王宮 王族 王子様 3
この先の対応に、俺は頭を抱えたい気持ちになっていた。
ディラン王子はアイドルでも通用しそうな顔立ちのイケメンだ。細身のスッとした長身の体型はスタイルも良く、足なんか隣に立ちたくないぐらい長かった。今までの対応もスマートで、メグから聞いていた話でも民衆を思う優秀な、非の打ちようのない王子様だった。
こんな話断りたいし、断るしかないのだが、完璧な王子様相手にすぐにその理由が思い付けなかった。そもそもまず何も直接的なことは言われてないので断るも何もないのだけれど、もし実際にそんな話になれば王族の要求に対して俺に逃げ道はあるのだろうか?
黙り込んだまま俺がそんなことを考えていると、ディラン王子が少し困ったような顔を見せた。
「やめなさい、フランチェスカ。ユーリ殿がお困りだろう。ユーリ殿、妹の言うことは聞き流してください」
「あら、お兄様。お兄様が気にされていることを代わりに聞いて差し上げたのにひどい言い様ね」
「私に気にしていることなどない」
俺が会話に口を挟む前に、ディラン王子がフランチェスカ王女の言葉をそうばっさりとそう切り捨てた。そんな王子に、フランチェスカ王女は不満をありありと顔に出した。
「嘘よ。せっかくの場なんだから、ご本人にはっきり聞いてしまえばいいのよ。ユーリ様なら大丈夫よ。同性だからこそ分かるけれど、この方は多分お兄様に群がるご令嬢たちとは違うわよ」
王子の気にしていること?ご令嬢たちとは違う?
俺を放置して進む兄妹の会話に付いていけず黙っていると、フランチェスカ王女がこちらの方を見て、俺に水を向けてきた。
「ユーリ様、役目を終えた聖女様のその後の身の振りについては、本人のご意向がかなり重視されるのはご存知かしら?もし貴女がお兄様に嫁ぎたいと願えば、それは恐らく叶えられることになるわ。聖女は民からの支持が厚いし、王家もチャンスがあるならその血を取り込みたいと考えているからね」
「そ、そうなんですね」
やっぱりその話かと、俺は天を仰ぎたい気持ちになっていた。表情が引きつりかけている俺には気付かず、フランチェスカ王女は話を続けた。
「でも、お兄様はそれを望んでないの。別にユーリ様の問題じゃありませんのよ。お兄様は婚約者候補であるシュザンヌ様にご執心なんです」
「お、おい!チェスカ!!」
フランチェスカ王女の発言に、ディラン王子が腰を浮かして反応した。その顔を見ると、それまでの爽やかな王子様の仮面は剥がれ、焦った表情が簡単に読み取れた。
そこまで聞いて、俺はやっとフランチェスカ王女の質問の意図を掴むことことができた。彼女の「嫁ぐなら王家も含めて歓迎される」「ね、お兄様?」というのは、王家に来てほしいというものではなく、俺にその意志があるかを確認するためのものだったのだろう。
兄の恋が叶うか、彼が自分の気持ちに反しても聖女を娶る必要があるのか、ディラン王子に発破をかけてはっきりさせようとしていたのだろう。
そうなると、俺が予定外にこの庭に連れ出された理由も何となく想像がついた。確かにこれは、彼らの両親のいる場では話しづらい内容だった。
「すみません、お見苦しいところをお見せました。本当に妹の言うことは気にしないでください」
そんなことを考えていると、表情を元の完璧な王子様に戻したディラン王子が俺にそう謝ってきた。彼らの意図がやっと汲めた俺は、彼にこう返した。
「大丈夫です。先ほど申しましたように、私にどこかに嫁ぎたいという意思はありません。実は今日のような身分の高い人の集まる場も苦手ですし、本当に静かに過ごせたらと思っています」
俺の言葉にディラン王子は今度こそ少し力が抜けたように見える笑みを返してくれた。フランチェスカ王女に至っては「ほらね」と、満面の笑みを浮かべていた。
そこからの会話は、お互い懸念点が解消されたこともあってか、雰囲気が一段柔らかくなったように感じられた。ディラン王子たちは俺に玉の輿願望がないことを知って安心できたようだし、俺もフランチェスカ王女に「同性だから分かる」と言われて、男だとバレていないかと張りつめていた緊張感を少し解くことができていた。
その和やかな雰囲気のまま、王宮の庭園での時間は無事終了した。
王子様たちの前を辞す前に挨拶をしていると、フランチェスカ王女が俺の元にやってきて、先ほどの場でお茶うけに出ていた焼き菓子を持たせてくれると言ってくれた。どうやら余裕が出てからお菓子を味わえるようになったときに、その美味しさにこっそり感動していたのがバレていたようだった。
