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聖女 5

「すいません、話を逸らしてしまいました。ユーリ様、今日貴方に聖女様の格好をしていただいたのには訳がございます。この世界に来られてすぐで申し訳ございませんが、聖女様の役割である守護結晶へ聖女様の魔力を注ぐ作業をお願いしたいのです」


さっきの話からは打って変わり、ロバートさんは真剣な表情でそう言った。


昨日から既に二回分の飯と、ふかふかのベッドと温かな風呂をタダで提供してもらっている。向こうの都合もあるだろうが、今着ているやたら着心地のいい服も用意してもらったものだ。この世界で身分証一つ、貨幣一つ持たない俺は、このままここで衣食住についてお世話になるしかないだろう。


悲しいかな貧乏学生らしくバイトで日々の生活を賄っていた身には、何もせず与えられるだけというのはどうにも座りが悪かった。罪悪感とまでは言わないが、何か仕事をしている方がまだそれらの生活を受け入れやすく感じた。そのため、俺はロバートさんの話を二つ返事で引き受けた。


「昨日言ってた聖女の仕事ってやつだよね?まだその魔力?とかいうものの扱いはよく分からないけど、とりあえずやってみるよ」


「ありがとうございます。では、守護結晶の安置されている祭壇までご案内いたします。魔力の注ぎ方についてもそちらで説明をいたします」



ロバートさんが持ってきてくれたローブを羽織って、俺はその結晶がある部屋へと向かうことになった。フードの付いたそのローブは、シルクかなってぐらいツヤツヤのキラキラの生地で、さらに顔を覆うためのフードの縁には細かな花模様のレースと金糸で描かれた刺繍が付いていた。


服、特に女性ものとか高いものとかに詳しくない俺から見ても、このローブは明らかに高級品だった。『聖女様』を演出するためにも必要なのだろうけど、どうにも落ち着かない気持ちになりながら、俺はその高級ローブに袖を通した。


ローブを着た後、最後にフードを目深に被ると俺の顔はいい感じに前からは見えづらくなっていた。それでいて生地の高級感や刺繍、レースのお陰で、顔を見せない格好なのに怪しさより神秘さがあるように見えた。


こうして出来上がった、ちょっと神秘的な聖女様になった俺は、その祭壇とやらに向かうこととなった。



守護結晶のある祭壇は教会の奥にあったのもあってか、昨日とは違い、廊下を進む途中で何人かの人とすれ違った。

皆、俺を視界に入れると、眩いものを見るような視線を向けた後、深く頭を下げながら道を譲ってくれた。


誰か一人ぐらいには「えっ?あいつ男なんじゃないか?」って疑いの目を向けられないか最初はびくびくしていたが、アリーの技量と高級ローブのおかげで、それは杞憂に終わった。



結晶のある祭壇は教会の奥、離れのような小さな建物の中にあった。重要な場所だけあって、入り口には厳つい衛兵までいた。深く頭を下げてくれる彼らを横目に見ながら、俺はその建屋に入っていった。


その建屋は俺が宛がってもらった部屋や、そこに行くまでに見た豪華な礼拝堂と違って、小ぢんまりとした、シンプルな作りであった。しかし一歩そこに足を踏み入れると、空気が凛と深く澄んでいるような、窓から差し込む光の透明度が一段高いような、そんな印象を抱かせる不思議な場所であった。


飾り気のないその部屋の真ん中に、ゲームならセーブポイントにでもなりそうな、一抱えはありそうな大きな結晶が置かれていた。重要な結晶と聞いて胸元にあるペンダントの先に付いているようなちゃんと加工をされた宝石のようなものを想像していたが、そこにあったのは鉱山からそのまま持ってきたようなむき出しの結晶だった。


