表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そんなに異世界転移者いらないでしょ ~次から次へと出てくる転移者に僕の脳内ツッコミが止まらない~

作者: 湯野みどり

「あ?なんだ、ここは」

「おい、お前。なんかしたのか!?」


放課後、体育館裏にいた僕たち4人の男子高校生は突如開けた草原に降り立ち、困惑を隠せないでいた。

頭に剃り込みを入れたガタイのいい男子の畠山くんは、向かいの細身で眼鏡を掛けた転校生の男子…天上院くんに吠える。

余裕のある笑みを浮かべた天上院くんは、小さく溜息をついたあとに呟いた。


「またか」


そんな彼の様子に気付かない畠山くんと、紐付きの飴を咥えた田内くんは、舌打ちをして周りを見渡した。

田内くんの飴、昔家族でよく行っていたラーメン屋でもらえたな。と、僕は現実逃避をする。現実じゃなくね?と一旦冷静になって、顔を抓ったら痛いから現実だった。


「ギャオオオォ!!」


困惑が解けない中、追い討ちを掛けるような咆哮と突風。反射的に空を見上げると、大きな翼を広げて滑空するドラゴンが…。

この数分で様々なことが立て続けに起こり、僕は思考が停止していた。いや、脳内ツッコミはできているから停止してないな。


「なあ、たっつぁん。あれ、ドラゴン…だよな」

「ぉぅ」

「俺ら、死ぬんじゃね?」

「それな」


ゆっくりと顔を見合わせた畠山くんと田内くんは、徐々に顔を青くして腰を抜かしたかと思ったが、器用にもお尻を引き摺りながら手の力で必死に逃げようと足掻いている。


「ああ、急に動かない方がいい。餌だと勘違いされるぞ」

「な、新入り!なに、余裕ぶって…ぎゃあああ!!」

「は、はたちゃ……うわあああ!!」


まるで金魚掬いの金魚のように、ドラゴンの口で掬われて行った2人。多量の赤い雨が僕に降り注いだ。これが何かは考えちゃダメだ。こんなことなら、さっきトイレ行っておけば良かった。


絶体絶命のピンチなのに、僕は地面に突き刺さった棒のように動けないままだ。

これって異世界転移なのかな?と今からながら考えている。

こういうのって異世界召喚した王様の所とか、小動物しかいない森とか、そういう安地に行くものと思ってたけど、現実はそんな甘くないな。おかげで「ステータスオープン」とか言って、転移ボーナスのチートを確認する暇もありゃしない。昭和のキャラなら「とほほ」とか言っちゃうやつ。


動けない僕を漸く認識したドラゴンは、再び口で掬いに急降下してきた。ただただ口の中にある虫歯を見つめていると、薄い光の膜に弾かれたドラゴンは地面に転がる。


「大丈夫?佐藤くん」

「佐倉です」

「あ、ごめんなさい……。んん!佐倉くん、命が惜しかったら下がって。コイツは僕が片付ける」


ちょっと地が出たな。やっぱカッコつけなんだ、それ。

ていうかね、下がれるんならとっくに逃げてるからね。ここにいるのは、怖くてまだ動けないだけだから。

というツッコミは野暮なので、そこら辺にとりあえず置いておこう。今はなんか勝算がありそうな態度の彼に最低限の質問だ。


「天上院くん、この状況をなんとかできるの?」

「大丈夫。僕は2回目だからね。あと僕の真名(まな)は、焔の帝王(フレイムエンペラー)だから、覚えておいて」


フッと嘲笑した天上院くん。ちょっと腹が立った。助けてもらう身で、こう思うのは失礼だって承知の上だけど。なんで田内くんたちに放課後の呼び出しをくらったのか、この人まだ分かってないんだろうな。

