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聖女と騎士 2

目の前にいる胸に手を当てて俺にお辞儀をする人物は、印象的な切れ長の目を伏せていても、長いまつ毛が濃い影を落とす顔も美しいと思わせる男だった。

アレックスは顔を上げると、口角を綺麗に上げ、お手本のような笑顔を俺に向けた。


「フランチェスカ王女の命でもありますが、私も聖女ユーリ様にまたお目見えしたいと思っておりました。本日は貴女をエスコートする栄誉を賜り、大変光栄でございます」


お茶を淹れるためにこの客間に控えていた女性が、この男前から放たれた流れ弾をくらって言葉を失い顔を赤くしていた。相変わらず驚くほどのイケメンだが、俺には男の顔がいくら良くても響かない。そして、それより何より先ほど聞いたアレックスのファミリーネームの衝撃でそれどころではなかった。


ここの国名であるアークティメリアと響きの近いアークゼアリ家。王家を表すというアークの名を持つことが許されている家は、今はただ一つだけのはずだった。

その唯一であるのが、現国王の弟が当主を務めるアークゼアリ公爵家だ。ずっと高位貴族だとは聞いていたが、アレックスは公爵家の人間だったのだ。

そりゃカフェの席を空けるなんて造作もないよなと納得をしつつ、それと同時にそれだけの地位がある男が何故これほどまでに聖女に拘るのだろうと疑問に思った。


モングスト侯爵家への訪問の後、何度か貴族の依頼を受けて、教会で『ミラクル』を披露した。聖女の祝福を受けるという名目の場だったが、全ての貴族がその場に息子を連れてきていた。年は中学生になりたてぐらいからアラサーっぽい人までいたが、全員が圧すら感じそうなほどの笑顔を浮かべ、容姿から魔法のことまでありとあらゆることで俺を誉めちぎり、何とか俺に近づこうと必死だった。

しかし、俺が応える気のない態度を取ると、そのアピールはピタリと止んだり、ガクンとトーンを落とした。聖女の身の振りには本人の意志が優先されることは彼らも理解しているようで、ワンチャン狙いでチャレンジはしてくるが、俺にその気がないと知るとしつこく食い下がってくることは余りなかった。


アレックスは王宮で俺が結婚する気がないことも、貴族社会に興味がないことも聞いているはずだった。それなのに、彼は俺への好意を示し続けていた。

国王陛下とその弟である公爵家当主は先代の聖女の息子であるため、アレックスにも十分に濃い聖女の血が流れているはずだ。聖女の血に並々ならぬ執着を持つモングスト家ならいざ知らず、彼がどうしてここまで聖女に拘るのかが分からなかった。


そして、十分に高い地位にあり、先代聖女の孫で、全ての乙女の憧れとまで言われるイケメンで、声まで良くて、男として誰もが羨む理想のカードを手元に揃えているこの男に対して、フランチェスカ王女が言った言葉も気になっていた。

アレックスが聖女に向ける感情の裏には何かあるのだろうか。そう疑問に思いながら、俺は彼とは比べ物にもならないほどぎこちない笑みを返した。



完璧なエスコートを受け馬車に乗り込んだ俺は、アレックスの向かいに座ってロスティアート工房へと向かった。馬車に乗る前は密室で向かい合うとなると、歯が浮くようなセリフで口説かれ続けるのではないかと危惧していた。しかし、実際にはアレックスはそんな素振りを一切見せなかった。俺が視線を逃がすように窓の外を見ていても、無理やり気を引くようなことは言わず、窓から見える景色の説明や、この街の成り立ちなどを話してくれた。


「そちらに見えている古いレンガ造りの壁は、昔の城壁の名残です。かつて、この街はここまでしかなかったのですが、国の発展と共に人口が増えたため、今の城壁のところまで街が拡張されたのです」


「そこに見える門は地下水路への入り口です。地下水路は街中に張り巡らされており、時おり賊がそこを根城にするため、騎士団は定期的に水路の掃討をします。最近は治安が安定しているので、掃討というより掃除がメインですがね」


アレックスから口説かれ続けるんじゃないかなんて心配していたはずなのに、実際フタを開けてみれば彼の話は興味深いものばかりで、俺は普通に彼との会話を楽しんでいた。話は弾み、あっという間にロスティアート工房に到着した。



