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破滅の町  作者: keisenyo
第一部
4/21

第4章 盗賊と少年

 誰が、その暗がりから最初に抜け出せたかはわかりません。ただ、誰もが、悪夢から遠ざかろうとして無闇に動き、その都度暗闇のいばらにからまってしまって、のたうちまわったのは事実です。

 彼らのうち、十四人が脱出に成功しましたが、その夜ある者は一晩中うめき、ある者は全身をかきむしっていました。またある者は、無理矢理母親を枕元に引きつけ自分を抱くよう指示したり、トイレの個室に閉じこもったまま朝まで明かしたりしました。少なくとも夜は、各人の家で闇をやりすごすことができました。

 ただ一人、できなかった者がいます。カルロス=テオルドです。彼は亡者たちの骸の間をむっくりと起き上がり、亡霊のように立ち上がりました。びくびくとした恐怖に苛まれていましたが、それ以上に、言い知れぬ歓喜に彼は包まれていました。言葉が事実だと知ったのです。彼の推理が証明されたのだと思ったのです。彼は、書物から海賊がこの港を乗っ取り、彼らの思うように改造して洞穴の街を作ったことは知っていましたが、何が彼らの滅びに通じたのかはわかりませんでした。そこで、テオルドは秘密裏に評議会あずかりの書庫に赴き、そこで禁断の本を読みました。彼はこの国のあらましをほぼ知りました。ほぼ、というのは、それでもすべての様子を詳細に記していたのではなく、たとえば彼の祖先が日記帳に書いたような、戦場の事細かな内容や、どんな物事が直接破滅に働きかけたかということは記述になかったのです。彼は、それを想像で補うしかありませんでした…。

 ところが、この想像にすぎぬ推理が、思うほど脳に停滞しませんでした。推測は確かな導線をもって、次々と幻想の素材を彼に提供しました。それらを頭の中で組み立ててみれば、詳細な地図ができあがるのです。はたして事実がその地図どおりだったかというと、十五人の仲間たちと地下に臨んでも、これは確かめようもないものだと思われました。宝石と豪奢な彫刻などを追いかけている間は。しかし、彼は夥しい数の死体に触れて、確信を持ちました。人間は、直感が働くとき、それをこそ正しいものだと思ってしまいます。

 闇の中、彼は目覚めました。その確信を、しっかりと握り締め、我が懐中としたのです。彼にはすべてがわかりました。上の町のあらまし、この地下都市の驕り、亡者たちの叫び、成仏できぬ者たちの理由が。彼はまだ十二歳でした。ピロットとイアリオと同じ歳でした。彼にあってその他にないものは、三百年前、生き延びた人々の手で殺されたハルロス=テオルドと、そのために町人に恨みを持ったイラという女性の、子孫だということでした。イラの亡霊はまだこの街にいます。彼女の怨嗟は、かの町に脈々と受け継がれてきました。その子へ、その子孫へと、不可思議な昔話と一緒に、あやまたず伝えられてきました。彼はその血を継承しているのです。町は、ほとんど三百年前と等しい体勢を維持しておりますが、彼に伝承された暗き心も、そのほとんどを変わらず継続されていたのです。

 その暗心が、それまでついぞ表に表れたことはありません。それはひた隠しにしてきたのではなく、たまたま実行の時分がなかったのです。この時、彼の中で確信となったのは、彼の血の中に存続してきた生きる理由の全部が立ち昇ってきたからでした。それまでそうして育てられてきたということが、血を通して理解されたからでした。


 彼は、本に書かれてあったことと、自分の推理が正しいことを感じ取りました。彼は、十五人の中で一番遅く立ち上がりました。体の上に零れた骨の屑をからからと落として、脇に転がった目のない頭骨を眺めて、ぼんやり笑いました。彼にとって事実が何よりの慰めになることを知ったのです。彼にとっての実在が、この日この場所に現れ、今までの日夜はまるで残酷に人生の背景と化したようです。

 彼は上の町へ戻ろうとしました。少なくとも起き上がったばかりのときは。まだ天井にはうっすらと陽が望めます。彼が松明も持たず暗闇の大通りを歩いていた時、向こう側から、ひたひたと人間の歩く音が聞こえました。テオルドはゆっくりとこうべを廻らせ、辺りを窺いました。向こうから来るのが何者か知りませんが、どこかに身を隠してみたくなったのです。

「ああ、そうだな。まさか、これが伝説の都だったとはな」

「だろう?マチアルド市の書庫にあった記述は、うそをついてなかったわけさ。お前にも言ったろ?白き町の真下には、上の町と対をなす滅びの都市が存在するって。あの没落した海賊が言っていた場所とそことがどうも一致しなかったが、この目で見て、それを確信したよ。上の町の連中は、この大都市を覆い隠すために町を築いたのさ。それでいてやはりここは監視されているだろう。我々が見つからなかったのも、もしかしたら大変運がいいことだったかもしれない」

「厄介だな」

「ああ、そうだな。…何を目的にするか次第だな。こちらにとって、発見が第一だったとしても、この有り余る金銀はどうしようもない。それよりも気になることがある。どうしてこの街は滅びてしまったのか…そちらが今私の関心事になっているのだ」

 向こうを歩いてくるのは盗賊のトアロとアズダルでした。彼らは既に一度洞窟を抜けて外世界に還っていました。食料を補充し、資料を再度点検して再びかの亡びの都市にやってきたのです。そして、上の白き町にも足を伸ばしていました。

「宝物はどうでもいいのか」

「いいやあ、必要な分はもらっていくさ。けれどな、もしかしたら、ここが今生の最後の仕事場所にもなるかもしれないよ。私は大分前から思っていたんだ。お前と、そろそろ余生を過ごしてもいい頃だってな。いい機会だと思うのだが」

 トアロは横目に熱っぽく彼を見上げました。

「…俺は、トアロについていくよ」

「盗賊稼業は、これで廃止でいいのか?」

「俺にとっては、あんたと二人でいることが一番の満足だからな。そう言っただろ、前にも?」

「そうだったな」

 彼女は嬉しそうに微笑み、そのままテオルドの目の前を立ち去っていってしまいました。少年は、どこにも逃げ場のない通りに、まったく微動だにせず、隅の壁際にいただけでした。それで、夜目の効く気配に敏感な二人組をやすやすとやりすごしてしまったのです。

「私はな、アズダル、奪った宝物とこの都の秘密とを、上の町の人間たちと交換しようと思っているんだ。盗賊冒険家としてこれ以上の取引はないものだろう。一世一代の大きな賭けさ。これが済んだら…ゆっくりしよう」

 テオルドはらんらんと光る目で彼らの後ろ姿を見送りました。今聞いた、盗賊たちのほんの少しの話だけで、彼は大分いろんなことがわかりました。二人がどういった人間なのか、何を目的に現れたのか、彼らをうまくあしらうにはどうしたらいいのか…彼は懐に忍ばせておいた小さな眼鏡を取り出して、目の前に掲げました。以前、ピロットが霊に取り憑かれたあの屋敷で、子供たちはガラスを知らないと述べましたが、それがかの町にないわけではありませんでした。閉ざされた町に、唯一交流の許された国がありました。そこから輸入されたもので、とても貴重品でしたが、司書に携わる者として小さな文字も読み取れないと困ることがあるので、町から彼の父親に贈られていたのです。そのうち古いものが、父から彼にプレゼントされていました。そこには早くに亡くなった母親の愛情に代わるものをなんとかあげようという気遣いがあったのですが…。

 彼はその眼鏡でもって、暗黒を見つめました。

(この街は、なぜ暗い)

 彼は考えました。

(そして、上の町はなぜ白い?)


