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マーガレット 11

泣き笑いのような表情をしていたメグが落ち着くのを待って、俺、佑利は彼女に今後のことについても話をした。


「モングスト侯爵家には、キャサリンとメグが今後接触することがないよう、キャサリンに教会の礼拝堂以外には立ち入らないように求めるつもりだ」


「ご配慮いただきありがとうございます」


メグにはそうお礼を言われたが、俺としては思うところが多々あった。


「ありがとうって言ってもらえるほどのことじゃないよ。俺たちが要求できるのは、それぐらいなんだ」


あれだけのことをしたキャサリンを罪に問えないことが悔しかった。それに教会内部には立ち入らせないとなっても、メグの安全を完全に保証できるものではなかった。俺としては納得しきれないところがあったが、当人であるメグはあっさりとこの方針を受け入れた。


「いえ、ユーリ様の身の安全が一番重要ですから。その条件はとてもありがたいです」


さっき自分を大切にするよう伝えたのに、まずメグの口から出たのは俺のことだった。


「メグの身の安全も大事だからな」


「はい、分かっております」


自分のことを後回しにしがちなメグにそう釘を刺すと、彼女は素直にそう応じた。


「それから、キャサリンの罪は問えないけど、今回のことについては教会からも正式に抗議をするらしい。だから、モングスト侯爵家にも何らかの影響があると思う。メグにも影響あるかな?」


「ご心配には及びません、ユーリ様。私の出自を知る人はそうおりません。それに血縁はありますが、モングスト侯爵家と私は無関係となっております」


「無関係?でも、メグはモングスト侯爵家の人間の証である指輪を持ってるんだろ?」


モングスト家に行く前に、メグが自身の出自と、それを証明する指輪のことを教えてくれていた。侯爵家に連なることを示す指輪を持ちながら、無関係とはどういうことなのか。俺には分からなかった。


「私はモングスト家の家系に名は連ねておりません。しかし、確かにその血筋を証明する指輪を持っております。この矛盾は、恐らくですが侯爵様の打算によるものなのだと思います」


「打算?」


「はい。今までは数少ない母の遺品のため、侯爵様は私にこの指輪を特別に持つことを許してくださったのだと思っておりました」


思っていた、とメグは過去形で言った。そのことに、今日あの親子が浅ましく言い合っていたことが恐らく関係しているのだろう。侯爵は口先ではキャサリンの疑いを否定していたが、その言葉に説得力はなかった。


「普通ではあり得ないことなんです。侯爵家の人間と認められていない私が、宝石と刻印がないとは言え、侯爵家の身分を示す指輪を持てることは」


だからこそメグが指輪を持っていることを、キャサリンもああして怒っていたのだろう。


「昔はこうして特別に指輪を持つことを許していただけたのは、侯爵様のお優しさなのだと思っていました。けれど、今日のお話を聞く限り、侯爵様は私が聖女になる可能性があると考えて、この指輪を持たせたようです。私が聖女になったときに、モングスト家の血を引く人間なんだと示すために」


「メグ……」


何と声を掛けたらいいかが分からず、その後に言葉が続かなかった。そんな俺に、メグは少し寂しげな笑顔を向けた。


「大丈夫です、ユーリ様。理由が何であれ、母の数少ない形見を手元に持っておけたのですから。これには寂しいとき、何度も救われてきたんです。だから、その、キャサリン様をああして怒らせてしまいましたが、私はこの指輪を持っていてよかったって思ってます」


大切に抱き締めるかのように、メグは服の下にある指輪を両手で包み込んだ。


「それにそう考えると、侯爵様が私に魔法やご令嬢が身に付けるようなマナーを学ばせてくださったことにも納得がいきます。この教会に身を寄せてからも十分な教育を受けられるよう手配をしてくださっていたんです。血縁上は伯父だからなのかと少しだけ思っていましたが、違ったようです」


俺も施設に入る前は親戚の家を転々とした。優しさだと思っていたものが、遺産目当てだったり、自分のためではなかったこともあった。その度に、やっと手にできたと思った血の繋がりという細い糸をブツりと切られるような、そんな悲しみに襲われた。