少し気恥ずかしかったが、アリーやメグにも食べさせたいなと思っていたので、ありがたく頂戴することにした。メグが王女の侍女からお菓子の包みを受け取るのを待っていると、フランチェスカ王女が最後に俺にこっそりとこう言ってくれた。
「ユーリ様、淑女には殿方には相談しにいく悩みもあるでしょう。ヨンハンス司教や陛下には言いにくいことがあれば、私を頼ってちょうだい。力になるわ」
それは王女様からの俺がきちんと女性に見えるという認定のお言葉だった。その言葉は、絶品の焼き菓子と共に、俺にとって何よりの今日の土産となった。
王子たちとは庭園で無事別れることができたのだが、そこから馬車のある場所までは、王子の側にいたイケメンの騎士に案内されることとなった。予定外のイベントもやっと終え解放されるかと思ったのに、最後の最後まで気が抜けなかった。
段差がある度にスマートに手を差し出してくれるその騎士は、あの場の顔面レベルを上げていたうちの一人だった。
ディラン王子を正統派の王子様とするなら、彼はちょっと軟派な雰囲気のあるモテる男といったイメージだった。緩く波打つ金髪はキラキラで、少し垂れ目の碧眼は色気のある甘い雰囲気を彼に足していた。
本当の女性ならこれはかなりの役得なんだろうなと思いながら、俺は馬車のあるところまでこの何ともむず痒いエスコートを受け続けた。
広いお城を抜けて馬車のところまでたどり着くと、ようやくヨンハンス司教とロバートさんの姿を視界に入れることができた。見知った顔が見えてホッと一息ついていると、俺をここまでエスコートしてくれていた騎士が急に俺の前にひざまづいた。
驚く俺の右手をそっと取り、男前の騎士はまるで忠誠でも誓うような姿勢で、俺にその甘いマスクを向けた。
「世界を守護される此度の聖女様に、敬愛と感謝を捧げます」
イケメンの突然の行動にかなり驚いてしまったが、思い出してみればロバートさんやメグたちも、俺が聖女と分かったときはこうしてひざまづいていた。この世界の聖女様を信仰する人にとっては、聖女様とはこれぐらい敬意を払うべき存在なのだろう。
そうして理由は察しがついたが、だからといって男にひざまづかれ手を取られる状況は何も変わらなかった。とりあえずこの状況を早くなんとかしたくて、「ありがとう」とか適当に返事をして退散しようかと思っていると、彼は俺の手を緩く引いた。
その行動に思わず自分の右手に視線を落とすと、イケメンの騎士は信じられない行動をした。
彼は恭しく支えていた俺の手を緩く引いたかと思うと、その指先にあろうことかキスをしたのだった。
アリーの計らいで今日は薄いレースの手袋をしていたため、彼の形のいい唇が俺の手に触れたのか、触れなかったのか感触では分からなかった。
しかし、その行為は俺をパニックに陥れるには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
驚きすぎて固まっていなければ、うおおっだの変な悲鳴を上げて、手を思い切り振り払っていたと思う。そんな女性らしくない反応をせずに済んだことは幸運だったが、このときの俺は如何に早くこの場を離れるかしか考えられていなかった。
俺は許される限りサッと早く掴まれていた手を引き寄せ、顔を背け「ど、どうも」というよく分からない返事だけをして、逃げるように馬車へと飛び込んだ。マナーもへったくれもない行動だったが、そのときの俺にそんなことを気にする余裕はなかった。
そのまま馬車にこもっていると、外からヨンハンス司教の声が漏れ聞こえてきた。聞き耳を立てると、ヨンハンス司教が俺は異世界から来ているのでこういうことに慣れていないのだろうとフォローをしてくれているのが聞こえてきた。
世界云々の前に男にそんなことされる経験なんて普通ねえよと思いながら、突然のことにキャパシティも超えてしまっていたので、外のことはもうヨンハンス司教たちに任ることにした。怒りたいのか、泣きたいのか消化しきれない気持ちを抱えたまま、俺は馬車が出発するまでその中で身を縮こまらせた。
今回の王族への謁見は、結果だけを見ると一応成功のうちに終えることができたと言えるだろう。魔法も問題なく使うこともできたし、王族相手にマナーを欠くこともなかったし、男とバレないで過ごすこともできた。
しかし、俺が聖女様として、きちんと女性として見られるとそれはそれで予想もしていなかったアクシデントに見舞われる。そんなことも学べてしまったイベントとなったのだった。