしょうか」


アレックスの涼やかで、形のいい青い目を見つめながら、俺はあの日フランチェスカ王女が言った言葉を思い出していた。


『どうか彼を嫌わないで、いえ、嫌うような素振りを見せないでやってくださいませ』


彼女がこう言った理由も、俺はやっと理解することができた。俺がアレックスを嫌うような態度を見せれば、彼が公爵への恩義ために積み上げてきたものが崩れてしまうのだろう。フランチェスカ王女は彼のその努力を間近で見ていたからこそあの表情、そしてあの言葉が出たのだろう。


聖女を伴侶として得るために育てられた存在。話を聞く限りアレックスを引き取った公爵はそうは思っていないようだが、周囲の貴族には彼をそう見ている者もいるのだろう。


アレックスのことは元々嫌ってはいなかったが、隠すことも、誤魔化すこともできたこの話を、こうして包み隠さず話してくれたことで、彼の印象は更にぐんと良くなった。

アレックスは俺にメリットはないと言ったが、ガロンヌのカフェで彼にエスコートされて以降、よく分からない令息からの誘いは目に見えて減った。

アリーにアレックスとの噂を利用してはどうかと言われたときは、相手が真剣なら悪いと断った。しかし、彼も彼の理由があって好意がある素振りを見せているだけなら、アリーの言うとおり利用をさせて貰ってもいいのではないかと思えてきた。


再び頭を下げたアレックスに、俺はそっと声を掛けた。


「頭を上げてください、アレックス様。私にメリットはないと仰いましたが、前回アレックス様にエスコートしていただいて以来、貴族の令息からの誘いが減って助かっていたのです」


「ああ、あの日は周囲を牽制する意味も込めて、見せつけるように振る舞いましたからね」


どうやら気付いていなかったのは俺だけで、アレックスも噂になると分かってやっていたようだった。


「私のいた世界ではエスコートやストレートな誉め言葉を受けることがなかったので、慣れないことに正直困惑することはあります。しかし、ジュリアス様のような令息から声を掛けられるよりは、私の考えを理解してくださっているアレックス様と共にいる方がずっと気持ちが楽です」


思うところを正直に伝えると、アレックスは珍しく驚いた表情を見せた。


「ユーリ様、それは許可をいただいたと取りますが、よろしいのですか?」


そんなアレックスに俺はにやりと聖女らしからぬ笑みを向けた。


「お互い利益があるのです。アレックス様、私たち共謀しませんか?」



そこから俺たちはメグやアレックスの侍従を呼び戻して、共謀作戦の詳細を詰めた。メグには、アレックスは公爵令息として周囲の期待に応えるため無理に俺を口説いていたのだと、彼の生い立ちを伏せて簡単に事情を説明をした。

作戦を詰めるといっても、貴族社会やこの世界に疎い俺は基本的には戦力外だった。


「私の振る舞いはこれまで通りとお考えください。人目のあるところでは姫のように丁重に接させていただきます。口説き文句に慣れていないと仰っておられましたが、本心でない言葉に意味などありません。笑顔で聞き流しておいてください」


「分かりました。私も何かアクションをした方がいいでしょうか?その、こちらも気のあるような素振りをするとか」


「いえ、止めておきましょう。ユーリ様は素直なお方ですので、人を欺くことには向いておりません」


俺も何かしようと思っていたが、遠回しに嘘と演技が下手なので止めておくよう止められてしまった。


「それにあまり相思相愛と見せてしまうと、結婚の話を無理やり進められたり、ユーリ様が聖女を辞めた後に教会に無理に押し留められる可能性が出てきます。ユーリ様はあくまで、今まで通りの対応でお願いいたします」


「分かりました」


「詳しい筋書きは義父やフランチェスカ王女などと相談をしますが、大筋としては私はユーリ様に悪くは思われていなかったが、距離を詰めきる前にユーリ様が聖女を辞めてしまわれた、という流れにしたいと思います」


話をきく限り、どうやら仲は良いが恋人とまでは見せず、付かず離れずといった距離がベストのようだった。その辺の機微も俺には分からないし、メグが口を挟みたそうにもしていないので、俺はアレックスの言葉に黙って従うことにした。



そうしてアレックスの告白から俺たちの共謀まで色々話をしたので、気づけば結構な時間が経っていた。そろそろ小腹どころか普通に腹が減りそうだったので、話が一段落するとすぐに俺は自分の結晶の加工に取りかかった。

加工は魔法を使うだけなので、あっという間に終わった。アレックスは俺の結晶もアクセサリー等に加工するかどうかも聞いてくれたけど、これは特に身に付ける予定もないものなので、断っておいた。


脱線の方が余程多かったが、フランチェスカ王女のための結晶の加工は、こうして無事に終了した。



このまま教会に帰るのかと思ったが、昼過ぎになっていたのでランチでもどうかとアレックスから誘われた。腹も減っていたし、「個室ですので気を遣わず食べていただけると思います」との言葉に押され、俺は彼の提案に乗った。


アレックスが連れていってくれたのは、貴族街に近いところにある高級そうなレストランだった。馬車を降りてから席に着くまでは、アレックスから王子様のキラキラ笑顔満載の丁寧すぎるほどのエスコートを受けた。事情を知らなければ愛想笑いのし過ぎで頬の筋肉が疲弊していたかもしれないが、今はこの細かな気遣いの一つ一つも彼の努力の成果なのだろうなと考える程の余裕があった。


高位貴族であるアレックスの手配してくれたお店だけあって、出された料理はどれも文句なくうまかった。給仕のために出入りする店員も最低限にしてくれていたようで、落ち着いた雰囲気の中で食事を楽しむことができた。


最後のデザートに出てきたチーズケーキみたいなやつがうまかったので、アリーにも食べさせてあげたいなと考えていたら、アレックスが帰りに手土産として持たせてくれた。

俺は何も言ってなかったのに、「もうお一人の侍女の方は、甘いものがお好きなようでしたので」と笑顔で渡されてしまった。本当にこの人は洞察力と紳士力がカンストしてるなと思わされた。


もしアレックスが本気で外堀を埋めてきたら、駆け引きに疎い俺など気付かぬうちにがんじがらめにされていたかもしれなかった。彼を共謀者にできて本当によかったと、俺は心から思った。

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