モングスト侯爵との交渉 2
キャサリンがメグに害意を持っていた。
それはあの日、揺らぐ熱気越しに見たキャサリンの表情から明らかではあったが、証明するとなれば難しいことであった。
今回のことも、過去のことも、反論をしたいがどちらもそれを裏付ける証拠がなかった。
納得をしていなくても、何も言い返せなくて黙った俺たちへ、侯爵は申し訳なさそうな顔だけは維持してこう言ってきた。
「しかし、ユーリ様や侍女殿のご懸念は理解致します。事故とはいえ娘が魔法を使ったのは事実です。そのため、魔法の制御を再度学ばせるためにも、それが終わるまではしばらく外出は控えさせるつもりです」
あくまでも事故だということを念押ししつつも、向こうがしばらく謹慎すると言ってきた。これがモングスト家なりの譲歩なのだろう。しかし、それだけでは安心などできるはずがなかった。俺はヨンハンス司教に目を向けると、彼は軽く頷いたあと、こちらの要求を向こうに伝えてくれた。
「キャサリン侯爵令嬢には高位貴族に相応しい魔法制御を身につけていただくようお願いいたします。しかし、聖女様を擁する我々としては、それだけでこの方の安全を絶対のものできるか不安が残ります。申し訳ございませんが、ご息女には教会の礼拝堂以外への立ち入りをご遠慮いただきたいと考えております」
この辺りは想定内だったのだろう。侯爵はすぐにそれを了承した。
「承知致しました。しかし、この国の貴族の一人として加護の儀式は参加をさせていただきたいです。よろしいでしょうか?」
加護の儀式。先日の打ち合わせのときにヨンハンス司教から教えてもらったが、聖女が守護結晶に力を注ぎ終えた後、最後に新たな結界を構築する儀式を行うらしい。これをもって、俺はお役御免になるそうだ。聖女の最後の大仕事であるため、基本的に国中の貴族が全員参加をすると言っていた。
キャサリンもここに参加したがるだろうとヨンハンス司教は予測していた。これから我々が示すもう一つの条件を飲ませるためにも、これは認めるべきだと彼は言った。
『貴族はもちろん、王族も参加をする儀式です。警備の兵も多くおりますし、それだけの目がある前では、いかな彼女でも愚かなことは行わないでしょう』という司教の言葉を信じ、俺はキャサリンの参加を認めることにした。
「貴族は全員参加する習わしですので、ご息女にも参加していただいて問題ないかと思います」
「ありがとうございます」
ヨンハンス司教にお礼を言った後、侯爵は壁際に控えていた彼の侍従に目をやった。するとその侍従はこちらに頭を下げてから、手にしていた鞄を侯爵に手渡した。
侯爵はその鞄から綺麗に装飾された箱を二つ取り出した。そのうちの一つ、小さな宝箱みたいなものを、俺の前に置いた。
「ご迷惑をお掛けしたにもかかわらず、加護の儀式への参加をお許しくださりありがとうございます。聖女様、今回の件について当家からの気持ちとして、こちらをお受け取りいただけますでしょうか?」
侯爵家から金銭の補償はあるかもとは聞いていたが、こうして俺に向けて何かを渡されるとは思っていなかった。助けを求めるようにヨンハンス司教を見ると、「お手にとってみては」と彼は言ってくれた。どうやら受け取っても問題はないようなので、促されるままに俺はその小さな宝箱を開けた。
箱の中には、ツヤツヤの生地の上に鎮座する黄色っぽい結晶があった。真ん中に大きいのが一つ、それより二回りほど小さいものがその左右に一つずつ置かれていた。
これが何か分からず、じっと結晶を見ていると、侯爵が「こちらはルミナス結晶でございます」と説明を始めた。
「これは光属性と非常に相性の良い結晶です。そのまま装飾品にしてもよろしいでしょうし、光魔法を操ることが出来る聖女様なら、これらに魔法を込めることも可能かと思います」
なるほど、光属性の俺向きの結晶という訳か。俺はキラキラしたアクセサリーとかに興味はないが、女性ならきっとこういうものは喜ばれるのだろう。
「ありがとうございます。頂戴します」
まるで買収だなと思いながらも、表面上はにこりと微笑んで、俺はそう言っておいた。
次に、侯爵はヨンハンス司教の前にもう一つの箱を置いた。そのときにチャリとコインが重く鳴る音がした。
