十七歳の結婚 2
そこからメグとアリーは、アリーの学びたいこと、学ぶべきことについて少しだけ話をした。
真剣に話し合う二人の姿から、メグは動いている方が気が紛れるタイプだと言っていたし、周りを明るくしてくれるアリーと一緒にいると彼女も悲しいことや怖いことを考えずに済むかもしれないと俺は思った。
意図した訳ではなかったが、これは案外いい流れになったのかもしれなかった。
メグから学べることになったのが余程嬉しかったのか、その日は夜になってもアリーはいつもに増して元気だった。俺の部屋を辞するときも頬がまだ少し紅潮していて、あれは今夜は寝られるのかと心配しそうになるぐらいだった。
そんなアリーがパタパタと部屋を去ると、いつもはメグもすぐに部屋を出るのだが、今日の彼女はまだ俺の部屋に残っていた。何かすることを探すかのように細々と片付けをしたあと、彼女はこちらを窺うようにしながらこう言った。
「ユーリ様、お茶をご用意しましょうか?」
寝る前にメグがそう聞いてくれるのは、そんなに珍しいことではなかった。しかし、その言葉から、視線から、断らないでほしいと訴えられているように感じたのは今日が初めてだった。
昼間にも色々なことがあったし、メグにも聞いてほしい話があるのかもしれない。そう思った俺は彼女に、じゃあお願いしようかなと返事をした。
メグが紅茶を淹れる準備をしてくれているのを見て、そういえば俺も紅茶の淹れ方を彼女から教えてもらう約束をしていたことを思い出した。
いつもは邪魔にならないようソファに座ってお茶の用意が終わるのを待つけれど、今日は近くでその様子を見せてもらおうと思い、俺はソファから立ち上がった。
「どうかされましたか、ユーリ様?」
隣の部屋にある簡易のキッチンに顔を出した俺に、メグはそう声をかけてきた。手を止めた彼女に、俺はこう答えた。
「あ、いいんだ、そのまま続けて。この前、お茶の淹れ方習いたいって言ったろ?メグのお茶淹れるところ見せてもらいたいんだけど、いいかな?」
「そういうお約束でしたね。では、簡単にですが説明をしながら、お茶を淹れますね」
そこからメグは、いつもは静かに行っている作業を、解説をしながら行ってくれた。茶葉をどれだけ入れるかという基本の基本から、お湯の注ぎ方、蒸らし時間に、最後はカップとソーサーの置き方のマナーまで教えてくれた。
「うーん、奥が深いな」
いつも何気なく飲んでいた紅茶に、こんな手間とマナーが必要だとは正直思っていなかった。これはマスターするまでには時間がかかるかもなと思いながら、俺はいつも通り美味しいメグのお茶を味わった。
カップに残る紅茶の量が少なくなり、紅茶談義が一旦落ち着いたタイミングで、メグが居住まいを正してこちらを向いた。
「ユーリ様、改めまして今日は本当にありがとうございました」
そう言うとメグは深々と俺に頭を下げた。
「モングスト侯爵とのことなら、俺にも関係することだから気にしなくていいよ。結局、実質的には教会への立ち入り制限ぐらいしか約束させられなかったしね」
「結果としてはそうかもしれませんが、私の身を案じてくださった、そのお気持ちが嬉しかったのです」
「大袈裟だな。そんなの当然だよ」
「ユーリ様にとって当然でも、私はうれしかったです。あと、アリーのこともありがとうございました」
「アリーのこと?」
そう聞き返した俺に、メグはこう言った。
「アリーに学ぶ機会を与えてくださいました。この世界で、平民である彼女がマナー等を学べるチャンスはそうありません。その許可をくださり、ありがとうございました」
「そっちも大袈裟だよ。てか、そっちはむしろメグが感謝されるべきじゃないか?実際にアリーに教えてくれるのはメグだろ?」
「けれど、ユーリ様のお許しがなければ、私と彼女の時間を自分たちのために使うことはできません。これもユーリ様のおかげなのです」
俺としては空き時間の有効活用ぐらいの気持ちだったが、メグは大真面目な顔でそう言った。とっさの思いつきだったが、どうやら言ってみてよかったようだった。
「そっか。ならせっかくのチャンス、活かしてもらえたらいいけどな。ま、あの調子だとがんばりすぎるぐらい、がんばりそうだけどな」
