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マーガレット 5

その炎は、まるで生きているかのようであった。


魔力により生み出されたそれは、一度高くうねったあと、明確な意思をもってメグに迫ってきた。先ほどまでとは比べ物にならない確かな熱量を肌に感じながら、メグはかつて同じように炎に巻かれた過去のことを思い出していた。




約十年前、メグはここモングスト侯爵家で使用人として過ごしていた。


血筋だけで言えば、メグは現侯爵の姪であった。半分は貴族の血ではないため姪としては無理でも、庶子のような立場で侯爵家に迎え入れられてもおかしくはない出自であった。

しかし、自身の身勝手な恋のために貴族としての責務を投げ捨てたメグの母をよく思わない親類は少なくなかった。伯父である侯爵もその一人であったため、彼女がモングスト家の身内として受け入れられることはなかった。


しかし、その一方で侯爵は周囲の反対を押し切ってまでメグを保護し、まだろくに仕事もできない幼子であった彼女を使用人として雇った。さらに、使用人には不相応なほどの教育を彼女に施した。

侯爵の行動は矛盾しているように見えたが、彼の中にはその理由となりうるある打算があった。


メグは優れた風魔法の使い手であった侯爵の妹が母であり、その血を半分とはいえ引いていた。そのため、風属性とそれなりの魔力を受け継いでいる可能性が高かった。モングスト家が脈々と受け継いできた聖女の血が流れるメグは、年回りからしても、次の聖女となる可能性があると侯爵は考えていた。

もしメグが聖女となれば、その伯父、後見人として侯爵は強い権力を得ることができる。その可能性を思えば、メグに衣食住を与え、彼女に聖女に見合った教養を身につけさせる程度のことは、十分に割に合う投資であったのだった。


幼かったメグは、そのような侯爵の打算は元より、自分の出自すら知らなかった。しかし、周囲の反応から、普通の平民のはずの母の最期の願いを侯爵家という大貴族が聞き入れ、教育までしてくれるということは、自分には何かがあるのだろうということだけは何となく感じていた。

しかし、侯爵家に迎えられた頃のメグにとって重要だったのは、日々の食事に困らず、安心して眠ることができる場所があることだった。そのため、少しの違和感を覚えつつも、メグはそれを深く考えることなく、使用人として働いていた。



そうして侯爵家で働き、学ぶうちにメグは七歳になった。誕生日を過ぎてしばらく経ったある日、彼女は侯爵から執務室に呼び出された。


「マーガレット、君も七歳になったそうだな。もう知っているかと思うが、今の立場はどうあれ君はこの家の血を引いている。そのため、魔力測定を行ってもらう」


魔力は血によって受け継がれることが多く、貴族は魔力が多い傾向にある。それは家庭教師から教わってメグも知っていた。そして自分の出自についても、去年の誕生日を迎えた頃に、侯爵家に長く使える執事から聞いた。

母の血があるため、自分は普通の平民とは違い高い魔力を持っている可能性がある。だから、それを調べておきたい。侯爵の意図はそういうところだろうとメグは思った。

魔力測定をしたところでメグに何か不利益がある訳でもなかったし、何より雇用主からの言葉だった。反論する理由などないメグは「承知いたしました」と答え、侯爵の言葉に従った。


白いローブを着た大人の立ち合いのもと、メグの魔力測定は行われた。少しの緊張と期待のような気持ちを抱えて、メグは目の前に置かれた時計のようにも見える魔力測定装置にそっと手を置いた。

するとそんな彼女の感情に応えるかのように、手を添えていた透明な石が、淡く光を放った。そして、時計の針のようなものは、緑の石のやや右側を指してピタリと止まった。


家庭教師から習った内容を思い出しながら、メグは装置が示す情報を読み取った。どうやら自分には貴族としても中程度の魔力があり、属性はやや光属性を含む風属性であるようだった。

それまで、正真正銘の貴族である侯爵と、母譲りの自分の髪色はとても似ていると思ったことはあった。しかし、街中で生きていたあの母が貴族であるというのは、どうにも現実味のない話のようにメグには思えていた。

