休暇 2
休暇の当日、俺は朝からテンションの高いアリーに外出のための身支度をしてもらっていた。
いつもは清楚な白いローブのいかにも聖女様って感じの格好だが、今日は一応お忍びなので膝下丈のベージュのズボンの上にシンプルな紺のワンピースを着させられた。
「って、俺は今日も女装なのか!」
お忍び、そうお忍びなんだ。こう人目を欺くためとか何だかんだ理由を付けて、男の格好で出歩けないものかと少しだけ、ほんの少しだけだけど期待をしていた。けれど、俺のその儚い願いは叶えられることはなかった。
「護衛の方も一緒なんですから、当然じゃないですか。下手に男性の格好が板についてるって思われて、性別を疑われたら困るのはユーリ様ですよ?」
「分かってる。分かってるよ。でも普段と違う格好と聞くとつい期待しちゃったんだよ」
少しだけ肩を落とす俺を見て、アリーは苦笑しながらこう言った。
「着たい服を着られないのは、確かにしんどいですよね。まぁでも、ユーリ様スタイルいいから、私は色んな服を着てもらえて結構楽しいんですけどね」
俺は大きな着せかえ人形かよと、じとっとした目を向けたが、彼女はそれぐらいで調子を変えることはなかった。
「でも、これでも私もユーリ様のこと気遣ってるんですよ。今日は裾にふんだんに付いたフリルが可愛いピンクのワンピースもいいなって思ってたんですからね。でもユーリ様のためを思って、紺のシンプルなやつにしたんですよ」
「ピンクのフリル……」
思わずお遊戯会のお姫様のような格好をした自分を想像してしまった。それを思うと今の紺のスッキリしたワンピースはかなりマシだった。
スカートを履きながらマシだとか俺も変に慣れてきてしまったなと遠い目をしながら考えていると、最後の仕上げにいつものウィッグの上に、レースが内側にたくさん付いたワンピースと同色の帽子を乗せられ、顎の下でリボンを結ばれた。帽子を深めに被っているのと、内側のレースのおかげで、目元は普段と同じように隠されているように感じた。しかしフードと違って首の後ろは隠されないので、普段は隠れるウィッグの毛先が露になっているが少し気になってしまった。
「なあアリー、髪が見えると目立ったりしないかな。この世界で黒髪って珍しいだろ?」
ロバートさんも、メグもアリーも、俺の周りの人はみんな明るい髪色をしていた。今まで会った人たちも軒並み金髪寄りだったので、この髪が悪目立ちしないか俺は不安に思っていた。
「確かにこの国では黒髪は少数派ですね。でもすごく珍しいって訳でもないですよ。あ、でも貴族にはほとんど黒髪の方っていないから、そういうイメージを持たれたのかもしれませんね」
「確かに俺がこれまでに会った人って貴族がほとんどだったな。うーん、目立たないなら大丈夫か」
「黒髪が見えるより、街中でローブのフードを目深に被ってる方が断然怪しくて目につきますよ。今日はフードじゃないですけど、ボンネットの内側のレースが顔にかかるようにしていますし、サイドにも大きめのコサージュがあるから、横顔も見えにくくなってます」
正直今アリーが言った言葉の中で、何を指しているか分からない単語がいくつかあった。けど、確かに顔はいい感じに隠れているし、餅は餅屋に任せようと腹をくくった。
「分かった。色々考えてくれて、ありがとう」
「いえいえ。ではユーリ様の準備はこれで終わりなので、私たちも着替えてきますね。少しここでお待ち下さい」
着替え?と一瞬思ったが、一緒に街中に向かう彼女たちも当然教会のローブ姿ではなく、私服に着替えるのだろう。女性の準備に時間がかかるのは最近身にしみて分かっているので、俺はのんびりと二人の準備が整うのを待った。
しばらく部屋で魔法の練習をしていると、トントンとドアがノックされた。俺が答える前に「メグです」と名乗ってくれたので、俺は安心してどうぞと返事をした。
ドアが開くと、私服姿の二人が入ってきた。アリーは普段はお団子みたいにまとめている髪を下ろし、すっきりとしたブラウスに紅色のスカートを合わせていた。女性の服については詳しくないが、彼女の明るい雰囲気によく似合っている格好だった。
メグは俺の着ている服に近い、深い緑色のシンプルなワンピースを着ていた。普段の白を基調にした服と違い濃い色の服を着ているせいか、彼女の色の白さがより際立っているように感じた。足元は普段と違い少しヒールのある靴を履いているようで、普段より目線の高さが近かった。
そんな風に見慣れない二人の姿を見ていると、アリーが俺の元にやってきて、小さな鞄を手渡してきた。
「こちらにヨンハンス司教からお預かりしたものが入っております」
「ありがとう」
鞄を手に取り、女性の鞄って小さいよなとか考えていると、アリーがこっそりと俺にこう囁いてきた。
「ユーリ様、気持ちは分かりますけど、メグさんに見とれすぎですよ。今日、コブ付きデートになりますけど、許してくださいね?」
ウインクまでしてそう言ったアリーに、俺は咄嗟に何も言い返すことができなかった。口をパクパクさせる俺を横目に、アリーはパタパタとメグの横へと戻っていった。
沈黙を同意と取ったのか、ニヤニヤとこちらを見るアリーを軽く睨んでから、色々と誤魔化すように俺は「行くぞ」と二人に声をかけた。
教会の中を抜け、馬車に乗るため外に出ると、冬らしい冷たい風を頬に感じた。この世界に来た日、あの学祭の日は確か昼間は少し暖かさも感じるぐらいだった。ここに来てもうそんなに経つのかと思っていると、向こうから馬車と護衛の人がやってきた。
最近の外出は聖女としての公式なものだったので、白色の制服を着た教会の専属騎士が付いてくれていた。しかし、今回は一応お忍びとなっているので、護衛役の騎士たちも少しラフな格好をしていた。馬車も前回乗ったものより装飾がシンプルなものを手配してくれていた。
それでもお忍びと言う割に中々大がかりだなと思っていると、横にいたメグがそっと声をかけてくれた。
「大袈裟に見えるかもしれませんが、裕福な商家の女性でもこれぐらいの人は連れております。もちろん一般の平民よりは目を引きますが、特段目立つという訳ではないと思います」
「ありがとう。それを聞いてちょっと安心したよ」
メグがそう言うならそうなのだろう。そう割りきって、俺は装飾が減っても十分豪華に見える馬車に乗り込んだ。
教会を出た馬車は、城を背に街中に向かって走り出した。今までの行き先は王城やその近くの貴族の屋敷ばかりだったので、お店が立ち並ぶ町中に足を踏み入れるのはこれが初めてだった。
大きなお城も豪華なお屋敷も中々迫力があったが、レンガ造りの建物がひしめく市街地も目を引く美しさがあった。街の中心部に向かうほど行き交う人が多くなり、活気も増していった。
大通りをしばらく進むと、馬車は広いロータリーのような場所を通過した。馬車の窓からその広場の真ん中に建つ時計塔を見上げていると、アリーがこう教えてくれた。
「ここが中央広場です。今日はお休みですが、決まった日にここに市場が立つんですよ。食品から日用品まで色々揃ってるので、すごく賑やかになるんですよ」
「へー、それもちょっと見てみたかったな」
「この広場を中心に、東西南北に通りが敷かれております。今から向かう東通りは商店が多くあります」
そうしてメグたちから街中の説明を受けていると、馬車はある店の前でゆっくりと速度を落としていった。そこは俺たちの今日の最初の目的地、メグのおすすめの結晶を扱う店であるフィリップス工房だった。