あと、名前についてはもう忘れたので、引き続き天上院くんと呼ばせてもらおう。


「炎を司るサラマンダーよ、我が問いかけに応えたまえ。彼の者を終焉への誘う焔をここに…」


天上院くんが両手を前に突き出すと地面が光り出した。あれか、アニメや漫画とかにある魔法陣ってやつか。とにかく、その魔法陣らしきものは天上院くんの謎呪文の読み上げに合わせて大きくなり、運動場くらいのサイズになった。

ドラゴンの方は、こちらの様子を見ている。長い呪文を読み終えるまで待ってくれる優しい子で良かったね、天上院くん。


「来たれ!終焉の焔!」


彼の叫び声で地面から巨大な炎、じゃなかった。焔?が上がり、ドラゴンを飲み込んだ。おお、確かに「もえあがれー」って感じだったな、焔。

天上院くんがドヤりながら、こっちを振り向いて手を差し出してきた。


「ようこそ、異世界・ドボラヘルムへ」


だから、なんなんだよ。その上からな感じ。はらたつわー。

まあ、ここで彼と関係が悪くなるのは、生きて帰るのが難しくなりそうだと思い、渋々握手を要求している彼の手をとった。

それにしても、あの焔はいつ消えるんだ。暑いったらありゃしない。持っていたハンカチで汗拭ったけど、もうびしょ濡れだよ。天上院くんも頑張ってキメ顔キープしているけど、鼻息が聞こえてくるし、汗ダクダクじゃん。


「さあ、近場の町まで案内しよう。今回も長い旅になりそうだからね」

「いや、日本に帰して?」

「ぇ…?あ、……まあ、そう言うな。あんな退屈な世界のことなんて、そのうち忘れるさ。このドボラヘルムにいれば…ね?」

「てゆーか、そろそろアレ消したら?」

「………。やれやれ、火力が高すぎるのも問題だな」


厨二病代表セリフトップ10に入ってる“やれやれ”いただきました。本気で口にしているなら、やめてほしい。指差して爆笑してしまう自信があるから。2度と使わないでほしい。僕は君を傷つけたくないんだ。

いけない、厨二病セリフが伝染してきた。ツライ。


鼻で笑ったあとに天上院くんが指を鳴らすと一瞬で火が消えた。代わりに、元気なドラゴンが現れた。心なしか、洗った後のように鱗がピカピカしてますね。

あ、今度はドラゴンが鼻で笑ってる。


「な、終焉の焔が効かない…だと!?」

「天上院くん、もしかして勝てない?大丈夫じゃない感じ?」

「か、勝てるに決まってるだろ!?僕は2回目なんだぞ!?」


今更ながら何の2回目なんだろうか。ドラゴン討伐が?なんにせよ、その程度の経験値では目の前のドラゴンは倒せないということだ。


「炎を司るサラマンダーよ、我が問い掛けに…う、うわあああ!!」


頑張って再び呪文を始めるが、今度は待つ気がないドラゴンさんは口を開けて突進してきた。ここまで見た感じ、天上院くんって魔法使いで近距離攻撃も俊敏な回避も出来なさそうだからスピード勝負で勝てそうだもんね。ドラゴンさん、賢いなー。


腰を抜かした天上院くんが手で顔を覆って絶望していると、いきなりヒラヒラした衣装に半透明の羽を生やした女子がパッと現れた。羽が生えてるので人間かどうかは怪しいが、一応羽要素以外は人間の姿とサイズをしているから、女子という名詞でいいだろう。巨大な妖精と言われたら、もう知りませんけど。