「そうですね。どこかでセーブをしてあげないといけないぐらいかもしれませんね」
「そこも腕の見せ所だよ、メグ先生」
俺は軽く返したつもりだったのに、当のメグは大真面目な顔になった。
「そうですね、ペース配分もしっかり考えます。本業や生活に響いてもいけませんからね」
相変わらず真面目すぎるぐらいだが、メグもこの話を前向きに捉えてくれているようだった。
そこから少しアリーの勉強について話をし、二杯目の紅茶を注いでもらったときに、メグが俺にこう尋ねてきた。
「今日、侯爵様からルミナス結晶をいただいていましたが、ユーリ様は何か施したい加工などはあるのでしょうか?」
そう聞かれて、俺は昼に貰った結晶のことを思い出した。面会中は気を張っていたし、すっかり結晶のことは忘れてしまっていた。
多分それなりに活用できるものなんだろうけど、俺ではそれをどう使っていいかが分からなかった。メグは結晶とかに興味があると言っていたし、思い出したついでに彼女に結晶のことを聞こうと思った。
適当に片付けていた机の引き出しから貰った箱を出してきて、再び中身を見てみた。結晶は光の加減のせいか、昼間より少し色味が落ち着いているように見えた。
「そういや侯爵からこれを貰ってたな。この結晶、加工できるらしいけど何ができるんだろ?確か魔法を込められるとか言ってたよな。俺にもできるなら、やってみたいな」
すると、前に魔法や結晶に興味があると言っていただけあって、メグの表情がパッと明るくなった。
「侯爵様が説明してくださった通り、これは光属性ととても相性の良い結晶です。『ライト』でも、『ミラクル』でも、どんな光魔法でも込められると思います」
「例えば『ライト』を込めるとどうなるんだ?」
「込め方によりますが、全体を淡く光らせることも可能ですし、強い光を一方向に放つこともできると思います」
強い光を一方向にと聞いて、頭の中でビームを放つ結晶をイメージしてしまった。面白そうではあるが、中々使い道はなさそうだった。
しかし、魔法の込め方によって、色々できそうなことは分かった。
「その辺の自由度は高いのか。な、これに込めた魔法って、俺以外の人も使えたりする?」
「ユーリ様がその魔法に必要となる魔力も同時に込められていたら可能となります。基本的に結晶が大きい方が、より多くの魔力を込められます。真ん中の大きい結晶なら、『シャインウォール』一回分でも、魔力も含めて込められそうですね」
「小さい方は?」
「こちらは魔力もとなると、『ライト』一回分ぐらいかと。ただユーリ様の『ライト』は強いので、それなりに大きな光を生み出せるとは思います」
大きな光を放つ結晶と聞いて、引き続き脳内で結晶からビームが放たれるのをイメージしてしまった。そんな馬鹿げたことを考える俺に、メグは丁寧な説明を続けてくれた。
「装飾品として加工するとなると、こちらの大きな結晶はネックレスにするには重いかもしれませんね。ブローチなどであれば、身に着けやすいかもしれません。小さい方の結晶は二対なので、イヤリング用なのかもしれませんね」
「ブローチはまだしも、俺はイヤリングは着けないかな」
「そうですよね。そうなると、何に加工するのがいいでしょうか」
真剣に悩み始めたメグを、俺はそっと制止した。
「まぁ急ぐ話でもないから、もうしばらく考えてみるよ。色々できそうなのは分かったからさ。またイメージ固まったら、相談に乗ってもらっていいかな?」
「もちろんです」
そうして結晶の話が終わる頃には、二杯目の紅茶も空になっていた。ちょうど時間も遅くなっていたこともあり、その日はそこでお開きにすることにした。
てきぱきと茶器を片付けるメグの表情からは、憂いのようなものが少し和らいでいるように感じられた。こうして日常の何気ない会話などで、少しずつ彼女の傷が癒えていってくれることを、俺はその横顔を見ながら願った。
メグのこと、キャサリンのこと、貰った結晶のこと、外出のこと。色々と考えるべきことがあると思っていたはずなのに、慣れない交渉の場に立ち会った疲れからか、俺はその晩沈み込むようにすぐ眠りについた。




