表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅の町  作者: keisenyo
第二部 後
21/21

第20章 夢の中 後編

 一つ、このお話を読む時に、気をつけねばならないことがあります。それは、なにより主人公であるルイーズ=イアリオという女性が、今物語の主体となっているのですが、勿論彼女以外の人物も各々が意志を持っているということです。一人の人間の視線を借りて、お話は動くのですが、その他大勢の人々もまた、同時にその時動いているのです。

 彼女の夢とてそうでした。夢として、見る時に、彼女は複数の人間に入り込むことができて、しかとあった過去において、自分のみではない視点を獲得しながら、彼女はこの夢を見続けていましたが、それとて実際気づかないことは色々とあったのでした。彼女は、過去の自分自身であるアラルになりながら、その恋人ヴォーゼの心理も獲得しながら、この夢の世界を歩んでいました。そう、自分自身が過去の自分に気づかなかった心、本当の感覚に開かれなかったように、彼女は恋人の心理のすべてにその時開かれていたのではないのです。

 彼女は、自分の恋人の心が自分を襲おうとしていたことに気づきませんでした。ですが、彼女の身体は、言い知れぬ怒りにほだされ、暴れるように市外へと繰り出していきました。それは、なぜか。ついぞこの夢の中でもそれは明らかにされないことでした。しかし、たくさんのヒントが夢には、いいえ、しかとあったはずの過去には、隠れていました。最も重要な手がかりはその夢の大きな転換に、彼女の死に、残されていました。

 つまり夢は、それで終わりではありませんでした。長いお話はまだ続きました。くぐつは動きました。オグに呑まれたあとの、それが誰だか分からなくなったような、自己を滅した者の体は。その体はテオルドのように、溶かされて舐め尽くされて、新たに土で捏ねられました。その体は誰のものか。いいえ、最初から、エスピリオ=アラルという人間の本質はどこにあったか。当然、恋愛にほだされた人間の体は、元来の動きをせずにおかしな行動を取ることが往々にあります。彼女にとってそのおかしな動きはどこからどこまでがそうだったか。アラルはその行いの到達地にオグの棲家を選びました。否、選ばずにいられなかった。

 そしてその身体は新しい姿を借りてなお人間におもねろうとしました。魔物は人間の欲望からできていて、その欲望を後押しするために、存在するのです。その体は町に戻りました。誰にも知られず、暗闇の内に。

 その体は戻るや否や一組の男女の子供を殺しました。町は騒ぎ立ちました。子供の死体は、縄で喉を絞められていて、かつ短刀でずたずたに腹を切り裂かれていたのです。この犯行を見て、人々はただ一人の容疑者を思い起こせませんでした。彼らは、子供の親と、もう一組のカップルのひどい性交渉のあらましをよく知っていました。商慣習を大事にする町文化において、それはあまりに不謹慎な体たらくでした。町は外に開かれており、襟を正し、信頼に応え、節制も十分であることがここでは求められていたのです。彼らは強く淫らに耽る男女四人に節度を頼みましたが、二組の男女はまったく言うことを聞きませんでした。

 四人は淫蕩たる儀式をお互いの家で行い、そこに他人を呼ぶこともありました。人を呼び、行為に耽る自分たちを見てもらうのです。また大声で騒ぎ、最中の色声も隠さず盛大に上げました。しかし、厳しい慣習に則ろうとする町政に真っ向から反抗するような、あたかも檻を破る行為を試みる者も、そこまでのことはしなかったでしょう。それは、彼らが自由の謳歌だったかもしれません。でも、それを見る子供の目があったのでした。その子供には、さながら地獄のような苦痛しかない光景でした。自分の親が他者と交わり、自分に、その享楽を見せつける光景は。

 その子が生まれ変わったアラルの手で殺されたのです。いいえ、アラルと呼ぶべきか、暗闇から放たれた魔物によると言うべきか。彼女が殺したのはこのうちただ一人でした。ですがそのうち、殺害された子供の親の女性が、別の町の人間に殺されました。その犯人は子供の親と不道徳な付き合いのある、もう一組のカップルの女性だとわかりました。

 そしてさらに、その復讐なのか、子供の親の男性が、彼の妻を殺した女性ではなく、そのカップルの男を殺しました。

 立て続く殺人に人々は色めき立ちました。ついには人々は、子供の親の男性と、もう一組のカップルの女を、処刑することに決めました。そして、町から淫らな声が消え、あるべき町の姿が、取り戻されたのです。…

 四人は町の倉庫番でした。管理人などではなく、下働きの者でした。そして、彼らを管理する蔵の持ち主は町外にいました。としても、四人ともこの町で生まれ育った者で、各々が出自も丁稚奉公の働き手でした。四人はその業種ゆえ物流の方法も心得ていました。町の外へ出て行くことも度々あったのです。そして、町の外の文化にたくさん触れてきました。しかし、それなら他の町人も同じことで、商人たちは皆他の世界のことを知っていて、ために商習慣というものがしっかりしているほど信頼が得られやすく、己の商売にプラスになることを重く承知していました。出し抜き、騙し合い、そうしたことが自分の人生を翻弄し狂わせることも勿論受け入れていましたが、彼らは町ぐるみでそうした不正に対抗しようとしました。

 これは町の歴史としてこの場に入植してきた者たちが、いかに元の国よりも優れた都づくりを志してきたかに反映されることでした。彼らの元の国よりも厳密な制度を敷き、その上でたわみを、緩みをつくることによって、人選と発展を両立しようとしたのです。彼らは頭のいい人間でした。思惑通りにエスタリアは育ち、しばらくなかったはずの小競り合い相当のいくさがちらほらと近隣に生じてきた他は、その成長を阻むものはないものと思われました。

 しかし、乱世は乱世を呼ぶのでしょうか。いつか海の方も荒れ始め、彼らは海賊に目を付けられることとなります。それでも海の荒くれ者たちは、その町ではなく、その町から南方の港を獲得しようと画策したのでしたが。このままではいけないという意志は、それでも彼らの中に宿りませんでした。…アラルの殺人によって動揺した四人は、まったく町はこのままであることに耽溺した人々でした。その苦渋の安心感から、彼らは束縛を好まぬ儀式を繰り広げたのです。

 それは甘えでした。町に対しての。迷惑をかけるとは、甘えることなのです。彼らの動揺はその甘えの終焉を意味しました。なぜなら大人たる四人は殺されたその子供に、多重に甘えていたからです。

 とはいえ彼らは、町に港からの避難民が押し寄せている時に、その淫らな儀式は抑えていました。本業で忙しくなり、その暇もなかったといえるでしょう。物流は活発になり、反撃の鬨を町は待ったのです。子供も手伝いに借り出されました。ある時その子はいくさから帰ってきたばかりのアラルと出会いました。彼女はくたくたに疲れていました。

 町の人々は彼女をよく知っていました。美人だし、何より男装の麗人としての人気は彼女が戦場に行くよりも前からずっと高くありました。彼女が港町の喧嘩などに手を出して、顔を傷だらけにしてもその魅力はまったく減るどころかむしろ増しました。そしてアラルが海賊共との命の獲り合いに赴き、敵の首を獲り生還すると、まさに彼女には戦神が憑いているなどと思う人々もいました。だからアラルが町を出て行き数々の戦地へと行っても、彼女は死なないだろうと不思議にも町の人々は思えました。

 彼らはアラルとヴォーゼの特別な関係に気がついていました。といってもそれは親友以上のものだとは知りませんでしたが、人々は無駄に彼女を褒めそやさず、アラルのことはヴォーゼになるべく任せ、二人から距離を取ってきました。ヴォーゼもまた人々にとって特別な存在で、彼女を嫌う人間はいなかったのです。

 アラルに殺されることになるその子供にとっても二人の存在は際立っていました。彼は彼女を目で追いました。そして憧れました。まさかその時から彼女が自分を注視し、観察していたなどとは思いもせずに。アラルはその子供をよく知っていたのです。その名も、ギルだと知っていました。ギルは、周りの子供たちから浮いた雰囲気を持っていました。なにやら聡明な顔立ちをしていて、いかにも頭が良く、物事を見聞きし知っているように見えました。成りは多少みすぼらしくとも、自己を持ち、噂に流されない強い意志を感じました。それは彼が親に頼れないから、自分でものを考える習慣を持ち、自己の振る舞いをどうすべきか日頃考えている態度に浮かび上がるものでした。彼女はかたくなな正義を彼に感じました。彼は醜いものを見ているなと思いました。彼の両親は噂に流れ、そのふしだらな生活は彼女の耳に届いていました。

 しかし、彼女は彼に何も言いませんでした。いいえ、彼女はそのような視線を、町の方々に送っており、特に、自分自身を愛せない人間に目を奪われてきました。それが自分のようだったからです。ヴォーゼに愛されていながらも、彼女は己を愛せないことに辛いものを感じていました。だから、たとえ自分と同じものを抱えているように見られたとしても、その人間に、一言も声を掛けることはできなかったのです。

 彼女は凱旋しエスタリアに戻ってきた時に、恋人よりも前に、その子に出会いました。その子はお使いの最中でした。その子は

 恋人よりも前にアラルを介抱しました。疲れ切った彼女の腕に、冷たい布をあてがい、水を汲みました。アラルは峠道から離れた河原沿いに、なげやりな体を運んでいました。恋人を守ることができるほどに強くなるために町を飛び出したはずが、その肉体は、何かに切り刻まれることを好んで戦場を駆けずり回ったのです。その激しい目的も知らない修業に、やっと区切りがついて帰ってくることができたとしても、その区切りとはこれ以上体は動かないと自覚した冷静さが、やっと言い知れぬ怒りに及んだためでした。


 ギルの生まれ変わりが、あのピロットとなることを、イアリオはこの夢を見終わった後も知りません。


 彼女は見知った彼に思いがけなく世話を焼かれました。というのも、彼女はふらふらとしながら歩き、定まらない視線を地面に落としていたのです。体が故郷を目指しました。それでも何ら喜びはありませんでした。何がためにふるさとへ戻るのか、この時に彼女はわからなかったのです。これ以上に修業は続けられないということだけが理解したことで。ぼんやりとした目線にいくらか前よりも背を伸ばした彼が飛び込んできました。自分と同じように己を愛していないように見えたその少年に、彼女はしな垂れかかりました。

 彼は水汲みと薬草を摂りに河原に下りてきていました。酒と性欲に耽溺した彼の両親と知り合いは無意味な怪我も多くしました。彼らには金がなく、持てる知識でその少年がなんとか彼らを支えようとしました。その折でした。びっくりしたギルは慌てて彼女を介抱し、その技でなんとか帰ったばかりの戦士を癒しました。

 世話されたアラルは礼を言い、少年と別れました。それだけでした。何も彼女から彼に質問せず、彼の深い憂いなり情熱なりを、聞き取ったわけではありません。それにもかかわらず、彼女は自分にないものを彼から感じ取りました。それは自分以上に現実を受け入れ、その中で生きていこうとする、強く弱々しい矛盾した姿勢でした。彼の矛盾は彼女には耐えられないものに感じました。道理で彼女は女として同性を愛する自分に耐えられないものを感じていたのです。そう彼女は感じていました。そう彼女は自分を思っていました。


 彼を殺したのは完全な彼女だったとはいえません。それは生まれ変わりの彼女の体で、オグに支配された影でしたから。それでもオグは、人の欲望に忠実に応える自らの方針を、土塊から蘇らせたその身体に及ぼしました。オグは、その身体にある一つの欲望に目を付けました。それは彼女の修業の目的でした。なぜ彼女は自らを傷つけねばならなかったか。誰かを攻撃し、命のやり取りまでしなければならなかったのか。アラルは恋人から愛を勝ち得たかったのです。つまり、すなわち、アラルは、ヴォーゼからその愛を勝ち切れていなかったのです。そこに安心がなかったのです。なぜならヴォーゼは自分の愛を自分の下に留めていましたから。

 その愛を誰かに渡し切ることなど人間にできるでしょうか?そして、愛が自分に及ぶことを、はっきりと認識している人間はどれだけいるでしょうか?それができる人間は、真に強い人なのですが、大抵、人間とは弱いもので。そこに哀しみが生まれます。悩みが生まれます。修業が生まれます。そして、共感が生まれます。哀れみが。情けなさが。同情が。巨大な笑いが。

 アラルはそうした置き土産を町に渡しました。彼女はその渡し手に彼を選びました。それは彼がその愛を誰にも渡し切ることが、できなかったからです。彼は、自分の両親の、この子がいなかったらという気持ちを知っていました。それと、もう一組の男女の、自分たちの相手に子がなかったらという気持ちを、知っていました。そうしたら、もっと自由に、遊び合うことができたのに。騒々しくてふしだらな行いは、むしろ、何か音楽ができるほど、美しく神々しくなったのに。自分にとってもいらないものは、彼らにとってもいらないはずだから。彼らは互いの行為を子供に見せ合って、そんなことに想像をきたしたのです。

 彼がいるから、何か決定的な束縛を、錠前を、自分たちに掛けられているのだと彼らは感じていました。そのとおりでした。彼らの行為は、町に掛けられた錠前とは違い、自分たちで自分たち自身に掛ける、世間と彼らを切り離す扉に掛けられた鍵なのです。ここでしか創り合わぬことを明言した儀式なのです。

 彼の憤激はそこにありました。彼は、世間と創り合わぬ両親とその相手方の、行く末を黒く塗り潰されたものに思いました。しかしそれは彼の勘違いでした。人は世界と創り合わぬことなどないのです。健全な所には淫らなものが潜むのです。正義は破壊を目指すのです。正義は一方的な洪水の流れにしかなりはしないものなのです。

 彼こそ、ギルこそ世界と創り合う自分を知らなかった。彼の将来は無限だということを知らなすぎた。彼女のように。

 悪は、その間隙を知っていました。悪は、正しくないことばかりをするとはかぎりませんでした。壊されたものはいつのまにか再生されるのではなく、再生を目指して、人もものも生きていくのです。


 真っ白い、神聖な光を浴びて、彼女の身体は魔物と一つになりました。その時に彼女は過去の自分と合体したと言ってもいいでしょう。そう、その中に詰められた人間の罪悪の意識は、人から離れてしまったものであれ、世界と創り合うことを絶対にやめることはできないものなのです。そして、絶対に、この世からいなくなることも、できない。

 しかし、生まれ変わった彼女の体は、現世のテオルドのように、その町の人間としての自我を持ちませんでした。ただ、強い願望を持ちました。私が代わりに人の叶え難い密やかな願望を叶えてやるのだと。

 という、密やかな願望を、アラルではなく、オグでもなく、かの町に生まれた女性は持ちました。名を、ハルタ=ヴォーゼといいました。それは何も近くに在る言い知れぬ魔物に唆された願望ではなく、元から持っていたものでした。彼女は長い間狭い部屋の中で暮らしました。彼女は実に両親に愛されていたのです。

 彼女は様々な人間の話を聞きました。それは主に年頃の子供たちの話でしたが、彼女の家には、色んな種の人間の足音が巡っていました。それを、ヴォーゼは聞き逃すことなく耳に入れていたのです。彼女の特殊能力は、その記憶と、分析の凄さでした。彼女は家にいながら町の、そして町の周囲の、あるいは世界を、見届けるほどの壮大な注意力と構成力とを所持していました。ヴォーゼは人の聞き役でした。アラル以上に、人間の秘密の心を知っていたのです。

 そして、彼女は自分と世界との橋渡しに、まるで恋人の()()()アラルを選びました。彼女は自分に恋心を抱く同世代の少女を家に引き入れ、好きなようにしました。そう、アラルは、まるで彼女の望むように成長しました。中性的な顔を持つアラルは、恋人にその筋肉を披露するほど、男性に近く肉体を鍛え上げました。その時のアラルに憂いはなく、まだその恋人との未来は開けていました。

 しかし、ヴォーゼはアラルにそれ以外のことを望みませんでした。自分自身を憂うことのない彼女は、アラルのように自由になりたいと思いつつも、そのアラルが自由であれば、己も決して鍵掛けの扉の内側に籠もってはいなかったのです。いつか、ピロットのような魅力的な顔立ちの彼女が、言い知れぬ怒りにほだされるまでは!