「はーい、ストップね」


彼女が右手を前に待ったのポーズをとると、ドラゴンは銀色の鎖が瞬時に巻かれ硬直する。

ゲームで見たな、あれ。でも、僕なら時間を戻す能力のほうが欲しい。


「ドラゴンが止まった…?」

「鎖を瞬間移動させたのよ、すごいでしょ?」

「あ、時間止めてるわけじゃないのか」

「…それはさすがに無理よ」


僕の指摘に、しょんぼり顔をした女子。期待外れって顔に出ちゃったか、めんごめんご。

頬を両手でペチペチさせて気を持ち直したのか、勢い良く天上院くんの方を向いて「それより!」と大声をあげた。


「詠唱しないと魔法使えないなんて、君って本当に2回目なの?」

「そうですけど……あなたは?」

「私はリーナ。そうね、妖精の愛子(フェアリーズラバー)って言えば分かるかしら?」

妖精の愛子(フェアリーズラバー)!?」


いや、分からん。

てゆーかその…通り名的なやつ?めちゃくちゃダサいですね。


ようやく動けるようになったのか、天上院くんが立ちがってブツブツなんか自分に言い聞かせたあと、再びキメ顔をしてリーナさんに向き直った。今更カッコつけても遅いと思う。


「無詠唱魔法にも驚いたが、まさか転移魔法まで1人で行使できるのか…?」

「私、4回目だもの」

「4回も!…それは……驚いた」


いや、だから何が?


「それよりも2回目くん。ドラゴンには炎属性の魔法は効かないわよ。知らなかった?」

「いや…知ってたけど…。僕の超火力ならイケると…思って……」


思うな。


「ダメね、そんなんじゃ先輩失格よ。そこの1回目くん、名前は?」

「え、佐倉ですけど」

「サクラくん、ね。コイツ倒したら、アタシがこの世界のこと教えてあげる!お茶とケーキを食べながら…」

「あの、ドラゴン来てますけど」

「あーもう!いいとこだったのに!いいわね?約束よ!」


平成初期アニメの勝ち気なヒロインでよく見た指差しポーズを決めると、鎖を食い破ったドラゴンの方へリーナさんは妖精のように光の粉を撒きながら飛んでいった。

吸ったらくしゃみ出そう。


天上院くんは頬を染めて、飛んでいく彼女の後ろ姿を凝視している。いや、訂正しよう。飛んでいく彼女のパンティを凝視している。レースのピンクだ。ありゃ見せパンじゃない。ガチパンだ。一般的な女性なら、飛行する時にパンティを見られるのを気にするのではなかろうか。恐らく彼女は、絶望的にマヌケか、もしくは痴女なのだろう。


「こっちよ、おマヌケさん」


リーナさんの挑発にドラゴンは目標を僕たちからリーナさんに切り替える。そりゃパンティ見せまくるマヌケに「おマヌケ」なんて言われたら腹立つよね。その気持ち、分かりますよ。


ハエ…じゃなくて、妖精のようにヒュンヒュン飛びながら、氷や風の魔法で攻撃するリーナさん。なんか、ちょいちょいこっちに向かってウインクしてくるのは何なんだろう。

こっちは命が掛かっているから真面目にして欲しいんだけど。


攻撃にも怯まずに噛みつこうとしたり、尻尾で応戦するドラゴンが突然動きを止めた。止めたというより、ドラゴンの空気が蜃気楼のように揺れて、捻れていく。


「機は熟したわ。さあ、引き裂かれなさい!」


リーナさんが広げた両手で空気をこねるようにググッと掴んでいく。あの手で魔法を操作しているようだ。


しかし、喝を入れるように大きく咆哮したドラゴンが胸を張ると空間の捩れが消えて、反動でリーナさんはこっちに飛ばされてきた。

それを捉えたドラゴンは、怒り任せに勢い良く飛びかかってきて、僕たち3人は恐怖に慄く。


「最強の空間魔法が効かない!?そんな、い、いやっ!!」

「そりゃ効かないさ。ターペンドダークドラゴンには…な」


恐る恐る目を開けると、剣でドラゴンの噛みつきを抑えるゴツい甲冑のオッサンが立っていた。「はぁ!」という掛け声で再び僕たちとドラゴンに距離が生まれる。


「こいつは、魔法にもすげぇ耐性がある。物理と魔法両方を同時に入れないとダメだ」

「あなたは……」

「名乗るのは久しぶりで忘れちまった。まあ、みんなノギって呼んでたっけな」

「それって…戦神の名前じゃない!!」


自己紹介しながら、兜を投げ捨てたオッサン。

いや、あなた。先月女子更衣室を覗いたことがバレた途端、いきなり行方不明になった乃木坂先生では?喉を殴られて潰されたような声してるし、鼻の下にある幼虫の卵みたいなホクロがあるし。

