聖女と騎士 3
貸し切りの店に無理やり入ってきたくせに、ジュリアスはいけしゃあしゃあと「偶然」と言ってのけた。その態度に視線を鋭くした俺が何かを言う前に、アレックスが立ち上がり、庇うように俺の前に立った。
「モングスト侯爵令息、本日この工房は聖女様のため貸し切りとなっている。悪いがまた日を改めてもらおうか」
ジュリアスよりアレックスの方が家の地位が上であるためそれで大人しくなるかと思いきや、ジュリアスは尊大な態度を変えることなくアレックスに言い返した。
「私はお前ではなく、ユーリ様と話をしているのだ」
ジュリアスはそれだけを言うと、アレックスを無視して俺に再び笑みを向けてきた。
「ユーリ様はフランチェスカ王女のためにこの工房にいらしたのですよね?私もこの工房とは懇意にしております。結晶の加工についてもよく知っておりますので、ここからはぜひ私にご案内をさせてください」
元々モングスト侯爵家の人間に好意の欠片もなかったのもあるが、ジュリアスの横柄な態度を見て、更にこの男と侯爵家のことが嫌いになった。当然、こいつのエスコートなんてお断り一択だった。
俺はわざと冷たく聞こえる声を出して、奴の提案を断った。
「おっしゃる通り私は今日はフランチェスカ王女のために来ております。その殿下が遣わせてくださったのがアレックス様です。今日の案内は彼に任せます」
俺としてはピシャリと断ったつもりだったのに、ジュリアスは余裕の笑みを崩さなかった。
「奴はただの王女殿下の腰巾着です。あんなののエスコートを断ったところで、角は立ちません。ユーリ様がお気になさるようなことなど、何もございませんよ。さ、私が作業場へ案内しましょう」
その物言いは、自分より地位の高い人に対してはもちろん論外だが、普通に他人に向けるにはあまりにもひどいものだった。思わず何か言い返しそうになったが、それより先にアレックスが静かに彼を制した。
「他ならぬユーリ様ご自身が私に案内を任せるとおっしゃっているのだ。ユーリ様に無理強いをするのは止めたまえ。ジュリアス、そんなにこの方をご案内したいのであれば、君が自分でお誘いすればいいだけの話だろう」
アレックスに冷静に正論を説かれたからか、それとも何度も手紙で俺をお茶会や演劇に誘っているがことごとく断られているからか、ジュリアスは彼の言葉にぐっと眉を寄せた。
しかし、ジュリアスはすぐにその不満を隠さない表情の口元をぐにゃりと曲げ、歪な嘲笑をアレックスに向けた。まるで八つ当たりでもするかのように、彼にこう言い放った。
「はっ。そのご自慢の顔で聖女様に取り入るしかないから、滑稽なほど必死だな。その割に聖女様はお前になびいていないらしいじゃないか。折角お前を引き取ってくださった公爵閣下も、さぞ後悔されているだろうな」
目の前にあったアレックスの拳が、ギリリと音を立てて握り込まれるのが見えた。ジュリアスの言っていることの意味は半分も分からなかったが、その顔と声音から奴がアレックスを侮辱したということだけははっきりと伝わった。
俺はばっと立ち上がり、アレックスの横に立った。その俺の前に出ようとするアレックスを手で制し、彼の横に並びジュリアスを睨み付けた。そして今度こそしっかりと分からせるため、内心の怒りを隠さずジュリアスにこう告げた。
「手紙でのお誘いを全てお断りしておりますように、私は貴方と出掛ける気などありません。それに私がなびく、なびかないと勝手に話をしていましたが、貴方よりアレックス様の方がよっぽど紳士的で素晴らしいお方です」
奴は俺の言葉に余程腹を立てたのか、顔面を一瞬にして怒気に染め上げた。その顔のまま腕を上げかけたが、後ろに控えていた彼の侍従が飛び出してきて、必死の形相で何とかそれを取り押さえた。
「ジュ、ジュリアス様!私の事前確認が不足しており、この工房が本日貸し切りということを把握しておりませんでした。申し訳ございませんが、また日を改めてはいただけないでしょうか?」
ジュリアスの侍従は嘘をついて自分が泥を被ることで、何とか奴に引く口実を与えた。奴も俺の冷え冷えとした視線にさすがに分が悪いことは理解したのか、渋々といった態度ではあったが侍従の提案を飲み込んだ。
奴は不満を顔に残したまま、それでも俺に不遜な笑みを向けた。
「ユーリ様、誠に残念ですが本日の案内は断念することにいたします」
本日も明日も明後日もお前にはねえよと俺が思っていると、奴は最後にこう言ってきた。
「聖女様もすぐにその男は見てくれだけの張りぼてだと気付きますよ。そうすれば、真に貴女に相応しい相手が誰なのか、自ずとご理解されるでしょう。そのときには、貴女は私の誘いに色好いお返事をくださるでしょう」
ジュリアスは工房を出る最後まで、傲慢な態度を崩さなかった。塩でも撒いてやろうかと俺が思っていると、ジュリアスが腕を上げようとしたときから腰の剣に利き手を添えていたアレックスがやっとその手を離し、俺に向き直り大きく頭を下げた。
「私がエスコートをすると申し上げておきながら、ご不快な思いをさせて申し訳ございませんでした」
「そんな!今のは事故のようなものですよ。勝手に割って入ってきたのは向こうですし、アレックス様が謝ることなどありませんよ」
