モングスト侯爵との交渉 1
昨日はヨンハンス司教、ロバートさんとの打ち合わせなどもあったため、聖女の仕事も勉強会もお休みにした。しかし、今日は俺は朝から普段と変わらない生活をしていた。
俺が普段通りの生活をするということは、メグも普段通り働いているということだった。俺はもう少しペースを落としてもいいのではと思ったが、当の本人が張り切って朝から仕事を始め、動いている方が気が紛れると言うのだ。時間を持て余して一人で考えすぎるよりはマシかと思い、せめて休憩時間をいつもより長く取ってもらおうと勝手に考えながら、俺はメグに朝食の用意をお願いした。
午前は聖女の仕事をこなし、午後はいつも通り自室で魔法の練習をした。今回、習得したてだった『バリア』にかなり救われたので、その精度や発現のスピードを上げるため、俺はいつもより真剣に練習に取り組んだ。
何度目かの『バリア』の発現を終え、感覚を確認していると、ロバートさんが俺を訪ねてきた。
「モングスト侯爵との面会日が決まりましたので、お知らせに参りました。面会日ですが、三日後の午後となります。あちらは侯爵様のみが来られるとのことです」
「分かりました」
日程についてこちらの要望が通ったこともそうだが、侯爵が一人で来ると聞いて、俺は心の中で安堵の息をついた。今回の件についてはキャサリンも当事者の一人であるため、彼女も面会に来る可能性が否定しきれなかった。できれば二度とメグと彼女を会わせたくなかったため、本当によかったと俺は思った。
「こちらはユーリ様、ヨンハンス司教、私、メグで臨みます。こちら側の話は、主にヨンハンス司教に進めていただきます」
「俺はそれで問題ないです。メグもそれでいいかな?」
「はい」
昨日ヨンハンス司教から聞いた見立てでは、当日の対応からみても、モングスト侯爵家は非を認めることはないだろうとのことだった。むしろ体面を守るためにも、多少の無理を押してでも魔法は発現させただけで、害意はなかったと言い張るだろうと言っていた。
『向こうは恐らく今回の件を口外しないでほしいとは言ってくるでしょうな。キャサリン侯爵令嬢がいくら地位が高かろうとも、そのような噂が大々的に立てば将来にも影響が出ることになりかねませんから』
過去のことも含め、キャサリンはメグにあれほど酷いことをしたのだ。周囲にこのことを知らしめ、真っ当な処罰が下ってほしいと思う気持ちは確かにあった。
しかし、秘匿にすると約束しなければ、こちらの条件を飲ませることも難しくなるかもしれないとヨンハンス司教から言われてしまった。
キャサリンの件は、状況としては真っ黒だし、メグの証言は得られている。しかし、残念ながらこの件に関する物証は、何も残されていなかった。俺が『バリア』で炎を食い止めたため、あのときメグの衣服の端すら燃えていなかった。いや、燃えていなくて本当によかったのだが、メグが狙われたことを立証することは難しくなっていた。
ヨンハンス司教やロバートさんと相談をし、こちらにできることは模索した。しかし状況は厳しく、聖女様などと呼ばれていても、俺にできることは少ないと本当に痛感するばかりだった。それでも、メグのためにもできる限りのことはするべく、俺たちは面会の準備を進めた。
そうしているうちに、三日後、モングスト侯爵と面会する日がやってきた。彼は事前の連絡通り、娘を連れず単身教会にやってきた。
広い応接室で向かいのソファに座った侯爵は、心なしか顔色が冴えなく見えた。しかし、ヨンハンス司教が会話を切り出すと、そんな疲れたような雰囲気をサッと引っ込めた。
「モングスト侯爵、教会までご足労いただきありがとうございます。早速ですが、先日のキャサリン侯爵令嬢と我らが教会に属しますメグとの間に起こった事件につきまして、お話をお聞かせいただきたいと思います」
「その件に関しましては、まずはお詫びを申し上げます。ユーリ様、聖女様が祝福を授けるために足を運んでくださったにも関わらず、我が家の娘がご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」
そう言うと侯爵は俺に向かって頭を下げた。本当は被害者であるメグに謝ってもらいたかったが、身分制度のあるこの社会においてそれは難しいとヨンハンス司教が言っていた。それぐらい侯爵家の当主たる彼と、今は平民のメグでは地位が違うそうだ。
そのため聖女である俺が、代わりに彼の謝罪を受けた。
「まずは侯爵様の謝罪の言葉を受け入れます。しかし、ご息女のことについては、あの日二人に何があったかを明らかにしてから考えさせていただきます」
「ありがとうございます、聖女様。当日のことにつきまして、これから説明をさせていただきます」
侯爵はそう言うと、姿勢を改めて正して、あの日のことについて調べた結果だという嘘を語り始めた。