前回、フィリップス工房に行ったときはお忍びだったが今回は聖女としての訪問であったため、工房の入り口で大勢の従業員が俺たちの到着を出迎えてくれた。軽く会釈をして彼らに応えた後、再びキラキラ王子様モードに戻ったアレックスに手を引かれながら俺は店内に足を踏み入れた。


フィリップス工房の一階はショップのような雰囲気だったが、ロスティアート工房の一階は王家御用達の名に相応しく、一流ホテルのロビーのような雰囲気だった。

土足でいいのか不安になるような柔らかなカーペットの上を進み、俺は奥にある一番大きなソファセットに座った。


「聖女ユーリ様、本日はロスティアート工房までお越しくださり、ありがとうございます」


ソファに落ち着くとすぐ工房長だというおじさんがやってきて、俺たちに挨拶と今日の作業の説明をしてくれた。作業の内容は、先日フィリップス工房で行ったこととほぼ一緒だった。これならフランチェスカ王女のための結晶も問題なく加工できるなと、俺は密かにホッと胸を撫で下ろした。


その後、工房長の話が一通り落ち着いたところで、俺は彼に自分が持ってきた結晶のことを聞いた。


「急な話で申し訳ないのですが、実は私も手元に未加工の結晶を一つ持っているのです。もし今日一緒に加工ができそうなら、お願いをしたいと考えているのですが、大丈夫でしょうか?」


「お持ちの結晶の加工ですか。事前にご依頼いただいているフランチェスカ殿下の結晶と同じ加工方法でよろしければすぐに対応できます。しかし、魔法の発動方法を変える場合は、その方法によって少しお時間をいただくことになります」


そこでフランチェスカ王女が指定した魔法の発動方法を確認したところ、前にメグたちのために加工したものと同じく、魔法とそれに必要な魔力をセットで結晶に入れて、魔法は魔力を通して発動させるものだった。

大きい方の結晶は自分で持とうと思っているので魔力を込める必要は特になかった。しかし、こちらは急に頼んでいる立場なので手間を増やすのは申し訳ないため、王女様と同じ加工にすることにした。


「承知いたしました。では、事前の確認をしますので、お持ちの結晶をお見せいただけますでしょうか?」


「メグ、結晶を渡してもらえますか?」


工房長はメグから俺の結晶を預かると、控えていた店員にそれを渡した。


「確認のため少しお時間を頂戴いたします。しばらくこちらでお待ちくださいませ」



そうして工房長たちが下がった後、俺たちは用意してもらったお茶を飲みながらしばらく時間を潰すことになった。


「アレックス様、こちらの急なお願いで追加の加工をすることになりましたが、お時間大丈夫でしょうか?もしご予定などありましたら、追加の加工は我々だけで行います」


話の流でそのまま結晶を預けてしまったが、よく考えるとアレックスの予定を確認していなかった。俺がそう謝ると、馬車を降りてからまた王子様対応のアレックスは目映い笑顔でこう答えた。


「今日の私の任務はユーリ様のエスコートです。ご一緒できる時間が増えることは、むしろ嬉しく思います。教会にお戻りになるまで、お付き合いをさせてください」


「そ、そうですか。問題がないようでよかったです」


そこからお茶を飲みつつ、キラキラ王子様のアレックスの相手を何とかしていると、突然工房の入り口から何やら大声でやり取りをする声が聞こえてきた。


「誰かが騒いでいるようですね。何かあったのでしょうか?」


「今日のこの時間はユーリ様のために貸し切りにしているはずなのですが。おかしいですね」


俺たちがそんな会話をしている間にも、ざわざわとしたその声は段々こちらに近づいてきた。しばらくすると、その内容もはっきりと聞こえるようになった。

「俺を誰だと思っている」「お待ちください、お客様!」といったやり取りから、大声で横柄に怒鳴り付ける男がいて、店員が彼を制止しようとしているのだと判別できた。どうやら貸し切りであるのに、男が無理やり工房に入ってきたようだった。

アレックスが少し腰を浮かせ警戒を滲ませていたのに、それに気づいていなかった俺はのんきに声のする方に視線を向けた。すると、ちょうどその時、金髪の男が店員を押し退け、俺の視界に入ってきた。


「お久しぶりでございます、ユーリ様。こうして偶然貴女様にお会いすることができて、嬉しく思います」


そう言って傲慢な笑みを俺に向けたのは、モングスト侯爵家の嫡男で、キャサリンの兄であるジュリアスだった。

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