 イアリオは夢を見ました。それはこんな夢でした。湿原に彼女はいました。柔らかい湿った土が、足の裏を多少沈ませました。薄い霧がかかり、ゆったりと流れていますが、切なく空しい情景でした。霧の中、呪文を唱える老いた人がいます。意味のわからないことをぶつぶつ呟いて、老人は、手と腕とを挙げました。向こうから何かが近づいてきます。それは薄霧に紛れて見にくいものでしたが、白いもやもやした塊で、ふわりふわりと空中を動きました。それは老人へ近づき、そのまま彼を喰らいました。

 その途端、霧がさああと引いてゆきました。

 目を開けると、いつものベッドの上に、彼女はいました。まるで昨日の悪夢などなかったかのような目覚めでした。けれど、体がぶるぶると震えていて、おかしいな、と思いました。見た夢は決して恐ろしいものではなく、むしろ吉兆だと予感したのです。

 体の震えは先日の地下街での出来事が原因だと、ぼんやりした頭がはっきりしてきて、彼女は気づきました。彼女は家に帰った時から、布団を被り、そうしてずっと夜眠るまで震えていたのです。思い出して、イアリオは自分の肩をつかみました。どうして、どうしてこんなことになったのだろう…思い出したくない…彼女の網膜に無数の夥しい死者たちが映り込んでいました。あの暗黒の地下街で、彼女たちが怖い思いをしなかったのはつかの間だけだということを、思い知りました。いつでもあの冷たい死の群集は、闇のどこかで子供らをつかまえようとしていたのです。カムサロスが最初に人の死体を発見した時に、そうしたことに気づくべきだったと、彼女は思いました。

 イアリオは激しく歯軋りしました。そうして耐えねば、耐えることをせねば、あの骨たちと同じような冷たい石のごとき体温になりそうでした。その日は幸い、授業のない日でした。十五人のメンバーたちは、人知れず暗黒の恐怖に怯え団子のように大人しく固まっていることができました。

 その翌日は、学校がありました。何人かは登校できましたが、できなかった者もいました。カムサロスなどはずっと母親につきっきりでしたし、何があったのと聞かれても、簡単には答えることができませんでした。ハムザスは、ロムンカとともに、布団に潜っていました。サカルダは、かわいそうに、言葉を失ってしまいました。アツタオロも深刻な失語症にかかっていました。その他の人間は、比較的早く回復し、受けた傷跡を周囲に露見しないようには振舞うことができました。しかし彼らは誰にも相談しませんでした。というのも…彼らは十五人の仲間以外にも困ったことを打ち明けられる、信頼のおける相手がいたはずですが…テラ・ト・ガルの絆は深かったのです。

 ピロットは、食事時いつものように離れで一人崩れた御飯を平らげていましたが、びくびくとしたものは、腕に、脚に、取り憑いていました。まるで大量の亡霊がその身代に入り込んだように彼は感じ、その目は震えてぎらぎらとしていましたが、体はうつろで、中身がないかのようでした。彼でさえ、一辺に登場した死者たちの群れは、計り知れない恐怖をもってその身をずたずたに引き裂いていったのです。独りに慣れた、彼でさえ。――彼の中に、鈴のように鳴って、響く名前がありました。ルイーズ=イアリオの、下の名前が。彼は危うく彼女の名前を呼び掛けるところでした。

 しかしそれは、彼のプライド上、まだ憚られることでした。


 運命はまこと奇妙なもので、そ知らぬ顔をして暮らしていても、何事か発覚すればずるずると芋づる式にばれてしまうものです。

「私の息子のことを、何か知らないかい?」

 あれから幾日かたって、イアリオはテオルドの父親にそう訊かれました。彼女はびっくりして、あああのことかもしれないな、と思いました。

「ひょっとして、この鍵のことですか?」

 彼女は小さな鍵を見せていいました。父親は怪訝な顔をして、その鍵を眺めました。

「どうぞ」

 イアリオはすっかり彼がこの鍵のために家を訪ねたものと思い込みました。ところがこれがいけませんでした。彼女はあの一件以来仲間たちとは会話をしていませんでした。お互いに被ったものが何であるか、知っていましたので、話すにも苦痛が勝ったのです。相当に時間をかけねば整理のつかないことであり、今思い出す必要はまったくないのです。彼女は幾人か学校を休んだままだということは知っていましたが、それもやむをえないことでしたから、テオルドを見かけないことに、不思議は感じていませんでした。

 彼の父親の用事は本来それについてでした。ですが、イアリオはそれとは別のことについて父親が訪ねてきたのだと思ったのです。地下探索を再開する少し前、テオルドが、「ない、ない」と言いながら町中を歩いているのを彼女は見ていました。あとで、彼がマットたちにおもちゃ箱を閉じる鍵をなくしたことを打ち明けているのを見ました。道端で、彼女はそれらしき小さな鍵を拾いました。すぐに考えればわかることですが、こんなことのためにわざわざ父親が訪ねてくるのは変です。彼女はこの鍵を渡したことで、彼に会話のきっかけを与えてしまったのです。

 その銀色の鍵棒は、テオルドが、父から貰った眼鏡を大事にしまっておく小箱のキーでした。

 彼の父親は、ここしばらく息子の姿を見ていないことに昨日の夜気づきました。父親は、ずっと仕事場に出張ってそこで寝食することも珍しくなかったので、息子の生活については息子自身に放任していたのです。それはテオルドもよくわかっていて、彼自身の生活力は普通の子供のそれに比べて鍛えられていました。父親が、息子の行方しらずを今の今まで気づかなかったのも無理はありません。しかし、彼にとって息子は唯一の家族です。彼はイアリオの家を訪れるまで先生や子供たちや保護者たちに聞いて回っていましたが、その順番が彼女に来たのでした。彼女が鍵の話をしたことで、彼は、イアリオが息子と懇意だと勘違いしました。いいえ、それまでで一番話しやすい感じをした相手が、実は彼女だったのです。父親は堰を切ったように話し出しました。その取りとめのない話し振りは、およそ司書の人間ではないようでした。彼らは書物の整理や目録のための編纂をするからです。きちんとした頭脳を持っているはずの持ち主は、息子への愛情に溢れており、それがためにきちんとした道筋を話につけられずにいました。テオルドが、いかに愛されていたか、彼女はその話しぶりで十分によくわかりました。

 そして、彼が行方不明だということを知ってしまったのです。彼女は父親の荒い鼻息を間近に受けながら、否が応でも彼に協力しなければならなくなりました。

「わかりました」彼女は溜息混じりに言いました。彼は顔を上げて、初めて協力者を得られたことに、深い喜びを露わにしました。自分の子供に最初の友達ができたような喜悦に、それは近かったかもしれません。

