マーガレット 12
必要なだけゆっくり休むように伝えたのに、翌日の朝からもメグはいつも通り俺の側で仕事を始めていた。その表情に幾分ぎこちなさは残っていたが、昨日のことを思うとかなり良くなっているように見えた。
そう思ったのはアリーも同じだったようで、今朝メグの顔を見るなり、「メグさんに笑顔が戻ってきてよかったです」と笑いかけていた。
そこから俺はいつものように彼女たちに身支度をしてもらい、ヨンハンス司教を迎える準備をした。
ヨンハンス司教とロバートさんが揃うと、早速昨日の件についての打ち合わせを始めた。ロバートさんは、昨日話をした内容をヨンハンス司教に事前に伝えてくれていた。
「ロバートから、ユーリ様のご希望についてはうかがっております。教会の礼拝堂以外には立ち入らないようにさせる点については、必ず先方に約束をさせます。その他も、ご希望通り進めていただいて特に問題はないかと思われます」
「ありがとうございます、ヨンハンス司教。侯爵家との打ち合わせの際は、よろしくお願いします」
「もちろんです。そして確認ですが、モングスト侯爵と話をする際には、メグ、貴女も立ち会うということでいいのですね?」
モングスト侯爵との話し合いに立ち会いたい。それは数少ないメグの要望だった。俺の声のために無理をさせているのではないかと思ったが、彼女はそうではないとはっきりと否定した。
「はい、司教様。かつて彼女がどうして私にあんなことをしたのか、それをきちんと把握していれば、今回もっと違う対応ができたのではないかと思いました。だから今回のことを、私はちゃんと知っておきたいと思います」
「そうですか。しかし真実というものは、ときに重いものです。無理はしないように」
「ありがとうございます。受け止めきれないと思ったら、周囲に頼りたいと思います」
メグはそう言うと、ちらりとこちらに視線を向けた。頼ってほしいと言った俺の言葉を、彼女はきちんと受け入れてくれていた。俺は小さく頷いて、そんな彼女に応えた。
「では、モングスト侯爵と面会の日程を決めて参ります。ユーリ様、ご希望などはございますか」
「色々あったので、少し落ち着くための時間が欲しいです。できれば、二、三日は空けてもらいたいです」
「承知いたしました。では、決まりましたらまたロバートからお伝えいたします」
「よろしくお願いします」
そんなやり取りをした後、ヨンハンス司教はモングスト侯爵家と連絡を取るため戻っていった。ロバートさんも一緒に部屋を出ようとしたが、ちょっと用事があったので、俺は彼を引き留めた。
「ごめん、ちょっとロバートさんと話をしたいんだ。メグとアリーは少し外してもらっていいか?」
彼女たちにそう言って、俺はロバートさんと二人きりにしてもらった。
「ユーリ様、何かございましたでしょうか?」
メグとアリーが部屋を出て、改めてソファに座るとロバートさんは真剣な顔でそう聞いてくれた。さっきまでモングスト侯爵家の話をしていたのもあって、彼のトーンは重いものであった。
俺が今から彼にしたい話は、今回のモングスト侯爵家とは関係のない、別の話だった。そんな顔で聞いてもらう話ではないため、若干の気まずさを感じつつ、俺は口を開いた。
「これからする話は、そんな真剣な話ではないんです。あの、ちょっと聞きたいんですが、今回の件が落ち着いたらお休みをもらうことってできますかね?」
「お休み、ですか?」
ロバートさんは拍子抜けをしたような声でそう返してきた。
「そうです。今回のこともあって、メグとアリーに少し息抜きをしてもらいたいなって思いまして。二人に休暇を取ってもらってもいいですし、ちょっと話が出たんですが一緒にどこかに出掛けてもいいかなと思ってるんです」
俺がそう言うと、ロバートさんは少し表情を和らげた。
「二人を気遣ってくださり、ありがとうございます。守護結晶への魔力の充填は過去より早いペースで進んでおりますので、ユーリ様にお休みを取っていただくことは全く問題ございません。外出も護衛を付けさせていただきますが、特に問題ないかと思います」
「よかった。それなら、落ち着いたらお休みを取らせてもらいたいです。あと、それにも関することで、もう一個だけ聞きたいことがあるんですが」
