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十七歳の結婚 3

佑利とメグがそんな話をしていた夜、モングスト侯爵家においても教会との面会の結果が当事者であるキャサリンに伝えられていた。


「キャサリン、お前はしばらく自宅から出ないようにしなさい。相手は教会と聖女だ。故意ではないとしたが、それでも反省をしている素振りは見せる必要がある。そして、今回の原因は魔法制御のミスということにした。その方便を成り立たせるために、しばらく魔法の先生から制御を習うようにしなさい」


そう告げた己の父親に、キャサリンは不服そうな顔をした。


「友人からお茶会のお誘いもいただいておりましたのに、これも全部あの卑しい平民のせいだわ!それに魔法の勉強ですって?今さら魔法制御なんて、お父様は優秀な私にこれ以上一体何を学べとおっしゃるのですか?」


侯爵はキャサリンを宥めるように、殊更優しい声を出した。


「お前が魔法をきちんと習得していることは、分かっているさ。これも謹慎と同じく必要なポーズなんだよ。なに、魔法の講師はガルニエ夫人にお願いするつもりだ。始めに少しだけ魔法の教本でも開いて、後は二人でお茶でもすればいい。お前の好きな茶菓子を揃えさせておこう」


「分かりました、それなら我慢しますわ。それにしても、聖女のために謹慎だなんて。私どれぐらい家にいなければなりませんの?」


「二週間、いや十日は家にいなさい。そう暗くならないでおくれ。お前が退屈しなよう、馴染みの商会に声をかけておいた。流行りのドレスも持ってくると言っていたぞ」


そこまで不機嫌な顔をしていたキャサリンだが、侯爵のこの言葉にコロリと態度を変えた。


「フィブールの新作ドレスが気になっておりましたの!ああ、ドレスを買うなら、それに合うアクセサリーも必要になるわ。ねぇ、お父様、お願いしますわ」


「全く、こんなときばかり調子がいいのだから。程々にするんだぞ」


「ありがとうございます、お父様!」


謹慎とは何なのかと思わせるほど、二人の会話は楽しげに続いた。


「そろそろお前も本格的に婚約も決めねばならんからな。ローダス侯爵家の嫡男との顔合わせもある。華やかなドレスを選んでおきなさい」


「分かっていますわ。ねぇお父様、ローダス家との縁談のことは理解しておりますが、この謹慎が終わったら私をアレックス様の出席される夜会に連れていってくださいませ」


「アレックス……ああ、あの殿下の懐刀の氷の騎士とやらか。夜会は調べておくが、奴は今でこそあの地位にいるが、所詮養子だ。家を継げるのかも分からんぞ」


「分かっておりますわ。でも殿下からの覚えもめでたい方ですし、何よりあの美しいお方のお側にいられるだけで幸せになれますわ。いざとなったら、私の婿養子に迎えて、家の分家でも継がせてくださいな」


夢見がちに語る娘に、侯爵は男親の複雑な顔をした。


「結婚は現実的ではないが、夜会は調べておこう。ただし、私のエスコートで参加をするように」


「もちろんですわ、お父様」


そう話す二人の姿は、日常と何ら変わらないものであった。




父親との会話を終え、自室に戻ったキャサリンは侍女を全員下がらせて、部屋に一人きりになった。

そのときの彼女に先ほどまで父親に向けていた笑顔はなく、今まで瞳の奥に隠していた憎悪を剥き出しにしていた。ソファまで大股で近づいた彼女は、そこに置かれていたクッションを鷲掴むと、それを思いっきり床に叩きつけた。


「謹慎?魔法の勉強のし直し?この私があの平民のために?きっと聖女様に取り入って、私に罪が向くように仕向けたのね!本当にあの女、虫酸が走るわ!」


父親の前ではずっと我慢していた本音を撒き散らしながら、キャサリンはヒールのある靴で躊躇なくクッションを何度も踏んだ。鋭利なヒールが布を切り裂くたび、白い羽根が床に舞い散った。


「何から何まで、本当にムカつく!あの女、私をとことん虚仮にして。絶対に許さない」


あんなことを起こしたにも関わらず、キャサリンの中では自身が被害者で、メグは憎い加害者となっていた。


「しばらくは勝ったつもりでいるがいいわ。でも、必ずお前を引きずり下ろしてやるわ。どんな手を使ってもね」


クッションから飛び出した羽根を踏みにじり、荒い息のままキャサリンは呪詛のようにそう呟いた。その足元に落ちた羽根は、幾度も踏まれ、まるで燃やし尽くされた灰のような汚れた色に変わってしまっていた。



その翌日から、キャサリンは渋々父親の言葉に従い、自宅から出ることなく過ごした。しかしその生活は謹慎とはとても言えないようなものであった。

初日は早速馴染みの商会を呼びつけ、最新のドレスのカタログを揃えさせた。午後は人気のパティスリーのケーキを食べ、その後はカタログを眺めながら、侍女に普段より念入りに爪の手入れをさせた。