 そう、彼女は、あの時、自分の父親が炎に包まれた船で港に向かってきた時に、巨大な怒りに包まれました。それは復讐に燃えたというより、危機を覚えたからでした。自らの恋の行方に。

 彼女は剣を取りました。人を殺すための訓練を受けました。彼女は三つの命を初めての戦場で奪いました。ところがその危機感は減じなかったのです。なぜならば、自分が強くなることは、別にあの人の望みではないから。あの人の望みが叶うことが、あの人の、望みだから。

 このような恋愛体験を、一般的に味わうものかどうか、分かりません。ただ、相互に想い合うことが、敵わない恋愛は無数にあるでしょう。ただ人といることが望みだというものではない、恋愛は。


 もし、人の隠された想いが弾けて、叶われるものに、なったとすれば。己に憂いのない女は、それを、望みました。望んだといっても、激しくそれを実現したかったのではなく、心にある一つの願いとして、それを持ち続けました。幼い時から。人々の話を聞き出した時から。

 そう、オグは、そんな人間の隠れてきた想いを、実現させてきた魔物でした。いいえ、そんな想いが、思いがけなく、実現してきてしまった者たちの、憂いの音楽でした。彼は、仲間を望みました。自分たちのように、闇に突き落とされてきた人の仲間を。彼は自分と似た感覚を持つ人間の想いを実現してあげようとしました。すなわち

 その願望の皆を。願いが叶うとは。叶えられ実現し満足すること。すなわち、ようやく成長を手放すこと。願いが叶うまでが約束された成長だということ。欲される願いが費える時、欲されし欲望だけが成長し、その他は何も他者と創り合わない。それこそ人の悪。彼は人の想いを叶えました。彼女に人を寄越しました。魅力的な人物を。

 アラルはそのように寄越された一人の人間でした。ゆえに二人の恋愛は成長しませんでした。確かにアラルは女性同士が結婚できない現状を儚み、それがいかなる外敵も駆除すべきという排他的な怒りに結び付けていましたが、そこにはあまり難しくもない矛盾が存在しました。彼女はただ恋人と同じ方向を向いていないことを感じ続けていました。いえ、恋人が何を望んできたか彼女には判っていました。

 恋人は万物を愛していました。恋人は万人が自分の想いを叶えられたらいいのにと考えていました。それはたった一人の人間に対しても思うことができることでした。恋人は自分にそうしたことを

 望みませんでした。アラルの本当の想いを、本当の願いを、ヴォーゼは聴くことがありませんでした。しかし

 このような別れは一般的でした。恋人同士が離れ離れになる時に、連れ添った伴侶が婚姻を解消する時に。

 ヴォーゼはそれを望みませんでした。真に自分自身を愛してくれる存在が傍にいることを。そう、ヴォーゼは、最初から満たされていたのです。だから、彼女の心にははじめから自分の願望などなかったのでした。いいえ、言葉を変えましょう。人間の望みとは、軽いものではなく、叶えられればそれで(つい)えるものではなく、この世に降りてきた自分自身を感得することなのです。自分を愛する存在がいたことに気づく悦びは。自分と世界を祝福することとなる。親から、兄弟から、契り合った者から、受けられたその愛は、彼自身を全て肯定することとなる。

 世界に自分が生まれてきたことこそ自分の望みだと知ることになる。

 ヴォーゼはそれが判りませんでした。アラルにそのような愛を向けられたとしても。

 誰かに迷惑を、かけるとは。その人に、甘えること。多くの人は、自分の願望が叶われたことを自分の存在証明のように思います。彼は、一人では生まれてきていないのに。彼は、一人ではその願望も叶わっていないのに。その願望は、たとえ宿敵を滅するようなものでも。その宿敵がいなければ生まれない。創り合う世界に孤独を生み出すものこそ、人の未熟な「望み」でした。

 ヴォーゼはそんな「望み」を抱きましたが、それは人の不満や自分以外の心からではない願望をたくさん聴いてきたからでもありました。皆本当の望みを言ってはいなかったのです。彼女のサロンにて、吐き出すのは、どうでもいい四方山話が大抵でした。しかし、それが大事でした。大したことのない話こそ、人間は誰かに聞いて欲しいのです。おしゃべりが不満の解消となるのです。つまり、彼女が人の話を聴くこと自体、人々が彼女に望むことで、それで彼らの或る願望が叶えられたのです。

 彼女は人々にとって大事な存在でした。大分人々は彼女に甘えました。しかし少なからずヴォーゼにとってはそれは迷惑なことでした。ですが彼女にはアラルというパートナーがいました。ヴォーゼはアラルに甘えました。アラルはヴォーゼを愛そうとしました。

 アラルはヴォーゼに欠けているものを見つけていました。何か、つぶらな黄金が、浮かんで見えていました。相手のものにできない、相手のもの。物語が、広がるもの。彼女から、拡大していく彼女自身の未来が。それは彼女がアラルを愛する時に、二人が一つになって、広がるもののようでした。ですが、それを阻むものがありました。それは決して、エスタリアの町の事情ではありませんでした。同性の結婚を拒むしきたりではありませんでした。幾多の悪が、犯してきたもの。彼女自身に取り憑いた、悪魔が澱んだもの。創り合うとは、過去から未来を創造すること。その創造を否定したもの。

 それがヴォーゼにあることを、アラルは見つけていました。そして剣を揮う時言い知れぬ怒りに駆られたのは

 大昔の自分の悪がそこにあることにどこか気づいていたから。彼女たちの傍にオグはいました。オグは、自分の仲間を増やそうとしていました。ですがそれがオグの意志とは言えなかった。彼女たちの、自ら、自分から離したその一部を、人は、生まれ直してでも再び自分のものにしようとします。それが真実の望みだから。

 別にエアロスとイピリスという神がいるから、再生と破壊が繰り返されるのではなく、壊されたものは、元に戻ろうと欲します。それは醜い破壊が思わぬ出来事から起きたからに他なりません。悪は望まれて生じるのではなく、後から、それは悪だったと気づかれるのです。

 エスタリア。それは敢えて悪を遠ざけようとした町を造ろうとしてきたかもしれません。亡びし海賊と戦士たちの都のありのままを見て人の悪に恐れ慄いた人々のように。ですが彼らは人の悪が一体何だったのか、不思議に思うばかりの人でした。それこそ原初からあるものだということを、判らず、否定や禁止で計ったのです。それは普通の人々が選択する反応であり、何も特別なことではなく、むしろ、悪を従えて積極的に活用する者ほど特別な地位に上り詰めることもあるものです。その人間はいつまでも安定した地位にいられず、悪に悪を重ねるのが常ですが。

 そして、権力ある者にはオグは取り憑きませんでした。なぜならそうした人間にはおのずと人の影が取り憑くからです。勝手に動かされ、どこに自分の意志があるか分からず、歴史と自分を同一視し、偉大な振舞いをするようになる人間には、悪など不要で、偽善がもといその人物を満たすようになるのです。つまりいかなる行為もその人にとっては正義となる。オグは弱い者に取り憑きました。絶望がその道にある人間に、彼は自らを背負わせて甘えたのでした。言い換えれば弱い人間にしかそれは取り憑けなかった。そして

 弱い人間にはその弱さと引き換える強さがある。強き神も辿ることのできぬ創造という道のりを、思わぬ創造をしてしまった後の、悔やみを、新しい創造へとつなげる強さが。オグは

 その背中にしか乗れなかったのです。ただただ強き者に、それは身を預け悪を犯させることは、できませんでした。


 一本の刃物は、傷つけることができるでしょう。縄は、締め上げることができます。どうして人が人を傷つける行いが現れてきたのでしょうか。それはいつか兄弟の父からの愛を奪い合う心持ちから広がっていったのでしょうか。アラルの仕業はそれとはまったく違っていました。彼女は一つの強い願いを持っていました。私が代わりに人の叶え難い密やかな願望を叶えてやるのだと。もし、そのギルという少年を殺すことを誰かが望んだとすれば、それはその両親でした。その両親の宴のパートナーであるカップルでした。それはとても密やかな願望でした。叶えてはならない、禁忌でした。その禁忌があるからこそ四人は痴態を繰り広げられたのです。彼らは本当はそんなことは考えていませんでした。自分たちを、見て欲しいのです。繰り返し、くだらない行為をしてしまう自分たちを。彼らは何かに繋ぎ止められていました。彼らは欲望を封印されたカップルでした。何も町や自分たちに望みを持たない人々でした。

 エスタリアは確かに成長していました。堅実な商売を経て、周りから信頼を獲得してきました。そこが滅びると大変な数の人々が困りました。町人たちは賢く振舞い、町の理念に資しました。町人と、町は、一体となり活躍していたのです。ですが必ずしもそんな人間ばかりがやはり生まれては来ないものです。大きな社会や、身近な人々とさえ、つながりを持てない者たちが、どこの時代にも生まれてくるものでした。彼らはそうした者たちの典型でした。究極の狭い社会に身を埋もれさせて生きていこうとする人間でした。欲求を持てないという苦しみがありました。夢を見出せないという苦痛が存在しました。

 しかしそれも人間でした。だから人はこの世に生まれ降りてくるのです。あくまで人として、人間として。彼らもまた人と人との間に生きていました。彼らは己の痴態にどんな意味があるか理解はしていたのです。夢のない、希望のない人間の生き方を、誰かに見てもらいたかったのです。それは誰かに見てもらえ、あるいは、彼らの子供に見てもらえました。自分自身の情けなさを、弱みを、自分よりも弱いと思われる、または決して自分を傷つけまいと思われる、子供に、見せ付けるようなことをする大人はいつもいます。どんな時代にも、どんな場所にも。

 いかなる感情がその子に襲うか知らずとも。そうした悪を、オグは、知っています。その悪と同化したアラルは、かつて自分がその悪を行っていたことを分かりました。いいえ、その悪と、同化する少し前に。

 その悪と同化した彼女はその子供を殺しました。かつて、彼女はその子供にこそ殺されました。自分が、自分だけの理想郷に行くために。

 もし、アラルが、いいえアラルの前世のキャロセルが、サルバを、彼女の弟を、手ずから殺したとすれば。あらゆるものが瓦解して、彼女こそ、自分自身を殺さざるをえなくなったでしょう。ですが彼女を殺した後、弟は、自殺しました。どうして人が人を傷つける行いが現れてきたのでしょうか。それはいつか兄弟の父からの愛を奪い合う心持ちから広がっていったのでしょうか。彼女は自分の強い願いを知っていました。それは己の悪が何をしたか知っているから。そしてその道筋を覚えているから。

 あらゆる悪がそれを知っているから。己の道筋を悉く覚えているから。

 その手は震えました。いいえ、その手は震えませんでした。なぜなら人殺しは魂を深く縦に掘ることだからです。自分の、相手の、闇と深みを互いにつなげ、等しく、愚かしい物事に賛辞と拍手を送るために。繰り返し悪はそうしてきました。だから

 それがよくわかったのです。震えることも、震えぬことも。

 母親はその子供が殺され自分の苦しみが誰からも理解されぬと思いました。彼女は自分の子供にこそ自分の苦悩が伝わり慰撫されると思っていました。それは単純に子供に打ち明ける行いを通じて為されず、それは反道徳的な行いを通じて彼を傷つけることで為されました。彼女は自分が彼と一心同体のように思いました。だから彼のことをいらないと言い、いらないと言うことで、かりそめの慰めを得ていたのです。それは恋人にも使われうる言葉でした。いらないと言い、そして依存する。

 彼女の「いらない」と言った言葉は本当になりました。その瞬間、彼女は自分自身も「いらなく」なりました。なぜならその子と身一つだったからです。

 その母親は不純交友をしていたカップルの女性にこの後に殺害されることになります。その女性もまたギルに依存していました。彼女はペドの傾向がありました。可愛い少年を愛し、性的な欲求不満を抱えていました。その罪こそ過去に犯し、彼女は年齢的に世間一般の常識をクリアする男性をパートナーにしえて、なんとかあぶれ出す衝動を抑えられましたが、さらに倒錯したエロスに行き着き、そこで出会った少年に「見せつける」ことで複雑な快感を手にすることができました。しかし彼女の心の構造も単純で、自分より弱いものに頼りたがる意思があるだけでした。ひ弱さを持つ彼女はとても女性らしく、思わず庇護を買ってしまう異性がいるほど幼性のある艶やかさを醸していましたが、彼女は男性らしい男性を好まず、筋肉が多かったり権威的だったりするだけで、自分が傷つけられそうで距離を置きました。彼女のパートナーも相手方の旦那もその意味では男らしさを持たず、彼女が安心して付き合える人々でしたが、ギル少年はもっと彼女の好みでした。その少年が突然目の前からいなくなりました。

 彼女は心理的に彼の母親よりもっと彼に依存していたかもしれません。彼女が彼をいらないと言う時、強烈に彼を欲しがる感情を隠しませんでした。だから彼が無残な死に様を目の前に晒した時、彼女は、猛烈な殺意を誰かに向けねばならなくなりました。いいえ、彼女は自分より弱い人間を探していました。自分より弱くて賢い、自分を癒して慰めてもらえる者を。

 そんな人間はいませんでした。結局はいなくなりました。いいえ、いなくなることを余儀なくされた運命でした。なぜなら彼らは彼にこそ殺されてもいいと考えたためでした。その上での「彼はいらない」宣言でしたから。まったく同じことをアラルの前世はしていました。彼女は弟のことを「いらない」と言わなければならない立場でした。そう言わなければ、彼と、秘密の関係を続けることはできなかったから。そう、

 自らを殺させることで、自分は、その人の傍に永遠にいられるから。その身も、心も、苦痛も、すべて。

 そのわがままをアラルは知っていました。彼女はヴォーゼにそのような想いで自分を見られていることを知っていました。ヴォーゼはどこか彼女自身が人形のように空虚だと感じていました。彼女の身の上は親に握られていますし、町の発展に寄与しなければならない立場で将来を約束されなければなりませんでしたから。彼女は、自分の思想も思いやりも本当は自分のものではなく思いました。それは思春期のただの思い悩みによくある混乱でしたが、アラルといると、にわかに自己像が崩れ、再生されることが起きるのです。知らず知らずに、ヴォーゼはアラルのようになりたいと自分を思うようになりました。それは自分にないものを相手が持っているからというものではなく、自分をもっと理解したい欲求が、自分に向いたからでした。

 アラルはヴォーゼに恋を抱き、できるだけ、彼女の想いに応えようとしました。でもそれは決して相手の欲求ではなく、そう、なぜオグが彼女に取り憑いたか?

