騒動と騎士団 3
ケビンが走り去ってから数分後、部屋のドアの外で何かをやり取りするような声が聞こえてきた。しばらくするとそれは止み、代わりにドアをノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」とメグが答えると、騎士が二人部屋に入ってきた。そのうちの一人は明るい茶色の髪を短く揃えた、目元の涼やかな青年だった。もしかしてと思っていると、隣にいたアリーが「ロイ」と小さく彼の名を呼んだ。
アリーの恋人のロイは、一緒に来た彼の上官のような男性に一言断りを入れてから、こっちにやって来た。
彼は俺たちの前まで来ると、片膝をついて頭を下げた。
「私はここの騎士団に属するロイと申します。この度の騎士団の対応につきまして、お詫び申し上げます。貴女様は、その、教会の……」
ロイはそこまで言うと、言葉を詰まらせた。俺が正式に名乗っていないため、俺の身分を公言してもいいのかが分からず、言い淀んでいるようだった。そのため、俺は彼のその先の言葉を引き取った。
「お気遣いありがとうございます。今の状況になったのには、我々の事情も関わっています。どうぞお気にならさないでください」
「は、寛大なお心に感謝いたします」
そうして俺とロイが形式的な会話を済ませると、それが終わるのをソワソワと待っていたアリーが、待ちきれないとばかりにロイに話しかけた。
「ねぇロイ、ケビンから聞いていると思うけど、今の状況はそちらにとっても良くないの。誰か上の人に話を通すことはできるかしら?」
アリーは期待を込めた目でロイの返答を待ったが、彼は少し俯いたまま、何も答えなかった。そんな彼を、アリーは信じられないものを見るような目で見た。
「まさか、ロイ、私の言ってること疑ってるの?」
「違う、それはない!アリー、君がこんなことで嘘をつくなんて思っていない。俺は君を信じてるよ」
「俺は信じているけど」と続いた言葉で、彼が言わんとすることを俺は察してしまった。それはメグも同じだったようで、彼女はロイにこう問いかけた。
「上の方を動かすには、貴方の言葉だけでなく、何か根拠となるものが必要なのですね?」
メグの言葉に、ロイは苦そうな顔をしたまま、小さく頷いた。
「私はまだ地位も低いですし、恋人から聞いたという話だけでは、直属の上官に頼み込んで、なんとかここに一緒に来てもらうことしかできませんでした」
ロイと一緒にやってきた騎士は、どうやら彼の上官のようだった。彼は、先ほどから状況を見極めるように、口を挟むことなくこちらを見ていた。あの態度を見るに、やはり恋人からの話だけで彼らを動かすのは難しそうだった。
俺の身分を明らかにするために話し合いをしたいのに、そのためには俺の身分を示すものが必要になる。なんだか本末転倒な話になってきてしまった。
ここで俺が聖女だと証明する方法がないかと考えたとき、俺はある一つの案を思い付いた。簡単で、すぐに俺が聖女だと証明できる方法だ。
しかし、勝手にそれを実行して、またメグたちに迷惑をかけてはいけない。そのため、俺はメグを手招きして、小声で彼女にこう聞いた。
「なぁ、俺が責任持つからさ、ここで『ミラクル』使っちゃダメかな?」
光魔法を使いこなせるのは、聖女だけ。となれば、ここで光魔法である『ミラクル』を発動させれば、俺が聖女である証明になるのではと思ったのだ。
俺の提案にメグはしばらく黙って考え込んだ。やはり容易く人前でしてはいけなかったかなとは思ったが、アリーを信じて上官まで連れてきてくれたロイに、俺は報いたかった。
「ロイとあの上官にしか見せないからさ。頼むよ」
メグに重ねてそう言うと、彼女はしばらく浚巡したあと、何かを決したような顔でこう返してくれた。
「上への報告以外では、この部屋で見たことを口外しないよう彼らに頼みます。それが聞き入れられれば、ユーリ様のご提案通りにいたしましょう」
俺はその条件で全く問題なかったため、早速メグに彼らと話をしてもらうよう頼んだ。メグが示した条件を、ロイはすぐに、上官は訝しげにしながらも飲んでくれた。
条件は揃ったので、入り口のドアがきちんと閉まっていることだけを横目で確認し、俺はソファから立ち上がった。
急に動いた俺に少し身構えたロイの上官に無害であることを示すように笑いかけてから、胸に手を当てて、小声で詠唱を始めた。
『神よりもたらされし祝福と奇跡の光を、ミラクル』
今回は見せるための儀式ではないので、身振り手振りは省略した。視線を少し上げ、そこに『ミラクル』の魔法の光を生み出した。
見慣れた光の粒が、静かに現れ、そしてキラキラと舞い落ちていった。俺にとってはいつもの光景であったが、ロイたちにとってはそうではなかったようだった。
彼らは俺が出した『ミラクル』の光を魅入られたように見つめていた。そして、それが消えかかる頃に急に正気に戻ったかのように慌てて膝を折って、俺にひざまづいた。
「……奇跡の光だ。本当に聖女様だ」
どこか呆けたようにそう呟いたロイに、俺は苦笑を堪えながら、そっと声をかけた。
「これで上の方へとお話を通せるでしょうか?」
すると、彼と上官は弾かれたように立ち上がった。背筋を伸ばし、踵をガッと揃えて鳴らし、こう答えた。
「はっ!十分で、いや、十分すぎるほどでございます。すぐにでも上層部に報告をして参ります」
そう言い残すと、ロイと上官はすぐに部屋を飛び出していった。