あ、僕から目逸らした。あ、兜被り直した。

収容される前に渡米して逃げたって噂だったけど、まさかの米ではく異世界。…渡異世界ってなんだよ、言わないって。


「30回くらい異世界転移したもんでな。ボーナス付きまくって神になっちまってたわ。ハハハ!」

「30も…」


あー。その回数、転移した回数なんだ。急に桁変わっちゃった。これ、次に100回とかの猛者が出る流れだ。僕には分かる。


「まあ、任せとけ。俺の魔法剣で片付けてやる」


そう宣った乃木坂先生らしきオッサンが炎を纏った剣を持って、なんちゃらドラゴンに突進していった。

あれ、リーナさんが炎効かないってさっき言ってたようなって思い出してる内に、ドラゴンの尻尾に叩かれて吹っ飛んだオッサンは岩盤に埋まった。

しっかりしてくれ、戦神。


「な…俺の魔法剣が効かない…だと……!?」

「炎属性だからではー?」

「くっ…俺の超火力なら属性の不利くらい問題無いと思ったのに…」


だから思うな。

さっきもあったよ、この展開。天丼とかマジでやめてほしい。


「君、冷静だねー」

「死期を悟ったので」


乃木坂先生らしきゴリラがあの様なので、リーナさんと天上院くんが参戦してドラゴンにペチペチ攻撃している中、戦力外の僕は観戦しているとモッサリしたオッサンが横に体育座りしていた。

リーナさんや乃木坂先生と違ってファンタジーファッションを決めておらず、芋いジャージにボサボサな髪と中途半端に長いヒゲ、そして死んだ魚のような目をしている。失礼承知で言うなら、家にひきこもってそうなオッサンって感じ。見たことないけど。


「それより…あなた、いつからそこに?」

「えーと、見ていたのは終焉の焔(笑)からだけど、来たのは今だよ」

「もしかして100回目の人ですか?」

「あはは!メタいね、少年。そういや、何回目だったけな。えーと、ログによるとねー…5000超えてるー、引くわー」

「自分で引かないで。それは僕の役割です」

「ごめーん。もう何年もボッチだったから、人との掛け合いが分からなくなっててさ。声も出ないから、テレパシーで脳に直接語りかけてるし」


腹話術のチートじゃなくて、念話だったのか。そもそも、腹話術はただの宴会芸か。

こうして僕と話している間も、ずっとスマホを弄り続けるオッサンは重度なコミュ症であることがわかる。視線すら寄越さない。

何しに来たのか聞こうとした矢先、戦闘していた3人がざわめき出した。いや、さっきまで聞こえてきた派手な衝撃音や深夜アニメでしか聞かないようなブウゥンって音が一切聞こえなくなったの方が正しい。要するに、人間のざわめきすら聞こえるほど静かになった。


僕の隣のオッサンの仕業だと3人も思ったのか、続々とこっちに寄ってくる。自慢の転移魔法で最初に到着したリーナさんが開口した。


「あの…ドラゴンが急に消えたんですけど、あなたがやったんですか?」

「うん。アイテムボックスに入れて素材に分解した」

「普通は生物をアイテムボックスには入れられないのに…す、すごい。あなた様の名前は…」

「あー待って待って。人命救助が先だから」


オッサンのスマホタップが激しくなると、僕の身体に付いていた血が無くなっていく。地面の血も消え、2本の光の柱が降り注ぐとドラゴンに食べられた2人が光の中から出て来た。