その大きな結晶は天窓から差し込む光を、ホログラムのように複雑に反射していた。そのどこか神秘的な輝きに思わず見惚れていると後ろから急に声をかけられた。


「美しいでしょう?この世界に二つとない世界を守る守護結晶です」


声につられるように振り返ると、そこには小柄なご老人が一人いた。俺が急に現れた見知らぬ人に身を固くしていると、その人は申し訳なさそうに眉を下げながらこう言った。


「此度の聖女様はまだこの世界に慣れていらっしゃらないと聞いてはいたのですが、一度お目通りをお願いしたく参りました。私はここの教会の責任者を務めます司教のヨンハンスと申します」


頭を下げるヨンハンス司教の向こうで、ロバートさんも慌てて頭を下げてくれていた。どうやらこの人の登場はロバートさんも把握していなかったようだ。

まぁでもロバートさんたちこの教会の人にとって『聖女様』がとても大事な存在なのは俺も何となく分かってきていたので、ここの教会の責任者が俺に会いに来るのも仕方のないことなのかなと俺は思った。そのため俺はロバートさんに軽く手を振って大丈夫だと伝えてから、ヨンハンス司教にこう返した。


「初めまして、えっと今回の聖女になりました斎藤佑利です」


初めて俺の事情を知らない人と話すので少し緊張したが、メグも同じ部屋にいてくれたのでネックレスは問題なく作動し、俺の声を自然な女性の声に変えてくれた。


「ユーリ様、この度はこの世界を救うべくそのお力を我々に貸してくださること、心より感謝を申し上げます。微力ながら我々は持てる全ての力をもってユーリ様を支えさせていただきます。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」


「そう畏まらないでください、ヨンハンス司教。昨日からロバートさんたちには充分良くしてもらっています。まだ不慣れなことが多いのと、私はあまり人前に出ることが得意ではないので、色々ご迷惑をおかけすることになると思います。その辺りを助けていただけると嬉しいです」


俺が男っぽい話し方にならないよう言葉遣いに気を付けながらそう答えると、目の前の人の良さそうなご老人は申し訳なさそうにこう言ってきた。


「ユーリ様があまり人前に出ることを望んでいらっしゃらないのはロバートからも聞いております。しかしそれを押しても今日ここに参りましたのは、ユーリ様に一つお願いをしたいことがあるためです」


「お願い?何でしょうか?」


教会の偉い人からのお願いとは何だろうと、俺は少しばかり身構えた。


「ロバートが貴女に関わろうとする全てに対応できればよかったのですが、この教会には彼より地位の高い人間が何人かおります。彼らが横槍を入れてくるとロバートでは対応し切れぬ場合もございます。そのため、もしよろしければそんな彼らとユーリ様の間を私に取り持たせていただきたいのです」


「ヨンハンス司教が窓口の役割をなさってくれるということですか?」


「はい。私は一応ここの責任者となっております。私を窓口としていただければ、ユーリ様のお手を煩わすほどのことではないと判断できるものは断ることができますし、色々な人間がユーリ様の元を直接訪れることもなくなるかと思われます」


ヨンハンス司教はアポなしでここに来たことを気にしながら言葉を選んでくれていたが、話を聞くとそれは俺のためを考えてくれていることだった。


確かによく分からない人たちを多数相手するより、この優しそうなおじいちゃん一人の相手をする方が楽そうであった。それに、上役からの無茶に断りを入れるのが大変なことは、バイトの経験から身にしみて分かっていた。

そのため、俺はヨンハンス司教の申し出を受けることにした。


「ヨンハンス司教、お気遣いありがとうございます。私にとってもありがたいお話ですので、司教にお願いしてもいいでしょうか?」


「ありがとうございます、ユーリ様。僭越ながら私が教徒たちと聖女様の橋渡しの役目を務めさせていただきます」



こうして、俺はこの教会の最高位の人物であるヨンハンス司教と挨拶を済ませたのだった。



そのときの俺は偉い人が優しそうなおじいちゃんでよかったな~ぐらいにしか思っていなかった。

ここの教会で一番偉いこのご老人がこの国において相当高い地位を持っていることを俺が知るのは、もう少し後のことであった。

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