偽聖女 4
メリーベルとの話が落ち着いた矢先に、ロバートさんが俺たちのいた応接室にやってきた。騒ぎを聞いて急いで駆けつけてくれたであろう彼に、メグが事の詳細を伝えてくれた。
ロバートさんはしばらくメグと話をした後、俺とメリーベルの元へやってきた。
「ユーリ様、カプレリア侯爵令嬢、少しお話をよろしいでしょうか?」
「はい、うかがいます」
先にロバートさんに返事をしたのはメリーベルだった。
「今回の話をメグから聞きました。ユーリ様、対応が遅くなり申し訳ございませんでした」
「急な話でしたので気にしないでください。もう解決もしましたし。そうですよね?」
俺がそう水を向けると、メリーベルは少し難しい顔をしながらであったが、しっかり頷いた。
「ユーリ様、この度はご対応いただきありがとうございました。カプレリア侯爵令嬢とのお話は解決したようですが、今回の件は目撃者も多く、今後の対応を考える必要がございます」
ロバートさんにそう言われて思い出したが、確かにここに来る前、中庭には騒ぎを聞き付けて人がそれなりに集まっていた。
「……分かっております。私は皆様のお言葉に従います」
今後の対応って何が必要かと俺が考えている間に、メリーベルが重々しくそうロバートさんに答えた。状況への理解が追い付いていない俺を置き去りにして、二人の会話は進んでいった。
「ご理解いただき感謝いたします。こちらとしてはユーリ様へ謝罪をしていただく場を設けられればと考えております」
「分かりました。私は誤って聖女様に良くないことを言いました。ご用意いただいた場で聖女様への謝罪を行います」
「え、ちょ、ちょっと待ってもらえますか?私はそんな仰々しいのは別に大丈夫ですよ?」
「それはいけませんわ、ユーリ様。それに、これはむしろ私のためですよね。そうでしょう、神官様?」
俺は思わず二人の会話に割り込んだが、メリーベルははっきりとそう言いきった。大っぴらな謝罪がメリーベルのため?訳が分からず混乱する俺に、メグがそっと側に来てこう教えてくれた。
「カプレリア侯爵令嬢が公衆の前で聖女様にあのような物言いをされたのは、もう知られてしまっております。彼女のためにも、きちんと人の目のあるところで聖女様へ謝罪をしたということを示す必要があるのです」
「でも、それは子供のしたことだったし、誤解みたいなものだったじゃないか……」
メリーベルを庇おうと俺が言葉を選んでいると、そのメリーベル本人が俺にこう言ってきた。
「ユーリ様、間違ったことを行ったのならきちんとその責任を取らねばなりません。お祖父様もいつもそうおっしゃっていました」
メリーベルは俺にはっきりとそう言いきった。悪意があった話ではなかったのにと思う気持ちはまだあったが、皆の言うことが正しいのは理解できた。
「……それは、そうだね。うん、分かった。ロバートさん、それでお願いします」
「承知致しました。ではカプレリア家にもご連絡を取り、調整を致します」
「分かりました。お父様たちには、私からも説明します」
こうして後日、メリーベルが公式に俺に謝罪する場が設けられることとなった。
噂というものは時間が経てば経つほど尾びれ背びれが付いて大袈裟に成長するものだ。そのため、あの騒動から二日後には教会の一室でメリーベルから俺への謝罪が行われることとなった。
ロバートさんやメグを始めとした教会の関係者が見守る中、メリーベルは緊張に少し強ばった顔をしつつも、しっかりと背を伸ばして俺への謝罪を行った。
「カプレリア侯爵令嬢の謝罪を受け入れます。お祖父様を思うその気持ちは大切なものだと私は考えます。いつまでも大切にしてください」
最後に彼女にこう声をかけ、謝罪の場は幕を閉じた。
そこから俺たちとカプレリア侯爵家一家は、先日使った応接室に移動をした。そこで、俺は侯爵たちからも改めて謝罪を受けることとなった。
「この度は我が娘が多大なるご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
「頭を上げてください侯爵様。先ほどきちんとした謝罪も受けましたし、私たちはもう和解をしています。これ以上のお言葉は不要です」
「その後慈悲深いお言葉に感謝申し上げます」
「メリーベル嬢は尊敬する祖父に恥じない自分となると言ってくれていました。どうかそれを支え、導いてあげてください」
「はい。承知いたしました」
