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マーガレット 10

私、メグは意を決してユーリ様に話を聞いてもらいたいとお願いをした。

未だ胸中に怯え、混乱は残っていた。あの炎を思い出すと、今でも心臓がぎゅっとして呼吸が浅くなりそうになった。しかし、こんなことに巻き込んでしまったこの人に、自分のことも含めきちんと説明をしたかった。何から話すべきか、頭を整理しながら、私はゆっくりと口を開いた。



「ユーリ様、今日モングスト侯爵がキャサリン様に、『また私に向けて魔法を使ったのか』とおっしゃったのをお聞きになったかと思います。侯爵様のあの言葉の通り、私は十年前にもキャサリン様から炎の魔法を向けられたことがあるのです」


それは、今まで誰にも打ち明けたことのない話であった。しかし、侯爵様が自ら暴露したのだと自分に言い訳をして、私は過去の話をユーリ様にし始めた。



十年前のあの日、私はキャサリン様の炎に巻かれた。しかし、今日までその理由については知らされていなかった。

火傷の手当てが最低限終わり、侯爵家を出るときに、侯爵様からこれ以上私の身に危険が及ばないようにするために教会へ身を移すとは聞かされた。本名を伏せメグと名乗るように言われたのも、そのためだと聞いていた。しかし、それ以上のことは何も教えてもらえなかった。

痛みに苛まれながら、なぜ、どうしてと何度も思った。ときには不安から自分を責めた。しかし、侯爵家を出てから平民である私が高位貴族である彼らと接する機会などあるはずもなく、その疑問が今まで明かされることはなかった。


しかし、今日あの場でキャサリン様は聖女候補にさえなれなかった自分に見せつけるようにしたと叫んだ。彼女は光魔法と聖女様に並々ならぬ執着を持っているのだと、あの言葉、表情から理解した。

思い起こせば、私がキャサリン様から遠ざけられたのは彼女の属性判定の直後からだった。そしてあの事件があった日、キャサリン様がこちらに走ってくる前に、私は光魔法で小さな明かりを灯した。そのことがきっと、彼女の逆鱗に触れたのだろう。


もし彼女の憎悪の対象が私だけなら、私が我慢をすれば済むだけの話だった。侯爵家を出てからのこの十年間、一度もキャサリン様に会うことはなかったのだ。教会で慎ましく過ごしていればその生活が脅かされることなどない、問題など何もないと自分に言い聞かせることができた。


しかし、キャサリン様は光魔法だけではなく、聖女という存在にも固執しているように見えた。今は彼女の怒りは私に向けられているが、その矛先は些細なことがきっかけでユーリ様に向いてもおかしくないように思えた。


ユーリ様は、この世界を救ってくださる聖女様だ。

替えなど利かない唯一無二の存在だ。そして、こんな私に一人ではないと言ってくれた、とても優しい人だ。


聖女だからという理由だけでなく、私はこの人を脅威から守りたいと思っていた。けれど、少し風魔法が使えるだけの私だけでは、この人を守りきることはできない。だから、ユーリ様に、ロバート様に、ヨンハンス司教に全てを話そうと思った。


そう覚悟したはずなのに、過去を思い出しながら話をしていると、情けなく語尾が震えた。声も小さくなっていってしまった。

けれど、ユーリ様はそれを指摘されることなく、静かに私の話を最後まで聞いてくださった。



「キャサリン様は、恐らく光属性を持ち得なかったことがコンプレックスとなっているのだと思います。だから、かつて彼女の目の前で光魔法を使った私を攻撃し、私が光属性だから聖女様の侍女となり、貴方に取り入っているとおっしゃり、激昂されたのだと思います」


キャサリン様の考えについては、ただの推測でしかなかった。根拠も、今日聞いた言葉以上のものはなかった。思い込みだとか、考えすぎだとか思われるかもしれない。けれど、この目の前にいる優しい人に少しでも危険が及ばぬように、私は必死に訴えた。


「キャサリン様は聖女という存在にも固執していると思われます。どうか身の安全のため、ユーリ様の警護を増やしてはいただけないでしょうか?せめて教会の外に出るときだけでも、お願い致します」


私の言葉を聞いて、ユーリ様はぎゅっと眉を寄せた。そして短く息を吐いた後、こうおっしゃった。


「メグ、まずは話を聞かせてくれてありがとう。思い出したくない話も、人に語りたくない内容もあっただろう。ごめんな」


「いえ、私は大丈夫です」


「それ!」


「え?」


大丈夫です、と言った途端、ユーリ様は私に向かって指を差してきた。彼は怒ったようにも見える表情をしていた。


「何も大丈夫じゃないんだよ。てか、警護を増やすべきなのは、どう考えたって俺よりメグだろ?」


「私に警護など……」


「まぁ名目上は俺の警護でもいいよ。俺とメグは聖女としての活動が終わるまでは、だいたい一緒に行動するだろうからさ。でも、一番守られるべきは君だよ、メグ。それを忘れないで」