「あれ、俺たち。何してたんだ?」

「なんかドラゴンに会ったような…」


良かった。僕は、かけがえの無い幼馴染み2人を失うところだった。

嬉しくて、まだ意識が朦朧としている2人に飛びつく。顔を擦り付けた2人の服はびしょ濡れなのは、多分…いや、きっと汗だ。さっきの焔でかいた汗が大量に残っていたんだ。


「田内くん!畠山くん!ほんとに、良かった!!」

「…そんな不良たち、ほっとけばいいのに」


天上院くんの呟きを僕は聞き逃さなかった。聞き捨てならない発言だったから。


そもそも、田内くんと畠山くんが体育館裏に天上院くんを何故呼び出したのか。それは、転校初日に「下賤な貴様らと馴れ合うつもりはない」とか上から目線な厨二病自己紹介をキメた天上院くんに、そんなんじゃ孤立するって教えるためだ。そして僕はと言うと、誤解されがちな保育園からの友人2人を見守るためについて来ていたんだ。

それどころじゃ無くなったけど。


体付きがゴツくて、目付きも悪くて、昂るとつい大声になりがちな2人だが、決して不良ではない。学年全員みんなが2人は不良ではなく、ツンデレ気味なゴリラだと知っている。人だけどね。


幸いにも2人には聞こえていなかったからいいけど、偏見で2人を判別した天上院くんが許せなくて睨みつけたら、彼は小さく悲鳴をあげてリーナさんの影に隠れた。

すぐに「触んないでよ、キモい」と彼女に蹴飛ばされていたが。


「はーい、みんな無事で何よりー」

「蘇生まで出来るなんて…神、いや、神を超える存在だ!えーと、お名前は?」

「斉藤」

「え」

「だから、斉藤」


転移経験者たちが呆然としている。

もしかして、皆さんが思うカッコいい名前が来ることを期待していた?

僕からしてみたら、通り名とか名乗っちゃうよりも、普通に苗字言う方がカッコいいですよ。


「んで、どうする?元の世界に帰る?」

「え、もう帰れるんですか?魔王倒すとか、何かしないとダメなんじゃ…」


そうだよね?と他の転移経験者たちに目線を送ると、うんうんと首を縦に振って肯定していた。

あ、でもこの人なら魔王とかも秒殺そうだと考えて視線を戻すと、同じく肯定していた。え、もしかして心まで読んでる?やめてくださいよ。


「今回のタゲも、これ(スマホ)でポチれば大丈夫だから。良かったら、チート削除や、2度と異世界に転移しないようプロテクトも掛けてあげるけど、どうする?」

「え!?嫌ですよ!せっかくのチートなのに!自分だけ恩恵もらって特別な人間になろうとするなんてズルい!」

「特別な人間…?化け物の間違いだよ」


天上院くんの叫びに、斉藤さんは酷く冷めた顔をしていた。今まで、にこやかに対応してくれていたのに威圧感がすごい。

天上院くんが今にも漏らしそうなので、どうか抑えていただきたい。

あ、収まった。やっぱ心読んでるんですね、それもやめてくださ

「やーだおー」

こら。人の脳内ツッコミに念話で干渉するんじゃありません。


僕との脳内会話で、ちょっと気が晴れた斉藤さんは落ち着いた様子で語り始めた。


「チートを得れば得るほど、努力とか自制心とか夢とか…何か色々失った。普通の人に出来ることが僕には出来ないし、普通の人にあるものが僕には無いんだよねー」

「え、なんでもできるんじゃなくて?」

「そう思うよね。だけどさ、違うんだよ。えーと、あ、ロボットが道具で助けてくれるアニメで例えようか」


彼によると、あのアニメの始まりはダメな子供がダメなまま大人になる未来を回避するためにロボットがやってきた。だが、ロボットが来てからの子供は何かある度に便利な道具を利用しようとして、かなり道具に依存している。

