十七歳の結婚 1
侯爵との面談を終え部屋に戻ると、いつぞやほどではないがアリーがお菓子とミルクティーを用意して俺たちの帰りを待ってくれていた。
「疲れることをした日は甘いものです!」というアリーの持論のもと振る舞われたお菓子を食べなから、俺は今日の結果を彼女に話した。
「よかった~。これで教会の中は安全ってことですね。安心しました」
「でも表の礼拝堂には来る可能性があるからな。メグ、気を付けてくれよ」
「ありがとうございます、ユーリ様」
そう言って笑ったメグの表情は、少しだけぎこちないように見えた。侯爵家に行ってからのここ数日で、彼女には色んなことがあった。今日も彼女は自分から面会に立ち会うと言ったが、やはり負担になっていたのかもしれなかった。
下がって休んでもらうように伝えようかと俺が考えていると、メグのマグカップに追加のミルクティーをなみなみと注ぎながら、アリーがこう言った。
「でも、いくら侯爵令嬢だとはいえ、あんなことをして普段と変わらない生活をそのまましてるって思うと何か腹が立ちますよね!」
口調とは裏腹に丁寧にミルクティーを注ぎ終えると、次にアリーはクッキーをバリッと噛み砕いた。
「でも、グロリアの神様もその人の所業は己に跳ね返ってくると説いています。きっとあの人にも、今に罰が当たりますよ!そう、夕食に苦手なものばかりでるみたいな小さいことから、結婚がうまく運ばないみたいな大きいことまで!」
アリーはきっちりとキャサリンのことを怒りながらも、場が暗くならないようにしてくれていた。そのさりげない気遣いを見習いたいと思いながら、俺はアリーの話に乗っかった。
「結婚?彼女、まだ十代だろうし早くないか?好きなやつに振られるとか、あってもそういうぐらいだろ?」
俺がそう聞くと、アリーとメグはきょとんとした顔をした。え、何か間違ったかと焦っていると、メグがそのリアクションの訳を説明してくれた
「こちらの世界では、特に貴族の女性は二十歳までに結婚することが多いのです。ただ、最近まで誰が聖女様に選ばれるか分からなかったため、結婚まで進めていなかった方も多いようです。しかし、今は聖女様がユーリ様であると判明したため、皆様急いで婚約や結婚を進められていると思いますよ」
十代で結婚なんて、元の世界じゃほとんど話を聞かなかった。世界が変われば色々違うものだなと、俺は久々に感じていた。
「平民でも十代で結婚する子、多いですよ。私だって親の決めた相手と無理やり結婚させられるのが嫌で、ここに自力で飛び込んだんですから」
怒った口調でアリーはさらりと喋ったが、その内容に俺は思わず話の腰を折ってしまった。
「え、アリー、結婚の話とか出てるのか?俺より年下だよな?」
そんな俺に、アリーはきょとんとした顔をした。
「ユーリ様がおいくつか存じませんが、私はキャサリン様と同じく十七歳ですよ。十七歳で結婚話が出ることぐらい普通ですよ?」
「まだ高校生ぐらいなのに?皆そんなもんなのか」
「こーこーせい?というのは分かりませんが、あくまでも一般的にはという話ですよ。現に、私は二十一ですが、そういう話は今までありませんので人にもよるかと」
そうフォローを入れてくれたメグに、アリーはビシッと指を向けた。
「それは絶対メグさんが知らされてないだけで、縁談はたくさん来てるはずですよ。美人で魔力も教養もあるなんて、引く手数多ですもん。あー、私も魔力でもあれば彼のところにすんなり嫁げるのにな」
「か、彼?アリー、もしかして親の決めた相手が嫌だったのは、恋人がいるからなのか?」
「そうですよ。彼は騎士見習いで、近々騎士になるから、ただの平民の娘じゃ向こうの家に認めてもらえないんです。教会に来たのは、ここで教養なりマナーなりを身につければ、少しは箔がつくかと思ったのもあるんです」
はきはき明るくて、人懐こくて、妹みたいだと思っていたアリーがそんなことを考えていたなんて、俺は全然知らなかった。
この短い付き合いでもアリーがとてもいい子なのは知っていた。彼女には幸せになってほしいし、何か俺にできることがあればしてやりたいなと思ったときに、ふと思い付いたことがあった。
「なぁ、箔って言ってたけど、それは俺の、『聖女様』の侍女ってのじゃ箔にならないのか?」
この世界で聖女はかなり特別な存在のはずだ。俺の名前を活かせないのかと思ったのだ。