 その町に住む人々が、すべて、抱いていたものなのです。エスタリアの町は、拓けて時間が経っています。世代も代わり、周囲の秩序も変わり始めるほどに。我々は、なぜ、こうして町の進化に奉仕するのか。そんなことはおくびにも出さず、彼らは毎日の仕事に自ら資します。そこに満足があって、そこに深い喜びも同居しました。

 世界はそれほど無関心ではなかった。かの町に伸びる手は、彼らに友好的なものだけではなかった。

 社会からのはみ出し者ほどその感覚に鋭敏な人々はいません。性欲に溺れる夜を暮らしてきた四人ほどその違和感にうずもれた者たちはいません。エスタリアの町は、崩壊します。なぜそのようことが起きたのか?それは

 この町が多少なりともそのようなことを望まなければ、起きません。そして

 そのような願いを、ヴォーゼはたくさん聴いてきました。人々の細かな欲。その影にある不満。確かに人々は彼女にその会話を聴かれて満足しました。澱が取れて、健康になりました。しかし人から離れるものがありました。元の持ち主に戻らず、世界を彷徨う悪しき思いがありました。まだ世界は未熟でした。必ずしも生まれてきた人間は完成された人間としてこの世に登場したのではありませんでした。彼らから離れしものは、集合しました。そのような性質が、あるのです。

 ヴォーゼの中に、それは集合しました。そして

 アラルの前世たる、キャロセルという女性の中にも、それは集合しました。

 人間を動かす、邪まなもの。それは幾多あれど比較的ポピュラーなものがその人から離れた意識でした。あるいは、言葉でした。これらのものの一つの結末をアラルは知っていました。自らキャロセルとなって経験していました。悪しき願いはそれを願った本人だけが報われるのではありませんでした。

 弟だけではない、大勢の犠牲が、その願望の結果となりました。

 何も知らないキャロセルにはその弟の霊が取り憑きました。キャロセルは生まれ変わり、あのアラルになってから、弟はその身を翻しました。いえ、言わばキャロセルから放たれた、彼女自身の一部が、彼女自身に取り憑きました。弟こそ彼女の呪いに囚われたならば。

 そしてその呪いが幾多の者たちを離れた人々の叶えられない叶うことのなかった、わがまま、一つ一つが極小である小さな望みだということを、彼女たちは知りません。人の願いを聴き過ぎると人はおかしくなるのです。どれが自分の望みだったか、侵食され、分からなくなるのです。そして

 それはその町にも起こった。あるいは、

 その三百年以上も経った後で、破滅の町にも訪れた。いいえ、

 昔から、現在もなお、それはどこにでも起きた。

 アラルはヴォーゼを愛していました。だから、人が自身に掛けた古き呪いを解き放つために、自分が自分に掛けたものを見つめたのです。そのための殺人、そのためのいくさ、

 そのための帰郷、

 そのための別れ、

 そのための追憶、

 そのための死でした。

 そして彼女は人から離れたものそのものになりました。ヴォーゼに取り憑いたものになりました。彼女がどうしてもやらなければならないことは町の少年を殺すことでした。あの四人の絆を破壊することでした。あの四人こそ、不可解な町の束縛を、真に未来が見えぬことを、感じたためです。

 殺人は深く魂の真上と真下を縦に掘る。そして横のつながり、愛を、感じる時人は平和になる。人を殺すことの意味を、有史以来人は考えてきた。克服するためのすべが、愛にあることもよく分かってきた。赦し、恩赦、そうしたものが必要になることを人は感じてきた。

 改めて彼らはそれを理解するのです。改めて。改めて。いくつ改めれば済むのでしょうか。

 ギルの父親は単純な絶望がその体にのしかかりました。子供が殺され、妻が殺され、その犯人は、カップルのうち誰かだと容易に思いました。儀式は続けられていたのです。性的な儀式が。儀式は続けられていたと思ったのです。儀式の中で子供は死に、我が妻も死んだと感じたのです。加速する何かを子供の父親は感じました。自分も同じことをしなければならないと思いました。そうでなければ追いつけなくなるのです。先に行った者たちに追いつけなくなるのです。

 カップルの男性は遠くに逃げ出そうとしていました。まったく恐ろしいことが身近に起こってしまい、どうにも自分では納めきれないことになったと感じたのです。彼はパートナーの女性が少年の母親を殺したことを尋ねませんでした。いいえ彼は彼女が何をしたか全然把握ができませんでした。彼は彼女を超えることができず、彼女より少し馬鹿で大人しくなければならなかったのです。しかしそういうわけにはいきませんでした。彼にとって子供は彼のようで、それを「いらない」と言ったのはまさしく自分に当てた言葉でした。子供と違って自分は、こんなことをしている。子供にはこんなことは()()()()だろう。彼女とつながり、彼女以外の女性とつながり、こんなことはできない子供のような自分を克服したように彼は感じました。

 彼の強烈な痛みはエスタリアの町が本当は抱えている問題を浮き彫りにしていました。世代を超えて受け継ぐ意志は重く抱えるに覚悟が要るのです。にわかに創り出された商業市は最初から偉大な目的がありました。理想都市となるべく厳しい生き方を余儀なくされました。勿論それを引き受けて()()()生きる人間が多数でしたが、それは彼らの素直な願望から出てくる生き方とは決して忠実に重なる暮らしではありませんでした。誰かがそれを批判し、客観視し、より外側から納得できる意味づけを行えれば良かったでしょうに。町の内側からではなく、町を超えた視点から。

 そのような視点をなかなか持つことができないエスタリアの町に、彼らは生まれ、その澱を食らいました。彼らは超越しようとしたのです。町を。創り合わないことを通じて、その()()()()()()()()を、人に、見せて。ある意味において、それは芸術。ある意味において、それは音楽。芸術は完成されました。縄と、刃で。魔物に食われ、生まれ変わった、新しい土塊(つちくれ)となった人形によって。それを見せられた、子供という鍵を殺されて。

 殺された子供より自分が少しだけ上だと考えた若者は、すべてを判らず、ただただ怖くなりました。彼は、遠くに逃げようとしました。それは正しい判断でした。またそれは正しい感覚でした。彼は逃げ腰でした。それゆえに子供の父親から呼び出された時、彼は抵抗ができませんでした。逃げ場を求め、逃げ口実を求めて、怯えながらただただ父親の背中についていきました。彼もまた容易に殺されました。なぜなら彼は子供より少しだけ上回るに過ぎなかったからです。抵抗ができなかったのです。

 そしてギルの父親はアラルと同じことをしました。子供のような人間をその手で殺し、魂を深く深く縦に掘りました。この後に父親と、その妻を殺害したカップルの女性は町の人々に処刑されることになります。こうして町は平穏を取り戻しました。南方の港も、魔物によって誘惑された海賊たちが内乱を始め、ほとんど身内同士で殺し合ったものですから、あとはクロウルダなどが慎重に様子を窺えば事足りるほどでした。最も警戒をしなければならない、最古の魔物が、今どういった様子なのかを窺えば。




 深いところから、人は誕生します。お腹の中から。暗闇の中から。

 そしてこの世に生を享けた者は、まばゆい光に迎えられます。その光の意味は、なんぞと知らずに。

 アラルは暗いまどろみの中、自身の仕出かしたその有様を見ていました。人の影となった彼女の身体はもはや誰からもその姿を見られなくなっていました。元のかたちは留めているものの、生の気をなくしている物の怪の(からだ)は自らに当たる光の量を、調整できたのです。光に当たることで、生き物は色を獲得します。その色が様々に揺れることで、その生き物の動きを誰かの目に伝え、その生き物の個性を明示します。個性無き者に光は要らず、誰かの目に伝えられることも求められません。まるで命の重さを得ていない、無慈悲に殺される戦場の地方民のように。

 その意味でアラルの命は軽かったのでしょう。オグは、宙に浮く魔物なのです。ですが肉体はなくとも、そのものを構成しているものたちがありました。一人一人の、つぶらな、希少な、卑小な霊が。

 その霊たちは感じることがあるのでしょうか。己がやったことに対して。己がやってしまったことに対した、自分たちとは異なる人々の気持ちを。人は創り合う生き物です。それが何に変化しても、何かから分かれても、創造は留まりません。殺人は魂を深く縦に掘る。ならばその深遠にて、暗闇にて、死の向こうにて、

 生の一つ手前で、

 何かを感じる時が

 人であった頃の自分と繰り返し人として生まれてくる自分とに光が当たる意味が明らかになる。アラルは他の暗きまどろみの中にいる無数の意思たちと共に、彼女の体が手がけた子供の殺害と、その後の四人の行く末を見届けました。彼女の中に途方もなく深い満足がありました。彼女が犯したことは、世界が繰り返し無数に行ってきたことでした。それでもそれはいつも新しく、何かを壊し、その破壊自体が芸術のような創造でした。

 人を殺すとは。大昔から繰り返しされてきたこと。殺されることも、人殺しを見ることも。それはいつも新しい。いつも、人間の心を壊しにかかる。

 それでいて積み重なった記憶は、思い出は、さらに新しいものを生み出そうとする。たとえ悪のゴミのような悪臭を放つ、錚々たる記憶であっても。

 そして、その苦しい満足の中で重い四肢を動かすアラルの身になりながら、また、恋人に捨てられたヴォーゼ女史にもイアリオの記憶の魂は重なり続けました。すべてを認めるというのは大変なことでした。なぜ人が一人の人間たりえるのか。いいえ、人は一人以上にも以下にもなりたがる生き物でした。多くの称賛を集め、褒められ、力を付けたくもあり、またその逆に、誰かに認められ、誰かに付き従い、誰かの裏側で密かに生きようともするものでした。でも、彼らは一人でした。それ以上でもそれ以下でも決してない存在。

 それ自体で愛でられる存在。

 それは大きく変わらないことでした。そして、それだからこそ、大勢の人々と関わり合い、命を形成していくのです。たとえ悪を犯しても変わらない。彼女は悪と同化しました。その悪は人の人から離れたもののつなぎ合わせた大衆のレギオン(集合体)でした。どうか、自分の祈りが世界に届くようにと願って、他者から様々な権利を奪ったものたちでした。自分だけの、新しい世界をつくろうとして、他の世界を壊したものたちでした。

 でも彼らは自分たちの一部の思いを残しながら、現世に転生しました。この世には、彼らがつくってしまったものたちが、彼らが壊してしまったものたちとともにありました。彼らはまだ絶叫していませんでした。そこに絶叫しなければなりませんでした。彼らはまだ己が生まれ変わっていることを知りません。いえ

 彼らの中に、混じった、希少な、卑小な魂が、そのことを覚えていました。

 その魂は、大勢の似通ったものたちを引き連れながら、その後、故郷であるエスタリアの町を出ました。そして、これまでの彼(彼女)のように、世界中を旅して回りつつ、人の悪を、唆し続けました。そして夢見手であるイアリオは、この壮絶な運命の元にある彼女の前世の魂に、それが同化した魔物に、夢の中ついていきました。そしてまた、同じ時間軸の中で、エスタリアの町に残された彼女の恋人にも自分が重なりました。ヴォーゼはアラルが去ったことを認めました。彼女は宣言どおりに自分の前から消えてしまいました。


 令嬢は自分に暗いものが潜んでいると、黒いものが取り憑いているなどと考えたことがありません。彼女は満たされていました。不足はなく、ゆえに願望はありませんでした。ただ人の願望はありますが。そこら中に、浮かんで見えますが。そういえばイアリオが首都で出会ったあの青年、フィマも、そういったいびつな平安を持っていました。彼は、イアリオの出現によって己に不足したものを強烈に刺激されました。

 ヴォーゼは町で起きた一連の事件が、もしかしたらアラルの手によって行われたのでは、と考えたことがありました。クロウルダから、彼女を港の入り口で見かけたと、オグの塒に向かうと言っていたと聞いたのです。ヴォーゼは彼女がどこへ向かったか分かりませんでした。いずれ、また戦場で活躍するその噂を聞くことがあるかもしれないと思う程度で。

 もしかしたら、アラルは地下に棲む魔物に食べられてしまったのではと、ヴォーゼは考えました。しかしクロウルダたちからは、そのようなことはないだろうと言われました。オグの体には港を襲った海賊どもが呑み込まれていて、彼は容易には動けないほど太り切っており、逃げ出すのは容易だからと。

 殺された子供の父親と、彼の妻を殺したカップルの女とが処刑されて、町は平穏を取り戻しました。ヴォーゼもまたアラルは自分の前から立ち去っただけなのだと思い始めました。夢を見るイアリオはこの令嬢の心理の移ろいを自然なものに思いました。それは大変に哀しいことでしたが、相手の強い意志を彼女は感じていましたから、ずっと前から定められていた必然だったのだろうと諦められた、ように思われたのです。今までの、二人の経緯を見てきた者にとって、アラルこそわがままを通し、箱庭で飼われていた令嬢こそ我慢強く耐えたものがあるように、見えたのです。それは違いました。夢の中で夢見手はやはり、その前世に重大な過失があるように見え、その相手に何も唆されたと分かりませんでした。しかし

 一人の人間が追い詰められるのは、何も本人だけのせいではないのです。そのことに、イアリオも、ましていささかもヴォーゼは気づくことはありませんでした。人と人とが共鳴して人は動きます。影響し合わない関係はないと言っていいほどに。その影響を、絶ちたいという衝動があるほどに。

 港からは海賊が一掃されました。エスタリアの町に逗留していたクロウルダたちは南に帰っていきました。そこにオグは居続けているのを確かめ、また、それを眠りに就かせ続けるために、子守の歌い手をあの地下神殿に向かわせました。ヴォーゼはアラルが再び町から立ち去ったことを誰にも話しませんでした。アラルはそれこそ戦地から凱旋した時に、少年ギルやヴォーゼに介抱された後で、多くの人々から称賛され祝福されていましたが。彼らが彼女の不在に気づいたのは半年も経ってからでした。しかし人々は彼女がまたどこかの戦場に赴いたのだろうと、今度も実に大きな活躍をして、いつかこの町にその噂が届くのだろうと期待しました。ヴォーゼもまた、彼女の無事を遠くから祈り、いつか、その噂がここに届くのではなく、彼女自身が、再び自分の前に現れてくれることを願うと、人々に言いました。ですがその願望は、ヴォーゼの口から発し聴衆に届くと、聴いた人によってはどこか不安をもたげました。

 さて、オグはその塒から出て行った後のはずでした。憂鬱な魂に乗って、その背中に身を預けて世界中を再び回り始めたのは、アラルの身を貪った巨躯の化け物でした。そこは空っぽのはずでした。オグは分離する生き物であることはクロウルダのまとめた大国の書物に載っています。彼の身は大き過ぎて遠い昔にとうにばらけ、世界各地に点在したのです。

 ではなぜ、かの化け物はばらけたのか。そこまで神官たちの頭脳は及びません。化け物に彼らの技術で近寄った時に、分かることの中に、それが人間の悪意を溜め込み、どんな人間の一部もそれに握られていることが確かめられていました。それは、いかなるオグの分離体にも窺えることでした。つまり、彼の体はいくつか世界中にあれど、霊的にそれらはつながっているままなのではないか、と考えられました。

 物理的にその維持ができないだけで、どんな塊からも、あらゆる人の過去の悪意に触れられると思われたのです。

 当然彼らはオグがつくられた時代にどんな技術があったか窺い知れません。そこに魔法と呼ばれる力が存在し、人が思い通りのこの世をつくり出すために、魂の流れを止めたり、人の肉体から別の存在を誕生させたり、こころとからだの切り貼りを実践したり、魔法という力を使って思いつくかぎりの非道を行うことのできた時代に、人間が為した結果が今にも伝わっていることに理解が至らなければ、オグは調べ尽くすことができませんでした。オグは、人がつくりし魔物は、人のからだを乗っ取る時に、たやすく分かれるのです。なぜならそれはすべてがその人の背中に乗る必要がないからです。受け身となったからだには彼らの傷が無数に刻まれ、その人のものだけではない過去の悪がのしかかります。そして自分もまたそれらの一部でしかないと感じると、彼らのように、人間の尊厳を否定し人以上のものに同化し、それ自身は、卑屈に卑小に矮小化し一人の人間以下に変わるのです。それでいながら生まれ変わるべく舞い戻る死後の魂は、一人の人間へと転生します。人は決してそれ以上やそれ以下のもののままに不変を貫けないのです。ふわふわと上下に、変わってしまうことはあっても。

 クロウルダの人々が感じた悪意の魔物の集合性は、悪を犯した人々が至る自身の卑小さが、まるで等質の均一性を保つために導かれた結論だったのです。それはどんな悪にも適合し、必死になって己の世界をつくり出そうとする、そして他者の世界を壊そうとする、一対一の関係からずれざるをえない行為を繰り返す者たちの、自分も相手も尊重できない者たちの、殺伐とした哀しみこそその魔物を満たしているがための、結論でした。彼は、分かれているが一つである、彼は、途方もない力を持つが眠らしられうると。

 それはそれ自身がつくられた過程を何も明らかにしていない、ただの現象の説明にほかなりません。彼はその同質性を暴かれたがために、魔法によって力あるものに昇華させられた、人工の呪物なのです。プロパガンダによる大衆の心理操作と同じレベルの、生物操作の果ての哀しき人造物なのです。それは集合していますが、あくまで実際は一人一人の人間の一部が、他のものと同様に埋め込まれうずくまっているのです。

 それが一人の人間のからだに覆い被さる時、偶然ではなく、ばらばらとこだまするその声が、一斉に束となって呼びかけるのです。私を見ろ。俺を見てくれ。私こそお前だから。俺こそあなただからと。人から分かれ、何かの一部にもなったものたちは、その同質性を、分離性を、