今度は偉い人に話を付けてこなければならないので、ケビンがロイを呼びに行ったときより時間がかかるだろうと俺は思っていた。しかし、その予想は外れ、ロイたちが走り去ってそれほど時間を置かず、俺たちがいた部屋に新たな来訪者がやってきた。
その人物の顔を見た瞬間に、アリーが小さくヒッと声を上げた。それは、別に恐ろしいものを見たから出た声ではなかった。どちらかというと、むしろその真逆だった。
そこにいたのは、まるで彫刻のように容姿の整った男だった。これほどの容貌を持つ人物はそういないから、彼と面識のある俺には誰であるかすぐに分かった。
俺たちの部屋に現れたのは、アリー曰くこの街の全ての乙女の憧れ、氷の騎士ことアレックスだった。
「聖女ユーリ様、この度は我ら騎士団が多大なるご迷惑をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
彼は氷の騎士の名に相応しい美しいブルーのマントが床につくのも構わず、膝をついて深く頭を下げた。彼の後ろに続いていた強そうな騎士たちも、一斉にそれに倣った。
大人数の頭を見下ろすことになった俺は、慌てて彼に応えた。
「頭を上げてください、アレックス様。我々も事情があり、名乗っていなかったのです。こうしてお話しする機会をいただければ、それで十分です」
「慈悲溢れるお心に感謝いたします。そして、私のことを覚えていてくださったのですね。大変光栄で、嬉しく思います」
顔を上げたイケメンは、眩しいぐらいの笑顔を俺に向けながらそう言った。その笑顔は何ならさっきの『ミラクル』より眩しいぐらいだった。
後ろに控えているアリーはその笑顔にはぁと感嘆のため息をついていたが、俺にとっては王宮からの帰り際に起こった、あのトラウマにでもなりそうな事件を思い起こさせるだけのものだった。また不意に手を取られてはたまらないと思い、俺はすぐに彼に向かいのソファに座るように勧め、今回の経緯の話を始めることにした。
休暇中に街中で強盗に遭遇したこと、そいつが座り込んでいた女の子を狙ったため魔法を使ってそれを阻止したこと、その魔法のことを騎士に聞かれたが光魔法だったため咄嗟に答えられなかったことなどを、メグが分かりやすくアレックスたちに伝えてくれた。
今日はお忍びであったため、俺が光魔法を使ったこと、ひいては聖女であることを人目のあるところでは言いづらかったことから、今のような状況が起こったことも説明してくれた。
「ガーディス様たちも、皆さんきちんと職務を遂行されていただけです。どうか問題にしないであげてください」
メグの説明でも彼らに明らかな非がないことは伝わったと思うが、念のためアレックスにそう言った。俺の不注意のせいで、彼の物理的な首はもちろん、職業的な首も切られはたまらないと思ったからだった。
どちらかと言うと罪悪感を負いたくない気持ちで言った言葉だったが、それを聞いたアレックスは過剰なほど俺を持ち上げた。
「聖女様、貴女はお姿だけでなく、そのお心までもがお美しいのですね」
白々しい響きの台詞だが、彼が言うとまるで舞台の一幕のように聞こえた。声までいいのだから、この男、一体天から何物与えられているのだろうか。
俺が勝手に世の不平等さを感じている中、彼は表情を真剣なものに変えた。
「聖女ユーリ様、そのお力で強盗の捕縛にご助力までいただき、誠にありがとうございました。今回の非礼の件も含め、後日必ず騎士団より正式にお礼とお詫びをいたします」
アレックスの言葉に合わせて、後ろに並んでいた騎士たちがまた一斉に頭を下げた。今回の件は半分以上は俺が名乗らなかったことで生じたものだし、俺には事を大きくする気はなかった。何ならお詫びとか要らないのだけど、彼らの態度を見るに、そう言い出せる雰囲気ではなかった。
「折角、皆様が休暇を楽しまれていたところに、水を差してしまったのです。それにもお詫びをしなければならないほどです」
どうしようかと思いながら黙って聞いていると、むしろお詫びが上積みされていった。この流れから言っても、やはり何もなしで大丈夫ですとはいかないのだろう。
どこかいい落としどころはないかと考えたとき、ふと、俺はお詫びの代わりになりそうなものを思い付いた。何か大袈裟なものを押し付けられる前に、俺はこちらから欲しいものを指定することにした。
「アレックス様、そうおっしゃっていただけるなら、一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「ユーリ様、何なりとお申し付けください」
メグが俺の申し出に少し驚いたような顔をしていたが、俺は言葉を続けた。
「実は、今日私たちは広場の近くにあるパティスリー・ガロンヌにお菓子を買うため、あの場にいたのです。なので、もし伝がございましたら、今日のお礼とお詫びとしてそこのお菓子をいただけないでしょうか?」
今日の外出の目的の一つは、アリーにクッキーを買うことだった。しかし、今から店に向かっても商品が残っているかも分からないので、どうせ何か貰わなければならないなら、そのクッキーにしてしまおうと思ったのだ。
お菓子をくださいなんて言葉にすると子供っぽいなと思っていると、目の前のイケメンが破顔した。くく、と堪えるように少し笑ったあと、アレックスはいつものキラキラした笑顔より、素顔を思わせる顔をした。
「ずいぶん無欲で、可愛らしいお願いだ。貴女のお人柄がよく伝わります。分かりました、必ず近日中にお届けしましょう」




