死にゆく月の花
ここは、この国で最も輝いている場所。人々はこの場所を"月の花"と呼んだ。
ありとあらゆる美しい人がここに集まっては、毎夜毎夜美しく咲き誇る。だから月の花。
そんな舞台に、彼女は足を踏み入れた。
オーバーオールを着た、なんともみすぼらしい彼女は、工具箱を片手に壇上に上がった。
彼女はあたりを見渡して、深く息を吸い込んだ。
深く深く、足りない何かを満たすかのように、めいいっぱい肺を膨らませた。
彼女の夢はこの場所に立つことだった。子供の頃から頑張って、頑張って、そして……挫折した。
彼女はただの整備員でしかなかった。決して表には出てこられない、決して誰の目にも止まることのない、負け組だった。
彼女の頬を、気づけば大粒の涙が伝っていた。決して声を上げることもなく、ただ静かに、涙が流れ落ちていった。
彼女は俯く。工具箱を握る手に力が籠る。ギリギリという金属の音があたりに響く。
彼女は俯いたまま、仕事に取り掛かった。
酷使された照明のフィラメントは黒く焼けこげて、もうまともに動かなかった。
何度も人を乗せてせり上がったであろうステージの歯車は、すり減って空回りしていた。
音響反射板は、劣化してうまく音を反射できていなかった。
彼女はその全てを器用に修理していく。それら全ては、瞬く間に機能を取り戻し、かつての輝きを取り戻していく。
彼女はため息をついた。目の前の装置たちは、皆輝いているというのに、自分は……どうなのだと。
彼女はステージの真ん中に立つ。真っ暗な舞台の上で、静寂に包まれた観客席を眺める。
彼女は大きく息を吸った。
ライトが彼女を灯す。
ライトの熱気で、彼女の額から汗が流れる。
彼女は覚悟を決め、歌い出した。
彼女の歌声は、壁で乱反射し、増幅されてあたりに響く。
美しく、優雅で、そして……悲痛な歌だった。
ステージはそんな彼女を慰めるように、ゆっくりと動き出す。
彼女の姿は、あまりにも美しすぎた。たとえ踏み潰された花であろうとも、たとえその姿を人前で披露することが無かろうとも、そこに咲いた花は、あまりにも美しく、儚いものだった。
その姿は、誰にも見られることはなかった。だけど……その姿はこの舞台で一番輝いていた。
皆さんこんにちは。ブルングです。
今回は夢破れた少女をイメージして物語を書いてみました。
楽しんでいただけたなら嬉しいです!