「私が探してみます。思い当たるところが、ありますから」


 イアリオとしては、無理矢理に放っておけない立場に立たされたことになります。運命とはまことに奇妙なもので、そ知らぬ顔をしていても、それは向こうから運ばれてきます。巻き込まれてしまったか、それともそれは選択したのか、わからないままに流されていくのです。

 実は、テオルドは事件のあった日以来自宅に何度か帰っていました。彼は食事作りも洗濯も掃除もしていました。たまたま父親とかち合わない時間に戻ってきただけで、勿論教室へは行きませんでしたが、なにより地下の大事な探検のために、自分のために準備が必要だったからです。テオルドは一人でそのように行動していましたが、別にそれで不足なく動けました。今まで彼の行動の仕方がそうだったのですから、誰か仲間を募ることなど、思いつきませんでした。いいえ、もしかしたら…テオルドにも、恐怖の衝撃があったことは事実なのです。しかし、ひとたび想像を越えた衝動に出会った際に取られる行為は別々です。

 ルイーズ=イアリオは、テオルドとともに、小さい頃彼の母親の聴かす物語を聞いたことがありました。そこには物珍しいことが好きなピロットも来ていました。テオルドの母親は他所では聞いたことのないお話をたくさん語ってくれる人物でした。三人は、他の子よりもそのお話を熱心に聞いた子供でした。

「兎が一匹、小瓶に一匹の魚を入れて、町を歩いてきました。おうえ、おうえ、どこか変な掛け声を使いながら。兎はその魚を町の人に売りたがっていました。しかし、魚はとうの昔に死んでいて、半分腐っていたものですから、売れるはずがありません。ところが、もう町外れまで来てしまったときに、『ちょうだい!』と叫ぶ男の子がいました。彼は角を生やした小鬼の子で、丁度町の境界の向こう側から呼んだのでした。

 兎は嬉しくて跳び上がりました。男の子に近寄って、いざお代をいただこうとしたら、小鬼の子は何もない手を広げていました。『お魚おくれ!』男の子が言います。『これはあげられないよ。だって、お金持ってないだろ?』兎が言い返しました。『え、でも、その魚売れやしないよ!だって半分腐ってるんだもの』

『そんなことないさ。だってこれは魚だよ?腐っても、骨だけになっても魚さ』

『そうかなあ?骨だけになったら、それはもう骨だよ。ちょうだい!まだそれは食べられるんだから』

『だったら代金をいただかなくちゃ』

 そのように言い合っているうちに、二人は喧嘩を始めました。小鬼の子は兎の口に土を詰め、兎は小鬼の口に魚入りの小瓶を詰め、とうとう二人は窒息してしまいました。そこへ、びくにいっぱい魚を入れて帰ってきた釣り人が来ました。釣り人は二人の口から詰まった物を取り出して、こう言いました。

『喧嘩なら外でやりな!ここは人間の町だぞ。そら、そこは町の境界だ。そっちへ行けば、自由にやりあってよし!』

 釣り人はそう言って自分の家へと帰りました。二人は釣り人に感謝して、仲良く境目の外へ出て、また喧嘩を始め、二人とも倒れてしまいました。冷たい風が吹く中、兎と小鬼はすまなかったと相手に謝りました。人間の国を追われた彼らは、お互いの肩を抱き合って、冬の野原へと出ていきました…。」

 ピロットはこの「人間の国を追われて――」というくだりが好きでした。イアリオは、このお話にどこか遠い殺風景な砂の街並みが見えてくるようで、とても印象深いなと思いました。二人ともその話が三百年前の地下の街を揶揄していたなどとはつゆとも知りません。テオルドの母親は、人形のように綺麗で、目もぱっちりと開いて可愛らしい人物でしたが、表情に乏しいところがあり、何を考えているのかわかりませんでした。それに何だか怖いところがあり、あまり子供たちは近づこうとしませんでした。

「夢の中に、魔物が出てくることがあります。どんな魔物かというと、それは強くてたくましくて、人間であれば恋人になりたいと誰もが思うような素敵な男性でした。波打つ銀色の髪は剣で落とそうとしても歯が立たず、筋肉はあらゆるものを跳ね返しました。男の夢に彼が出てくれば、その人は力持ちになりますし、女の夢に出てくれば、その人はたいそう魅力的になります。夢の魔物は人間に力をくれるのです。

 銀髪は実はその一本一本が毒を持った蛇でした。彼が夢に現れて不思議な力を授かった人間は、同時に彼の毒にもやられます。とても命が短くなるのです。彼はどんな人間の夢の中にも出てきます。そうして人間を誘惑します。もっと力が欲しいか、もっと魅力が欲しいか、ならば祈れ、私に向かって祈りを捧げろ。人間は彼の誘惑に勝てません。魔物が欲しいと言ったものを、人間は何でも用意してしまうのです。それが人でも、恋人でも、金でも家でも農場でも。やがてすべてを捧げた人間は、身の回りに何も残っていないことに気づいて自ら命を絶ちます。そうして自分も彼と同じ魔物になってしまうのです。人間の夢の中にしか現れない、人間を誘惑する魅惑的な怪物に…。」

 子供たちがこのお話の毒に気づくことはありません。お話は、人間の運命を語っているようで、実は悲しい最期をばかりしゃべっているのです。しかし、子供たちでさえ身に差し迫ったリアルさを感ずる滅亡の物語でした。

 テオルドの母は、あるいはその母、女系の先祖は、長年この物語をずっと変化させずに伝え続けてきていました。その源は、三百年前殺されたハルロス=テオルドの妻イラでした。


 イアリオは、テオルドの父親との約束を果たすべく、地下の入り口へとやって来ました。彼女はそこで、前方によぎる影を見つけました。それはどうやらピロットの後ろ姿でした。彼のところへはまだテオルドの父親は来ていませんでしたが、父親が他のテラ・ト・ガルの仲間に息子について尋ねているのを、立ち聞きしたのでした。ピロットが人助けなどしたことがありません。弟分には情の優しさを見せることがありますが、それは彼がいい気になれるからでした。どんな風の吹き回しか、居場所不明のテオルドを探そうと彼はなぜか考えました。それは、テオルドを助けて、町中の人間に自分が救いのヒーローのように羨望の目で見られるのも悪くないと考えたからかもしれません。彼にとって悪さの矛先が向きを変え、善や正義の頂点を指しても良かったのかもしれません。十二歳になって、彼は悪いこともほとほと飽き出していたのです。

 いいえ、彼は、まだあの時の体験を未熟な身体に収めきれずにいました。まして、彼の中では繰り返し、彼と名渡しの儀式をしようと言った、イアリオの名前が鈴のように鳴っていたのです。


 トクシュリル=ラベル、彼は両親を教師に持ち、家ではしっかりとしつけられていました。彼の家は彼を含めて人望の厚い良家でした。そのことが彼を苦しめたことは一度もありませんが、たった一粒の黒い粒子がしみのようにその白い紙に落とされ広がりました。実は、トクシュリル=ラベルは、十五人の子供たちがそろって暗黒の都市へ入るよりかなり前に、一度彼だけその中をったことがあるのです。誤ってその天井に空いた穴に落ちたのですが、すぐ大人たちに保護されました。彼は、あの都市がどうしてそこにあるのか知りたがりました。しかし、大人たちは皆口を閉ざし、決して彼の質問に答えませんでした。

