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王宮 王族 王子様 1

そこから約一週間、俺は王族に関する情報とこの世界のマナーを急ピッチで学んでいった。


「ユーリ様が異世界からいらっしゃったことは、陛下たちもご存知です。そのため、一般の貴族のように細かなマナーは要求されないと思います」


メグはそう言ってはくれたが、俺が恥をかいたり、メグたちに恥をかかせたりしないためにも、出来ることはしておきたかった。異世界、しかも女性のマナーとなると知らないことだらけであったが、何とか形にするために懸命に練習をした。


練習といえば、『ミラクル』を発動させるときの動きもメグと一緒に試行錯誤し、それらしい形にしていった。

と言うのも、鏡で『ミラクル』を発動させるときの自分の動きを確認してみたのだが、当然といえば当然なのだけど、俺の動きはどこかガサツで聖女らしい品が感じられなかったのだ。

ただ魔法を使うだけなら何も問題はないが、今回は偉い人の前でやらなければならない。それに、何より俺の性別に疑問を持たせるような要素は、できるだけ除いておきたかった。

そのため、この世界の人が思う『聖女様』らしい動きができるように、メグにも付き合ってもらって魔法を発動するときの動きについて検討を重ねたのだった。


「もーちょっと指先の動きを変えた方がいいかな?どうしたら聖女っぽいイメージになるかな?」


「そうですね、こう指が綺麗にそろうようにした方がいいかと思います」


「あ、うん。今のメグの動きよかったと思う。もう一回してみて」


「分かりました」


そうやって時間をかけて、二人で聖女様っぽい動きを完成させていった。



毎日頭に叩き込むことが多く、うんうん唸りながらも一つ一つ自分のものにしていった。アリーは魔法にも貴族のマナーにも明るくないらしく、またロバートさんも女性のマナーは分からないため、必然的に朝から晩までメグに頼りきることが多くなってしまっていた。

アリーもいてくれるのに、メグはお茶を入れたり、細々と身の回りのことも動き回ってくれた。メグには本当に頭が下がる思いだった。


「本当にここ数日、ずっと付き合ってくれてありがとう。俺が正体を明かしたくないばっかりに、メグにかなりの負担をかけて本当にごめんな」


私は侍女ですのでと固辞しようとするメグを何とか説得し、一緒に休憩を取ってもらっていた午後のお茶の時間に、俺は改めてメグにお礼を言った。

するとメグは俺に向き合って、真剣な顔でこう答えてくれた。


「お礼を申し上げるのは私の方です、ユーリ様。この世界の人間は皆信仰の程度はあれ、聖女様には特別な思いを持っております。また、女性なら殆どは一度は自分が聖女様になれたらと憧れるものです。それらがあるため、大変な務めも乗り越えられるのだと聞いております」


憧れ……確かにメグも初めて『聖女様』を見たときに、目を輝かせていた。やはりこの世界において聖女は特別な存在のようだった。


「ですが、ユーリ様は異世界から来られたお方で、どちらの気持ちもお持ちではない。この世界に縁もございません。それなのに、この世界のため、立派な聖女様として振る舞うために、大変な努力をしてくださっています。そのことを本当にありがたく思っております」


そう言うとメグは俺に向かって大きく頭を下げた。俺がお礼を言うはずが、逆に感謝されてしまった。俺は困りながらもこう返した。


「立派な聖女様とか、そんな大層なものじゃないよ。俺は、俺に良くしてくれるメグたちのためにできることはやりたいって思ってるだけなんだ。メグたちがいなきゃ、俺はここじゃ何も分からないし、何もできない。本当に、俺の方こそいつも感謝してるよ」


「聖女様をお支えするのは、我々にとっては当然のことです」


そう言ってくれたメグの表情に、嘘や誇張のようなものは見られなかった。本当にそう思っている、そういう表情だった。


「そっか。ありがとう、メグ」


俺は改めてメグにお礼を言った。


「でもさ、メグにとって当然のように、俺にとってもマナーや魔法のことをがんばることは当然のことなんだ。それにこれは半分ぐらいは自分のためでもあるんだ。どうせやるなら中途半端なことはせず、きちんとやりたい性分でね」


そう言ってからニッと笑うと、メグも柔らかな笑顔を返してくれた。



そんなやり取りをしつつ、いつもの守護結晶の仕事と、魔法の練習、マナーや勉強などを繰り返していった。毎日が瞬く間に過ぎ、俺が王宮に行く日はあっという間にやってきた。


その日は朝からいつものローブより、さらに金色の刺繍などが増し増しのすごいローブを着させられ、丹念に化粧を施された。髪の毛先の細かなところまで、ギリギリまで妥協せず、アリーは真剣に俺を作り込んでいってくれた。そして最後に仕上げとばかりに香水まで振りかけられて、王族謁見用の聖女様は完成した。


鏡に映る俺はいつもより豪華さ三割増しといったところだった。同じくいつもよりキチッとした服を着たヨンハンス司教、ロバートさん、メグに連れられて、俺はこの世界に来て初めて、この教会の外に出た。