ロボットから「これ面白いよー」と言われて使用する回もあるが、物語に起承転結を付けるために道具に頼ろうとする描写が多かった記憶がある。最近もそうなのかは知らないけど。


異世界転移により付与されるチート能力が、あのアニメでいう道具にあたるそうだ。しかも、アニメと違って道具の使用について注意や叱責してくれるロボットがいない。

彼は自身のことを、ロボット無しに便利な道具だけ使い放題になった子供の末路だと言った。


チートを得て、働かなくても楽に金を得られるようになった。

仕事をしなくてもいい。頑張らなくてもいい。何もしなくてもいい。ただ、道楽に興じればいい。

そうして、学校卒業後は就職せずにダラダラと過ごしていたらしい。


しかし、旧友と呑むことになった日。旧友たちは語った。仕事や、それに伴う対人関係、金のやりくり、恋愛の苦悩、それらをどうやって乗り越えたのか笑いながら。

それらの話を、彼は理解できなかった。

かつての彼なら旧友たちと同じ目線で話の輪に入り、一緒に笑えていた。だが、理解できなくなった苦悩や達成感を語る彼らに対して、彼が感じたものは優越感ではなく、疎外感だったそうだ。


「かと言って、みんなと同じ生活をしたくても、今更チート無しで生きてはいけない。何かあれば、すぐにチートに甘えてしまう。だから、もう開き直ったさ。もう人間じゃ無い。周りの人間に混ざって密かに生きている何かだって。親から「本物の息子はどこ?」って言われたこともある。それからは唯一の話し相手だった親とも連絡取らなくなったよ」


ゾッした。息子の記憶もあるし、その時の感情を含めた思い出話もできる。でも、親として見て来たからこそ分かるんだろう。記憶する息子とは何かが違う存在だと。

どんな気持ちなのだろうか。それと話すのは。そして、そう思われていることを知りながら話すのは。


斉藤さんの話で、みんなが彼の孤独を感じた様子だった。天上院くんを除いて。


「人間じゃないなんて、カッコいいじゃないか!バンパイアとか、魔王とか、ドラキュラとか。親とかどうでもいいし!ていうか、奴らは仮初の養父と養母であって、僕に親なんていない!」

「おい!高校にまで行かせてくれるご両親になんてこと言うんだよ!」

「ひぃ!」

「畠山くん、待って。彼にそれは響かないよ」

「さっくん…」


保育園でのあだ名は恥ずかしいから、人前では控えてって言ってるのに。


それよりも、天上院くんは分かっていないのだろう。

ドラキュラはキャラクター名であることを。

ご両親がどれほどの給料をもらい、自分の教育費でどれほど削られるのかを。

そして、斉藤さんが自分を化け物だと言った時の悲しみを。


それなら、世間の意見を教えようか。泣いたって僕は知らないからな。


「なら、学校くんなよ」

「ぇ…」

()()なんだろ。斉藤さんみたく、ご自慢の能力使って1人で生きていけば?僕たちは人間だから勉強して、内申点もらって、ちょっとでも良い学歴作って、受験して、就職して、働いて生きていかなきゃいけないの。特別なお前が普通の人と一緒に学校通って何がしたいの?力があるって自慢すること?努力している誰かがもらえるはずだった内申点奪うこと?頑張ってる誰かの将来を潰すこと?やめてくんない?迷惑だから。お前が何考えてんのか知らないけど、僕らはそんな危ない力持った気持ち悪い奴となんか仲良くする気は無いから」

「さっくん!もうやめよ!な?」


田内くんが僕の口を塞いだ。天上院くんはボロボロに号泣している。この言葉で悲しむなら、口が塞がれていようとこれだけは伝えないといけない。

僕は斉藤さんみたいに念話が使えるわけじゃないので、田内くんの手を剥がした。


「特別な人間になるって、そういうことでもあるんだよ。だから、それを経験した斉藤さんが選択肢を用意してくれているんだ。この悲しみを乗り越えてでも、能力を持った特別な人間になるのか。僕たちのような凡人に戻るのか」