 彼は、あの場所が夢のようだとは思いませんでした。ずっと気がかりなまま成長し、やがてきっかけを掴みました。十五人の仲間たちと見ることができた、日の差さない地下都市は、まるで日のあるところの建物よりも彼には色鮮やかに見えました。彼は慎重に、この街を調べ尽くそうと考えました。

 それとは別に、彼は小さい頃友達の裏切りにあっていました。友達は向こう見ずな子で、ラベルの注意にかかわらず危険に首を突っ込みがちでした。それが、多数の仲間たちをも巻き込み、なかなか大きな事件に至ったことがあるのですが、その時彼は、友人から名指しで罪をなすりつけられたのでした。

 このことは、彼にとって非常なダメージとなって、人付き合いの根底に根深く影響を与えました。彼は誰にも心を許さなくなりました。それでいて人が彼を頼るのは、彼自身の健全な、物事の価値判断が優れているからでした。彼はそのとおりに動くことができましたし、そのために誰かを助けることもままあったのです。しかし、彼の心はいつも独りで、孤独で、誰かを欲していました。彼は行動力のある人間で、地下の調査に当たった際も優れたリーダーシップを発揮しましたが、彼は暗黒に赴く本当の理由を十五人の仲間たちの誰にも話しませんでした。

 ラベルはまさか自分たちがあんな目に遭うとは予想だにしませんでした。テオルドから、そんな話はまったく聞かなかったのです。彼は自分の責任の在りかを見返しました。そこに、彼が友達に裏切られたあの記憶が黒い影を落としました。それだけでなく、彼は他の子供たちと同様に人の死骸に襲われた圧倒的な恐怖にも苛まれていました。彼は二重苦でした。彼は探索を始める前に闇の世界を知っていました。そこへ、彼以外の十四人の子供たちを導いていったのです。彼自身の、個人的な理由から。彼だけが感じている必要から。彼だけが満足するために…。

 彼の健全な心は蝕まれました。(僕じゃない…僕じゃない…僕じゃない…)そう彼は布団の中で念じていました。彼は責任逃れの呪文を唱えるべくして唱えました。それまでの彼を、行動を、絆を、自ら裏切り、引きこもろうとして。

 彼は気づきませんでした。そうした心理に、かつて彼が友達として信じ、裏切られた相手も、なっていたかもしれないことに。どうして彼が名指されたかということに。


 マルセロ=テオラは、授業にきちんと出席していました。彼女もまた他の仲間たちと同じく猛烈なショックをあのときに感じていましたが、その跡はあまり目立ちませんでした。彼女だけ他の子供たちとは違って体の中の血流が冷たい地下の息吹を押し返したのです。彼女だけ、他の仲間の安否を気遣いました。それは、あのときもそうで、暗い穴蔵から無数の人骨がわらわらと落ちてきた際も、彼女はカムサロスが怪我をしまいかと自分より年少の子を心配していました。

 ですが、やはり他の子と同じく、彼女も一人だけ独力で地下から這い上がりました。無理もありません。気づいたら人間の頭骨に囲まれて、目の穴を向けられていたのですから。骨は散らばり、奇妙な感触を腕やふとももの上に押し付けていたのですから。彼女は昔滅びた人々の有様を目撃しました…というのは、もぞもぞと蠢くほかの仲間たちの様子が、それにまといつく骨そのものの動きに見えて、骨の死者が復活して動いているように見えたからです。

 彼女の背中を校舎でイアリオは見かけています。その時はくすんだ白っぽい背に見えました。イアリオはテオラに声を掛けませんでした。彼女と目を合わせたテオラも同様で、お互いにそのわけを理解していました。テオラは逆上する義憤を感じました。イアリオと顔を合わせた時に、彼女は言い知れぬ怒りを覚えました。それは、明確な一方向を向いており、それを辿ると、行き着いた先にラベルの姿がありました。彼女は彼の家を訪ねてみました。彼は、布団にくるまり出てこれない状態でした…テオラは、勿論その理由を知っています。皆と同じように、死者の絶望に触れて、ありえぬほど怖くなったからだということだけは。

 彼女は布団から彼を叩き起こそうとしました。しかし彼の理由はそれだけではありませんでした。彼は怯えた眼差しで彼女を見据え、何か温かいものを探して右往左往しました。彼女は愕然としました。それまで憧れの対象であった、尊敬すべき立派な人間は、こんなにも小さく、みじめで、そわそわした性格に変じてしまっていたのです。その原因は地下にあります。彼らが出会った、途方もない暗闇の棲家に…。彼女をして憤らせたものが増えました。彼女と違い、ただ漠然と怖がるだけのラベルの卑小な姿によって。彼女はハムザスとロムンカ、ヤーガット兄弟の家も訪れました。二人もまたラベルと同じ様子でした。彼女が見た少年たちはことさらみじめで、蛆虫みたく思えました。

「墓、か」

 テオラはぽつりと漏らしました。地下の都市は、それそのものが巨大な墓地でした。多くの犠牲者がその中に埋葬もされず捨て置かれていたのです。そして、その思念は、誰にも供養されずいまだにそこにたゆたっています。

 それがついに子供たちを捕らえてその闇の中に引きずり込んだのです。

 彼女の怒りはその闇へ向けられていました。彼女はまだ年齢が十四歳でしたが、母親にも似た激情をその身に帯びたのです。生命を否定する力に対する、当然の義憤を。


 鐘楼の鐘は鳴り響きませんでした。侵入者が来たというのに、打ち手がいないからでした。ピロットは、背後にイアリオがひたひたとついてきていることに気づきませんでした。彼の場合、マルセロ=テオラとは違った義憤が生じていました。彼はまるで、この暗がりをこれ以上恐れぬために再び地下に潜ったかのようでした。彼は許せなかったのです。自分に食い込み、あまつさえ支配しようとする、驚異と恐怖それ自体を。それは彼の自立心を揺り動かし、傷つけようとする力に満ちていたのです。彼の気概はその力に真っ向から反発しました。その顕れが、テオルドを助けるという、およそ彼らしくない理屈となったのです。

 ピロットはまず壁の崩れたあの土蔵へと向かいました。いまだに衰えぬ恐ろしい記憶は、彼の足取りをいささか遅めもしましたが、それが立ち止まらせるには力が足りませんでした。普通の子供ならば、仲間のいないこの圧倒的な暗黒に、一人でいれば立ちすくみ、泣いてしまうでしょう。イアリオは、彼の背に引っ張られるようにしてあとをついていきました。彼女はテオルドの父親に言われその息子を探しに来たのですが、勿論まだ、あの圧倒的な体験は彼女の脳裏に稜々と翼を広げ、いつでも彼女を取り込もうとしていました。彼女は仕方なく暗闇を窺いにきたのです…どこかにテオルドの足跡が刻まれていやしないだろうかと。十五人の誰かが、あのままこの空間に囚われているのではと考えたことなどありません。もしそれが本当なら、大変です。すでに幾日かたっていて、安否は絶望的なことになってしまいます。彼女は焦燥にかられました。もし、テオルドが帰ってないのだとすれば、それは私たちの責任かもしれない。私たちが不用意にあの壁を壊して、死者たちの眠りを妨げ、あのようにばらばらと崩れ落とした仕返しを受けたのかもしれない。テオルドはきっとそれがショックで、家に帰れなかっただろうから…!

