マーガレット 6
侯爵家で簡単に魔力測定を行ったメグとは異なり、キャサリンは魔力測定のため教会へと出向いた。他の高位貴族と同じく、広い礼拝堂で彼女は多くの大人に見守られながら測定を受けた。
この日のためにキャサリンが新調させた白いドレスは、聖女様みたいなデザインにしてと頼んで作らせたものであった。レースやビーズがふんだんにあしらわれたそれは、天窓からの光を受けてキラキラと光り輝いていた。
既に聖女になったような気分で、キャサリンは自信をもって魔力計に触れた。
中央の魔力量を測定する水晶は、侯爵令嬢に相応しい強い光を放った。魔力量は同年代でもトップクラスと言っても過言ではなかった。
その光の眩しさにキャサリンは一瞬目を瞑った。しかしすぐに目を開けて、属性を示す針が指す方向を確めた。
そのときキャサリンが目にしたのは、赤い水晶のすぐ近くでピタリと止まった針であった。彼女がどれだけ心の中でその光景を否定しても、信じられなくても、針の先が示す方向はピクリとも動くことはなかった。
「嘘よ!」
教会の人間も多くいるにも関わらず、キャサリンは大声で叫んだ。父に肩を掴まれなければ、感情のまま魔力計をひっくり返していたかもしれなかった。それぐらい彼女は激昂していた。
「火属性なんて何かの間違いよ!私は聖女になるのよ!」
真新しいドレスの繊細なレースがぶちぶちと引きちぎれるのも構わず、キャサリンはスカートに爪を立てて強く握りこんだ。侯爵令嬢である私が、正統な聖女の血筋を受け継ぐ私が、なぜ光属性を持ち得ない火属性なのかと、怒りのような感情が彼女の思考を埋め尽くした。
侯爵を始め、周囲がなんとかキャサリンをなだめ、落ち着かせたが、彼女は測定結果を信じず、もう一度やり直すと言って聞かなかった。侯爵が教会に頼み再び測定を行ったが、当然結果は変わらなかった。
キャサリンは帰りの馬車の中で泣き続けた。侯爵が、聖女はこの世界の人間が必ず選ばれるものでもないし、例え聖女の子孫であってもその力が引き継がれるものではないと宥めたが、彼女の涙が止まることはなかった。
侯爵は彼らの親類、特に分家の者たちがキャサリンを持ち上げるために聖女の話をしていたことは知っていた。しかし、キャサリンがここまで聖女に固執しているとは思っていなかった。
もしメグのことがなければ、自分だけに向けられていた期待が僅かとはいえ平民へと逸れることがなければ、侯爵の思っていたとおりキャサリンもここまで聖女には拘らなかったかもしれなかった。キャサリンだって、一人しか目覚めない聖女の力が自分に覚醒する可能性がかなり低いことぐらい、頭では理解していた。
しかし、紛い物の平民が持つ光魔法の能力が自分にはなかった。あんな子に自分が劣るはずがないと確信していた思いが、彼女に悔し涙を流させ続けた。
ドレスもよれ、顔も涙でぐちゃぐちゃになりながらキャサリンは自宅へと帰って来た。話を先に聞いていた彼女の母が玄関先まで迎えにきて、帰宅した彼女を抱き締めた。キャサリンは幼子のように、母の胸でわんわんと泣き続けた。
そこからしばらくキャサリンは荒れた。目につく物に、立場の弱い使用人たちに当たり散らすようになった。
彼女の心境を理解していた侯爵は、メグをしばらく裏方仕事に回し、決してキャサリンの視界に入らないようにするよう言い付けた。光属性を持つメグの存在はキャサリンを刺激する可能性が高いと、彼は理解していた。
メグをキャサリンから遠ざけるのは、キャサリンのためでもあったが、侯爵自身のためでもあった。モングスト家の分家にも水属性や風属性を持つ、聖女候補となりうる娘は何人かいた。しかし、魔力量や血の濃さから言って、今やメグは侯爵が持つ中で一番強力なカードとなっていた。不用意なことを起こしたくないというのが、むしろ侯爵の本音であった。
高位貴族たる侯爵家の当主であっても、生まれもった属性を変えることなどできるはずもなく、彼にできることはそれぐらいであった。あとは時間が解決してくれるのを、彼は静かに待つことにした。
そこから数ヶ月もすると、侯爵の願いどおりさすがのキャサリンも聖女のことで癇癪を起こすことはなくなっていった。魔法の話となると機嫌を悪くすることが多かったが、それでも何とか自分の属性を受け入れ、魔法についても落ち着いて学べるようになっていた。
波乱はあったが、何とか平穏が戻ってきた。皆がそう思い始めたそのときに、それは起こった。
その日は朝から今にも降ってきそうな曇り空で、キャサリンはずっと頭痛がしていた。それは夕方になっても治まらず、その苛立ちからキャサリンは侍女に細かなことについてあれこれと文句を付けた。そのため、キャサリンが夕食へと向かう時間が、普段よりかなり遅くなってしまった。