 ただ唯一な存在であった記憶を、

 忘れたわけではなく、忘れられようもなく、

 苦しみの轍を引き伸ばしているのです。

 それこそ自縛者たちが生命に呼びかける時、こっちを見てくれと頼むように。彼らはただの自縛霊、呪いの意思を持つ霊魂なのです。オグはそれと同じように人の命に取り憑きます。自分の仲間を増やすために。

 いいえ、自分自身が、新しい命となって転生しているために。

 彼の未来にそれ自身が皆乗らなくてもまったく十分なのでした。なぜなら彼の未来は未来そのもので、つまりは世界でしたから。そう、すべての人がそうであるように。すべての物語が、すべてとともに、ただ一つの世界にあるように。

 世界は彼に、分かれることも、集まることも赦しました。彼は、自分が、何でできているか知りません。それは、世界中から、なおかつ自分自身から、できていることを知りません。しかし、そのための道筋を歩いていました。途方もなく、長い月日を掛けて、それは自分を知る旅に出ていました。それも当たり前でした。彼は自分自身を創造し続けているのですから。

 何よりも、ずっと、自分が自分から離れるほどの、それでいて人間から離れることができないでいる、繰り返し、人の背中に乗るほかないことを、彼は

 人間の赤子のように

 いいえ、その赤子として(未だ成長していない人間として)

 そして本当の赤子としても

 世に生まれ犯しているのですから。

 彼は生命のすさまじい力動でした。だから、それ自体が愛でられる旅をしていることを、それ自体も、そしてその周りの世界も、知らないというだけのことでした。彼は人の背中に繰り返し乗るほかない存在です。人間の背中に乗って、人間を思い通りに動かそうとする以外にすることのない存在です。とても気楽じゃなく、むしろ、喘ぐように縋りつきながら。

 彼は、そうして目指すのです。彼自身の終末を。人とともに。彼女とともに。すなわち、自身の生まれ変わりを、転生を、それ自身のものとするために。自分が

 ひとであることをわかるために。

 集合は、分散します。それはたしかに一つの大きな塊となり、人間の上に君臨し、人間が創造した神のごとくなりました。人々はこれに願いました。自分たちの願いを、いや

 自分だけの願いこそ

 叶えたまえと。神は動きました。その神は人の

 世界をばらばらにし

 ただ一つの世界に

 それを皆集合させたのです。それが現在、この世でした。人と人とが分かり合えぬ社会を作り出したのは人でした。各々が信じる未来をつくろうとあがき、もがき、苦しんだ末の今でしたが、それは

 こわれたものであることをみながだれもが知っていました。こわれていることを知っている人間はこの世に再び生まれなおし、そのこわれているものを見ていました。なぜこわれたか、彼らはわすれていましたが、記憶は失われていませんでした。歴史は失われていませんでした。なぜなら過去は連綿と続き、分断がなかったからです。ずっと、いにしえから、きつい滅びの実際が保存されていたのです。ちゃんと調べればそれは過去の歌声を届けました。彼らの醜い叫びが今も聞こえました。彼らは叫んでいました。大声で。哀しみに満ちた声で。

 そう、ちゃんと調べれば、そんな偽神の悲鳴だけでなく、それが生まれた本当の、それが一部だった人々の、誕生のひと啼きも。あやす両親に応える、甘い笑声も。歓声も。可愛らしい泣き声も。失おうはずはない。


 オグはその時流に乗っていました。彼はただ誕生しただけではなく、人に戻ろうとしていたのです。その誕生こそ人に望まれ、人の望みを実現すべく、その神となりましたが。


 それは滅亡すべくこの世に誕生していたのです。滅亡といっても、それが人間だった頃の記憶を取り戻すだけですが。一人一人の人間だった頃を、思い出すだけですが。

 それに取り憑かれた令嬢ヴォーゼは一人一人の願望が叶えられればいいなと思っていました。小さなものも。大きなものも。しかし人々が語る望みは、エスタリアの町の定義をはみ出ないものでした。突拍子もないことは誰も言いません。しかしその願望は本当に願う望みではありません。

 頭のいいお嬢様はその願いが皆実現すれば、どんなことが起こるのか、考えたことがありました。絶対に嵌め込まれられることのない、虚しきパズルがそこにありました。もし、そのパズルが成立するならば。どうしたことが起きればいいか。答えはあの四人が持っていました。魔物によって身体を好きに動かされた、アラルが犯した悪によって、滅びの道を辿った四人が。

 オグはその解答を持っていました。どのように、世界を捻じ曲げればいいか、彼は、解っていました。つまり

 彼は、二つに分かれたのです。彼女と、恋人とに取り憑くものに。両方の背中に彼は乗りました。そして、両方の背中から人間の破壊的な思いを実現してあげようと思いました。人の世に争いの絶えぬ理由は。こうして何かの思いを実現しようと動く、誤った創造の力が働くから。護るものなどなく、撃滅すべきものなどなくて、それはただ創造したいだけなのです。なぜならそれは力そのものだから。ただ、それは人の力なのですが。争いの大元。

 オグは、人の、その力を応援してあげました。創り合うのではない、創造を。愛のない奇天烈な願望を。彼は、最初から人から分かれていたのです。つまり、人間に、なろうともがく者に。それは絶対に人から離れえぬものだから。その昔、人間に付与されたその力は、大事な道標でした。それは、彼らの働きが悉く世界に関わり、思うように、自由に創り替えができたからです。人間はこの力を頼みに、人同士も動かすようになりました。決して争いの温床とはならない、協力というかたちで。それは奪うという概念のない行いでしたが、新しいものが誕生し、その帰属が問われると、その社会に帰結すると人々は判断しました。しかし社会とは閉ざされた狭き社会で、彼らの創造の及ぶ範疇もそこに留まるように思われました。

 つまり、あるものの帰属はどこかの団体に帰結し、その団体が閉鎖的であるかぎり、外には漏れないものだったのです。


 しかし、どんなものも、この世にあります。すなわち、その団体がいつのまにかいなくなれば、そこにあったものは、遺物になります。遺物はその価値を計られます。当然元の場所に捨て置かれることもあるでしょう。なぜならそれの本当の価値を知る者たちはいつのまにかどこかへいなくなったからです。でも、それが他の社会の人間にとっても高い価値のあるものだとすれば。

 その社会が創造できるものを超えていたとすれば。…また、それを創り出した民族が、それを置いて、どこかへと往く理由があれば。それを捨てた理由も分からず、もし、それを創り出した技術を欲したと、すれば。その国はあらゆる社会を探したでしょう。そしてあらゆる社会にある自分たちにない技術を、羨ましげに見つめ、どうしたか。彼らは、他の社会を尊重できたか。

 国が国を侵略する理由。それは自分たちにないものを、他者に見つめる幻想を抱いたからなのか。それとも他人に支配されないように、自分たちを守るためか。その意思を持つ不届き者たちは、一体、何を自分たちは創り出しているか、分かっているのか?おそらく、目が眩んで、それはまったく分からない。そして、自らを肯定できない。

 創り出されたものは、一体、どこに帰属するか。その意味でも、結局は、この世に帰属する。なぜなら、その意味でも、創り合っているから。…それでも、その力は、新しいものを創った力は、優しく人に帰属する。なぜならそれがつくったものと、暮らすのは、人だから。いつのまにかいなくなった人々は、なぜ、それを捨て置いたか。価値あるものを。どんな民族にもつくれなかったものを。

 あまりに卑近だったから。そのつくり方をよく分かっているから。その扱い方もよく知っているから。言葉。文字。歌。詩。そのための声の出し方。肺の導き方。空気の吸い込み方。皆。誰かを呼ぶ時、大自然に話しかける時、生まれたばかりの赤ちゃんに応える時、その時すべての声は、言葉となり、歌となり、響きとなりました。どこまでも、どこまでも、滔々と唸る響きに。

 世界にはそれが満ちた。いや、恨みや、血飛沫、果てしなき憎悪こそたゆとうようになったのは、いつからか。オグはそれを呑み込みました。失敗した、創造を。創り合わぬことを。人は激しく争うようになったのは、創造が、うまくいかなかったから。あまりに間違ったものを、つくり続けたから。正しいものが、分からなくなったから。

 ですが、それは、本当に間違ったものだったろうか。果たして失敗作だけを(こん)々とつくり続けたろうか。何のために世界があることを分かっているのか。生まれ変わり、再び、この世に降りてくるとなれば。力は、集合し、そして、一人一人に宿るべく、彼自身が、大いなる冒険を繰り広げたに違いない。…現代の、トラエルの町で、テオルドが彼に喰われ、彼の一部となった後でも、彼は、その土塊に宿りながらも地中にいました。彼は、ひょっとしたら様々な背中に乗ることで、少しずつ分かってくるのかもしれません。自分こそ力であり、自分こそ人に宿るものであり、自分は、人に、なっていくと。

 力こそ。人から分かれたものこそ。

 生まれ変わったアラルの土の体の中に入り込んだ者と、まるでその分身となりその場に留まった者がいました。オグは、その終末に近づくにつれてこうした自己の分裂を試みることがあるのでした。クロウルダたちは移動しなかったオグに不信の目を向けましたが、当然彼らにはオグについて分からないことが、恐ろしいほどにたくさんありました。彼らは、彼は満腹になるほどたくさん人を食べてしまったから、いつもは一人二人を呑み込んで、次の餌場に向かおうとするのに、その必要がなくなったのだろうと考えました。


 ハルタ=ヴォーゼは、どうしてもアラルのことが忘れられませんでした。彼女は恋人を忘れようとしました。といってもその心理は彼女に重なるアラルの後世、イアリオの目には見えませんでしたが。彼女はずっと独り者でいました。独りでいても彼女は大分満足でしたから。依然、彼女は人から慕われていましたし、はじめからお嬢様は孤独だということを、イアリオの前世は考えたこともなかったのです。

 ええ、彼女は、生まれつき孤独でした。人の想いが分かるものの、自分の想いは分かりませんでした。ただし、恋人といると、それが分かりました。何を自分は考えているか、どうして感情というものがひとの中で動くのかが、ようく。ただし、その感情を、他人に当てはめることはできませんでしたが。どうしても人の感情と自分の感情は異なると考えてしまう、捉え方があります。勿論、自分と他者は違う、生まれた場所も、過ごした時も。そう思えば彼らの裁断は正しくあります。では、彼らは他人をどのように理解するのか。単純に論理子の組み換えをして納得するのか。あるいは分からないものとして手の平をずっと裏返したままにするのか。お嬢様は、人の心はよく分かりました。彼女は自分自身の心こそよく分かりませんでしたが

 そばに、アラルがいると、それがよく分かりました。何が自分の中で動いているか!それは…ひとと、違うでしょうか。そばから、アラルがいなくなって、彼女はそれがよく分からなくなりました。

 彼女は元から色々な人の願望が叶えばいいなと思っていました。彼女に訴える窮状は、しかし本物の窮状ではなくて、どうでもいい事柄が入り混じっていましたが。例えば、恋愛事にしても、言語の修辞いっぱいのおしゃべりには、無論叶わない叶える気のない望みがふんだんに盛り込まれます。家族に対する不満も、その家から出て行くだけの覚悟もなくて繰り広げられる瑣末な言葉が入り乱れます。しかし話とはそういうもので、お互いそんな空気を共有しながら鬱憤を晴らすのです。ただ、嘘から出た真などもあるもので、どんな軽い話でも、現実が真に受け、それぞれが傷つくこともあるものでした。

 彼女は現実でした。彼女は時折、言ったことを真に受け、その言葉のままに関係を誤解したことがありました。彼女のサロンに通う同世代の子供たちや、彼女の屋敷に勤める者たち、彼女の親戚らの話を受けて。といっても、ヴォーゼはうら若い乙女でしたから、それは成長するにつれて真実と虚偽との狭間を見出すために必要な時代でした。ただ、彼女は人同士が創り合っていることに気が向きませんでした。つまり、その言葉もまた、お互いが影響し合って出てくるものだということに注意しませんでした。人の言葉とは、その人だけが感じ考え、出て来るものではありません。多大な背景が、そこには読み取れるものでした。人の言葉を聴くとは、その人の内実や外実も、同時に聴くことになるのです。

 人は、その心地のよさに人間の話を聴きに行きます。まさに、会話は創り合う作業なのです。その時に、内実や外実を皆まで把握しながら聞いているのではないですが。そして、そのやり取りの中に共通のもの、共有しているものとを感じます。まさに、創り合っている最中のものを。それは人に与えられし力の共有。ただ創るのではない、()()()()()。世界はばらばらに創られているのではなく、今ここに、創られている最中だということ。

 否、ここには、創り合うものではない個別の世界もまた、つくられている。決して同一の世界を支えるために自分は存在していず、自分だけの世界を、自分はつくっている。それはオグの領域でした。それは悪の領分でした。どうあってもつくったものはそこにある。皆が見るものに、共有されるものに、それはなる。そうは思わない人々は、それを隠そうとする。それがプライベートだと、個人にとって大事なことだとする。

 だがそのプライベートを、人は広げる。その末に殺人がある。…いわゆる、精神障害の人々は、そこが曖昧に陥ってしまいます。何をしても、侵食を食らうような、不安さが満ちる心にされていて。創り合うとは、他者がいてはじめて成り立つことなのです。自分の思いや意識が、相手を呑み込んではならない。

 他者がいれば、世界は豊かであることを認識する。

 ところが、人はどうして人を否認するのか。力は、創造し合うものに注がれているはずが。力は、血を生み出す。その熱、想いを、強烈なものにすべく、肉体に流れている血も、人を損傷し流させる血も、鋭利にそこに感じさせる。それは人間がまだ創り合うこの世に慣れていないから。まだ、正確にその創造するものを皆のものにしていないから。何万、何十万という月日は、そのために用意されているのかもしれない。人に意識がないときから。はじめてその創造する力を与えられたときから。

 ヴォーゼはその創造する力を人にあげました。彼女は自分が何か創造することは、しませんでした。ずっと昔から。アラルにキャロセルの前世があるように、彼女にも存在する前の世から。だから彼女は、自分に、創り出す力があることを知りませんでした。そして、その創り出す力が、強烈にその町を動かしていることも想像がつきませんでした。ヴォーゼは様々な人の意見を聴くうちに、その人の裏側にある本能とは異なるものに、焦点を合わせ続けていました。それは、人の意識の表層でした。それは、人を動かすものでした。大概が無視されるもの、どうでもいいものでしたが、誰かが誰かに動かされていると認識すると、そのまるで上澄みの言葉がどうしてもありえない力を持つと感じ取られてしまったのです。まったく本気ではない、どうでもいいおしゃべりの中から生まれた、ある言葉一つが、独特の世界を創り出して、現実を侵すように思われたのです。

 ヴォーゼはその言葉を注目しました。例えばある人間が、自分は誰々に脅されていると、怖がらせられていると言うと、その人物は被害者だと、助けねばと思うでしょう。実際は言葉遊びの中で言われる台詞だとしても、真に受ける人間がいないともかぎりません。つまり、その全体を把握せねばならないと考える誰かも生まれます。本当の現実は、どうなっているのだと。

 言語の表現には程度があり、人が認識するその度合いは様々です。いじめがあったとしても、その程度があるように。そして、立場によっても感じ方が違うように。人は、勘違いの中に住む魔物のような存在です。それでも、誤解が解ければ、たちまちに事実は笑いを誘う。しかしそれが誤解のままなら、どうしようもなく不均衡な関係がこの世に存在していると思い続けるでしょう。

 そう、ヴォーゼは、令嬢は人がそんな不均衡な関係を築くものと考えていました。彼らの言葉はそのようにして出てきていましたから。小さな不満も、叶えられぬ希望も、著しく傾いたところから湧き出てくるものだと窺えたのです。それは、自分と他者の関係より。元から違う、自分と他人の関係より。違う者同士が、互いに思い合うことが、相手への欲求になるよりない言葉の群れは。無意識に認め合う心はどこかに隠されてしまって。

 親にすら。友達にすら。でも、言葉とはもっと温かいもの。それは意味のみを運ばず、内実も外実も運ぶ。それが令嬢には見えませんでした。単純に彼女は人の言動に惑わされてきたといえるでしょう。取り成して、慰めて、よく聴いて、彼女はそんな人間たちの心を収め諫め続けてきましたが。人も、彼女を信頼して、何でも話しましたが。彼女は人の可愛さを知りませんでした。嘘をつく人間の美しさを知りませんでした。彼らがあらゆることを創り出していることを知りませんでした。それを知らなければ彼らはただ自分の願望を訴えているだけだったのです。