 ですが、そんな責任はとても彼女一人だけが負いきれるものではありませんでした。彼女は目の前を行く彼の目的が自分と同じかどうかはわかりませんでしたが、ピロットがあの土蔵に向かっているらしいことは後を追いながらわかりました。しかしこの世の蓋をされた土石の中で、霊たちは、悲鳴を上げながら、苦しみながらどれだけの年月を過ごしてきたでしょうか。その子孫のこのような一時の苦痛など、それははるかに超えているのです。

 地下の街の鐘楼の鐘は鳴り響きませんでした。再び侵入者が来たというのに、打ち手がいないからでした。暗黒の中に、亡霊たちがひしめくも、その手は空です。


 同じ頃…ハムザスはいまだ苦しみの中にいました。彼は、卑屈な自分を抱きかかえるようにして苦しんでいました。彼は、自分が卑小な存在だとよく知っていたのです。彼自身、どうにもならない自分によく気がついていて、持て余す(というより、自分自身の力の出し方を知らない)感覚がかえって焦りを生じさせていたのです。彼は、彼がやりたいことと実際にできることの区別がとても苦手でした。正義感溢るるものの、その実現にふさわしい手段が欠けていたのです。彼は、ラベルを参考にしようとしました…ですが、このような事件に遭ってしまい、彼自身の暗闇に落ち込むことに相なったのです。自分の存在などちっぽけでたわいないものと思い知らされたこの大事件は、彼のそれまで抱いていた普段の気分を、周りに対してなんとなく道化た真似をしていた彼自身を、大きく肥大化してみせたのです。その暗がりは落ちて到着地をまるで到達することのできないはるか彼方に用意しているかのようでした…。

 ロムンカの苦痛はこれとは違って、彼も弟と同じように布団を頭から被って出てこれませんでしたが、その痛みは純粋に骸骨との思いがけない出会いに対する痛みでした。彼の方が、長男であるからといったこともあるでしょう、未知のものとの邂逅がずっと多く、それゆえに耐えうる力も弟より太く具わっていたのです。それでも、テオラやイアリオやピロットといった面々と比べれば神経は太くなく、しばらくは体を動かすことができないほどの衝撃を、骨の髄まで叩きつけられたのでした。

 他の面々はどうでしょう。カムサロスは母親にずっと付きっ切りでした。彼は学校に行けましたが、家に帰ってくるなり母に抱きついて、離れようとしませんでした。彼の母も無理に放そうとはせずにいましたから、とりあえず彼の満足するまでそうさせてもらうことができました。マットやヨルンド、ハリトは自分の気持ちを落ち着かせる手段を持っていました。彼らは職人の息子たちでしたので、職人気質の集中力をどこかに注入すれば、それでなんとか自分を保てました。マットは医師の勉強を、ヨルンドは大工仕事を、ハリトは石工の手伝いを、必死になってやることで一時的にもあの衝撃から身を守ることができたのでした。オヅカは可哀そうに一人深夜の郊外を暴れまわりました。その間誰にも危害を加えることはありませんでしたが、彼の破壊の跡は、ちょっと修理に困りました。ただ、彼としてはそのような行動は珍しくないと認識されていましたので、特別問題にはならなかったのです。オヅカはひとしきり暴れられればすっきりするなかなか健全な感性の持ち主でした。ですが、夜中、暗闇に紛れて暴風になる(その役になりきる)ことで、彼を脅かしたものと一体になり、それでどうにかして衝撃を和らげようとしたのです。

 実はこのやり方は、テオルドと似たところがありました。オヅカは己を保ちながら、心の中に残るいびつな暗闇を制御しようと努め、その努力の甲斐は、確かにありましたが。

 サカルダとアツタオロの少女二人は唖になってしまっていましたが、二人とも授業には出席していました。彼女たちは、人の中にいた方が触れた人骨の冷たさを忘れられると思ったのです。ただし、言葉はどうしようもなく、彼女たちの異変に気づいた人々はいましたが、しいて何があったかを聞こうとはしませんでした。彼女たちが暗い目を押し開け、何も訊かないでくれと、雰囲気で訴えたからです。彼女たちが心配になる人間もいましたが、その思いやりが何かかたちを表す前に、事件は明るみになり、彼女たちの問題も解決の方向を向くこととなりました。しかし、これはまだ少し先の話です。もう一人の少女、空想好きのピオテラは、鼻の先のそばかすを一段と増やしただけで、表立った変化はありませんでした。というのも、彼女一流の克服の仕方があったのです。それは、空想の彼岸に逃げ込むということです。今まで十五人の仲間たちと行った探索の日々は、一瞬にして彼女の記憶から忘れ去られました。出来事を記憶からなかったことにするのはピオテラの得意技でした。いいえ、むしろあんな目に遭えば誰もがそんな記憶をなくしたいと思うでしょう。他の十四人はどうにも無視できない、圧倒的な実在感をその出来事に感じたのに対し、彼女はいわゆる現実感のない場所に逃げ込むことで、実感を否定したのです。それでふわふわした言動が目立つようにはなりましたが、それはいつもの彼女らしさにありましたので、特別周囲も気にしませんでした。

 それが、かえって逃避中のピオテラをそのままにしておくこととなりました。このことは重要でした。いざ事件が露呈されたとき、彼女自身、どう振舞えばいいかわからないものにしてしまったのです。


 さて、事件の続きを追いましょう。ピロットが松明も付けず地下街を進んでいき、その背中を追ってイアリオがついてきています。彼はなぜか火を持ちませんでした。勿論、地下の地図は頭に叩き込んでありました。これは十五人の子供たち全員がそうでした。彼らの力で書き込んだ地図だったからです。そのおかげで土蔵を壊した後も皆がそれぞれに帰れたのですが、どうして火をためらったかというと、やはり暗黒の恐怖がまだ根強く心に残っているからでした。火を付ければたちまちに周りは暗く沈みます。その時に、彼はあの骸骨どもの暗い眼を、まざまざと思い出すことを知っているのです。火を付けない方が今はよほどましだったのです。彼は自分自身恐怖を覚えることもプライドに障るよう感じていましたから…。今は、かろうじて彼の夜目が利きました。ぼんやりとした影を注意深く見れば、どんな家々が目の前にあるのか、彼には見ることができました。天井の隙間からほんのわずかに太陽の光が差し込んでいますが、天井のそこのみを照らすばかりで地面には届いていません。ですが、それでも光の粒子は散乱していたのです。彼の目は光線の粒を拾って形あるものに投げられました。