どう考えても、さっきのやり取りで悪いのはジュリアスだけだった。アレックスは冷静に対応してくれたし、あれだけのことを言われた彼もまた被害者だろう。それなのに、彼はどこか困ったような、何かを諦めたような顔をして、俺に再びこう謝った。
「しかし、お聞き苦しい話まで耳に入れてしまいました。申し訳ございませんでした」
アレックスの言う聞き苦しい話、それは恐らくジュリアスが言った俺との関係を指すことなのだろう。
ジュリアスが吐いた暴言とフランチェスカ王女が溢した心配。立ち位置は真逆だが、どちらも聖女である俺とアレックスの関係を指していた。彼らの言うことが何となく繋がりそうではあったが、まだ全容を把握できていない俺はアレックスに何と返していいか言葉に詰まった。
そんな俺たちの間に少しの沈黙が降りたタイミングで、ずっと機会をうかがっていたのかメグが後ろからそっと俺に声をかけてきた。
「ユーリ様、工房長がお戻りになりました」
その言葉にアレックスから一度視線を外し振り向くと、随分と顔色を悪くした工房長が立っているのが見えた。
ここには結晶の加工のために来たはずなのに、招かれざる客が騒ぎを起こしたせいで、すっかり思考が脱線してしまった。色々考えるべきことはあるが、まずは結晶の加工を優先しなければと思っていると、アレックスから声をかけられた。
「ユーリ様、工房の準備はもう済んでいるようです。フランチェスカ殿下から依頼されている用件を進めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。工房長、すみません。お待たせいたしました」
俺がそう声をかけると、工房長は俺たちの座っていたソファセットの近くまで来て、大きく頭を下げた。
「聖女ユーリ様、アレックス様、先ほどはこちらの対応が不十分であったため、貸し切りの工房内に他のお客様を招き入れてしまい誠に申し訳ございませんでした」
工房長はそう謝罪したが、ジュリアスが店員の制止を振り切り無理やり中に入ってきたことは、そのやり取りが聞こえていたので理解していた。アレックスもそうだが、この工房だって被害者だった。
「あの方が無理やり入ってきたということは、会話が聞こえておりましたので理解しています。相手は侯爵家の人間ですから、止められなくても仕方がないでしょう。私は気にしておりませんので、どうか頭を上げてください」
公爵家の位にあるアレックスに対してでさえあの態度だったのだ。工房の人たちがジュリアスを止めるのは不可能だっただろう。
それでもまだ工房長は謝罪を続けそうだったので、俺はわざと明るい声で話題を変えた。
「結晶の加工の準備が整ったのですよね。私の持ってきた結晶も問題なく加工できそうでしょうか?」
俺のその声を聞いて、俺の意図するところを汲んでくれたのか、工房長も表情を穏やかなものに戻して応えてくれた。
「はい、問題ございませんでした。フランチェスカ殿下の結晶の加工用に準備した加工陣をそのままご使用いただけます。加工陣も含め、準備は整っております。早速作業をなさいますか?」
「はい、作業場まで案内をお願いできますか?」
「承知いたしました。では、二階へと案内させていただきます」
工房長にそうお願いした後、俺はソファから立ち上がる前にアレックスの方を見た。いつもならアレックスは俺が動く前にすっと手を差し出してくれるが、先ほどのジュリアスの話を気にしているのか、彼はすぐに動き出せずにいた。
ジュリアスが色々言っていたあれらが、恐らくだがアレックスが聖女に拘る理由と関係しているのだろう。それはアレックスにとっては「聞き苦しい」ことのようだが、例え彼が利己のために俺に好意を示していたのであっても、俺はそれでもいいと思っていた。
情けは人のためならずではないが、誰だって大なり小なり自分の利益のために行動している。アレックスに何かしらの考えがあるとしても、俺たちのためにカフェの席を用意してくれたり、さっきジュリアスから俺を守るように動いたりしてくれた事実は変わらないと思っていた。
俺はジュリアスの言っていたことなど気にしていない。それを伝えるためにも、俺は努めていつも通りの顔をアレックスに向け、こう言った。
「ジュリアス様に今日のエスコートはアレックス様に頼むと言ったのは、彼を追い払う方便などではありません。フランチェスカ王女の信頼する、そして私たちに細かく気を配ってくださるアレックス様だから、お願いすると言ったのです。ジュリアス様の言葉を聞いても、私のその考えに変わりはありません」
言ってから、少し生意気を言いすぎただろうかと不安になった。ちょっと緊張しながらアレックスのリアクションを待つと、彼は一度目を閉じ、ふっと長めの息を吐いた。
そして目を開けると、視線を俺にしっかりと合わせ、王子様モードのときよりずっと自然な笑みを浮かべた。
それは気取った笑顔よりもよっぽど綺麗な表情で、同性ながら思わず見入ってしまいそうなほどだった。彼はその笑顔を浮かべたまま、俺の手をすっと取った。
「お心遣い、誠にありがとうございます。やはりユーリ様は聖女と呼ばれるに相応しいお方ですね。そんなお方をエスコートできること、心より光栄に思います」
エスコートをしてくれと自分から言ったのに、俺はアレックスから放たれるキラキラの凄さに押し潰されそうになった。ちょっと焚き付け過ぎたかなと思いつつ、俺は彼の完璧なエスコートを受けながら二階へと向かった。