優しさと信じていたものがそうでなかった、そう知らされたメグの今の心境を思うと堪らなくなった。

しかし視線を上げると、メグはどこかさっぱりしたような顔をしていた。彼女は何かを振りきるように、明るい声でこう言った。


「自分でも、過分なものを与えてもらっていたとは思っていたんです。それなのに、お屋敷にいたときも、ここに来てからも、侯爵様に一人の人間として気に掛けてもらった記憶はありませんでした。薄々おかしいとは思っていたんです。だから、本当のことが分かって、何かスッキリしました」


「メグ、無理はしないでくれよ」


俺がそういうと、メグは緩く頭を振った。


「ありがとうございます、ユーリ様。教会に来てすぐにそれを知っていたら悲しんだかもしれませんが、今の私にはここにちゃんと居場所があります。今さら侯爵様にどう思われていようが、そんなに気にはなりません」


「そうだな、メグにはアリーもロバートさんもいるもんな。もちろん、付き合いは短いけど、俺もいるからな!」


「はい。それに、その侯爵様の打算があったからこそ、今の私はユーリ様のお側でできることがあります。むしろ、侯爵様の打算に感謝したいぐらいです」


そう言ったメグの表情には、少しばかり寂しさが残っているように見えた。けれど、俺はそれを見ない振りをして、明るく振る舞うメグの口調に合わせた。


「つまり、間接的に俺もそれに助けられてるって訳だな!メグがマナーや魔法について詳しくなかったら、女装事情を知らない人からそれを学ばなきゃならなかったんだろ?考えるだけで、気が滅入るわ」


「そう言っていただけると光栄です。けれど、聖女様のお姿になったユーリ様は、普通にされていても男性とは見破られないと思いますよ」


「そう見える?うーん、でもそれはそれで、喜んでいいのか微妙なところだな。アリーなら、私のお化粧の腕のおかげですよとかって、喜びそうだけどな」


「そうですね」


クスクスと、今夜この部屋に来てから初めてメグが小さく笑った。まだ万全とは言いがたい笑顔だったが、それでも彼女の気持ちが少しだけでも上向いたことを俺は嬉しく思った。





そこからポツポツといつものような何気ない会話をしていると、薄い紅茶を飲みきる頃には、そろそろ日付が変わるような時間になっていた。これ以上は明日にも差し支えそうだったので、俺たちはそこで会話を切り上げた。

テキパキと茶器を片付けてくれたメグをドアのところまで見送ると、彼女は最後にもう一度深々と頭を下げてお礼を言ってくれた。


「ユーリ様、今日は本当にありがとうございました。キャサリン様から助けていただいたことはもちろんですが、先ほども私の話を聞いてくださり、ありがとうございました」


「魔法を使うことだって、話を聞くことだって、いつだってするからな。困ったことがあったら、遠慮せず相談してくれよ」


同じことばかり言っているなと思いながらも、人に頼り慣れてないメグに、最後にもう一度だけ何かあったら頼ってほしいと声をかけた。するとメグは、少し気恥ずかしそうにしながらも、こう返してくれた。


「今夜ユーリ様にお話を聞いていただけて、私、すごく気持ちが楽になりました。誰かが一緒にいてくれるって、こんなに心強いことなんですね。甘えっぱなしにならないように気を付けなければなりませんが、きちんと回りの人に力を借りることもしていきたいと思います」


そこから一拍おいて、メグはそれと、と言葉を続けた。


「今日、私がユーリ様に勇気づけてもらったみたいに、私も誰かを支えられる人になりたいって思いました。まだまだ未熟ですが、がんばりたいと思います」


今日あんな怖いことがあったのに、まだ心にはその恐怖があるかもしれないのに、こうやって前を向きたいと努力をしようとする。そう言ったメグの表情は、薄暗い廊下にいても、輝いているように見えた。


その眩しさが、メグと初めて会ったときのことを俺に思い起こさせた。


やっぱりメグこそ聖女みたいだな。俺は懲りずにまたそんなことを考えた。

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