 彼らは彼女の自我も、感覚も、思考も創り出していたのです。まるで彼女から分かれてそこにあるように。彼女が女神であるように。彼女はその役割を認識し、人々の期待に応えるべくしてその態度を変えてきませんでした。しかし、アラルに対してはその態度は取りませんでした。取れなかったといえたでしょう。アラルは、サロンにおいては大体黙っていましたし、彼女が聴き取る同世代の声を、一緒になって聞く役割を望んだからです。おしゃべりが終了して、そのあとで二人きりになり、大事な時間を彼女たちは過ごしました。船乗りの娘であるアラルは、他の商人の子たちよりも自在に動き回ることができました。祖父が商売人とはいえ、女性として生まれついて、男子としても箱入り娘としても誕生していなかったために、また、南方の港にも母親と共に出入りしていたために、ヴォーゼ以上に色々な人の会話を聞くことができました。また、その前世の弟たる亡霊にも取り憑かれ、様々なことを吹き込まれていました。

 彼女の前世の犯した悪が、深くヴォーゼに根差しているなどと彼女は思ったこともありません。ですが、その聴く役割、勘違い、人々に振り回されうる立場を、二人は共有していました。キャロセルと、ヴォーゼは。あたかもアラルは、二人の思いを二重に聞いていたでしょう。そして、人の思いを叶えることが、自分の創造であると考えた二人に共感したでしょう。そう、ヴォーゼは、いくつかの願いを叶えています。恋愛事と、家出と、遺産の分配と。当事者たちを引き合わせ、話し合わせ、納得する結果が出るように促す役割を彼女は演じています。まるでそれは判事であり、キューピッドであり、民生員でした。

 彼らはヴォーゼに甘えました。どんなことも、聴き届けてくれる相手に、彼らは成長の過程でどうしても抱いてしまう、一際ひどい悪意も伝えてきました。といっても、おしゃべりの範疇で。親を殺したい、恋人を殺したい、弟を殺したい、そんなことも。どうして彼らはそんな話をするのか、令嬢は考えました。そして、その願望をすべて重ねて実現した、ある世界を思い描きました。創造する力だけが暴走する、創り合わないこの世を。

 それはこの町でした。なんのことはない、エスタリアの町こそ、彼らの願望を叶えずにはいられない、オグに見初められる運命を持つ一つのコミュニティでした。彼らの願望とは、何か。それは()()()()()()()()()()。この町は、成長を続けねばならない。そのために、皆の犠牲があるべしと。それが

 彼らの願望でした。そして、どうでもいいおしゃべりでした。まるで、イアリオの故郷を写したような、非成長の束縛を誰しもに架けていたのです。伸びなければならないという思いは。画策は。真に伸びゆくものにまったく気を向けませんでした。繰り返し得る生を得た者たちの行く末に。人は、いかにしても成長を繰り返すということに。

 経済的資質を育てるということは、人間的関係を構築することです。交流することが経済だからです。それがどう育つかなど操ることではありませんでした。それは、どう伸びるかなど誰にも分からず、いかに伸びるか、それを、楽しみに見ていくことだからです。ですが、その町は育てていかなければならない呪いを掛けられていました。それは、三百年間他の社会を嫌った、トラエルの町が試みた、地下の黄金こそ守るべきものとして町人を束縛した理念とどこも変わりがありませんでした。エスタリアは、トラエルと同質だったのです。

 そんな町の気分を、ヴォーゼはよく把握していました。彼女は町が望むものをよく分かりました。おしゃべりの中にひずむ、本当の思いを、彼女は知りました。誰も、本当の願望というものを持っていない。どの願いも叶えればこの町を象らない。町よりも、どれよりも、小さい。小さくて、いかに叶えど、何も、何も、満たさない。

 人は、いつか、世界をそのようにした。小さい、小さい、望みをこそ抱かせて、何をか支配するものなのか。いつか、金銭をこそ稼ぐことを第一として。あるいは、余剰の作物を育てなければならなくて。あるいは、平和を、求めなければならなくて!なのに、二人の間の愛は無限だとどこかで知って。隣人と共有する世界が無限だとまるで知らない。憎しみ合うことが一つの可能性を指していることを知らない。どこかで巨大化する小ささは、本当に満たし続ける器の存在を遥か、遠くに押し遣りました。

 それは、町が望んだことでした。また、子供が殺されたのです。とはいっても、今度は、直接にオグに喰われた者がしたのではなく。いえ、その魔物は、すべての人間の悪意が集合したものです。どんな人間にも具わる悪というものが。どんな人間にも。

 また、誰かが、処刑されました。


 最も重要な出来事がこの時に起こりました。あれから平和が続いていると人々は思い込んでいました。醜過ぎる悪は、断罪され、町から追い出したと考えたのです。

 しかし、魔物はずっとそばにいました。それはずっとそばにいるのです。なぜ僕は生きているかと確かめたくなるのは、誰でしょう。主に、それは子供たちでした。子供たちでした。そしてその手段に用いるのは、自分の創造がどの範囲に影響を及ぼすかと確かめるためにすることが、果たして人を傷つけない範囲に収まるでしょうか。子供を殺したのは子供でした。

 それは、以前の事件のように二組の男女の狭間で苦しんだ事例でした。一方の家族が一方の家族に隷属しました。生まれた時から、その関係性を見て育った子供は、もう一方の家族の子供を自分と同じように見えませんでした。といっても、外に出れば、その隷属関係はあまり意味のないものとされ、その町の子としてどちらも同じように育てられましたが。このことが、二人の子の間で確かめられるべき物事として認識され始めたのです。

 平等であること。それは、その町において約束された身分でした。勿論、雇い主、雇われ人は双方ともいましたが、共にその町の発展を期待されて育てられました。経済は発展を目指し、人々の役割は、明確にそのために定義されたのです。嘘はつかない、契約は守る、律儀に生きて、まっとうすること。人からの信頼が、商売の利益の源となる。雇用主と請負人の関係もまた。それは奴隷と主人のそれではないと。

 その二組の夫婦はその関係性を破りました。しかし、いびつなヒエラルキーはある安定を彼らにもたらしました。彼らは平等が嫌いでした。同じ立場にいることがどこか耐えられなく思う人々でした。ですが、主人と奴隷などどちらが主人で、どちらが奴隷なのか。搾取する立場とまったく不自由な立場とで、なんの違いがあるのか。同じ社会に棲み、棲み分けて、その関係性のためにお互いに依存し合っている、ただの隣人に他なりません。そこに無限の可能性をもたらしうる。

 二組の夫婦は無限の可能性を互いに欲し合ったのです。町などの瑣末な目標など蹴散らすような。かえってその法を破るようなことを犯して、小さくなって、小さくなって、極小こそ無限だというような領域に足を踏み入れたのでした。ただし、他の隣人は入れず。鏡のように反射する自己像をただ繰り返し見る気分の、憂鬱な、厖大な広がりを自らに見出したのです。

 子供たちは、この反射する自画像を、外に照らし出して見なければなりませんでした。しかし、町もまた、そのような反射する像を、自分たちに対して強制して見せていました。なぜ僕は生きているか、それを確かめたくなったために、二人は()()をしました。つまりは、破壊を。

 …人間の弱さは、歴史にも優しく受け止められることがあります。過去の民族の克服の歴史を辿り直すことによって。また、繰り返される儀式は、伝統的なお祭りは、そのためにあるところもあります。民族全体を、地域全体を包んで、まどろみの中に溶かす。あって良かったことも、悪かったことも、広域の坩堝に溶かし、かき混ぜて、そこに住む人々に配り直す。それを()()()()()()()、人間の歴史そのものに、結び直す。エスタリアの人々はそれをできませんでした。まったく新しい町は、現代的であることだけを、求められすぎました。

 その殺人は白昼堂々、公衆の面前で行われました。誰が行ったか判らないようにではなく。殺意を自分が持っていると、皆に判らせるために。


 そこで犠牲になったのは、一人の子供でした。ですが、エスタリアの人々は再び色めき立ちました。彼らは誰を処刑するべきかと考えたのです。そして、殺人者の子供以外を死に追いやったのでした。子供はまだ保護されるべきだと大人たちは考えてみました。そうすると、討つべき対象は誰かと問えば。

 先の事件の経験がこの時生きたのです。この殺人はどういったものか、どのような広がりを見せることがあるのかと。彼らは考え描きました。彼らの想像の中で、最悪のこととなるのは、先の事件のように、醜悪なものを撒き散らすようになることでした。そのような可能性は見えました。彼らの社会に真っ向から歯向かう、小さな社会がその家族の間にできていたからです。

 言い換えましょう。彼らの社会を写した鏡を、割ろう割ろうと努力した、その鏡の前にいる人々を、見たくないものとして断罪したのです。

 隷属者とは、すなわち彼らでした。そして、その隷属するルールがなければ、彼らは一つにまとまらず、その町も町として認識がされないものになりました。町は、ある目的のためにつくられたもので、自然につくられ、自然にできて、昨今のかたちになったものではありませんでした。彼らの同一性は町によって規定され、それ以外のもので成立しません。彼らは町の奴隷であり、過去から、束縛を受けるみすぼらしい民でした。いえ、町というものを、そのように理解するかぎり。そして、過去の束縛を、受け続けるかぎり。

 町の人々は殺害者である子供の属した家族を悉く殺しました。ですが、それは保護になるでしょうか。子供や、町にとって。


 このようなことが起きた後、彼らは少しずつ変わっていきました。彼らは、自分たちの社会にこのような恐ろしいものが宿ると少しずつ分かってきたのです。町は、互いを監視するようになりました。事前に悲劇の芽は摘み取らねばならぬと思い始めました。

 この在り様をイアリオはヴォーゼの目を通して見ていきました。深き深き人間の歴史を辿る目を、彼女はその時までは持っていませんでした。浅い、いつからか始まったはっきりと分かっている時代の分節点を、持っている場にしか彼女は(いま)しませんでした。人間の歴史はもっと深い。いつからか始まったといえるようなものではない。しかしいつからか始まったそれは、たくさんの要素を、現代に引き継いでいます。いつから始まったのか分からない、でも、いつからかそれは感じられるようになったものの、たくさんのつながりの中に我々は生きています。ある時から過去がなければそれは途方もなく哀しいこと。そして、鏡を自分たちに見せてただ生きていたことを、どこかで分かる時がきっと来るのです。彼女は、ヴォーゼはふとふいに恐ろしい予感にわなないた、と感じました。今、町に起きていること、それはクロウルダの話に聞いていたことではないか?と。

 …オグに取り込まれた人が悪を働き、その悪が伝播し、町を壊滅させるという。確かにヴォーゼはそのように感じ、そのように考えました。ですが、それはむしろオグを彼女よりよく知っている、イアリオが抱いた印象でした。アラルもイアリオも、その恋人に魔物が取り憑いたなどと知りません。いいえ、オグは、全ての人間の悪意から出来ているのだとすれば、それは、アラルにもイアリオにも取り憑くものだといえました。彼は、世界に取り憑いているのですから。

 彼…そういうならば、彼は、一体悪だなどいえるものではないかもしれません。深き苦しみを与えるものは、その苦しみを万人に与えるものだからです。あくまで人はその苦痛を享受するのです。ならば、それは、人になろうとする。そう、それは、人になりきれぬものだから。だから、ヴォーゼはそのように思ったのです。

 令嬢は自分が人になりきれぬものだと分かっていました。彼女は自分が他者とは違うと思っていましたから。そして、人の持つ願望を自分は持っていませんでしたから。彼女の持つ願望は恋人のアラルといる時に感じられました。この人と側にいたい。この人と一緒に暮らしたい。そうでない自分…アラルと共にいない自分は、他者とは違う。それは多くの人が思うことでした。大事な人と過ごす時、人は、創り合うこの世界を感じていました。自分自身だけがいるのではないこの世を感じていました。人間になりきれぬものを誰もが感じていました。町こそ。イアリオとアラルが育った町こそ。

 オグは、この哀しみの中に取り残された者たちでした。しかし、それは、全人類でした。ヴォーゼは彼らの声をずっと聞いてきました。彼らの声は、自分にはないものでした。彼らの声を、彼女は実現させてあげようと思いました。彼らの声を。自分の声ではなく。

 それは、オグの願いでした。人の悪意は、それから離れ、誰かの思いを実現してあげようとします。でも、それは元の人間の手元に戻れば、それこそ叶えてはならない思いであることを分かります。小さな世界を押し広げる、他者の世界を侵食する、壊す、滅ぼすものだからです。耳元のそばで聞かさせた、恐ろしい言葉は、その気がなく、発せられたものでした。ですが、それは、人から放たれしものでした。


 ヴォーゼこそ、その愛する人、アラルを、知るために身に悪を宿したと思う人はいません。オグは、彼女に近寄りました。その運命に、共感しました。オグは、このために生まれました。アラルは彼女から離れました。なぜなら自分のためにその人を苦しませることはできませんでしたから。それは同性を愛したがための苦しみではなく、人間を愛したがための苦しみでした。人は、その内実も外実も聞く。すべてを。その体だけではなく。今だけではなく。魂も。いくつかの(無限の)過去を経てきたその過程も!だからその行動に出る。その言動を表す。その過ちを犯す。そうとは、そうとは認識できるはずはなくも。でも、それがひととなるとき。ひとにもどるとき。ひととしていき、ひととしてつくりあうことがわかるとき。それはわらいになる。わらいに。

 ゆっくりとくだけ、そしてはいる。ふたたびのせいをえるために。しのあとに。しのあとに。いな。しと

 せいのあとに。ヴォーゼはオグを放っておきました。それは、かつて恋人から生まれたものですから。そして、自分にも宿るものでしたから。万人に。そして、それは成長するものですから。オグは、その背中に乗りました。彼女の見るものを、正しく見ました。人は傾いていることを。人は不公平だということを。人は不満を持っているということを。しかしそれ自身は、なにも、持っていないということを。空回りする文章。やり取りのない言葉たち。それが大事だということがわからない世界。

 それでも彼は、力を持っていました。ひとと世界を創造する力。しかし、人間がいなければ、それはできない。そして、人がいる世界でなければ

 それはできない。


 生憎クロウルダは、今、それこそ彼らの主題である魔物がある町に蔓延ろうとしていることに気がつきませんでした。彼らの港には、エスタリアの兆候は指先もかすりませんでした。彼らのオグが肥大したのは、盗賊どもをたらふく食べて、動けないほどに太ったのは、もう、さすらう必要がなくなったためです。アラルに乗り移ったために。そう、彼は分離しました。アラルの恋人と、アラルに、取り憑くために。しかし彼は経験を共有するのです。世界で。

 もう、彼は、自分をたくさん見ていました。自分がこわしたものをたくさん見ていました。人の背に乗り、彼は、願いました。自分を見てくれ。自分を正しく見つめてくれ。自分は創造主ではない。自分は

 ただ君に付き添う者だと。しかし

 それは真ではありませんでした。




 アラルの肉体を借りたオグは、よく子供を殺しました。それが最も醜悪なことだと彼はよくわかっていました。誰もが幼い子の死体を見ると、胸が痛みますが、どうしてこんなことが起きたかと、自分の胸も疑います。オグにとって、子供は自分の像でした。その無抵抗さは弱さでした。彼は何かに無抵抗でした。すべてその何かにそれ自身が操られていました。彼は

 操る主体であるにもかかわらず、自分の意思を持てません。それは集合体ですから、自らを突き上げる衝動にしか従えないのです。彼自身が逆に人間の悪に唆され続けたのです。それを見ると、手出しせずにいられなくなり、手を出すことで、その仲間が増えることを知っています。そこに醜悪な満足があり、繰り返しその満足を嗜めずにはいられません。彼はそのように生きるためにそうしているだけでした。