「そりゃ、聖女様の侍女となればそれなりのステータスになると思います。ただ今はユーリ様の身の回りのお世話をする人間がメグさんと私の二人だから私もそう呼んでもらってますが、実際には私はメイドの仕事しかしてません。肩書きだけのメッキじゃすぐに剥がれちゃいますし、それじゃ却って彼に迷惑をかけます」
「そのメイドと侍女じゃ、そんなに仕事内容が違うのか?」
「仕事内容も違いますけど、マナーとか必要とされるスキルも段違いですよ。ほら、ユーリ様が外出される際も、必ずメグさんが付いていくでしょう?そういうスキルが私にはないんです」
メグが付いてきてくれるのは声のことがあるからだと思っていたが、どうやらそういう理由もあったようだった。
「んー、なら、メグなら『聖女様の侍女』と名実ともに名乗れるのか?」
「はい、そりゃあもう」
それならと思い、俺はアリーにこう提案した。
「ふーん、ならさ、メグからその必要なスキルとやらを教えてもらったらどうだ?」
えっと声をあげたのは、メグとアリーの二人ともだった。これもこちらでは非常識なことだったかなと思いながら、俺は補足説明をした。
「いや、メグも将来は人に教える仕事をしたいって言ってたし、その練習にもなるからちょうどいいんじゃないかと思ってさ。俺が二人にしか頼れないから、二人とも俺の部屋に控えてくれているけど、ずっと仕事がある訳でもないだろ。空き時間とかにはなるだろうけど、メグがアリーに教えてあげたらいいんじゃないかなと思ったんだけど、さ」
変なこと言ってしまったかなと最後の方は尻すぼみになりながらそう言うと、アリーが目を輝かせながらこちらを見てきた。
「ユーリ様!よろしいんですか?」
「俺が言ったことだし、もちろん俺はよろしいよ。てか、俺が教えられる訳じゃないから、確認するならメグなんじゃないか?」
「メ、メグさんは?」
身を乗り出さんばかりの勢いで尋ねたアリーに、メグは微笑みながらこう返した。
「ユーリ様がよろしければ、私も問題はありません。私はきちんとした家庭教師ではないですが、それでも大丈夫ですか?」
「メグさんの所作って本当に綺麗だし、近くで見ていて憧れてたんです!私、メグさんから学びたいです!ぜひ、よろしくお願いします!」
がばりと勢いよく頭を下げたアリーに慌てるメグを見ながら、俺は二人にこう言った。
「なら、決まりだな」
さっきモングスト侯爵とあんな話を終えたばかりだったから、今日は静かなお茶の時間になるかもしれないと思っていた。しかし、思わぬ話題が持ち上がり、メグも沈むことなく過ごしてくれていた。
これもアリーのおかげだなと思い彼女を見ると、アリーは先ほどの勢いが嘘のように、両手でマグカップを握りしめたまま黙っていた。
「どうした、アリー?何か気になることでもあるのか?」
そう聞くと、彼女はブンブンと顔を横に振った。
「いえ、聖女様であるユーリ様のお側で仕事できるだけでもすごいことなのに、こうしてメグさんにマナーとかを教えてもらえるって、すごく幸運だなって思ってたんです。あの日、ロバートさんに魔力計を持ってくるよう言われたのが私で本当よかったです」
確かにメグもアリーも俺の正体を知ったから、そのまま側で仕事をしてもらうことになったのだった。幸運といえば、幸運なのかなと思っていると、メグがアリーにこう言った。
「私がユーリ様の降臨の場に立ち会わせたのは確かに偶然でしたが、アリー、貴女はロバート様が選んで声をかけたのだと思いますよ」
「え?」
「聖女様かもしれない方のところを訪れるのですから。適当に選ぶとは思えません。きっとそれまでのアリーの仕事を見て、貴女を選んだんですよ」
メグの言葉を聞いて、アリーは感極まったように口をきゅっと閉じた。
「俺もアリーが選ばれたってのは分かる気がするな。アリーの気遣いに助けられてるところも多いし」
俺がそう言うと、アリーは一度ぎゅっと目を閉じて、すーっと息を吸い込んだ。
「も、もう!ユーリ様もメグさんも!危うく泣いちゃうところだったじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい。でも、私は嘘は言ってなくて……」
「分かりますよ。メグさんが本音だからこそ、泣きそうになったんですよ!」
ガタッと席から立ち上がり、アリーは宣言をするようにこう言った。
「嬉しいです。すっごく嬉しいです。皆さんがそう思ってくださることに応えられるように、私、勉強がんばります!」
「うん、アリー、がんばってな」
「私も人に教えるのは未経験ですが、全力を尽くしますね」
こうして俺の日常に、新しい変化が加わることとなった。




