聖女と騎士 4
案内された二階の部屋は、教会にある俺の部屋を更にグレードアップしたようなところだった。壁には何かすごそうな絵が飾られてるし、鮮やかな花が生けられた高そうな花瓶は三つもあるし、ソファもロビーのものよりさらに大きかった。この部屋の本来の用途を担うはずの加工陣がローテーブルの上に置かれていたが、それが場違いに見えそうなほど豪華な部屋であった。
俺たちがソファに座ると、工房長が簡単に加工陣など、この部屋の設備について説明をしてくれた。それが終わると、彼はメグに俺の持ってきた結晶を手渡して、綺麗なお辞儀をして部屋から出ていった。どうやらフィリップス工房と同じように、今回も工房の人には席を外してもらうようだった。
「ユーリ様、まずはフランチェスカ王女からお預かりしておりますこの結晶から加工をお願いしてもよろしいでしょうか?」
アレックスはこの部屋に入る前に彼の侍従から手渡されていた箱を、俺の目の前で開けた。箱の中には、俺が持ってきたものより更にきらめきが美しい結晶が鎮座していた。
「もちろんです。今日はフランチェスカ王女のために来たのですから」
「ありがとうございます。では加工陣にセットしますので、少しお待ちください」
そう言うと、アレックスは慣れた手付きで結晶を加工陣にセットしていった。メグといい、結晶の加工について詳しい人は多いのかなと考えていると、作業を終えたアレックスから声を掛けられた。
「準備が整いました。ユーリ様、お願いいたします」
「はい、指は、えっとここに触れたらいいのですよね?」
「はい、そちらになります」
加工陣に触れる場所さえ確認できれば、後はもはや慣れた魔法を使うだけだった。加工陣に指を触れさせ、俺は『ミラクル』を発動させた。
『神よりもたらされし祝福と奇跡の光を、ミラクル』
『ミラクル』ももう呪文を唱えなくても発動できるが、王女様のためのものなので、念のために俺は呪文を口にした。
いつものように魔力が俺の体の中を動き、指先から消えていった。前も思ったが、魔法が発動される感覚はあるのに、何も起こらないのは何だか不思議だった。
俺の呪文に応えるように、加工陣に組み込まれた小さな結晶の一つが淡く光った。確か前のときも加工陣の結晶が光ったはずなので、どうやら加工は無事成功したようだった。
その証拠に、アレックスが落ち着いた様子で加工後の結晶を確認していた。前のメグのときといい何を見ているかは分からないが、何度か角度を変えて結晶を確認したアレックスは、問題なく加工されておりますと言った。
続けて俺の結晶の加工を行うつもりだったが、アレックスはすっと加工陣を持ち上げると、それを壁際の別の机に移動させた。俺が驚いた顔をしているのに気がついたアレックスが、同じように驚いた顔をしてこう聞いてきた。
「ユーリ様、もしや連続で加工を行われるおつもりだったのですか?」
「はい、そうですが。えーっと、何か問題があるのでしょうか?」
俺の返答にアレックスがさらに驚いた顔を見せた。なぜそんな反応をされたのか分からずにいた俺に、メグが後ろからそっと答えを教えてくれた。
「『ミラクル』は多くの魔力を必要とする魔法です。そのため、普通の人は連続では使いません。アレックス様はユーリ様の魔力量をご存知ないため、あのような反応をされたのだと思います」
俺の体感としては『ミラクル』を十回ぐらい使っても、魔力が枯渇することはないイメージだった。今まで何度も他人より魔力が多いとは聞かされていたが、思っていたより俺の魔力量は多いようだった。
「そうでしたか。さすが聖女様、そこまでの魔力量をお持ちとは想像もしておりませんでした。では、お茶の用意もしていたのですが、このまま加工を続けられますか?」
アレックスにそう言われて初めて、俺は部屋の外から茶器を用意する音が聞こえてくることに気が付いた。なるほど、普通の人は加工の間に魔力を回復させるための休憩を挟むから、こんな豪華な部屋で結晶の加工をするのかと俺は一人納得をした。
加工をちゃっちゃと終わらせたい気持ちもあったが、折角用意してくれているお茶を無駄にするのも気が引けた。小腹が空いていない訳でもなかったので、俺は準備してもらったお茶を出してもらうことにした。
温かな紅茶とシンプルながらすごくうまい焼き菓子をいただきながら、アレックスと結晶の加工や魔法の話をした。騎士団でも魔法を込めた結晶はよく使うらしく、攻撃や防御に結晶を活用している話は、ゲームや物語のようでワクワクして聞いてしまった。
他にも、アレックスは高位の水属性使い手であるため、水魔法の話をしたり、見本を見せてもらったりした。光魔法を習得するときもそうだったが、魔法はイメージが大切だ。彼の水を生み出す魔法を近くで見ることができて、俺はかなりしっかりしたイメージを掴むことができた。
そうして話をしているうちに金の縁取りが美しいカップの底も見えてきて、そろそろ休憩も終わりかと言う雰囲気になった。俺が次の作業のことを考えていると、アレックスが俺をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。
「ユーリ様、これから少しばかりお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
アレックスの改まった姿勢に、これは今までの雑談の続きではないということが分かった。俺も気持ち背筋を伸ばして、彼に返事をした。
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。先ほどジュリアスが言っていたことについて、少しお話をさせていただきたいと思うのですが、聞いていただけますでしょうか?」
「分かりました。うかがいます」
アレックスは彼自身が聞き苦しいと表現した、恐らくだが彼にとっては良いことではない話を俺に説明しようとしてくれていた。彼は中途半端に俺の耳に入れたままにせずきちんと話そうとしてくれているのだろうが、緊張しているように見える顔が、俺は少しだけ気になってしまった。
「でも、その、話しにくいことであれば、無理はなさらないでください。確かに私の名前が出ておりましたが、私は気にしておりませんので」
俺がそう断ると、アレックスは少しだけ力んでいた表情を緩ませた。
「お気遣いありがとうございます。しかし、自分のことは自分の言葉で説明をしたいと思います」
アレックスがそう思っているなら、俺もジュリアスの言葉は少し気になっていたし、断る理由はなかった。新しい紅茶を注いでもらってから、俺は彼の話を聞くことにした。
話が始まる前に、アレックスは自分の侍従を部屋から下がらせ、俺にもこう頼んできた。
「これからする話は、私の個人的な話も含まれます。申し訳ございませんが、ユーリ様の侍女も部屋の入り口まで下がらせてもらってもよろしいでしょうか?」
ジュリアスのあの口ぶりから、これからの話がアレックスにとって誰にでも聞かれていい話ではないことは予測していた。しかし、俺はメグがいないと声が保てない。声を変えるためのネックレスに軽く触れながら、俺は念のため彼女に確認をした。
「メグ、アレックス様がこうおっしゃっているけど、問題ないかな?」
メグは俺の手の動きを見て、俺の意図するところを察してくれたようだった。
「問題ございません。何かございましたら、お呼びいただければすぐお側に参ります」
声さえ問題なければ、俺としては問題はなかった。そのため、俺はメグに入り口の近くまで下がるように言った。
かなり広い部屋のため、入り口まで下がってしまえば、大声でも出さない限り会話の内容がメグたちに聞こえることはないだろう。アレックスは自分の侍従やメグが下がったのを確認すると、彼のこと、そして彼と聖女のことを話し始めた。