「はい、何でしょうか?」
「その、聖女の仕事ってお給料は出ますか?」
元の世界では生活費のため色々バイトをしてたので、どういう仕事をすれば時給はどれぐらいかは、何となく想像がついた。しかし異世界で、聖女という仕事については、そもそも報酬が出るのかどうかから分からなかった。
「休みのこともそうだけど、メグとアリーにいつもお世話にもなってるし、何かお礼を贈れたらと思ってるんです。それで、俺が自由に使えるお金があるのかを聞きたいんです」
「ユーリ様、あの二人のことをそのように考えてくださり、本当にありがとうございます。聖女様につきましては、給与という形ではありませんが、王家より出ております予算があります。その中に、ユーリ様がご自由に使い道を決めていただける分もございます」
「そうですか。えーっと、ちなみにそれってどれぐらいあります?」
「具体的な金額についてはヨンハンス司教に確認をする必要がありますが、余程高価な装飾品でも買われない限りは問題ないほどの予算は割り当てられておりますよ」
「そんな二人にかえって気負わせそうなものは、さすがに贈らないです。クッキーと、あとはちょっとした小物みたいなのを買えたらと思ってるぐらいです」
「それであれば、十分足りるかと思います」
昨日、アリーがメグを元気づけるためにとっておきのクッキーを出してくれたので、彼女には同じものを買いたいと思っていた。そして、自由に使えるお金があるなら、二人に普段のお礼になるようなものを贈りたいとも思ったのだ。具体的にどういうものにするかは決められていないが、とりあえず予算は確保できそうで安心した。
「そのお礼についてなんですが、こっちの世界だとどういうものを贈ることが多いですか?」
二人に何かお礼をと思ったものの、元の世界でも俺は女性にプレゼントを贈ったことなんてなかった。義理チョコのお礼ぐらいは買ったことはあるが、ホワイトデーコーナーで適当に見繕う程度だった。できればロバートさんからアドバイスがもらえたらと思って聞いたが、それは難しいようだった。
「すみません、私も息子しかおりませんので、若い女性が喜びそうなものについては詳しくありません。誰か他の者に聞いてみます」
「いや、そこまでは大丈夫です。まだ時間はありますし、もう少し考えてみます」
「購入なさるものが決まったらお知らせください。教会と取引のある商会がありますので、そちらで取り扱いのある物であれば、私が購入手続きをします」
「分かりました。あ、あと最後にもう一つだけ。多分これは無理だと思うのですが、ここのカフェの予約って取れたりしますか?人気の店で中々予約の取れないところらしいんですけど」
そう言って、俺は先日のアリーのクッキーに付いていた店名が書かれたカードをロバートさんに差し出した。夜空に輝く星をデザインしたであろう美しいカードを受け取ったロバートさんは、店名を確認したあと、裏に書かれた店舗の情報に目を落とした。
「カフェは表通りの貴族向けのお店なんですね。普通に一個人として予約を申し込むことはできますが、貴族が既に予約を押さえてしまっていれば、そこにねじ込むのは難しいですね」
「やっぱりそうですか」
「ユーリ様のお名前で申し込みをしておきましょうか?人気店となれば、予約が取れるのはかなり先になると思いますが」
「いえ、それは大丈夫です。これはちょっと聞いてみただけなんで」
聖女にはそこそこの権力はあるようだけど、やはり教会の人間がそれを使って割り込みなどできるはずがなかった。そりゃそうだと納得して、俺は戻してもらったカードを上着のポケットに仕舞った。
人気のカフェは難しそうだけど、休みを取って、メグとアリーを気晴らしに連れていくことはできそうだった。そのときにちょっと格好つけて、彼女たちに昼食かお茶ぐらいは奢ることもできそうだった。
これで今の問題が終わったあとのことについて、目処を立てることができた。思いっきり羽を伸ばすためにも、まずはモングスト侯爵との面会という一仕事をやっつけなければいけない。
この交渉には、メグが安心して生活できるかどうかがかかっている。来るべき面会に備えて、俺は気合いを入れ直した。




