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王宮 王族 王子様 2

「聞いているかもしれないが、私の母は先代の聖女であったのだ。あの方の奇跡も素晴らしかったが、ユーリ殿の『ミラクル』も本当に神秘的な光景だった。この目で見れたことを嬉しく思う」


国王からそうお褒めの言葉をいただいて、俺はホッと胸をなでおろした。大役を果たすことはもちろんだが、今日の俺には男だとバレないようにするというもう一つの大きな目的があった。ここまで色々とやり取りをしてきたが、その中で『俺』が聖女であることに疑問を持っている人はいなさそうだった。どうやら、俺はどちらも無事乗り切ったようだった。


そうして王族の前に立つという大仕事を終え、最後に簡単な挨拶をしていたときだった。もうほぼ終わったと気を抜いていた俺に、それまで特に発言をしていなかった第一王子であるディラン王子が、急に話しかけてきた。


「ユーリ殿、せっかく王宮に来たのですから、よければここの庭園を見ていきませんか?秋のバラがちょうど綺麗に咲いていて、見頃なんですよ」


それは完全に予想外の展開だった。そのことはヨンハンス司教も同じだったようで、普段は色々と機転を利かせてくれる彼も咄嗟のことに動けずにいた。多分ありがたいお誘いなのだろうけど、俺はこれ以上偉い人たちとの接触は避けたかった。せっかく聖女らしく振る舞えて、男であることを疑われず終われたのだ。このまま幕引きといきたかった。

しかし相手は王子様だ。しかも第一王子、次の王様になる人だ。断るにも角が立たないようにするにはどうしたらいいのかとグルグル考えている隙に、王子様はさらに俺にダメ押しをしてきた。


「庭に甘いものとお茶も用意しました。ユーリ殿、教会に戻る前に少し休みを取っていってください」


ただのお誘いでも断りにくいのに、その上に気遣いまで乗せられてしまった。あのヨンハンス司教も何も言えてないので、この状況に使えるいい断り文句は多分ないのだろう。

どうやらこのまま穏便にフェードアウトする道は断たれたようだった。ため息をつきたい気持ちをぐっと飲み込んで、俺は腹をくくった。


「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきたいと思います」



ディラン王子となぜか一緒に付いてきたフランチェスカ王女に案内され、俺は王宮の広い庭を歩いていた。声を維持するためにも何とか理由をつけてメグだけは同行してもらわねばと思っていたが、こういうときに侍女が付き添うのは当然のようで、王女の侍女たちに混じってメグも少し後ろを付いてきてくれていた。一番の懸念点は解消されたため、後はもう野となれ山となれだと思いながら、少し前を歩く王子たちに付いていった。


王宮の庭園は、庭のことも花のこともさっぱりである俺から見ても、とても美しい場所であった。こんな状況でなければ、俺は心からこの散策を楽しめたのだと思う。しかし今は当然そんな余裕は微塵もなく、ボロを出さないよう気を付けながら、俺は庭を案内してくれている王子の言葉に相づちを打った。


庭をしばらく進むと、小さな屋根の下にテーブルがセットされているのが見えてきた。あれがさっき王子が言っていた、準備してくれたお茶と甘いものなのだろう。腰を落ち着けて話をすることも回避できそうにないなと思いながら、促されるままに俺はその席に着いた。


着席してから改めてテーブルの向こうに座るディラン王子とフランチェスカ王女の姿をちらりと盗み見た。どちらも美形の両親の血を色濃く受け継いだ、容姿の整った兄妹だった。王子と王女だけでも相当見た目がいいのに、王子の側に控えている護衛のような男性も、王女に付いている侍女もかなりの美男美女であった。元の世界では俺も見た目については多少良く言われることはあったが(と言っても女顔としてだが)、ここに混ぜられると俺は完全に凡人だった。


そうしてちらちらとこの場にいる人間を観察していると、王子たちの側に控える人たちも含めて、ここのテーブルにいる人たちは、俺とそう歳が変わらないことに気付いた。同年代の人しかいないこともあってか、先ほどの謁見から比べると、場の堅苦しさはだいぶ軽減されていた。しかし、気が抜けないことには変わりはないので、俺は女性らしく見えるようにと気を付けながら、両足をピタリと閉じて王子と王女の話に答えていった。


王子たちとの会話は、色々と話題を変えながら続いていった。雑談のような会話ばかりで答えに窮するような話はなかったが、それでも緊張していた俺にお茶やお菓子の味を楽しむ余裕はなかった。

