王女との取り引き 1
事前に届いていたフランチェスカ王女からの手紙には、『あの件』こと、キャサリンのことについて進展があったので話がしたいと書かれていた。
それはメグがキャサリンに危害を加えられた日に、俺がフランチェスカ王女に頼んだことだった。
モングスト侯爵家から戻ったあの日、俺はロバートさんとキャサリンたちに要求する項目について話し合った。あれだけのことをされたのに、明確な物証がなく、また相手が侯爵家ということもあって、俺たちにできることは本当に限られていた。
メグを守りたいと思ったが、そのためにできることは知れていた。悔しさのあまり、俺は愚痴のような言葉が出るのを止められなかった。
「聖女なんて呼ばれていても、できないことばかりで、本当に悔しいです」
「そんなことは仰らないでください、ユーリ様。貴方がいてくださり、光魔法を使ってくださったからこそ、メグは救われたのです」
ロバートさんの言葉は本心から来るものだと分かっていた。しかし、それでも俺は自分の感情を鎮められずにいた。
「侯爵家ってそんな偉いものなんですか?」
「残念ながら、ユーリ様がいらっしゃった世界とは異なり、この世界の身分の違いは大きいのです。聖女様にも一定の権力はありますが、政治的な力となると侯爵家の方が上となります」
「権力、権力か。あー、俺が一番偉かったらよかったのにな」
ふて腐れ、子供みたいなことを呟いた俺を、ロバートさんは決して笑ったりはしなかった。静かに、俺に寄り添ってくれた。
「権力を正しく使うということは、とても難しいことなのです。主観の分だけ、真実がありますから。しかし、そうであっても今回の彼らの所業は許容できるものではありません」
「それぞれに立場も、考えの違いもある、か。俺が王様ぐらい偉かったら、バーンと解決できるかと思ったけど、そんな単純なものでもないのか」
「そうですね。それほどの権力があっても、今回のケースではキャサリン侯爵令嬢を罰することはできないでしょう。でも、少なくとも侯爵家という権力にも劣らなくなるので、できることは増えるかもしれませんね」
俺が王様だったらなんて下らない空想話にも、ロバートさんは付き合ってくれた。そうして言葉を交わすうちに少し落ち着きを取り戻した俺だったが、ふと、今の会話で思ったことがあった。
「あの、ロバートさん」
「どうかされましたか、ユーリ様?」
「王族って侯爵より偉いですよね?」
『りんごは赤いですか?』のような、当然のことを聞かれたためか、ロバートさんは一瞬キョトンとした顔をした。俺の変な質問の意図を掴みかねているような表情のままではあったが、彼はきちんと返答をしてくれた。
「ええ、当然です。この国で一番権力を持っているのは国王陛下ですから」
その答えを受けて、俺はソファからがばりと立ち上がった。俺の急な行動に驚くロバートさんを横目に、俺はいつも勉強などに使っているデスクに向かった。
広いデスクの隅には、書類箱が置かれていた。その中には、大量に届く手紙や招待状のうち、メグが選別をして俺が返事を書くべきと判断したものだけが入れられていた。それらの手紙の中から、俺は一つを手に取り、ロバートさんの前に戻った。
俺が手に取ったその手紙は、純白と言っても過言ではないほど美しい白い封筒が使われていた。封筒の縁には金色の細かな線が描かれていて、裏面には真っ赤な蝋で封がなされていた。
蝋に押されているのは、羽が生えた獅子だった。この国において有翼の獅子が示すものはただ一つだった。封筒の裏面の蝋を見て、ロバートさんは何かを察したようだった。
「これは王家から、いやフランチェスカ王女からのお手紙ですか?まさかユーリ様、王女殿下に今回のことを話すのですか?」
信じられないとばかりに目を見開いたロバートさんに、俺はゆっくりと頷いてみせた。
「確かにフランチェスカ王女であれば、モングスト侯爵家にも勝る権力があります。しかし、王族だからこそあの方たちは簡単には片方には肩入れはしない可能性が高いと思います」