 しかしイアリオはこのように視界を確保はできませんでした。暗闇をどんどん行く彼の背に置いてかれないようにするのがやっとでした。彼女の目的はなんとかテオルドの足跡をつかむことでした。しかし今はもうピロットのあとを辿ることしか考えていませんでした。周囲から迫り来る暗黒と恐怖の感覚を彼女はピロット以上に強く覚えていました。彼女にはそういった恐怖と闘うためにわざと松明を付けないなどという選択肢はまったく考えられませんでした。火があればこそ、相手がよく見えます。見えないものと対峙などできません。彼女はピロットもまたテオルドの父親に頼まれてここに来たのかと思いました。ですが、彼を呼び止めるにもすでにこの暗闇の中に入ってしまっては、声を出すことも憚られました。声は確実にここにいる死者たちに届くのです。しかし二人で探せばそれだけすぐテオルドを見つけ出すことができるはずでした。彼女はまずは彼に追いつこうと思いました。ところが暗闇の奥へ、奥へ行くにつれて、彼女は自分を取り囲む墨のごとき暗黒に脅威の念が増していきました。ピロットと違い、夜目の利かないイアリオは、自分がどこにいるのかわからなくなってきました。ですからなおさら歩みを止めることはできなくなっていました。彼を追うのに必死になっていきました…。

 いつのまにか、彼女の中であらゆる反省の念が渦を巻いてきました。暗黒は、ただそれのみでなく、人間の心の暗闇も喚起して増大させます。彼女の注意はテオルドではなく自分自身に向かわせられました。なぜあの時ああしなかったのだろう、止めなかったのだろう、自分だけ逃げ出したんだろう、わが身可愛さのために…と。純粋な、彼を助けなければいけないという気持ちが、ついに百八十度回転して、過去の猛省ばかりを繰り返しだしたのです。暗闇は、十二歳の少女をまだ幼いいたいけな幼女までに、退行させようとしました。ただ単に、暗い場所に恐怖する、夜を怖がる小さな幼児へと、彼女を追い詰めていきました。

 彼女は立ち止まることができませんでした。その場にうずくまり、涙枯れるまで泣き腫らす、小さな子供へは戻れませんでした。もはや彼女はピロットの背中も追わず、ただ言い知れぬ圧倒的な恐怖と悪夢とに、苛まれるか弱い少女になっていました。少女は悪夢の中を懸命に走っていました。どこへ向かって走っているのか、知りません。ですが、立ち止まれば喰われてしまうでしょう。自分の体があの骨になるまできっとしゃぶり尽くされてしまうでしょう…。

 まったく何も見えなくなった暗黒に、ふと彼女は自分やピロットとは違う人間の気配を感じました。その気配は臭いで運ばれてきました。目は利かなくとも幸いに鼻が暗闇にいないものを嗅ぎとったのです。

「おい、お前」

 突然、誰かが前を行くピロットを呼び止めました。イアリオははっとして身を隠そうとしました。彼女の目には周囲の景色は真黒い墨に塗られたはずでしたが、急にほんのりと明かりを取り戻し、ここが辻の真ん中であることを見せました。彼女は道の角に身を潜め、片目だけを、そこから出して窺いました。ピロットを呼び止めたのは大柄な男で、どうやら上半身裸で、隆々とした筋肉をしているようでした。ピロットはびくっとして立ち止まりました。ピロットの前に立ちはだかったのは盗賊のアズダルでした。彼は夜目が利きましたが、イアリオの姿まで捉えることはできませんでした。

 ピロットにはこの男の顔がはっきりとわかりました。なにより目についたのは太い眉毛でした。それはこの男がいかに強い意思を持っているのかを物語るように見えました。その目鼻立ちは、上の町の人間のもののようではなく、丸く滑らかで、奇妙に曲がっていました。顎は四角くて堂々としており、がっしりと無骨でしたが、顔面の中のパーツはどうも福笑いをぶちまけたかのような滑稽さがありました。目は青海の色で、怯えた感じと人懐っこさとを交互に見せるような、不安定な閃きでした。

 ピロットはこの大男が怖いと感じました。その怖さは彼が対抗しうるものではなくて、なんというか、仕様のないものに思われました。彼は警戒しました。それでなくとも外部の人間との接触はことさら町に禁じられていたので、警戒するのが当たり前ですが、ピロットにそうした意識はなく、ただこの男がこうした容貌だから緊張の面持ちで一歩身を引いたのでした。

 彼の頭に閃いたのは、この男はもしや盗賊ではないかということでした。俺たちの探していた、金銀財宝を奪いにこの街へやってきたのではないか…?

「俺はクリシュナルデ=アズダルという。盗賊だ」

 やっぱり…!でも自分から自己紹介するなど、奇妙な盗賊だと彼は思いました。

「お前に聞きたい。どうして上の町の連中は、この巨大な街を地下に封じ込めたんだ?恐れないで、答えてほしい」

 上半身裸の男は、紳士のように腰を折り、大きな手の平をピロットに向けて差し出しました。ピロットはアズダルの迫力に呑まれそうになりました。その筋肉は鍛え抜かれてどんな攻撃も剃刀のような鋭さで跳ね返す力がありながら、輝く青色の目がまるで相手を包み込み安心させる懐の深みを用意したからでした。

「お、俺は何も知らない」

 彼はこう答えるのがやっとでした。

「アズダル、俺はピロットだ、ピロットといいます。この街に来た目的は何?」

 彼は逆に尋ねました。その唇は震え、声もおぼつかなげです。

「あっははは、小僧、ああ、ピロットというか!おい、俺を見てもびびらないか!こりゃあいい!」

 アズダルは大きく体を揺さぶり、びりびりと響くとてつもない笑い声を出しました。すると、その首筋にきらっと金属が閃き、その瞬間はたと大男の声が静まりました。ぶつぶつとした汗がその額から噴きました。

「なかなか胆力のある子だね。これは予想外だったが…」

 大男の影から、ショールを掛けた色黒の女が現れました。すらりとしてしなやかな身のこなしで、ゆったりとした服を着ています。

「我々はね、お前に使いの真似をさせようと思ったのさ。ピロット、私の名前はハビデル=トアロという。覚えておいてくれ」

 トアロはアズダルの首にあてがった短剣を鞘にしまいました。彼女の鳶色の眼光が鋭く一直線に自らを射抜くのを、ピロットは感じました。その眼光に彼は軽い脱力感を覚えました。力が入らなくなったのです。

 それからぼそぼそと三人の間で交わされた会話を、イアリオは聞くことができませんでした。彼女は自分の心臓がばくばくと音を出しているのが、彼らに気づかれないだろうかということばかりを気にしました。初めて見る外部の人間です。彼女はかの町と唯一交流のある国から定期的に使者が訪れることは知っていましたが、その使者もこの目で見ることはなかったのです。彼女は今自分が大変なものを見ていることをよくわかっていました。彼女には、この事態が危険を表明するものとしか見ることはできませんでした。

「ハビデル=トアロ、それにクリシュナルデ=アズダル!お前たちは、どこから来たんだ?」

 ピロットの声が耳に届き、イアリオは自分の心臓から注意を背けることができました。

「これは失礼をした、そう、まずはわれわれの出身と目的を語るべきだった」

 トアロは鞘に収められた剣を懐に隠し、落ち着き払いました。

「私はミスラルデ、アズダルはトレア、この大陸の東の端から海をまたいである港町の出身だ。私は三十二、この男は三十三、そして今のところ、四十の国を見て回った。ピロット、お前のいる町が四十番目の国だ。そして、今いるこの場所が三十九番目の国…」