どうにか当たり障りのない返事をしてやり過ごす中で、話題は俺が聖女の役目を終えた後はどうするつもりなのかというものになった。


「聖女の役割を終えた後、ユーリ殿はどう過ごしたいとお思いですか?」


「まだ明確な結論が出せるほどこの世界のことを分かっていないのですが、聖女であったことは伏せ、どこかで静かに過ごしたいと思っています」


役目を終えたら男として、普通に過ごせたらと思っているので、俺は嘘偽りなくそう答えた。


「どこかに嫁ぎたいとかはありませんの?聖女である貴女ならば、我が王家も含め、どこの貴族だって喜んで迎えてくれますわよ。ね、お兄様?」


そんな俺の答えに、最後は意味深な視線をディラン王子に向けながら、フランチェスカ王女がこう返してきた。


嫁ぐ気はあるかと聞かれても、俺はそもそも「嫁」にはなれないので、嫁ぐというのは選択肢としてはなかった。かと言って、俺ぐらいの歳の女性が全く結婚願望がないとすぱっと答えてしまうのも、変に聞こえるかもしれないと思った。さて、どう答えるのがベストかと考えていたそのとき、「結婚」という言葉に紐付いてか、いつだったかアリーから聞いた言葉が俺の脳裏にふっと思い出された。


『ユーリ様も気を付けないと、聖女様の血を取り込みたい貴族の男性に言い寄られちゃいますからね』

『聖女様ならその身を王族から乞われたって不思議じゃないぐらいなんですからね』


それを思い出した途端、俺は背中にドッと嫌な汗をかいた。俺は何とか平静を保とうとしたが、それを嘲笑うかのように、頭の中でアリーとフランチェスカ王女の言葉がぐるぐる回った。


男に言い寄られる、王族にも乞われる、我が王家も含めて歓迎される。


アリーの言葉だけを聞いていたときは、そこまで真剣にその言葉を捉えていなかった。彼女はそれなりに軽口も言うし、世間話の一つとして聞き流していた。しかし、本物の王族であるフランチェスカ王女から「王家にも歓迎される」と面と向かって言われたことと、彼女が意味深な視線を王子に向けたことで、これらの言葉は一つの可能性を示唆しているように思えてきた。


もしかして……。

いや、それは自意識過剰だろと否定しようとしたが、浮かんできた可能性はじわじわと俺の考えを侵食していった。


一度頭によぎるとそれは無視できないものとなって、俺の思考にこびりついた。振り払おうとすればするほど、その存在感を増していった。


もしかして、もしかしてだ。

今、俺は王子様から口説かれようとしているところなのだろうか?


さっき庭で歩いていたときも、「奇跡の光をもたらす姿は美しかった」だの、「慣れない環境の中、大変な努力をしてくれていると聞いている。ユーリ殿は素晴らしい方ですね」だの、やたら褒められるとは思っていた。単なる聖女に対するリップサービスだろと聞き流していたのだけど、そう考え出すとあれは異性に対する口説き文句だったのではないかと段々思えてきてしまった。

いや、確かに今日はずっと女性らしい振る舞いをするように気を付けていた。今だってちゃんと両足は揃えて、お淑やかにしている。でも、それにしたってフードで顔もろくに見えない、今日会ったばかりの女に王子様が求婚するだろうか?


そんな風に必死に考えていたが、こんなときに限ってメグが王族について教えてくれていたときに言っていた雑談を、俺は思い出してしまった。


『ディラン第一王子は降臨するであろう聖女様と年頃が釣り合うため、婚約者候補は決まっていますが、正式な婚約者はいらっしゃらないのです。これは聖女様を迎えることは王家にもメリットがあるので、聖女様側か王家側かどちらかが希望した場合、聖女様が花嫁として迎え入れられることが多いためです。あ、でもこれは男性であるユーリ様には関係のないお話ですね』


あのときは聖女様が本当に女性ならすげー玉の輿もあるんだなと聞き流した。けど、今まさに「女性と思われている俺」は、知らぬうちに玉の輿に乗せられかけてるのだろうか?焦りながら、俺は何とか相手の考えが読めないかと思って、対面に座る王子の姿をフード越しに盗み見た。


繊細なレース越しに目が合うと、目の前のイケメン王子様はにこりと笑みを返してくれた。そりゃ自分が招いた相手に愛想を向けるのは当然なのだが、今このタイミングでのその笑顔は、俺にはどうしても別の意味があるように思えてならなかった。

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