「こちらは気持ちばかりですが、教会へ納めさせていただく寄付となります。どうぞお納めください」
「分かりました。教会の活動のために使わせていただきます」
今回の件を収めるために、教会へ金銭を寄付してくることも予想していたことだった。これまでにキャサリンの害意を認めるような発言は何もなかったし、金品を渡して、彼らはこれを事故として片付けるつもりなのだろう。
そう腹の中で思っていると、侯爵が下手に出る素振りをしながらこう持ちかけてきた。
「大変厚かましいお願いとは承知しておりますが、今回の件につきましてはこれで終わりとさせていただけないでしょうか。事故とは言え、貴族の娘が魔法制御を誤ったとの噂が立つことはできれば避けたいと考えております」
今回の件を口外させないこと。金銭を渡してからもちかけてきたこの件こそ、侯爵が今日我々に一番約束させたいことだと俺たちは睨んでいた。その予想を裏付けるように、侯爵はお願いという体こそとっているが、その目は受けとるものは受け取っただろうとでも言っているようだった。
俺はそんな目をフードの下から冷めた目で見つめ返し、こう条件を突きつけた。
「侯爵がご息女のことを気にされるのは、もっともなことでしょう。しかし、それを飲むにはこちらから一つだけ条件をつけさせていただきたいです」
「は、何なりとおっしゃってください」
こちらの出す条件を身構えて待つ侯爵に、俺は事前の打ち合わせ通りこう告げた。
「この先、例え故意でなくとも、キャサリン侯爵令嬢が私やメグに魔法を向けたり害を加えることがあれば、これまでのことも含め全てを公表させていただきたいのです」
「……公表を、ですか?」
「はい。しかし、我々も未来のある若いご令嬢に対して、不名誉な噂を進んで吹聴したい訳ではありません。故意にしろ事故にしろ、あのようなことが二度と起こらないよう侯爵様にもぜひ気を付けていただきたいだけなのです」
聖女やメグにこだわるキャサリンを、侯爵がきちんと戒められていないのは明らかだった。しかし、次は必ず公表すると言われれば、彼も本気にならざるを得ないだろう。
「我々と不用意に関わらなければよいだけの話なのです。お受けいただけない理由が、何かございますか?キャサリン侯爵令嬢は魔法制御をきちんと学んでくださるそうですし、問題ございませんよね?」
俺がそうだめ押しをすると、侯爵は少しだけ間を置いたが、「承知致しました」と条件を飲んだ。
「ありがとうございます。では、私たちも今後はこの話を一切持ち出さず、口外しないことをお約束致します」
そうして双方の合意が取れたため、ヨンハンス司教がその内容を書面に落とし込んでくれた。侯爵と司教がその書面にサインをして、同じ内容の書面をお互い持つこととなった。
侯爵は書面を受け取り、確認すると、最後に丁寧な挨拶をして帰っていった。その顔はどこか晴れやかであるように見えた。彼の目的はこちらに今回の件を口外しないと約束させることだったのだ。多少の条件はついたが、それを取り付けたのだから、結果としては上々なのだろう。
しかし、こちらとしてももぎ取りたかった条件は全て飲ませた。だけど、この場にはメグもいたのに、彼女を気遣う言葉が何一つ侯爵からなかったことが、俺の中でモヤモヤとしたものになっていた。
メグが茶器を片付けるために席をはずしたタイミングで、ヨンハンス司教が俺にそっと声をかけてきた。
「事前の予想通りの展開になりましたね」
「はい、残念ながら」
もしモングスト家が非を認めた場合でも、俺たちは事を大きくするつもりはなかった。メグへの謝罪と再発の防止、これだけを要求し、口をつぐむつもりであった。しかし、モングスト家は非を認めるどころか過去も含め事故だと言い張り、メグを気遣う一言すらなかった。
そうなる可能性が高いと考えていた俺たちは、その場合に備えてあることを準備していた。謝罪なりメグを気遣う言葉があれば、それを中止するつもりだったが、そうはならなかった。
「あの件はそのまま進めます。司教、何かあればまたご相談をお願いします」
向こうがそう出るなら、こちらも遠慮する必要はないだろう。俺は躊躇なく、手元にある最強のカードを切ることにした。