しかし、平民はほぼ持たないとはずの魔力が自分にはあった。どこか現実味のなかった自分は貴族の血筋であるということが、改めて目の前に示されたような気持ちにメグはなった。

メグが自分の出自を改めて実感している側で、魔力測定に立ち会った侯爵は、彼女からは見えないところで口許をにやりと緩ませていた。メグは母親の風属性を受け継ぐばかりか、わずかな光属性まで持っていた。これは本当に思わぬ拾い物かもしれないと、侯爵は密かにほくそ笑んだ。



そこからメグは、仕事と教養の授業に加えて、魔力の扱い方についても教わることとなった。メグに魔法操作を教えたのは、彼女の祖母といっても差し支えがないぐらいの年齢の女性だった。

彼女は熱心なグロリア教徒であったため、少ないながらも光属性を持つメグに熱心に魔法を教えた。


「光属性の素養がある女性は聖女様として目覚める可能性を持っているのですよ。年頃も合うし、魔力も充分あるし、メグ、貴女は聖女様になるかもしれませんね」と、彼女は幾度もメグに語りかけた。


メグは日々の感謝の祈りもするし、他の大人の使用人たちに連れられ月に一度の礼拝には行くが、その頃は熱心にグロリア教を信奉していた訳ではなかった。彼女は聖女という存在に対して子供らしい憧れは持っていたが、同時におとぎ話のような非現実的な存在だとも思っていた。そのため、教師の「貴女は聖女になれるかもしれないわ」、「貴女も聖女になりたいと思うでしょう?」などの言葉に上辺だけは合わせつつも、それを真に受けることなく聞き流していた。


メグにとっては、聖女とは憧れつつも、そういう遠い存在であった。しかし、彼女の周囲はそうは思っていなかった。

モングスト侯爵家にはかつて聖女が嫁いだこともあったし、聖女を輩出したこともあった。そのため、一族の中で聖女の降臨と年頃の合う光属性を持つ少女は、少なからず期待を持って見られる対象となっていた。

母のことがありメグのことをよく思っていなかった親類までもが、魔力測定後から密かに彼女に期待を込めた視線を送っていた。


メグ本人はそんな親類と直接顔を合わせることがなかったため、彼らの邪な期待には全く気付かずにいた。しかし、彼らの態度の変化を敏感に感じ取った存在がいた。

それは、ここのモングスト侯爵家の正統な娘であるキャサリンだった。


彼女も幼少期から聖女の話は聞かされていた。この家には聖女の血が流れていることを、年回りから彼女が次の聖女になる可能性もあることを。聖女という権力を得たいモングスト家において、お世辞も含めてであるが、彼女には多くの期待の言葉が掛けられていた。

それなのに、それまではメグのことなど気にもしていなかった親類たちが、属性が判明した途端、彼女にそわそわとした期待を向けだした。期待の眼差しが自分以外に向けられていることを、幼いながらにキャサリンは面白くなく感じていた。

貴族ですらないメグが、「聖女になれるかも」と家庭教師から言われながら光魔法を教わっていることも、彼女をじわじわと不快にしていった。


しかし、その頃はまだ感情を少し乱す程度で済んでいた。キャサリンにとって、メグは使用人として働く、半分平民の血が混じったただの紛い物だった。本家の末子ということもあり、周囲の大人に甘やかされ、持て囃されてきたキャサリンには、高貴な血筋である自分ならいざ知らず、あんな子が聖女に選ばれるはずがないという絶対の自信があった。

確かにメグにほのかな期待を寄せる人はいたが、表だってそれを言う大人はキャサリンの周囲にはいなかった。そのため、キャサリンにとって、聖女として本当に期待をされているのは、あくまでも自分自身であった。


多少気にくわないところはあるが、歯牙にかける必要もない存在、それがその頃のキャサリンから見たメグであった。



だが、そんな彼女たちの関係は、メグが十一歳になったときに大きくそのバランスを崩した。七歳になったキャサリンは魔力測定を受けた後、彼女がメグへ向ける感情は大きく変わることとなったのだった。

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