ロバートさんは、諭すような口調で俺にそう言った。もちろん、取り合ってもらえない可能性が高いことは俺も理解していた。しかし、少しでも可能性があるのなら、やって損はないのではとも思っていた。
「それは分かっています。それでも、何か俺にできることがあるなら、やりたいんです」
俺のその答えに、ロバートさんは俺の持つ封筒を見つめ、考え込むようにじっと黙り込んだ。しばらく沈黙が続いた後、彼は下げていた視線を俺に向けた。
「フランチェスカ王女にお伝えするのであれば、なるべく感情は入れず、起きた事柄のみを書くべきでしょう。そして、何かを願い出るより、あくまで相談という形にするべきだと思います。どう対処するかは、殿下のご判断に委ねましょう」
「ロバートさん、その、いいんですか?」
さっきのリアクションから、俺の案はロバートさんにあまり良くは思われていないと思っていた。確認するようにそう聞いた俺に、彼は表情を和らげてこう答えた。
「何かしたいという気持ちは私も同じですから。手紙の内容に気を付ければ、王女殿下の不興を買うことはないと思われます。ただ、明日ヨンハンス司教には念のため確認をさせてください」
「ありがとうございます。助かります」
俺としても不敬なことはしたくないし、ヨンハンス司教に相談してもらえるのはありがたいことだった。そうと決まれば早速フランチェスカ王女に宛てる手紙の内容を相談しようとペンを取りに行った俺に、ロバートさんはこう忠告した。
「ユーリ様、フランチェスカ王女がもし我々の相談に応えてくださった場合、何かしらの対価を求められる可能性もあります。そこだけは含みおきください」
王族なら解決してくれるかもと頼むことばかり考えていて、対価のことは考えていなかった。確かに、難しいことをしてもらえば、それに応じた要求は飲まねばならないだろう。
フランチェスカ王女が求めるものなど俺には検討もつかないが、空手形になるような無理な要求は多分してこないだろう。メグが守るために俺にできることがあるなら、喜んでやる。そんな覚悟を持って、俺はロバートさんに頷き返した。
そうしてまとめた文面をヨンハンス司教にもチェックしてもらい、次の日には王宮へその手紙を出した。
そうした経緯があったため、先日のモングスト侯爵との交渉では、わざと『今後は口外しない』と約束した。
侯爵と約束したのは、あくまであの日より後についてだけだった。それまでに誰かに漏らしたかとは確認されなかったし、侯爵家との交渉の後にもフランチェスカ王女に手紙は送ったが、「予想通りの展開になりました」としか書いていない。屁理屈だが、一応約束を破ってはいない。あまり褒められた手段ではないが、向こうは堂々と嘘をついてきていたのだから、これぐらいしたって問題はないだろう。
そうして送った手紙に、王女様からは「分かりました。少し考えます」という返事をもらってはいた。しかし、そこからどうなったかは全く聞いていなかった。そのため、俺は緊張しながら、フランチェスカ王女の言葉を待った。
「ユーリ様も気になっていらっしゃるでしょうから、結論からお伝えしますね。キャサリン侯爵令嬢には、近々隣国へ嫁いでもらうことになりました。これで聖女様の侍女に彼女が近づくことはなくなるでしょう」
「り、隣国……」
厳重に注意しておきましたよとか、そういう返事を予想していた俺は、さらりと告げられた予想外の返答に思わずおうむ返しをしてしまった。
俺が驚くことも想定していたのか、フランチェスカ王女は表情を変えずに、淡々と言葉を続けた。
「ええ、隣国です。私のお姉様が嫁いだ国なのですが、我が国の高位貴族から花嫁を出してほしいとの要望をもらっていたのです。キャサリン侯爵令嬢は条件に当てはまりましたので、お願いすることにしました。これで聖女様のお心は晴れるでしょうか?」
俺としてはキャサリンに少しでもお灸を据えてもらえたら十分だと思っていたぐらいだったので、フランチェスカ王女の話は想定以上の返答だった。