 彼女はいい加減なことを言いました。彼女やアズダルの出身地はそのような名前ではありません。しかし交渉はもう始まっていました。彼女はこの少年に自分たちがいかなる存在でどういった目的があるか、明確に伝える必要があったのです。彼女はピロットの前で長い袖を引き上げ腕を真横に広げました。

「なぜこのように滅びてしまったのか、私はそれを尋ねに来た。かつて夢に見るように美しいと謳われた古王国が、大量の黄金を残して滅亡したというじゃないか。盗賊の血が騒ぎ、そして秘密を解明しようとするこの探究心が否応にも刺激されたぞ!ところがとうとうやって来てみれば、この街はまるで何かに隠されるかのように天井を封じられていた。元々は岩盤をくり抜いて造ったらしいが、それにしても、その後、岩なり土なりで壁を作り海からも見えなくする必要があったのだろうかね?」

 トアロはすり足で一歩ピロットに近づきました。

「何かとても大きな意志を感じるのさ。この街が、黄金の都が、このようにして隠された原因は一体何か?私はここの宝物も欲しいが、その秘密の方がもっと欲しいんだよ。ピロット、いいかい?私は教えてほしいんだよ」

 彼女はもっと近づき、吐く息が軽くピロットにかかるまで顔を寄せました。

「ほら、闇の中で死体が息をしているよ。なぜこの街は死体が放っておかれるんだ?こんな冒瀆、地上にあるまじきものだ…それはなぜだ?どうして黄金は人間の死骸とともにあるのだ?いいかい、こんな悪徳、罪と業、私の世界じゃ到底許されるものじゃない…」

「俺は、何も知らない」

「そうか。でもお前の親は確実にこのことを知っているだろう?私に紹介してくれないだろうか。たった一人、お前の親だけでいい」

 トアロは彼から離れて、距離を置いて、ピロットの様子をじっと窺いました。

「わかった」

「素直じゃないか。ピロット、お前のことだ、もっとよく、抵抗すると思ったが」

「あんたにこっちの何がわかるっていうんだ?」

「わかるさ、ようく…お前だけじゃない、他の子どもらが、何を探してこの街へ入り込んできたのか、そして、たった一人、お前だけがこの街へやって来たことの目的と意図も…私には手に取るようにわかる。黄金だろう?それが欲しいんだろう?盗賊だ。お前たちは、我々と同じ盗賊だったんだよ。大人たちの目を盗み、黙って金を欲しいままにするために、お前たちはやって来たんだ。いいや、勘違いをするな。私は同じ盗賊として、お前たちの胆力を誉めているのだ。咎め立てるのはお門違いというものさ…だがな、既に我々は宝物をもう我が物としている。我々は取引をしたい。我々が奪った宝物の一部と、この都の秘密とで、交換を願いたいのだ…」

 トアロの言い方は勿体ぶって語尾をよく引き伸ばしました。そうすることで、少年の心を操ろうとしたのです。彼女の言葉は奇妙な安心感をもたらしました。彼女の言うとおりにすれば、万事うまくいくとでもいうような、惑いの息を彼に吹きかけたのです。絶妙に、少年の良心をちくりちくりと痛ませながら、こちらの思うとおりに動かそうというものでした。

「わかった」

 少年は頷きました。トアロは満足してこの酷薄な顔立ちの少年を見つめました。

 彼女は指定の場所を彼に指示しました。約束の時間も彼に告げ、もし間違ったことをしたなら、例えば、親が仲間を連れてきたなどということになったなら、宝物は二度と彼らの手には戻らないと言いました。「われわれは律儀な盗賊だ。盗めないものは、合法的に奪い取ろうとするんだ。地下街の情報、これはとてもじゃないが盗めない。そちらが約束を違うことなく守ったならば、いくつか我々も返す宝物に上乗せをするかもしれないぞ?もしかしたら、全部そっくりそのまま、返す気になるかもしれない…」ピロットはまっすぐ女盗賊を見返して、真面目に返事しました。

「いい子だ。もう行っていいぞ。すばらしい息子だ。よく役目を果たしてきてくれ…」

 トアロの口調は最後まで変わりませんでした。二人の盗賊は闇に消え、すっかり気配を隠しました。この時、少年の身にある変化が訪れました。彼は、たしか行方不明の同級生テオルドを探しにやって来たはずです。ところが今は、まったく別の動機が、柱に群がる鼠のように彼の脳に広がりました。彼は未知が好きでした。テラ・ト・ガルのメンバーとして彼が大人しくしていたのは未知に対する敬愛があるからでした。それに彼もまた町の一員として徹底した「欲望に対する抵抗心」を教え諭されていましたので、ラベルが、地下街で何か価値のあるものを発見してもそれを十五人のものとしようと言った時、その言葉どうりに頷いたのです。

 彼は地上で彼なりの「我が物」を所持していましたが、それも、この町のルールに則った範囲で許された所持物でした。ところが今、トアロたちと会話して、少年の意識を刺激したのは町の方針とはまったく逆の価値意識…それこそ飽くなき「欲望」でした。彼は、今しがた耳にした彼女の言葉…黄金…に、魅かれたのです。彼は、決して今までそれ自体を欲したことはありません。未知への探究心が収まることを望んだのです。

 彼は、その鋭敏な知性でもって、彼女の言う言葉を理解しました。理解しすぎるほど彼にはわかりました。彼女の言うとおり、彼と十四人は盗賊であり、この街から財宝を盗み出そうとしていたことは違いなかったのです。彼は、この街の黄金が人の手に渡ることを拒みました。誰のものにもなってほしくないと思いました。こうしたことを、彼は初めて感じて、まるで心の芯柱が、鼠にかりこりと齧られてゆくようでした。今、彼の心には、テオルドを探し出すよりももっと重要な案件が浮かんでいました。

 どのようにして盗賊どもから黄金を奪い返すか…そのことだけが頭に響いていました。

 イアリオは、二人組がいなくなりほっと息を吐き出しました。しかし、彼らと言葉を交わしたピロットが心配でした。進み出て、何か話しかけようとすると、彼は歩き出してしまいました。彼女は慌ててあとをついていきました。

 そして、先の事件の現場へと到着しました。崩れ落ちた瓦礫の上に下に、無残に散らばった骨が幾重にも積み重なっていました。少女はまったく気分が悪くなりました。けれど、前のように言いようのない恐怖に巻き込まれた気持ちではありませんでした。骨は彼女の足元に散って、目の虚空を静かにこちらに向けていますが、それらはあくまで骨で、過去の遺物なのでした。

 ただ、どのような事情がこのような死骸を大量に生ませてしまったのか、それを推測しようとしただけで、またあの暗黒が翻りそうでした。彼女は首を振りました。

 ピロットは骨の上に屈み、何か探すような動きをしました。彼女はその時、やっと自分の本来の目的を思い出しました。そうだった、私はテオルドの消息を探しにここへ来たのだった!彼女も彼を真似て骨の群の中に足跡を探そうとしました。しかしまだそのために火はつけられませんでした。あの二人組の盗賊が、近くにいることが考えられたためです。彼女はピロットに一声掛けようと近づきました。しかし、何だか彼はテオルドの足跡とは別の物を探す手つきでした。

「やっぱりないか…」

 彼はぼそりと呟きました。彼と仲間たちは、この土蔵の中にもしかしたら財宝がしこたま貯えられているのではと信じたのです。それで、わざわざ槌でもって壁を打ち壊したのです。しかし、出てきたのは、何度見てもただの石と化した人間の骨ばかりでした。彼は残念な気持ちになって、さてどうしようかと首を振りました。彼は黄金を見たいと思いました。もし、大量にそれがこの街にあったなら、盗賊たちがすでに盗んだとしてもまだ彼らが奪い切れていないものがあるのではないか、と考えました。もしそうなら、探してみてもいい。だが、それなら盗賊のことはどうしたらいいのか…?