でも、と続けようとした私の言葉を、ユーリ様は遮った。


「脅したい訳じゃないけど、メグはキャサリンは光魔法とか聖女に固執してるって言うが、俺には彼女はメグに固執しているように見えたよ」


そんなことはないと否定をしようと思ったが、憎悪が渦巻いていた赤い瞳は、あの日も今日も真っ直ぐに私を見据えていた。あの目を思い出すと、膝に置いた手が情けなくも微かに震えた。


「メグにはもっと自分のことも大切にしてほしい。事前に相談してもらってたのにメグを危険な目に合わせてしまったから説得力はないかもしれないけど、俺たちのことももっと頼ってほしい」


「そんな!今回のことはユーリ様たちのせいではありません!むしろ、ユーリ様たちが私のことを気に掛けてくださっていたからこそ、未遂で助かったのだと思っております」


あのとき、目の前に現れた優しい光に、名を呼ぶ声に、肩に触れた手に、私はどれほど救われたかだろうか。この人が来てくれなければ、きっと私は抵抗すらできず、また身を焼かれていただろう。


「助けてくださり、本当にありがとうございました。あの頃と違って魔法も上達しているし、何かあっても自分で対処できるだろうと思っていました。けれど、全然ダメでした」


実際に目の前に炎が現れ、熱を感じると、思考が真っ白になって、手足も録に動かすことができなかった。情けない己のことを反省していると、ユーリ様が私を諭すようにはっきりとこうおっしゃった。


「そんなこと、メグ一人で対処できなくて当然なんだよ。俺も、ロバートさんと、ヨンハンス司教も、アリーもいる。みんな、君を心配しているし、守りたいと思ってるんだ」


ユーリ様は、真っ直ぐな、真剣な目で私を見てくれていた。視線の力強さに反してその声が優しくて、私はじわりと涙がにじんでくるのを感じた。


「一人で全部やろうとしなくていいんだ、メグ。辛いときや大変なときは、君の側にいる俺たちを頼ってくれ」


今までも、誰にも肩を借りないと虚勢を張っているつもりはなかった。けれどキャサリン様とのことを公言するなと言われていたのもあるが、顔に残る傷跡を見られることを避けていたように、私に起こった過去を誰かに知られることを恐れていたのかもしれなかった。


「覚えておいてほしい。メグが困っているときは、俺たちが助けに行くよ。だから、そのときには俺たちの手を取ってくれ」


ポロリ、と気が付けば、涙が一筋頬を滑り落ちていった。それを目にした途端、ユーリ様は目に見えて慌てた様子になった。


「あっ、ご、ごめん!メグに無理強いをするつもりはなくて、その、頼ってくれたら嬉しいって言うか。嫌でなければなんだけど」


「違うんです」


私が泣いている本当の理由を伝えて、誤解を解かねばならないと思ったのもあった。しかし、それ以上にこの胸にある感謝の気持ちを、この目の前の優しい人に伝えたかった。


「嬉しくて、そして多分ホッとしたんだと思います。今まで誰かに助けを求めてもいいって、私、あまり思えてなかったんだと思います。だから、ユーリ様のお言葉、すごく嬉しいです」


「そっか、それならよかったよ。遠慮なんてせずに、頼ってくれよな」


「本当にありがとうございます、ユーリ様」


きちんとした笑顔でお礼を言いたかったのに、涙を抑えたへたくそな笑顔になってしまった。しかし、そんな私にユーリ様は優しい笑顔を返してくださった。



ユーリ様は男性なので、子供向けの絵本に描かれている聖女様のようなお姿をされている訳ではもちろんない。ローブを脱いで素の表情をされているときは年相応の青年のようだし、魔法に目を輝かせている表情なんかは、少年っぽく見えるときすらある。


けれど、女神様がこの方を『聖女』として選び、この世界に遣わされた理由は分かる気がした。メリーベル侯爵令嬢と向き合われていたときもそうだったが、この方は芯が強くて、そしてとても優しい方だ。『聖女』と呼ぶに真に相応しい、素晴らしいお人だ。


きっかけは偶然であったが、この人の側にいて、支えることができる。それはとても光栄なことだと私は感じていた。

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