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マーガレット 4

侯爵家のお屋敷の奥にある階段を、ローブの裾をたくし上げ、俺、佑利は全力で上っていた。普段女性に見えるようにと歩き方にも気を遣っていたが、そのときはそんなことなど吹き飛んでいた。


下から「聖女様!」と呼ぶ声が聞こえたが、構ってなどいられなかった。ロバートさんや、さっき話を聞かせてくれた使用人が自分を呼ぶ声を無視し、俺は必死に階段を駆け上がった。




応接室からメグが一人で姿を消していることに気づいた俺は、すぐに彼女を追いかけるための理由を考えた。

メグがここのご令嬢と折り合いが悪く心配なこと、彼女がいないとそのうち地声に戻ることなど、本当の理由は色々あったが、そのまま侯爵たちには言えるものは何一つなかったからだった。

しかし、焦れば焦るほど言葉が上手くまとまらなかった。


「聖女様、うちの使用人がご迷惑をおかけして申し訳ございません。侍女の方には新しい服をすぐ用意致しますので、どうかご安心ください」


侯爵は丁寧にお詫びをしてくれたが、俺の心配している点はそこではなかった。俺がメグを追いかける理由を考えるのに必死で返事もしなかったので、侯爵は焦りながらこう続けた。


「侍女の方のお着替えにしばらくお時間をいただきますので、新しいお茶を用意をさせます。ああ、ちょうど焼き菓子もできあがったようです。ぜひ我が領の特産のフルーツを使ったケーキを召し上がってください」


そこから話題を逸らすためか、侯爵はそのフルーツについての説明を始めた。このままではメグの件が流されしまうと思い、何か言わねばと俺は慌てて口を開いた。


「わ、私はメグと、私の侍女と離れると不安で仕方なくなるんです!そう、この世界に来てからずっと彼女と一緒だったので、彼女が側にいてくれないと困るんです!だから、私、メグのところに今すぐ行きたいですわ!」


焦りすぎて言葉遣いも内容もめちゃくちゃになってしまった。自分でもさすがにこれはねえよと、じわじわと恥ずかしくなってきた。けど、言ってしまったものはもう仕方がない。俺は自分が言ってしまった変な理由で、この場を押しきることにした。


「本当に不安なんです。だから早く私をメグのところに案内してください!」



侯爵は一瞬ポカンとした顔をしたが、その後すぐに俺の言葉に反応を返してくれた。


「これは気が利かず大変申し訳ございませんでした、ユーリ様。君、すぐに聖女様を侍女の方の元へご案内しなさい」


侯爵からそう指名された使用人は、肩を揺らしてあからさまな程の動揺を見せた。足元に視線を彷徨わせ、「あの、しかし、お嬢様が、その」と小さな声でもごもごと何かを口にした。

その態度と「お嬢様」という言葉から、恐らくメグは着替えという名目でキャサリンのところへ連れて行かれたのだろうと俺は確信した。

彼女はキャサリンに命じられ、よくないことと分かりつつメグを連れ出したのだろう。自分がしてしまったことが露見することに対する怯えと、命令に背いて真実を話していいのか決心が付いていないような態度を見せていた。

薄く涙を浮かべ返事を濁す彼女に、侯様は厳しい目を向けてピシャリと言い放った。


「キャサリンがどうしたと言うのだ!聖女様がご要望されているのだぞ。何かあるのならはっきり言うんだ!」


侯爵の言葉を受けて、使用人は涙目のまま話し始めた。


「キャサリンお嬢様から、その、聖女様のお連れの方はお嬢様の古いご友人で、旦那様たちはその方のことをよく思われていないから、隠れて会うために密かに連れ出すよう、め、命じられました」


「キャサリンが、あの子をだと?」


「はい。聖女様のお連れの方を無断でお連れしたり、お召し物にお茶をかけたりすることは大変ご無礼だと理解しておりました。しかし、お、お嬢様に必ず連れ出すよう強く言い含められておりましたので、あのようなことをしてしまいました。大変申し訳ございませんでした」