「も、もちろんです。すみません、思っていた以上のお言葉だったので少し驚いております。本当にありがとうございます」
頭を下げた俺に、フランチェスカ王女は静かに応じた。
「頭を上げてくださいませ、ユーリ様。今回のことは、もちろんユーリ様からのご相談のとこもありましたが、半分は彼女のためにそうすることにしたのです」
外国に嫁ぐことの何がキャサリンのためになる?その理由がよく分からず黙ったままの俺に、独白のようにフランチェスカ王女は続けた。
「聖女や光魔法に囚われたまま、生まれながらに持ち得なかった能力を足掻き求め、この国で生き続けるのは苦しいことですから。こうして当代の聖女様も降臨されているのに、まだ尚手にできなかった立場に固執し続けてしまうのであれば、それを断ち切ってあげるのも彼女のためかと思ったのです」
固執。確かにあの日キャサリンはめちゃくちゃな理由をこじつけてまでもメグに難癖を付けていた。あんなに人格を歪ませるほどのコンプレックスを抱えて聖女のいるこの国で生きるのは、確かに楽ではないかもしれないと思った。
そんなことを考えていた俺に、フランチェスカ王女は表情に少し陰を落とし、静かにこう聞いてきた。
「ユーリ様は、今回のことが彼女の救いにもなることを気にされるでしょうか?」
フランチェスカ王女の声のトーンからも、この質問は適当に答えていいものではないことは察せられた。
正直俺はキャサリンに対して、よい感情など全く持っていない。彼女が不幸になれば、同情より、ざまあみろと思うだろう。しかし、その上で彼女に利があることをどう思うのか、真剣に自分の感情と向き合ってから、俺はゆっくりと王女様に言葉を返した。
「キャサリン侯爵令嬢の幸せを喜べるほど、私はできた人間ではありません。しかし、かと言って彼女が不幸でなければ許せないという気持ちでもありません。正直に申しますと、私にとっては彼女の幸不幸より、私の侍女の安全の方が大切です。なので、今回の結果が彼女のためになるとしても、そうすることで我々の安全が得られるのであれば、私は今回の結果をありがたく思います」
言葉は選んだが、俺は自分の本音を隠さずにフランチェスカ王女に伝えた。全然気にしませんとか、そういう模範解答の方がよかったかのだろうかと少し思ったところもあったが、目の前の王女様の表情を見るに、正直に答えて正解であったようだった。
そこからキャサリンの隣国への嫁入りの話について、もう少し詳細をフランチェスカ王女から聞いた。外国へ嫁ぐため、キャサリンがこの国を離れるまでには少し時間がかかるそうだ。しかし、侯爵令嬢の嫁入りともなると色々準備が必要になるため、出国までの間は余計なことをする暇もないほど多忙になるだろうとのことであった。
そうしてお願いしていた件について一通り話が終わったところで、俺はロバートさんから念を押されていたことについて話をするため、フランチェスカ王女にそれを切り出すタイミングを窺った。
ロバートさんから言い含められていたこととは、王女様へのお礼について俺から尋ねるということだった。
ロバートさんが言うには、例え今回のように王族が動いたとしても、向こうからあれが欲しいとかお礼に関して言い出すことはないそうだ。彼らが下手にそう言えば、命令にもなりかねないかららしい。そのため、こうして何か王族から何かをしてもらったときは、こちらからお礼について話を振るそうだ。
話が一旦落ち着いたのを見計らって、俺は若干棒読みだなと感じつつも、フランチェスカ王女にこう尋ねた。
「今回、急なお願いにも関わらず、私の話を聞き入れてくださってありがとうございました。フランチェスカ王女に何かお礼をしたいのですが、私に何かできることはあるでしょうか?」
俺がそう切り出すのを予測していたのか、フランチェスカ王女は頬に指を添えて考えるような仕草はしたものの、すぐに答えを返してくれた。
「ユーリ様は最近、工房で結晶を加工し、それを使ったアクセサリーを注文されたとお聞きました。もしよろしければ、私にも光魔法を込めたアクセサリーを作っていただけませんか?」