 そのような人間は、ごまんといます。別にオグが宿らなくても、まるで自らオグをつくり出してしまうような。彼らは人のせいにします。決して自分の責任は取りません。なぜなら彼らは操られているだけですから。自分の意思ではなく、何かの意思に突き動かされているだけですから。そう彼らは感じるのです。そしてとてつもない不幸に自分が見舞われていると思います。誰かが彼らにそのことを諭しても、彼らの生命がそれを求めるのは、なぜでしょうか。オグは、それに気づき始めます。なぜなら彼は、大量の人の悪を吸い込んだからです。子供は、未熟さの象徴です。それを殺すことは、成長したくない者のわがままかもしれません。その成長を待てないのですから。

 そしてその未熟さを殺された者たちは、自分が、成熟していないことを知るのかもしれません。成熟のために何をするべきかが分かってくるのかもしれません。人殺しは未熟さを殺すためなのかもしれません。それを受け入れて

 なぜ人は世を、生を、性を繰り返すのか。

 自ら育っていくために。

 螺旋なるその成長の曲線を、辿るために。その道筋はずっと続き、いかに成長を拒否しても、否応なく時間は進みました。彼は、経験を積み、最期を迎えるのです。オグは、ふらふらとある軍団に引き寄せられました。それは、海賊どもが組織した、ある町を討たんと集められた雇われ兵たちでした。生まれ

 直したアラルの体はその中に潜りました。そこで聞きました。彼女のオグが聞きました。オグなる彼女が聞きました。これからその集団が攻め込もうとしていた町の名前を。エスタリア。

 エスタリア。その名は

 オグなるアラルの目を開かせました。オグの中にいる無数の意識は眠っているわけではありません。皆がそれと共に悪を働いた経験を共有するのです。そしてその深い満足を分かち合うのです。オグの中にいた彼女は、その中の至極微小な一粒種だったかもしれませんが、その町の名は、大きく彼女を薄暗いまどろみの中から引き上げました。彼女の体に光る目が宿りました。オグたる者のほかの存在たちの意識も、皆、彼女の引き上げられた意識に追従しました。苦しみが彼らを襲いました。悪には理由があるのです。それを犯した理由が。彼女は

 恋人から自らを引き離すために(弟が自分から離れていってしまうことが怖いために)、自分に悪を働いたのです。悪を働くすべての人は、まず自分に、それを働きます。それが判ったのです。オグなる彼女は。

 アラルは恋人の幸せを一心に願って(姉は自分の幸福が弟と共にあるのだと信じ切って)自分自身を否定しました。自分の心を、そして命も。悪はそれを知るために動き続けました。その真の願いを叶えるために、悪は集合しました。繰り返しそれ自身を働きました。彼を慰めるものは誰もいませんでした。ずっと、彼らは孤独でした。しかしその旅路には意味があったのです。人を知ること。自分を知ること。

 誰もが一人で生まれ、一人で育ち、一人で死ぬことを分かるために。(ただ)一人。唯一の存在として!

 エスタリアは未熟な町でした。成長を期待しながら周りに一切染まらぬ、見えぬ檻に、閉じ込められた町でした。無論そこは成長の途中、成熟していない町でした。そして、オグのように、自ら離れた人間の思いに、囚われた町でした。まるで、イアリオのふるさとのように。魔物は子供をよく殺します。それが未熟さの象徴だからです。

 クロウルダの港に帆を下ろした海賊たちは、全滅したとはいえ、そこに希少な金属ゴルデスクがあることが判明しました。彼らは、自分たちが都とするべき新しい場所を見出し、そこにえもいわれぬお宝が存在することも知り、どうしても、かの場所を手に入れなければならぬ欲望に燃えていました。ですが、ゴルデスクという金属が、そして、オグといういにしえの魔物が、彼らの仲間を悉く挑発し、虜にし、滅ぼしたことも学んでいました。

 彼らは自らは行かぬことを決断しました。人を使い、人に窺わせ、人をして運ばせることにしたのです。そして、そこまでの行路は、血路は、自らが切り開くことを決断したのです。海路ではなく、陸路を通じて。いつか、彼らが追い出され、トラエルの町の者たちに撃退される行軍をしたのも、海からではなく、陸からでしたが。

 しかしオグは彼らをたらふく食べました。人間として未熟な者たちを。そしてまた未熟な人々を殺すための彷徨をやめることにしました。にもかかわらず、人は、彼の頭上にて、未熟な行いを繰り返し、クロウルダとは違った彼への子守唄をうたいました。そうなるため、そのようになるために、彼から分離したオグを持つアラルの体は、故郷を襲わんとする集団の中にいつのまにか混じっていました。どこまでも

 どこまでも、人に、人間に、甘えるために。

 今までの出来事のすべてが、雪崩落ちてくるかのように彼の体は感じました。それはこの世に居残った悪と同化したアラルの、いいえイアリオの意識でした。命の慟哭がその体をいっぱいにしました。そのために、そのためにそれは、人の過去世を喰い、あらゆる人の手足と内臓と性器とを、羊水たる体に醜く浮かばせたのです。彼女はゆっくりと笑いました。まるでこうなることが、分かっていたかのように。

 人間であったアラルは、自分の町など攻撃するつもりはありませんでした。そこには自分の恋人がいるのですから。ですが、オグはすでに、彼女の恋人を喰らっていました。にもかかわらず、令嬢は自分の意思を持っていました。それはあのテオルドにも起きたことで、二人はオグの目を持ちながら、社会に存在しました。彼らに託されたオグの役割を遂行するために。それは、自分の愛を、復活することでした。人にとって、自分自身を愛するほど、困難な課題はないものです。だから、人には絶望が必要でした。

 なぜなら、望みを絶って初めて分かるのです。何を本当は望んでいたか。愛とは何か。それを認識するには自分の全部が必要です。

 アラルの体は、できうるかぎり全力で、かの町を守りに行きました。彼女の悪は動きませんでした。なぜならそれは、悪であり、まだひとではないのですから。ですが彼女はひとでした。いいえ、悪を生み出した者こそ、ひとでした。

 ひとは、悪を生み、その場をそれで満たそうとしました。悪は、仲間を生み、その場をそれで満たそうとしました。すべてを認識するために。そのために。


 一方、いくさのしらせを届けられたヴォーゼは、その軍勢が、何者かまったくわかりませんでした。いままでははっきりとした対象が敵として現れていたのですが、その相手は、連合軍であり、どこから来たのかわからなくてあり、目的も理解できない(やから)でした。彼らは要求しなかったのです。これから攻めてくるにあたり、その要求を。希望を。つまり、町を蹂躙するためだけに、彼らは武器を揮ったのです。

 その突撃は予期不能で、突然峠道に現れてからは、旅人も商人も皆殺しにしながら瞬く間にエスタリアに侵入しました。町人たちは戦争は一区切りついたと思い込んでいました。なぜなら碇を下ろした港の連中は、悉く自害していましたし、それで大量の遺骸でしたから。なぜ

 海賊たちはその港を目的にそれまで何度も襲撃してきたか。未熟な者たちにそこは魅力的に映っていたか。どういった者にゴルデスクはその妖しい光を輝かせて見せていたか。そういったことを町は知りませんでした。オグといういにしえから生きる魔物の知識は、一手にクロウルダという神官が押さえ、彼らに任せるべきことだと教えられていましたから。オグはその滅びる時大勢のひとの命を求めるのです。自分と同様、この世に幻滅した魂を。生まれ変わりを、希望する輩を。ですがその計画は、その後に四百年以上に及ぶ長い長い歴史を辿り、辿り着くものですが。ただ

 ヴォーゼだけが、その予兆に気づいていました。なぜなら彼女はオグに取り憑かれていたからです。かつて恋人がその魔物を生み出す行いをしていたからです。オグは、その生み主を見ていました。オグは、生み主を我が元に呼び寄せました。オグは、生み主を自分の思い通りに動かそうとして、ある程度成功したものの、相手に計り知れぬ怒りを生じさせました。それは


 自分が生み出した世界がこのように歪み醜くなったのを嫌ったあの女神が抱いたもののように


 それでもひとたる自我をものにしようとしたとても足掻ききれない宿命を選び


 そしていずれそれが生み出したものとひとつになった、


 イアリオの前世の残酷な姿でした。ですが、夢見手はその姿をその目に映し出し、たしかに、その過去をすべて掘り起こしました。彼女は残酷な命運に見舞われた町と自分とに愛情を抱きました。私こそこんなに未熟で、どうしようもなかったんだと。それが私であること。それが自分であること。彼女の胎が、出来上がろうとしました。


 ヴォーゼは闇の中にいました。彼女はアラルの想いを掴み損ねてふしだらに愛を訴えていました。彼女こそ自分が大事な人間を失ったことについて取り乱すことはなく、いたって満足感の中にいました。あの時も、アラルが身元を去って戦場に身を投入した時も、一般的な喪失の思いを持ちながら、彼女はまったく乱れませんでした。自分の立場を明確にするために、外に出て、見聞を広めて、自我を出すようになったのです。陶工に弟子入りし、美術に目覚め、一人で絵を描くことができるようになった。彼女は恋人をいらぬ人間に変貌しようとしました。たしかに

 彼女はアラルの姿を描き、アラルの本質をその中に留めました。しかしその時に言った文言は、すべてありきたりの、本当のものではない、おしゃべりの挨拶ぐらいのものでした。ひとからきいた、どこかできいた、ほんとにきいた、ものでした。

 そう。それは、あのキャロセルも使っていたもの。だから、キャロセルは、弟に「友情で私を突き刺して」などと頼んだ。どこかで聞いた、偽りの挨拶を、交わした。それは、アラルがその前世において自らけしかけた手段と、暴力。

 二人には、途方もなく素晴らしい畏ろしいつながりが、ありました。そんなことは、夢を見る者もまだ気づきませんでしたが。令嬢はいつのまにか相手の前世となり、その映し鏡となったのです。鏡は、そこに神を(ひら)く。いえ、キャロセルによって悪霊となったその弟も、彼女と、協力してアラルに(しら)せたのです。すべてを。そして、

 彼女がずっと満足の中にいたのは、離れても、別れても、アラルから、本当の想いが届けられていたから───


 、あまりに、多くのことが、ここでは繰り広げられていました。だから、いずれうまくもう少ししゃべられるようになった時、ここで、もう一度話してみることにしましょう。終わった事実は、それでも語ることができます。事後の、ことも。すでに戦火に包まれていたふるさとを、土塊のアラルは踏み締めました。そして、人々は倒れ伏し、生き残りは見当たりませんでした。オグなる彼女は立ち尽くしました。ぼうぼうと燃え盛る火の中に。

 その火は、かつて、それが見出した悪に、付けてきたものでした。つまり、人殺しによって、なされることに。それによって、方々に、広がっていくものでしたが。

「アラル?」

 彼女の背後から、彼女を呼ぶ声がしました。彼女は振り返りました。そこには彼女の愛した女性がいました。服はぼろぼろで、顔も手足も震えていました。すっかり変わり果てたその姿は、もうすでに亡霊のようでした。

 ヴォーゼは悪魔のように笑いました。

「よく来てくれたものだわ。こっちにいらっしゃい」

 ヴォーゼは藪の中に彼女を連れ込み、激しく愛撫しました。

「愚かな人、馬鹿な人。ああ、この中にオグはいるんだわ。そうでしょ、アラル」

 彼女は口がきけませんでした。

「あなたがこの町で犯した事件を、私はよく知っているわ。誰もあなたのせいにしなかったけれど。でも、私は気づいた。これ見よがしに、誰かを殺して!私たちは動揺したわ」

 そう、そのおかげで、彼らは自らに眠る本当の願望に気づき出しました。

「それが、結局我が町を破滅させた。あなたは知っていたんだわ。ああすると、人間の心に何が残るか。きっと、今帰る時も計算づくだったのでしょう。喜び?嬉しさ?それしかあなたにはないでしょう?

 誰も味方がいなかった。誰にも信頼が持てなかった。私たちは内部分裂したわ。外から敵が攻めてくるというのに、その準備ができなかった。私たちは自分たちを守れなかった。どうして?自分だけで手一杯だったからよ。オグの中にいる悪って何?きっと、途方もなく大きくて力強い意志なんだわ。でなければ私たちが、こんなに惑わされないもの。唆されたんじゃないわ。不安になったの。いつまでもここにいていいかって。私たちは、変わろうとしたの。自分たちの力で。あなたの中にオグがいて、それがあんな事件を起こしたなら、多分、それは知らしめるためだった。私たちの、傲慢さを」

 ヴォーゼの言葉はびりびり響いてきました。アラルは、この町に醜い土産を残す前の記憶が全部蘇りました。師匠の霊とのやり取りもすべて。そして、自分がかの悪魔に喰われてしまった時も。あの時、自分はどうなったのでしょうか。ただ、悪魔への闘争心は失せて、逃げ続けねばならない自分を感じて、怖がって、目を伏せたのです。自分が生み出したものが、いかに大きいかを感じたのです。アラルは一度外に出て、眩しい日の光を浴びました。自分の体が、黒く塗り潰されているのを感じました。何かに身を任せなければならないと思いました。

 彼女が選択したのは、前から知っていた二組の男女の隙間にひびを入れることでした。そうしなければ、彼らは、本当に知りたいことを知らないままだとわかっていたからです。それは、自分のことでした。曖昧にしておく愛が一番望ましいと信じる愚かさ。せっつかれるように愛とは反対に見えることをするのは、それへの反応だということ。どうしても委ねられないのは自分の心だということを。アラルは知りたいと思いました。その頑なな態度にひびを入れて、どう変わるか。いえ、何がそのまま残るのか。

 まるで、親に歯向かう思春期の子供のように。

 だとしても、圧倒的な衝撃を、彼女は町に与えました。二組の男女は、殺し合い、処刑されてしまいました。

 確かめようとする行いは、とても自己中心的で、破壊的なのです。親を刺す少年は、いつの時代か絶えるのでしょうか。自分自身を刺す子供の数はそれよりも多いのではないでしょうか。確かめたくて。不安になって。男女はなぜ殺し合ったか。そして、それに続く子供も、どうして同じ屋根の下にいるもう一人の子供を殺したのか。

 真実が己にあるのではなくて、他にあると思ってしまったから。他にあると思ったから、誰かが同じことをしてしまうかもしれないと、町全体が疑った。そして、自分だけで精一杯になった。…彼らは協力し合えませんでした。来たる脅威はまったく物理的で、彼ら自身のその時の精神と対峙するものではないものでしたが、彼らはすでに自分たちと対峙していたのです。その精神が蝕むものと。その精神が欲したものと。

 …海賊どもの連合軍は容易に彼らを打ち破りました。建物には火が点けられ、それに逃げ惑う人々は、どこに逃げればいいかわかりませんでした。なぜなら彼らが戦っていたのは海賊ではなく自分たちだったからです。どこにいても繰り返される戦いだったからです。どこに逃げればいいかわかりませんでした。とりあえず彼らは武器を持ちましたが武器は振るえず侵略者たちに先制の攻撃を浴びました。

 その形は、幾多の滅びた村町と、同じものでした。反撃を試みようと思えば試みられたのです。そして、生き残ることも。ただし、エスタリアは逃げ場なく、あったとしても海の上でした。クロウルダの港もまもなく侵され、かつて侵略を受けた時に占領を余儀なくされたように、波と押し寄せる寄せ集めの連合軍に、彼らは負けてしまいました。

 そして彼らの一部は海に逃げました。しかしエスタリアの町は、終わりました。ほとんどそれは、自壊しました。

「もういいわ」

 ヴォーゼは懐から短剣を取り出しました。切っ先は青白く光り、恨みがましく唸りました。

「もう終わりよ」

 ヴォーゼは切っ先を自分に当てて、その柄をアラルに握り締めらせました。まるで、キャロセルとその弟のように。今度は立場を逆転して。切っ先は鋭く胸を突き破り、真っ赤な血が飛び散りました。こうして

 キャロセルはその弟にしたことをその来世、自らの手でしたのです。

「あなたを愛したくなかった」

 それは、本当は愛していたがゆえに、呟いた言葉でした。ヴォーゼは、どこか相手を知るために自分は生きてきたと感じたようでした。この死の間際に。目まぐるしく変わる環境に、彼女は愛する者の姿を認めました。相手が生み出したものを、所持した、人間の深き業を、繰り返し、(あらた)めているように思いました。それは、自分もまた生み出したものなのでしたが。