だからそれが起こったのは、本当に偶然であった。誰かが意図した訳ではなく、いくつもの偶然が不幸にも重なってしまっただけであった。
先輩の使用人が、この時間なら問題ないだろうとメグに荷物を取りに行かせたのも。
そのメグを、たまたま夕食へと向かうため廊下を歩いていたキャサリンが見かけたのも。
日が傾き、辺りが更に暗くなったため、メグが手元を照らすために魔法で小さな光を灯したことも。
キャサリンは、メグの手元で生まれたその柔らかな光を目にしてしまった。美しく輝く光は、間違いなくメグの魔力から生み出されたものだった。
それはキャサリンがどれだけ焦がれようと、熱望しようと、決して手に入らないと宣言されたものであった。
付き添っていた侍女がメグの存在に気付く前に、キャサリンは飛び出していた。侍女が制止する間もなく、彼女はメグのところまで走っていった。
頼まれた荷物を戸棚から取り出そうとしていたメグは、急に目の前まで走ってきたキャサリンに驚き、びくりと肩を揺らした。そのときのキャサリンが尋常ではない表情をしていたことも、メグを驚かせた一因であった。
理由は聞いていないが、メグはメイド長から許可が出るまでキャサリンの前には出ないよう言われていた。向こうから走ってきたのだから不可抗力だが、こんな怖い顔で睨まれるということは、姿を見せてしまったことを怒られるとメグは思った。
しかし、そんな彼女に掛けられたのは、予想もしていなかった言葉だった。
「何よ、人をバカにしているの?そうやって、わざと見せつけるようにして!」
唐突に投げつけられた言葉の意味を、メグは理解できなかった。メグはただ言い付けられた仕事をしていただけだったし、キャサリンを貶める気など全くなかった。見せつけるとは何を指しているかさえも、彼女には分からなかった。
戸惑うメグに、キャサリンはさらに畳みかけた。
「お前みたいな紛い物が!私が、私が欲しかったものをどうして持っているのよ!ふざけないで!」
キャサリンの剣幕から、これはただ事ではないということだけはメグも察知はできた。しかし、何が原因なのかは分からないままであった。それでも何か謝罪の言葉は口にしなければと思い、メグは急いで頭を下げた。
「キャサリンお嬢様、私に至らない点があり申し訳ございませんでした」
メグとしてはキャサリンを怒らせてしまった原因が分からなかったが、非だけは認めようと口にした言葉であった。しかし、目の前で自分には使えない光魔法を使っておいて、「至らない」と言われたキャサリンは更に頭に血が上った。
「至らないって何よ!光魔法が使えるあんたで至らないなら、私は何だって言うのよ!本当に人をバカにして。あんたなんか、あんたなんか消えてしまえばいいのよ!」
そう言うと、キャサリンは感情の高ぶりとともに体の中を激しく駆け巡っていた彼女の豊富な魔力を指先に集中させた。そしてメグを憎悪に燃える目で睨みつけながら、不気味なほど落ち着いて呪文を唱えた。
『炎よ赤く燃え盛れ、フレイム』
キャサリンの呪文に応じるように、人の頭ほどあるの炎が、何もなかったキャサリンとメグの間に生み出された。急に目の前に現れた炎の塊を、メグはただ茫然と見つめた。あまりにも急な展開にメグは考えが追いついていなかったが、その炎からもたらされる熱は、遠慮などすることなくメグの肌を炙った。
熱い、と感じた瞬間には、炎はすぐ目の前に迫っていた。咄嗟にメグは避けようとしたが、炎の勢いの方が早く、炎は無慈悲にメグの左のこめかみ辺りにぶつかった。
「……かはっ」
叫び出したかったのに、喉が絞まってしまったように声がでなかった。激しい感覚に襲われ、熱さなのか痛みなのか、メグは自分が今どう感じているのかさえ分からなくなった。何かが焼ける匂いが、妙に彼女の鼻についた。パニックになったまま、メグは左目の辺りを必死に押さえた。
「キャー!だ、誰か!誰か!早く!」
とっさに叫べなかったメグの代わりに、キャサリンに追いついた彼女の侍女が悲鳴を上げた。その声に呼び寄せられた使用人に水をかけられるまで、メグは熱に苛まれ続けた。
「目障りなのよ!今度こそ私の前から消えなさい、マーガレット!」
そんな言葉と共に、あの日感じた熱と同じものが、メグの目の前に再び現れた。
赤く、熱く、燃え上がる炎が、キャサリンの魔力により生み出されていた。
炎は記憶と同じく、キャサリンの意思を正しく汲んで真っ直ぐにメグの方へと向かってきた。
メグが正気であれば、今なら風を操りその炎の軌道を逸らすことは可能だった。しかし、恐怖に囚われてしまっていた彼女は、そのような判断ができずにいた。
焼かれる。またあの熱さに、痛みに襲われる。
恐怖心で固まってしまった心でメグがそう覚悟をした瞬間、涙でぼやける視界に光が見えた。
それは、淡く、優しい光であった。