二日目は、父が手配した魔法の講師であるガルニエ夫人が侯爵家にやってきた。彼女はやってきてすぐに机に魔法の教本を置きはしたが、それを開くことすらしなかった。

彼女がしたのは、魔力計でキャサリンの魔力を計ったことと、キャサリンに魔法で蝋燭三本に火を付けさせたことだけだった。


これらを行った後、ガルニエ夫人はキャサリンにこう言った。


「キャサリン様、また魔力量が増えてらっしゃいますね。魔力量が増えると、一時的に魔力の操作が難しくなると言われております。モングスト侯爵がご心配されていたのは、そのことだったのでしょう。でも、先ほど魔法を見せていただきましたが、もう操作に問題はございませんでしたわ。ご安心くださいませ」


たった三本の蝋燭への点火でそう言いきった夫人の言葉は、まるで予め決めてきた台詞のようであった。


幼い頃から優秀な家庭教師が付きっきりで魔法を教える侯爵家の娘が、今さら魔法の操作について学ぶ必要がないことなど夫人は理解していた。それなのに自分のお墨付きが必要になったのには、何か事情があるだろうことも、彼女は察していた。

しかし、そんなところに首を突っ込んでも、出てくるのは蛇ぐらいだ。侯爵に講師に選ばれるほど賢明な彼女は、最低限のことだけをして、キャサリンに問題がないことを告げると決めてきたのだった。

夫人のその判断はまさに侯爵家が求めたものであったため、キャサリンは夫人の言葉に満足げな笑みを返した。


そうして茶番を終えた二人は、すぐに魔法の教本を端に押しやり、夫人が手土産に持ってきた茶菓子でお茶をした。二人が今シーズンの流行などについてひとしきり話をした時間は、魔法の確認にかけた時間とは比較にならぬほど長いものであった。



そこからも買い物や髪や肌の手入れなど、好きなことばかりを行っていたキャサリンであったが、一週間もしないうちに彼女は自宅でできることに飽きを見せ始めていた。彼女の不満が爆発寸前だったある日、彼女の元に一通の手紙が届いた。

それは、フランチェスカ王女からのお茶会への招待状であった。


いくら教会と約束をしたとは言え、王族からの呼び出しとなれば話は別のはずだ。キャサリンは急いで父親に相談という体のお願いにいった。

侯爵もフランチェスカ王女の手紙を見ると、こればかりはやむ終えんだろうと、キャサリンの望む答えをくれた。

こうしてキャサリンは、約束の期間中ではあったが、着飾って王宮へと出向いていった。


キャサリンがフランチェスカ王女から誘われることは、そう珍しいことではなった。フランチェスカ王女とキャサリンは同い年であったため、幼い頃から交流を持つ機会も多くあった。

そのため、キャサリンは特に何かを気に留めることもなく、フランチェスカ王女の元へ足を運んだ。


しかし案内された部屋に入った途端、キャサリンはいつもと様子が異なることに気がついた。普段のお茶会では、少なくとも数人は参加者がいるのに、今日はテーブルには二脚しかイスがセットされていなかった。違和感を覚えつつもそれを顔に出すことはせず、キャサリンは勧められた席に着いた。


しばらく待つと、フランチェスカ王女が部屋に入ってきた。彼女は当然、キャサリンの正面のもう一つの席に座った。


「今日は来てくれてありがとう、キャサリン侯爵令嬢。お変わりないかしら?」


二人きりであることには触れず、フランチェスカ王女はいつも通りにそうキャサリンに話しかけた。


「はい。フランチェスカ王女もお変わりございませんか?」


王女が触れないならば、キャサリンから触れる訳にはいかず、彼女もいつも通りにそう答えた。


そこから二人は、二人きりなのに普段のお茶会のように過ごした。最新の演劇のこと、隣国から入ってきた新しい文学のこと、流行のドレスのことと、話題が普段の通りだからこそキャサリンは強い違和感を持ったが、それを内心に押し留めて彼女は穏やかな会話に応じ続けた。


王宮の一流の料理人が作る季節のフルーツのタルトを味わい終わったところで、二人のカップに新しい紅茶が注がれた。その会話が途切れたタイミングで、フランチェスカ王女がこう切り出してきた。


「今日、貴女に来てもらったのは話をしたいことがあったからなの」


少し落とされたトーンでそう言われたとき、キャサリンは不意にメグとの間に起こったことを思い出した。それは無意識にではあったが、彼女は本当は自身の行いを理解していて、許されることではないことを心の底では感じていたからかもしれなかった。

しかし、キャサリンがそれを深く考える前に、フランチェスカ王女はそのトーンを変えぬままこう言った。


「キャサリン侯爵令嬢、貴女には外国に嫁いでもらいたいの」

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