 ヴォーゼはアラルにもたれかかり、涙を流して死にました。…イアリオは、悲しみにならない声で叫びました。何に基づくか分からない感情が、その胸を満たしました。しかし、アラルは、痺れる手を放っておき、ヴォーゼを振り切り、地面を揺らすような足取りでその場を後にしました。


 エアロスと、イピリスという、つがいの神様たちは、一方が破壊を、一方が再生を司りました。二人は、自分の子供のしたことに、腹を立てて子殺しをしました。新しく人間を土からこねて、それを育ててきました。でも、新しく生まれ変わった子供たちも、繰り返し彼らに壊されてきました。

 前進をするごとに破壊が生まれます。それが神の物語でなくとも。しかし、個人にはまるで神の息吹が下りたような、壮大なものが起きました。それは限りない命の力を伝えるものでした。

 大盤鐘の、鐘が鳴らされました。数限りない銅鑼が叩かれました。祭りが始まろうとしていました。祭りが始まろうとしていました。アラルは怒りに燃え盛っていました。背後に置いたふるさとを包み込む自滅の際の炎のように。彼女は初めて本当の敵が分かったかのようでした。冷たい土の体に温かい血が通ったようでした。

 彼女はまっしぐらにクロウルダの神殿に走りました。海賊はもう港に攻撃の一手を加えて、地下道に入り込みゲリラ戦の準備を整えた神官たちですら散々に蹴散らしていました。都市を征服するための、入り組んだ街路を攻略する、鉤の付いた武器を彼らは持っていたのです。それはしなり、壁の向こうの敵にも打撃を与えられるものでした。また、彼らの軍団にはその武器に長けた恐るべき傭兵たちが混じっていました。とにかくも、以前よりもっと楽に港町を陥れる準備を彼らは完了したのです。

 神殿は、また放置されてしまいました。アラルは、その姿をまた人間の目から隠し、するすると戦いの最中にある者たちの後ろを通り過ぎました。もし、悪が悪を憎むことがあるなら(善が善を憎むことがあるなら)、それは、幻を見て気がつかず、自分の幻影をそうして生み出していることに、螺旋を描いて知ることになる旅の果てでした。自分が愛せない、愛せないにもかかわらず愛している対象に、まっすぐ向かっていくことでした。まっしぐらに、突き進んで。

 敵は、そこにいました。自分には今まで見えなかった敵が。

 地下の湖にその敵はいませんでした。アラルはその向こう側の鍾乳洞にはいかず、別の方向に伸びた細い洞窟を進みました。そして日差しの覗く川原へ辿り着きました。彼女をそこで待っている者に出会うために。以前と同じ、真上から滴る柔らかな陽光が、川原を美しく輝かせていました。きらきらとしているのは水の波の面でした。波立つ泡があちらこちらでぷくぷくと弾けていました。それは幼な心に見たことがあるような奇跡の自然に映りました。危険で、呼び掛ける、過去に取り残された眩い思い出を掘り起こす、閉じた空間と時のある場所。それは、どうしようもなくそこに留まり、依然、時の底からこちらに話し掛け続けるのです。お前はここから旅立った。ここから飛び立ち、どこへ行くか。岩壁のカーブの向こう側に、アラルは歩いていきました。彼と再会した場所に、行くために。緑の小島。彼女の過去と、幻のゴーレムたちが、つどったところに。小島はそこにありました。しかし、前よりも、(あれから十年の月日が流れて、)少し小さくなっていました。花は咲いていませんでした。

 彼女は小島に立ちました。その時、周囲からわらわらと、霧の怪物が現れて、小島を上り出しました。オグの守護者である彼らはアラルに打って掛かりました。

 しかし、霧は斬ると消え失せて、簡単に倒すことができました。アラルは最後に居残った子供のような背丈の小さな歪んだくぐつも手に掛け、天に向かって呼ばわりました。

「出て来い、サルバ!私はここに来た。大事なものを失って」

 彼女は自分の悪を育てた師匠を呼びました。前世の自分が唆した年下の弟を呼びました。

「ようこそ」

 天から彼が現れました。青白い炎を上げて、さながら悪魔の出で立ちをして。

「アラル、君に会いたかったよ」

 アラルの怒りはついぞ抑え切れませんでした。サルバの姿に見えるのは自分自身でした。自分が犯したことのすべてでした。彼女は悪でした。悪が生み出したものがそこにありました。

 彼女は少年に飛びかかりました。突き刺した剣は、地面を抉るか、空を切り裂くだけでした。サルバの霊はテスラのつるぎを拵えて、それを空に閃かせてみました。すると、その切っ先が炎を灯し、火が明々と真昼に翻りました。その焦げる匂いが辺りに漂いました。嗅いだことのない匂いでした。きな臭く、鼻の奥につんとくる、何ともいえない腐臭でした。しかし戦場では感じたことのない、圧倒的な古さを蓄えた、黴臭さと水辺の苔のごとき、清涼さも混じっていました。彼女は動揺しました。そこに待ち構えていたものは、悠久の時でも居残った、あまりに自縛霊とは言い難い、神霊に等しくなった永遠(とわ)の命を抱きし存在でした。

「復讐さ。それは果たされたよ」

 サルバが言いました。恐るべき声で。どこから響いてくるのか分からない。

「僕は、ただ、君といつまでもいたかっただけだから」

 その台詞は、弟の言葉のようであり、まったく自分自身の言葉でした。いまも、むかしも、その言の葉は。

「これが、オグだ。彼は変わらないんだ。ずっと、おんなじ意思を持つんだ。彼はやや子なんだよ。父親(ててご)なのさ。母親なのさ。キャロセル、キャロセル。君を愛している。でも君は、僕の存在を許してくれなかったね…どうしてだい?」

 アラルの手から真っ青な刃が振り下ろされました。

「僕は、君の愛に食われたよ?どうしてだい?こんなに恐ろしいこと、君にはわからないだろうね。僕は、君に許しを請うたよ。君を突き刺しながら。君はゆっくりと笑った。君の望みが叶ったから。君だけの望みが。ああ、恐ろしい。恐ろしいものに、僕がなったよ。オグは言ったよ。仲間を増やせ。そして彷徨え。それしかできないことだから。不思議だ。まだ生きている。僕は死んだのに。生きて何かしなきゃならないんだ。君を殺すことじゃない。君が僕を殺すこと…」

 彼の、脳天に、白刃が届きました。彼は真っ二つに斬られ、にこやかに笑いながら、消え去りました。彼の後ろに、少女がいました。キャロセルという名の、白衣の少女が。アラルはそれも斬りました。ずしんと重たい、何かが背後で落ちました。

 アラルは後ろを振り返りませんでした。小島の先へ、澱んだ川上の水の方へ、歩いていきました。目の前には、さる門が開いていました。それは繰り返される輪廻の手前の、この世に残らずにはいられなかった、思い、そのものたちへ、ひとならざるものたちへ

 未熟なものたちへ

開かれた門でした。水から上がり、その先の湿った洞窟に入ると、十年前が蘇りました。彼女はそこで、死んでいました。アラルの後ろで落ちたのは、生と死の境目の扉でした。その昔そこで気を失い、倒れている間に増水した川面に窒息してから、彼女は自分の存在がそんな境目にいることにも気がつきませんでした。

 彼女はオグという死者たちの苦痛の呼び声に応えました。それは、自分がとうの昔に死んでしまったにもかかわらず、この世につなぎとめられた、自分の輪廻を忘れた者たちでした。その思いだけがただ居残った。それらに掛けられた魔法のために、その生と死の境の扉を後ろに開けたままにしておかれたのです。今、その生死の扉は閉じました。

 いかなる輪廻の循環も遮りし邪悪なその魔法は、しかし閉ざすべき命の流転の門を、開けたままにしておくことで、いにしえの魔法使いたちも知りえないもう一つの門が開きました。ひとになろうともがくべき運命にあずかった存在にしか、開かれることのなかった門が。本当の循環へ歩みを飛翔するために、つまり、すべての人間の悪が彼の中にあるなら、その彼の中にあるものすべてが向かうべき、時代の門が。

 ただ、目の前に開いていました。彼らは後戻りできなくなりました。この世に悪をもたらし混乱させ、自分の仲間を増やすことを、もはや、できなくなりました。彼らは閉じ込められたのです。自分に掛かった魔法の力だけがある場所に。

 …彼らに突然、背後から声が掛かりました。あの少年の声でした。

「滾る想い、憎しみ、それは分かってしまう。君は、もうそれを知ったんだ。十分に知ったんだ。ああ、君は、繰り返しこの世に生まれてきた怪物だ。

 いいかい、人は魂の数珠つなぎだ。背負え。満足するまで背負え。苦痛は、排泄物に過ぎない。お前はもう人間ではない」

 アラルは、少年の声に振り向きませんでした。まっすぐ先へ進みました。真っ暗闇でも目が利きました。耳ざとく、匂いも嗅ぎ分けられました。全身が膨れ上がったかのようでした。彼女はもう剣を持っていませんでした。手ぶらでした。

 何もここにはありませんでした。ここは彼女の棲家でした。

 彼女は自分の場所に戻ってきました。その塒へ。足取り重く。彼女は寝転がりました。仰向けになって。天井に白い光が差し込んでいました。彼女を、美しくそれは照らしました。彼女の中にある、無数の手足は、溶けてなくなりました。内臓も、性器も、透明な体に金色に光りながら、なくなりました。

 土色の希望がありました。何でも壊したものは再生すればいいのです。そうにちがいありません。彼女は一生懸命現在をつくっていました。彼女は人の行いそのものでした。

 彼女は眠たくなりました。いつか目覚める日を待ってから、また旅に出ようと思いました。今度は、もう二度と同じ旅はしたくありませんでした。結局、振り出しに戻るだけですから。大きくなった小さな体はもうはずして、どうせなら生まれ変わりたいものでした。こうして彼女は眠りました。また、夢を見る主体の人間が、自分の夢を見ることで、何かを願うまで。こうして悪は眠りました。眠りながら、彼女はそこにあった、彼女の遺骸を押し潰しました。


 その体に比して微小なる人間が、巨大な叫び声を上げました。オグは、中にいる彼女に目覚め、その中に取り込んだ別の人間たち一人一人の意識も目を覚まし、それぞれが、大絶叫を始めました。時と空間を越える張り裂けんばかりの声を上げ始めました。オグは膨らみました。一人一人が霧の粒子になりました。その叫びは辺りの山まで轟き、どろどろとした太鼓の音になりました。彼らは、独りであることに苦しみました。彼らは、独りになった人間の集合体でした。彼らは、いつか自分が死ぬことを望みました。消滅することを望みました。彼らは、最も望み難いことを、自分自身に課しました。




 月光の白い明かりが頬を染めていました。まだ真夜中に、イアリオは目を覚ましました。美しい夜空が展け、彼方に星が見えました。イアリオは、それまで見た夢をありありと覚えていました。

 彼女は深く息をつきました。口は開けたままでいました。白い星々を眺めながら、洪水のように押し寄せる気高い悲しみの大波に、彼女は襲われました。唐突に空に流れ星が現れました。星はいくつも流れ落ちました。彼女はうつうつと泣き出しました。とめどなく涙が溢れてきました。

 彼女は月台の上に横たわりながら、そのまま夜明けを待ちました。自分が寝に就いてから、一体幾日が経ったでしょう。静かな夜が過ぎました。星と月がゆったりとした動きで天を回りました。イアリオは膝を折りました。ちりちりとした前髪が風に揺れました。睫毛を閉じ、この世に何が動いているか、感じ取ろうとしました。何もかもが、動いていて、それでいて動いていないような気がしました。

 イアリオは目を開けました。すると、夢で会ったヴォーゼと、この生のときに出会ったヴォーゼが、鮮やかに、重なり合って見えました。もし、アラルが自分の前の生ならば、それでもいいとイアリオは思いました。そう考えると

 とてつもない過去が、現在の自分につながって、まったく苦しくありませんでした。むしろ、ぴったりと整って、力が湧きました。オグであった自分。オグであったとわかった自分が。

 町を出て、オグそのものを調べてきた今の自分につながり、過去が、彼女を導いてきたとわかったからです。そしてこれからあの町に帰らんとする未来にも。

「ああ、私は」

 彼女は判りました。

「これから、私の決着をつけに行くんだ」


 イアリオは、オルドピスの首都に戻ることにしました。オグを巡る旅は終点に行き着きました。クロウルダに報告ができるトラエルの町の事情を、彼女は言葉にできるようになったのです。

 彼女の目は以前のように輝き始め、顔はふっくらとして丸くなりました。夢を見終わった彼女の体は、そこに強い意志を秘めたることを、飾りなく教えていました。クロウルダやオルドピスの人々、ロンドたち雇われ兵たちもそれを見て、自分自身の心の底から湧き出す勇気を見つけました。ロンドは、この女性は偉大な過程を乗り越えたと感じました。

「俺にはまったくあなたは手に余る。だから、本当にあなたを誰かに手渡したく思うよ。あなたはどうやら人間を愛したく思っているようだ。あなたを待っている人がどこかにいる。そう思わずにはいられないよ」

「あなたの手も立派よ?あなたこそ必要な誰かを見出す必要があるわ」

 彼女は彼の手を触りながら言いました。ロンドはどきりとしながらも、まったく彼女の言ったとおりだと思わずにはいられませんでした。

「この手は武器を振り回すだけで一杯だ。それで為すべきことを為せるんだから、それでいい。俺は欲を持たないよ。前に突き進むばかりだ」

 彼女は美しくにこりと笑いました。

「ええ、いいわ」


 彼女は道中、オグによって滅ぼされたとされる、巨大な町跡へやって来ました。そこは、オグがその望みどおりに消滅できた、ドルチエストと呼ばれる町でした。トラエルのような海に面した港町で、地面が陥没して一帯が水の中に沈んでいました。イアリオはぞっとしました。地盤沈下は彼の棲家が潰れたためだと聞きました。ドルチエストとは、こちらの国の言葉で「闇中の光」を意味します。この一帯を支配するアガマの国では、禁欲を生の柱にする僧が、整然とした法を敷いて、人々の暮らしを守っていました。ですが、彼らはこの遺跡に手を出しませんでした。遺跡はずっと残り続け、後にそこがクロウルダにオグによって破壊された町跡だと断定されると、そのような名前を後から付けました。アガマの国では、闇は不断の認識を示し、光は天から投じられる奇跡を意味しました。目を瞑り沈思すると、意識は留まらず流れ続けることを感じます。その闇の中の黙考のさなかに、光のようにふいに訪れる発見や確信の瞬間を、アガマの僧侶は掴むのです。「闇中の光」ドルチエストは希望の意でした。破滅の後の再生を期待する気持ちを、名の中にそうして隠したのです。

 海の底には、神殿の入り口のような柱が見えました。イアリオは、それが自分の町の地下にあるものと似ていることに気付きました。

「ええ、ここは、我々がいました。我々がいながら、滅びてしまった最初の町でした」

 クロウルダの、イルマエンという若者が答えました。彼は頭髪が薄く、ひょろりと長い手足でいつも器用に道具をいじっていました。どうやら、ハオスとは師弟関係だったようで、彼との話をイルマエンはイアリオが質問するままに答えてくれました。

「私はあなたの夢の話を聞いて、なるほどと思います。前世はクロウルダでも見ることは適いませんが、オグとの交流はその話の通りです。彼とは死後しか交流ができません。だから我々は死を通して彼と話をします。そうすると、私という人間がかつて行った過去の悪たちが彼の中にあるのを見て、自分もまた彼であったと認識するのです。悪が本当に望んでいるのは自分の消滅です。それが実際に起きた時、この目の前にあるような悲惨な光景が訪れました。彼は、人の心の一部です。自分自身の消滅を望もうとしても、人間のようにはいきません。結果、彼は、とてつもなく大きなものを望むのです。自分がなくなるということは、自分を構成するもの皆失うということ、()()()()()()()()()()、その力は、まさしくエアロスのようになるしかないのです」