初めて見るこの世界の街並みは、例えるならば中世ヨーロッパといった雰囲気であった。レンガ造りの建物や石畳の道路、馬車が走っている風景などが目に映った。そして、それらの向こうにシンデレラ城よりがっしりとした、大きな白亜のお城も見えた。

もう少し街並みを見ていたかったが、メグに促されて、俺はしっかりとした造りの馬車に乗り込んだ。周囲を白色のマントを羽織った兵士たち、後から聞いたところによると教会の専属騎士らしい、に囲まれ、厳重警備といった雰囲気の中、馬車はゆっくりと走り始めた。


お城に着いてからも、屈強な騎士たちによるVIP待遇は続いた。この世界における聖女様の重要性を改めて感じながら、俺は廊下すら豪華なお城の中を連れられるままに進んでいった。


かなり歩いた先で俺が案内されたのは、大きな重厚な扉の前であった。その扉の両側に立っていた騎士たちが恭しく扉を開け、俺を室内に促した。

てっきりゲームとかで王様がよく座ってるようなだだっ広い広間みたいなところに案内されると思っていたのだが、俺が通されたその部屋は広くはあったが、造りとしては普通の部屋と同じであった。室内をフードの中から見える範囲でこそっと見回していると、奥にある大きなソファセットに人が座っているのが見えた。


そこには四、五十代ぐらいと思われる赤髪の男性と、綺麗な金髪の女性、そして彼らを若くしたような男女が座っていた。メグから教わった情報と着飾った姿絵しか知らなかったが、一目見て彼らがこの国の王族であることが分かった。


ロバートさんとメグはこの部屋に入るなり、すぐに入り口近くの壁際に下がった。そのため、ただ一人俺を部屋の中へと案内してくれていたヨンハンス司教が、彼らにこう声をかけた。


「陛下、此度の聖女様であらせられるサイトウ ユーリ様です」


その声に反応して立ち上がった赤髪の男性、この国の国王が俺をしっかりと見ながらこう声をかけてきた。


「聖女ユーリ殿、私はこの国を治めるランドルフ・アークティメリア三世です。この度はこの世界のためお力を貸してくださること、感謝します」


国王は超一流企業の社長と言われても納得できそうな、威厳のある男性だった。その雰囲気に飲まれそうになりながらも、俺は何とか挨拶を返した。


「初めてお目にかかります、陛下。斉藤佑利です。こちらこそ教会での私の生活に様々な援助をいただき、誠にありがとうございます」


「聖女はこの国に平穏をもたらす存在です。当然のことです」


「恐縮です」


そんな初めの挨拶が終わる頃を見計らって、国王に付いていた執事みたいな人が俺にソファをすすめてくれた。ソファに落ち着いた後、さりげなく部屋を見渡すと、部屋には王族の他には警備のための兵士が数人とその執事ぐらいしかいなかった。お茶を出してくれた女性も、その役目を終えるとすぐ退室していった。


「聖女」の警護でもあれだけ物々しかったのだから、王族の警護として室内にこれだけの人数しかいないことは普通ではないのだろう。この謁見に同席する人はできれば最低限で、という俺の願いをヨンハンス司教が叶えてくれたのだとすぐ理解した。正直ここまで人数を絞ってもらえるとは思ってなかったので、俺が思っている以上にこの人には権力があるのかもしれないと思った。



そこからはしばらく、ここでの生活のことや元の世界のことなどについて話をした。一通り話が終わったところで、俺の後ろに付いていてくれたヨンハンス司教がこう声をかけてきた。


「ユーリ様、王族の皆様に祝福の光をお授けいただけますでしょうか?」


それはヨンハンス司教から予め聞いていた、俺に『ミラクル』を使うタイミングを伝えるセリフだった。


いよいよか、と少し緊張しながらも、俺は落ち着いた声を意識しながら、「もちろんです」と返事をした。


「それでは、何に祝福を求めますか?」


「聖女の祝福の光を世界の平穏と、この国の民たちの幸福のために授けたまえ」


こちらも事前に聞いていた通り、国王陛下から何のために祝福を求めるかが伝えられた。流れにのっとり、俺は『ミラクル』を使うため、ソファから立ち上がった。



国王たちから寄せられる視線を極力気にしないようにしながら、俺は目を伏せ、両手を胸の辺りで重ねた。


指先まで気を抜かず、しなやかに見えるようにゆっくりと動かした。小さく息を吸い込んだ後、語りかけるように呪文を口にした。


『神よりもたらされし祝福と奇跡の光を』


メグのおかげでいつものように女性のものに変換された俺の声が、静かな部屋に響いた。そこで少しだけ間を置いたあと、顔を上げ、前を真っ直ぐ見つめながら俺は両手を前に広げていった。

メグと毎日練習したように、少し胸を張って背筋はピンと伸ばした。手の動きは柔らかく、空気を優しく撫でるように動かした。

口は開きすぎず、でもはっきりと聞こえるように残った呪文を唱えた。


『……ミラクル』


俺の声と動きに応えるように、光輝く細かな粒子たちが王族の面々の頭上に広がった。砂金のようなきらびやかな光は、その美しさを保ったままゆっくりと降下し、彼らの膝辺りの高さで溶けるように消えていった。

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