「先日の件につきまして、娘と使用人に確認を致しました。娘は、魔法を使ったことは認めておりますが、傷付ける意図はなかったと申しております」
侯爵は表面上だけは申し訳なさそうな顔をしていた。しかし、彼の主張はあくまであの日のキャサリンの言葉をなぞるものに過ぎなかった。
「侍女殿に向かって魔法を使った理由としては、彼女が聖女様から信頼され、重用されているように見えたため、嫉妬をしたと言っておりました。娘の誤解でしたが、愛称で呼ばれる姿をわざと見せつけられたように感じたと、そう言っておりました」
あの日もキャサリンも、メグに向かってそんな内容のことを喚いていた。そんな下らないことで、あんな人を危険にさらすようなことをしたのかと、改めて怒りがわいてきた。
「そして使用人についてですが、聖女様の侍女殿を連れ出した者に確認しましたが、娘のところまで案内してすぐ退室するよう命じられたため、二人のやり取りは聞いていないとのことでした。使用人全員に確認しましたが、残念ながら他にあの部屋の付近にいた者はおりませんでした」
思い返せばメグを助けるために走っていたときも、あの部屋の近くではキャサリンに追い出されたメイド以外には会わなかった。犯行を行う場所に選ばれるだけあって人気がなかったとは思っていたが、目撃者はいなかったようだった。
その辺りについては、使用人は結局侯爵家に雇われている人間だし、仮に目撃者がいても侯爵が正直にそう言うとは思っていなかったので、特に期待はしていなかった。
「ご確認いただきありがとうございました、モングスト侯爵様。では、次はこちらがメグに確認をした内容をお話します」
侯爵の説明を受け、次はヨンハンス司教がこちらが知る真実の側面を説明するため、口を開いた。
「あの日、メグはモングスト侯爵家のメイドから服に紅茶をかけられ、着替えのために別室に案内したいと言われ、応接室から連れ出されました。しかし、案内された先にはキャサリン侯爵令嬢がおり、彼女から一方的に敵視をするような言葉を投げ掛けられ、最後には『目障りだ、目の前から消えろ』というようなことを言われ、炎の魔法を向けられたそうです」
「娘がそんな言葉を?まさか。聞き間違いではないでしょうか?」
「いえ、メグはそう申しております。キャサリン侯爵令嬢は傷付ける意図はなかったとおっしゃっているそうですが、これらの言葉から、我々は彼女はメグを害するつもりだったのではないかと思っております。ユーリ様が駆けつけて下さらなければ、メグは再び大怪我を負ったのではないかと思っております」
ヨンハンス司教の『再び』という言葉に、モングスト侯爵はわずかに眉を動かした。過去のことは触れずに済ますつもりだったのかもしれないが、こちらはそうさせる気はなかった。
「侯爵様は、過去にもメグがご息女に傷つけられたことはご存知ですよね?」
侯爵は、俺が急にそう割り込んできたことに少し驚いたようだった。しかし、彼はすぐに表情を戻し、むしろこちらを探るような目付きをした。
「それは、マーガレットがそう言ったのでしょうか?」
口止めしていたことを話したのか。侯爵は視線こそ俺に向けていたが、メグを問い詰めるようにそう言った。
「いえ、先日侯爵様ご自身がご息女に向かって、『また彼女に魔法を向けたのか』とおっしゃっていたことが引っ掛かったのです。メグの顔に火傷跡があることは、彼女は隠しておりますが偶然目にして知っていましたので」
本当はメグの火傷跡を見たことはなかったが、向こうに負けず劣らず、俺もしれっと嘘をついた。俺は嘘が得意ではないが、この目深に被ったフードが表情を隠してくれているので、バレることはないだろう。
それに俺は目にしていないが、メグがこの教会に身を寄せた頃から知っているロバートさんやヨンハンス司教は、彼女が火傷を負った状態でここに来たことを知っている。
かつて侯爵家でメグが負った火傷、キャサリンが人に向けて放った火魔法、侯爵の『再び魔法を向けた』という言葉。これらは、前にも二人の間に同じことが起こったと考えさせるに十分なものだった。
侯爵は考え込むように少し間を置いてから、痛ましい表情を作ってこう答えた。
「実は、聖女様のご推察の通りなのです。あのとき娘は七歳で、魔法を習い始めてすぐのころでした。魔法のコントロールが未熟で、誤ってあの子の出した炎がメグに当たってしまったのです」
臆面もなく、侯爵は嘘の説明をした。その顔は申し分けなさげに眉を下げていたが、その下の瞳は冷静なままに見えた。
簡単に非を認めるとは思っていなかったが、こちらも故意ではなかったと侯爵は主張してきた。やはり、キャサリンにも侯爵にも、メグを二度もあんな目に合わせたことを申し訳なく思う気持ちはないようだった。
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