 彼は、背後に誰か人がいることに鋭く気がつきました。針のような視線を彼はその相手に送りました。そして、相手が誰だか知って、彼の目つきはするっと変わってしまいました。

「なんだ、お前か」

 彼は冷たい口調で言いましたが、目は穏やかでした。

「何しに来たんだよ」

 ああ、聞くまでもないことだった…と、彼は思いました。イアリオは彼の隣に立ち、彼と一緒に無数の人骨の山を見つめました。

「あんたと一緒よ。テオルドを探しにね」

 …ピロットは、はっとした顔つきになって、一瞬、非常に頭が混乱しました。イアリオの言葉によって呼び起こされたのは、彼の元の目的でした。

「こんなところにテオルドはいないよ。別の場所を探しに行こう」

 彼女は松明を使わず暗闇の中を歩き出しました。さっきの盗賊が近くにいるなら、テオルド探しもまた今はできないと考えました。彼女はまた、盗賊についてはとても自分たちの力だけで解決は望めないと思いました。相手はいかにも世界中を渡り歩いた、落ち着きと自信に満ちた風格を醸していました。子供がかかって対等に闘えるものではありません。(テラ・ト・ガルの誓いは破られてしまうといえ)彼女は思いました。(これは一刻の猶予を争われるはず。テオルドのこともある。とても私たちの手に負えないわ)

 彼女は一度地上に出ることをピロットに提案しました。彼はこれを呑みました。表に出ると、それまで澱んだ空気ばかりを吸っていた感覚が、急に爽やかに晴れ渡っていきました。イアリオは深呼吸しました。そして、今しがた出くわした新たな問題を、しかめっ面して考え出しました。

「ピロット、私はこう思うわ、これはもう、私たちの手に負えないって。テオルドのことも、盗賊のことも、あの誓いは大事だけれど、私はもう、誰かの力を借りなければならないと思う。だって、もしまだテオルドが地下に取り残されていたら、もしかしたら、あの盗賊たちにまた出会っちゃうかもしれないでしょう?彼らは敵だよ、私たちの町に侵入してきたの、退治しなきゃならない。でも私たちには力がないわ…」

 しかし、彼は反論しました。

「俺たちだけでなんとかしよう。あんな盗賊どもに、好き勝手に俺たちの街を自由に歩き回られていたんだぜ?しかも俺たちの探した、黄金をもう奴等は持っているって話だ!これが放っておけるか、誰かに討伐を頼む?悔しくないか?俺は、イアリオ、テオルドのことも面倒みるぜ。あいつだって俺たちの仲間さ、俺の言うことを、理解するはずさ。みんなそうだろ、十五人の仲間たちが、頭つき合わせて何か考えてみろよ、きっといいアイデアが浮かぶはずだろ。テオルドも、盗賊も、俺たちでなんとかしよう」

 彼は渇いた口から唾を飛ばしながら、彼女に訴えました。だが、ここに来てイアリオは猛烈な疲労感にひざを崩しました。

「…え?どうした!」

 ピロットは慌てて彼女の側に来ました。イアリオは虚ろな目で彼を見上げました。ぼんやりと見えた彼の顔面の輪郭が、彼女を和ませました。この瞬間、彼女ははっきりと、自分はこの男の子が好きなのだと思いました。熱っぽい想いで彼を見つめると、その視線に耐え切れなかったのか、すぐに彼は目を逸らしました。風が吹き、疲れた体を、湿った布巾で拭うように心地よく涼ませました。

「大分疲れちゃった。まったく、どうしてこうなっちゃったんだろうね…」

 彼女は自分や自分たちの行いの反省や悔悟も含んで言いました。でも、気分は嬉しさに偏り、これから臨むべき課題にその瞬間は少しも脅威を感じませんでした。

「あんたが、こんな風に誰かを心配するなんて思いもしなかったよ?ねえ、ピロット?」

 イアリオは口を滑らせました。ピロットは慌てて立ち上がり、地面を蹴って、今の行動をすばやく反省しました。

「でも、あんたの言ってることは尤もだと思う。私もそう願いたいよ。みんなでなんとかできたらね。でも事態は一刻を争っている。そうは思わない?テオルドがもし…何も食べずにあの街をさまよっているのだとしたら、私は我慢できない。あいつを何とかして助けなきゃ嫌だよ。それに、盗賊だって…あいつらは危険だ。私たちの町に、はっきり宣戦布告してきたでしょ!私にはいいアイデアなんて思い浮かばないよ。知らせることが一番だ。一度に二つも解決なんて…できない」

 最後の方は、もう本当に泣き出しそうになって、彼女は言いました。ピロットはじっと黙って聞いていましたが、そんな彼女の顔を見ていて、ぱっと何かが閃きました。

「俺は反対だ」

「どうして?」

「これは俺たちの問題だろ。俺たちの街で、あいつらは問題を起こしているんだからさ!俺たちでなんとかしなきゃならない。そうじゃないか」

 彼はふんっと鼻を鳴らしました。

「俺がもう一度中に入って、きっとテオルドの奴を探し出す。一日だけ待ってくれないか?盗賊たちに対しても、俺はいい作戦が浮かんだぜ?こっちもうまくいくはずだ。それにさ、事がばれたら、俺たち、ただじゃ済まないかもしれないぞ?吊るし上げくらって、何日も飯抜きされて、いいことなんて何一つない。ばれないようにやらなきゃならない。ラベルも言っていたじゃないか、慎重に、慎重にって!」

 イアリオは薄ら寒い気持ちになりました。彼女はもう、事は公に晒して自分たちは審判されなければならないと思っていました。でも、彼女は彼の言うことを信じることにしました。一応期限は付いていたのです。彼の口からはっきりと、一日だけだと。

 二人は別れました。彼女は、確かに彼と一日だけ待つと約束しました。待ち合わせの場所も決めて、テオルドは、きっとそこへ連れて行くと。しかし、彼女は決して彼の力を信じていたわけではありません。今でも不安や恐れの念が強いのです。彼にだってこれ以上不測の事態が訪れるかもしれません。なにしろ、舞台はあの猛烈な闇の中なのですから。

 それでも彼を行かせたのは、彼のことが、好きだとわかったからです。どうあってもピロットは彼女の言うことなど聞かず飛び出したはずでした。そうでなければ彼ではなかったからです。ですからイアリオは、たった一日だけですが、彼に任せることにしました。

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