こうして侯爵様からの謝罪も一段落し、ここらで解散かとなったときに、メリーベルが遠慮がちに俺に声をかけてきた。
「ユーリ様、最後に少しお話をさせていただけませんか?できれば二人きりでお話しをさせてもらいたいです」
今日は形式ばった場が多かったため、そういえば当人であるメリーベルとは落ち着いて話をできていなかった。俺はロバートさんたちにお願いをして、少し席を外してもらった。
「話って何かな?」
そう聞くとメリーベルは自分の荷物から真っ白のレースでできた手袋を取り出してきた。花柄があしらわれたそれは、繊細でとても女性的なデザインのものだった。
「ユーリ様、よければこれを受け取っていただけませんか?母にはお詫びの品はカプレリア家として改めて渡すと聞いていたのですが、どうしてもこれは私から直接ユーリ様にお渡ししたかったのです」
そう言って差し出してくれた手袋を、俺はありがたく受け取った。
「うん、いただくよ。ありがとう。綺麗なレースだね」
「ありがとうございます。うちのお抱えのレース職人に作らせました。これがあればユーリ様の手を直接人に見られることを防げると思います」
手を人に見られるのを防げる?メリーベルの言葉に、俺は心の中で首をかしげた。貴族の女性は手をあまり他人に見せてはいけないとか、そういう風習がここにはあるんだっけ?そういえばメリーベルがやってきた一昨日は、俺は素手だったからこんな気遣いをしてくれたのだろうか?
そんなことを呑気に考えていた俺に、メリーベルはその後に続く言葉で特大級の爆弾を投げ込んできた。
「でないとユーリ様が男性だとバレちゃうと思うんです」
メリーベルに言われた言葉が一瞬理解できなかった。えーっと、幻聴でも白昼夢でもなく、え?男性?男性って言った?聞こえた?驚きに固まること数秒、それが解けると焦りが一気に俺を襲ってきた。
「いや、メリーベルさん、それは、その、それは違うというか……え?」
停止した思考回路を無理やり動かし、言葉にならない言葉を必死で紡ごうとする俺に、目の前の少女は淡々と語りかけてきた。
「ユーリ様は細いし、お顔立ちも格好も一見女性にしか見えませんが、手をよく見ればお母様や侍女たちのものと違うことは私にも分かりました。だから手は隠した方がいいと、私は思いましたの」
「え、あ、はい」
「それとユーリ様、先日お話の最後の辺りでご自分のことを『俺』とおっしゃいましたよ。秘密にされているならその辺りももっと気を付けた方がいいと思います」
「す、すいません」
年下の少女にもっともなことばかりを指摘され、思わず謝ってしまった俺に、メリーベルはしっかりと目を合わせた。
「何かご事情があるのでしょう?詳しくはお聞きしませんわ。そして、このことは誰にも言ってませんし、これから言う気もありません。ご安心くださいませ」
完敗だった。清々しいまでに俺の完敗だった。ここまできたらもう下手に取り繕うことすらできそうにもなかった。
とりあえず秘密は守ってくれるというメリーベルに「あ、ありがとう」と詰まりながらもお礼を言うと、「お礼を言われることではありません。当然のことです」と返された。
どこまでも俺の完敗だった。
メリーベルは言いたいことだけを俺に言うと、話は済んだとばかりに部屋の外で待ってくれていた家族を呼びに行ってしまった。
あまりの急転直下の出来事にもはやこれは夢なのではと思いそうになったが、手の中にあるレースの手袋がこれはまごうことなき現実だと俺に知らしめていた。
混乱から回復しきらぬまま、部屋に戻ってきた侯爵たちと最後の挨拶をした。
帰る間際、最後の最後にメリーベルがまた俺のもとにやってきた。今度は何を言われるのかと思わず身構えた俺に、彼女は恐らく本来の彼女の気質と思われるちょっと勝ち気な顔を覗かせながらこう言った。
「聖女ユーリ様、私は今回、貴方に大変なご迷惑をかけてしまいました。しかし寛大に許してくださった貴方に、私はこのご恩を返さねばなりません。もしこの先、何かお困りのことがあれば、いつでもメリーベル・カプレリアにおっしゃってください。私は必ず貴方の味方になりますわ」
「あのことも含めてね」と最後に小声で付け足した後、メリーベルは年相応のイタズラっぽい笑顔を見せた。さすがあの前侯爵の孫娘。彼女には敵いそうにないなと思いながら、俺も彼女に笑顔を返した。
こうして偽聖女騒ぎの後、俺は俺の秘密を知る小さな頼もしい味方を得たのだった。