やはり俺が思っていた通り、メグはここのご令嬢、キャサリンのところへ連れ出されてしまったようだった。


「経緯は分かりました。お嬢様が友人としてメグと会うだけなら、私が同席しても問題はないですよね?メグが案内された場所を教えてもらえますか?」


俺がそう聞くと、使用人は必死に首を縦に振った。


「お嬢様より、二階の奥にある使用人室へ案内するよう言われておりました」


「私もそこへ連れていってもらえますか?侯爵様、構いませんよね?」


俺は侯爵がごねてもイエスと答えさせるつもりだったが、予想に反し、彼はあっさりとそれを肯定した。


「もちろんです、ユーリ様。君、早く聖女様をご案内しなさい」


侯爵の返事を得るや否や、俺はすぐにソファから立ち上がった。




使用人の案内で、広い侯爵家の中を進んでいった。メグが連れ出されてから、それなりの時間が経っていた。じわじわとした焦りが、俺の中で生まれていた。


追い立てるように足早に使用人の後ろをついて行っていると、内装が簡素な場所までやってきた。恐らくここが使用人たちのスペースなのだろう。あと少しでメグのいる場所まで行ける、そうと思っていると、奥から一人のメイドが走ってきた。

バタバタと何かから逃げるように走ってきた彼女は、俺たちに気が付くと慌てて壁際に寄り頭を下げた。そんな彼女に、俺を案内してくれていた使用人が声をかけた。


「貴女、こんなところでどうしたの?聖女様の侍女の方をご案内したんじゃないの?」


問われた彼女はビクリと体を揺らし、そして恐る恐るといった様子で顔を上げた。その顔は今にも泣きだしそうなものであった。


「お、お嬢様の元までご案内を致しました。しかし、すぐに席をはずすようお嬢様から命じられました」


「メグは今、キャサリン侯爵令嬢と二人きりなのですか?」


メイドの子の顔が曇っていたのには気付いていたが、それを気遣えるだけの余裕は俺にはなかった。俺は飛び付くように、彼女たちの会話に割り込んだ。

聖女である俺に急にそう問われたメイドは、はっきりと涙を浮かべながらこう答えた。


「申し訳ございません。お嬢様のご機嫌が、優れないご様子なのは気付いておりましたが、わ、私にはできることがなく……」


ぐすぐすと涙声になった彼女に、俺は慌てて声をかけた。


「語気が強くなってすみませんでした。貴女を責めるつもりはなかったのですが、私はメグが心配なのです」


「わ、私こそ、取り乱し申し訳ございません。お連れの方はそこの階段を上がって、奥の突き当たりのお部屋でお嬢様とお二人でいらっしゃいます」


「あの階段を上がって突き当たりの部屋ですね。教えてくれて、ありがとうございます」


メグがすぐ近くにいることが分かったことで、少し安心したそのときだった。ドンと、床を大きく叩いたような音が響き渡った。その音はメグがいると聞いた二階から響いてきたように聞こえた。


根拠はそれだけだった。けど、気付けば俺は階段に向かって走り始めていた。

後ろから焦ったような声をかけられたが、構ってなどいられなかった。何か無作法になるなら、後からいくらでも謝る。それより今はメグのことだった。


慣れない格好での全力ダッシュで階段を上りきるころには、息がかなり上がっていた。自然と下を向きそうになる顔を気力で持ち上げ、あのメイドの子が言っていた部屋に視線を向けた。

半分ほど開いたドアの間から、ここに来るまでずっと俺の頭を占めていた肩口辺りで揃えられた金髪がちらりと見えた。


いつもはマナーのお手本みたいにピンと綺麗に伸ばされている背が、身を守るように丸められていた。メグのいる部屋まではあと少し距離があったが、それでもその肩が震えているのがはっきりと見てとれた。


深く考えた訳ではなかった。ただ、メグが怯えている、そう思った瞬間に身体が勝手に動いた。


俺はメグがいる部屋に向かって、手を伸ばした。

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