顔を近づけて言い聞かせた僕の目を見て、天上院くんの涙は止まった。どうやら、やっとわかってくれたようだ。

口を引き結んで、彼としては強気な瞳で僕に頷く。まあ、さっき「ようこそ」した時よりは決まった顔しているんじゃないかな。


意を決した彼は斉藤さんに謝罪のつもりか、まずは小さく礼をした。嬉しそうに微笑を浮かべる斉藤さんに彼は言う。


「………僕は」



そして…


斉藤さんのお陰で、異世界転移されてから時間が経っていない状態で異世界から生還して数日が経った。

斉藤さんにチートを消して2度と異世界転生しないようにお願いしたのは5人。僕と、田内くん、畠山くん、リーナさんこと梨奈さん、そして…


「ま、待ってよ…佐倉くん」

「いや、天上院くんが急いで?デラックス焼きそばパン売り切れちゃうよ。そしたら田内くんたち怒るんじゃないかな?」

「ひいぃん!」


チートを無くした天上院くんは、ヒョロもやしな眼鏡男子になった。あのドヤっていた頃の姿は、幻だったのかと思うほどだ。

唯一、チートを消すことを選ばなかった乃木坂先生が、どうなったのかは知らない。


結局、彼の本来の脚力では購買部の戦に参戦することもできず、泣く泣く普通の焼きそばパンを手に田内くんと畠山くんが待つ校舎裏にやってきた。

あ、僕は泣いてないよ。泣いたのは天上院くんだけ。


「ごごご、ごめんなさい。頼まれていた物、買えなくて…」

「あー?!なにやってんだよお!」

「明日リベンジな。次は全員でカチコムぞ」

「そ、そんなあ…。僕、無理だよぉ……」

「この程度で泣くな!ほら、よしよし!」


天上院くんは犬か。

異世界での態度を考えると、天上院くんは自分がパシリで虐められていると考えているんだろう。けど、彼らに関しては、クラスのマスコットゴリラである2人が相手していないとガチで天上院くんが虐められてしまうところだった。


あの事件前に天上院くんが「僕は選ばれし特別な人間で、クラスのお前たちは下民」ムーブを決めてクラスみんなの好感度を早々にマイナス方向へ振り切ってしまったからだ。かく言う僕も天上院くんに思うところがあるので、あの事件での暴言も諭すためではなく、ただの本音だ。


天上院くんと一緒に昼食の買い出しなんて本当はしたくなかったんだけど、昼食が購買派の彼が買い物途中で虐められないよう、田内くんと畠山くんからお願いされた。

「君らが守ってあげなよ」と始めは断ったが、天上院くんが2人を怖がっていることと、なぜか僕には好意的である点を考慮しての依頼らしい。2人にそこまでお願いされちゃ断れないので、改心したことがみんなに伝わるまでは付き合うことにした。


「泣かないで、天上院くん。このツンデレ2人組はヒョロもやしな君を鍛えたいだけだよ」

「おい、さっくん!テキトーな翻訳してんじゃねーよ!」

「そーだそーだ!」

「僕…別に、お2人みたいなゴリラにはなりたくないですぅ…」

「「誰がゴリラだ!!」」


あの様子だと、天上院くんが僕ら以外のグループに入れるのはいつになるのか、先が思いやられるけどね。


ちなみに、3人には内緒だけど、僕のチート能力は健在だったりする。

「消さなくても支障は無いし、面白そうだから」という理由で斉藤さんが消してくれなかったからだ。

え?どんな能力かって?




どんな時でも冷静に脳内ツッコミができる能力。




全力でいらないので、いつか斉藤さんに会える機会があったら、鼻フックしながら消すように要求するとしよう。


「やだぁ~!お隣さんに鼻フックされちゃう~」


斎藤さん、“遭遇できたら幸運になれる引きこもり”で有名なお隣さんかよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