「彼女は、委ねられなかったのだろうか?」

 イアリオが呟きました。

「彼女には明らかに人が必要でしょう?でも彼女は、人の悪ばかり食うことになり、人を滅ぼしてまた自分を膨らませてしまった。でも、彼女こそ孤独だから、それは消滅になるしかなかったのね。悪は人から切り離されているから。でも、そうじゃない。

 彼は、命から出てきたのだから、また命に回帰できるんじゃないかしら?」

 彼女の言葉は地面を揺るがせるようでした。オグの人称は、クロウルダやオルドピスには「彼」とされていましたが、イアリオは、自分がそれと重なった体験をしたために「彼女」と呼びました。しかし、性別を定めても何の意味もありません。

「それこそを望むのです。レトラスという、循環機構がこの世界にはあります。大いなる霊魂の回帰する大河です」

 クロウルダたちは消滅したオグが最終的にその霊たちの流れる河に行き着いたと考えました。人の願望を皆一つにして、その河につながる扉を開こうとしたのは、確かなことだと確認されていました。

「そうじゃないわ。そういうことじゃなくてね」

 イアリオはクロウルダの著書を通じて繰り返しこの考えに触れてきました。

「ああ、まだ、それは言葉にはならないけれど」

 しかし、本当の結果がどうだったのかは分かりませんが、あのオグが、オグとなった、自分が、そこを目指して何になるだろうと感じました。それは、今の自分でさえオグの一部をもし抱えていたとしたら、それはきっと誰かに認められることだけを望んだ気がしたのです。それだけでよくないだろうか。それだけで救われないだろうかと。

「彼は、多くの人間の心を自分と同じものに染めます。その最期の時は、人間の力借りなくしてはレトラスには行けないからです。生が死を望まなくてはかの大河への扉は開かないのです。死亡した者だけでは、回帰できません。この町で、彼は町の人間すべてを、自分の従者にしました。クロウルダの先祖も彼に巻き込まれました。そして、皆で一つのことを望みました。扉を開け閉めするのには皆の梃子が必要でした。

 あの世へ行った我らが同士が、このように話してくれました。クロウルダは供物を捧げてその時も魔物を慰めていましたが、その慰みも、彼の深い悲しみに負けたのです。我々の、最大の失敗でした」

「その時の彼女と、私の町にいるオグは、似た状態になっているのでしょうか?」

「ええ」

 イアリオは潮風に吹かれながら、自分の町は、このような跡を残すのだろうかと思いました。あまり彼女は自分の町の未来を見通せませんでした。何が起きても、ただの変化のように、今は感じるのです。いかなる悲劇も、壮大な破滅も、彼女は今や傍観できる態度を取ることができました。

 自分を、そのような純粋な傍観者にするために、彼女は歩んできました。あの町の行く末を見守るために。見届けるために。

「私、自分が訝しくなるくらい平静だわ」

 彼女にはその自覚がありました。彼女は傍にいたロンドにそう話し掛けました。

「ロンド、私っておかしい?」

「おかしくはないが…人とはもう、ちょっと違うなあ」

 イアリオはまっすぐな目をして海を眺めました。ロンドはそう言いながらも、あなたについてはもっと言えることがある、だが自分は、どんな言葉も本当に適しているものは、選べないだろうと考えていました。

 彼女は身を翻しました。海を背に、彼女の姿を、正面を、見せつけるように。

「これから私の町に、何があってもいいわ。そうね。どんなにひどいことが起きても」

 彼はぶるっと身を震わせました。まるで女神の告げでも聞いているかのような心地でした。

「俺はあなたを好きだが、守られなければならない人を、俺は放っておけない性格だ。あなたの町が、もしこんなになるようなら、俺は何とかしてそれを防ぎたいよ」

 イアリオは凛とした声でこれに応えました。

「放っておいて。それでいいの」

 しかし、その後すぐに、人間たる彼女の表情が表れました。

「でも、その通りね。あなたと同じように、クロウルダも考えているわ。私はね、感じるの。恐ろしいことを。皆が、こぞって、あの町に起こることをすべてわかるのではないかって。理解して、受け止められるはずだって。そんなはずはない。そんなはずはないわ。私、おかしいことを言ってるね。そんなはずはないはずだもの。

 でもそう信じてしまう。何があっても、少なくとも、私は受け止められるはずだから」


 イアリオはオルドピスの首都デラスに戻りました。そしてこの約二年間の旅の報告を、かの国の指導者と、クロウルダの長ニングに向けて、行いました。

「あなたには、やはりクロウルダの血が流れている。夢の話はよくわかります。それがまとまろうとしたことは、我々が、今オグの資料を編纂している作業にも似ています。ひと連ねの物語にしなければなりません。それが、かの魔物を自分の中で慰めることにもなりますから」

 ニングは尊大な態度でそう言いました。

「理解するということは、人間にとって、究極の慰みだ。だが本来、理解できないから、言葉を操り交流を深めようとする。それが剣に変わることもあるが。理解しなければならないということもない。ただ、今何をすべきか、それを各人で決めているにすぎない。イアリオ殿、あなたはやり遂げた」

 トルムオがニングを牽制するように言いました。

「オグは危険な魔物です。あれは、常に人々を破滅に誘い込む危険を持っています。理解を広めなければなりません。さあ、あの町で何が起ころうとしています?あなたの言葉を、聞かせてください」

 ニングは急かすように促しました。

「クロウルダは幻想を見ているような気がします」

 イアリオは言いました。その言葉に、ニングは一瞬、自分の耳がおかしいのではないかと思いました。

「あの魔物について、はっきりさせなければならないという強迫的な想いが強すぎます。例えば花が散るように、すべては自然ではないですか?ちらりちらりと降るんです。そして新しい芽を出して、また花開く。どんな命も。

 人間は、愚かで、他愛もなく悪に振り回されてしまって、私の町は、過去に大災害を引き起こしました。あの経験は忘れられない。それでも私たちは、あの事件のあった場所で、繰り返し反省をするのです。二度とこんなことがあってはならないと。でも、それで昔の霊たちは慰められないんですね。なぜなら、あんなことがあったことを、生きている人間は認められないんですから。自分の中に、その衝動があれば、ただちに否定してしまいます。無理からぬことです。けれど、しょうがなかったんですよ?もう一度、あんな風に巨大な破滅が訪れたとしても、私はいいと思います。それが、オグに起こされても。

 私があの町で実感したのは、私のすべてを壊しても、なくならないものが恐らくあるということです。それが怖くて、不安になったり、焦ったり、したのです。まるで、子供が大人に変わろうとする変化を味わっていたみたいに。天女の霊に突きつけられたのは、私自身が変わる予感でした。私がいかに自分の町を憎んでいたか、愛していたか。私は町を離れて、なおそのことに気がつきました。あの町に、愛する人がいます。私はきっと、その人がそばにいるのが怖かったのでしょう。私は自分の変化を手放せない人間ですから。


 オグは、きっとそうした人の集合です。自分を信じられない人間の塊です。あの町で起ころうとしているのは、彼女が、自分を取り戻す未来。だから、はっきりと、エアロスとイピリスは宿るでしょう。私たちが、もし、彼女と共に歩んでいるなら、私たちも、変わります。もし、彼女が私たちの一部で、私たちも彼女の一部なら、きっと、ひどいことは起きません。魂が、入れ替わるだけです。私たちと彼女との間で。きっと、私は、そのような選択を、します」


 ニングはひょろっとした面を恐ろしく青くしました。元からその色だったようにも思えます。

「この世の悪魔が望むのは、ただひたすらに慰められたい願望です。我々の一部なら、ずっと慰めるより他にありません」

「そうして、多分自らを慰めたいのです。逆に、私がクロウルダのことをわかるならば、そうした心理です。私たちは自分たちを慰めることはしなかった。けれど、そうした選択肢もあったはずでした。私たちは憎んで恐れた。でも、クロウルダとも一様にあの魔物へ反応したからでしょう。私たちだからそのように応じているのです。私は、理解ははっきりしなくてもいいと思っている。彼女とは、共に歩んできたのだから、これからも、そうするより他にありますか?」

「だったら、あなたの予感、滅びの予言は放っておくのですか」

「私は帰ります。ふるさとに。なぜなら、私はあの町の住人だから。オグの行く末を見なくてはなりません。私たちの歴史にオグはあったか。そうでも、そうでなくもあるのです。三百年前のことはオグによるものではないけれど、あの中に、オグは潜んでいました。今、この世に未練を残している死者たちが望むことは、多分、自らを知ることです。その願望は、恐らく私たちも持っているはずです。そして、私の町の下に眠る、彼女も」

「オグは一つの願いを霊魂に渡し、その望みの力でレトラスの門を開ける。そうして巨大な力が働き、滅亡が起こる。なんとしても防がねばならないのは、あなたの町が、滅びてしまうことです。お分かりか」

「そうしてクロウルダは自分の一部を失ってしまうことが怖いのですか。あなた方は、自分を知るためにオグに触れる。自分を慰めたいがために、オグを鎮める。わけのわからないものにしておきたくないから。そうでしょ?」

「学問的じゃない。我々は―――」

「そして、オルドピスは私の町を守るべきかどうかを決断しようとしている。黄金は惜しくないでしょう。ただ、オグがどんな暴挙に出るかが疑われるだけで。影響があの町だけに済むのかを一番よく知りたがっています。オグは、私たちの町を滅ぼそうとなどは考えていません。自分と同じ願望を持つ者を、その思いを強くして、まるで自分を探るように、大きな力を出したいだけです。その先は、きっと―――」

 トルムオがじっと彼女を見つめました。イアリオは、息を呑んで、言葉を継ぎました。

「きっと、ドルチエストのように、大勢の人間が、彼と同じ足取りを辿るでしょう」

 トルムオの目が光りました。彼は、自分の中で大きな決断を下したようです。ニングは肩から溜め息をつき、渋い顔をして部屋を出て行きました。イアリオは少しだけその場を外すことを詫びて、扉の外へ出ました。そこへ、愛らしいニクトが、二年ぶりに出会った分伸びた背丈で精一杯彼女を抱擁しようと来ていました。

「ああ、ニクト」

 イアリオは少女を抱き締めながら、自分の旅路を思い出して、わなわなと震え出しました。

「何て恐ろしい旅行だったのだろう。私の中にいるもの、あの町の中にいるもの、あの町の下にいるもの、全部が、一つのことを願っているのを発見していった旅だったわ。その願いが今表れようとしていたの。恐らく、我々の先祖までも、私の前に白い魂魄を晒して、告げた話はそういったものだったんだ。私は怖い。戻ることがじゃない。これから気付くこと、知っていくことに。私の近くにいた人々が、私のように、それと顔を合わせることに!

 ニクト…こんなに寂しくて、つらくて、悲しいことがあるかしら…?」

 ニクトは、豊満な彼女の体に抱きとめられて、顔を赤くしました。少女は、イアリオの悲しみに同情はせずに、その前に一瞬自分を貫いた彼女の視線に震えていました。なんて強い意志が宿っていたでしょう!そして、抱擁は、彼女の不安をぶつけていたのではなくて、ニクトの中にあるオグを、温め慰めたのです。

 ニクトは体中が熱くなりました。やっとイアリオが放してくれて、少女は照れて、笑いました。

「お帰り!」

 そう言うと、イアリオはやっと笑顔になりました。


「あなたたちは、幸い、外との接触を嫌っていた」

 トルムオは、長い髭を少し揺らして、紫の外衣を中央にまとめました。

「私たちは、トラエルの町が、どのように変化せずに、また独自の発展というものがあるか、どうか、見守っていこうとしました。これは学問的興味というものです。やはり、あなたの町の黄金は恐ろしいものですが、それが私たちなりの関わり方で、最も国益を得られる方法だと判断したのです。しかし、あなたの町に、オグが潜んでいるとなれば事情が違った。見守る立場から、見届ける立場になりました。私たちは、あなた方を守ろうとしてきたが、かの魔物の所在が判明してからは、あなた方を囲いの外に出そうと努力してきたことを、ここに告白します」

 オルドピスは、彼らの技術や言葉を彼女の町に伝える目的を、その町にオグがいることが分かってから違えました。町の人々の自衛の手段を提供することから、いつか、人々がオグから離れることを企図したのです。

「ですが、クロウルダと手を組み、かの魔物をどう処置していくかの研究も行ってきました。今は、まだその研究は道半ばで今に有効な手立ては打てません。私たちは、あなた方の町を、どうすべきか議論しました。あなたの言葉が重要で、それ次第で、町人たちを避難させるかどうか決めたく思いました。しかし、あなたは助けを求めなかった。オグと共に、破滅を望むという。ありえないことです、およそ人間らしい判断だとは言えない。私は、非常に怖い。何が起こるか分からない。あの町について我々はほんの少ししか知らなかったのではないか、その町が、ずっと地下に魔物を居させた歴史は、いかなる意味があるかは検証しなかった。

 あなたがこちらへ来てから、私はかの町に使者を何度か送りました。ですが、一人も帰ってきてはいません。何が起きているか、判らずに私たちは二の足を踏んでいます。あなたの回答を頼みにしていた。あなたは町へ帰ると言った。ロンドをあなたに付かせましょう。我々の戦士も。いや、私は、あなたの町を守らないことに決めた。ただあなたを無事にトラエルの町へ送り届けることを決めました」

「…別に、私はあの町の使者ではありませんから、私に何を言っても、公式の約束にはなりません」

 イアリオは、凛とした表情で、老人を射抜きました。

「オルドピスが手助けしてくれたことを、町の皆はずっと感謝するでしょう。私たちの欲しい援助は、皆あなた方から得たものですから。でもそれ以上は貰いません。これは私たちの意志ですから。それで十分です」

 彼女はそう言うと、にわかに自分の下腹部が、熱く濡れているような気がしました。その感触は、高揚感につながりました。どきどきと、胸が高鳴って、まるで何かがそこから誕生するような、熱い生命の躍動を覚えました。彼女は確信しました。きっと、町に帰って、自分は誰かと一つになるのだと。その相手は誰だか知りませんが、ようやく、彼女が自分の外側へと押し出していたものに気付いて受け入れようとしたのです。

 オグがいよいよ暴れ出そうというふるさとで、決着をつけようというのは、自分の未来を決めることでした。だから、彼女は戻ろうという決意をしたのです。それは同時でした。月の台の上で、最終的に望んだのは、鏡に映った自分の像を、

「私は、結局自分のことしか決められません」

 取りこぼすことなく、受け入れることでした。

「でも、そうだからこそ、受け入れられますよ」

 トルムオは頷きました。オルドピスの代表者は、こうしてトラエルの町を切り離し、その行く末を見守ることにしました。トラエルという町は…赤ん坊のような存在でした。生まれようとしない種子でした。もし、あの町が一つのものを望むとしたら、それは、生まれることだとイアリオは感じました。彼女の腹の下が疼きました。生まれるとは、知ることでしょうか。だったら、彼女の町の物語は、およそ変化しないものの中に…それは種だった…変わろうとする意志と未来を描くものでしょうか。

 冬の中に春を覚えるように。芽を出す時を、どんな人間も望むように。自分の中の確信、信念、それは眠っているもので、起きてもふらふらとしがちです。だから、芽吹く時を待ちます。芽吹けばそれは龍になるかもしれません。植物の龍に。


 トルムオは、ただイアリオ一人だけを相手にしていたのではありません。そのように見えて、違いました。賢者はその女性の中に、ひと際大きな業をもたらす悪の所在を始めから見ていました。クロウルダとそれは同じでした。ですが彼らはその彼らの中にある悪とどうしても向き合い切れませんでした。しかし、その女性は、その点においてクロウルダとはどうも違っていました。トルムオには彼女が悪そのものにも思えたのです。実際彼女は、自分を悪と鏡を挟んで向き合っていました。

 だから、彼はトラエルの町を切り離したのです。彼らが知りたかったのは、決してオグの動向ではなく、あの町を背負ったこの女性が、一体何を選ぶかということでした。いざ、それは決しました。あとは、彼女が故郷へ帰るのみでした。

 しかし、町が輩出した町の子供は、彼女だけではありませんでした。ピロットと、テオルド、そしてあの怨霊イラと、白霊ヴォーゼも、またその子供たちでした。彼らが一様に望んでいることがありました。それは自由とも、誕生とも言えました。

 オグは、その思いを喰います。何のために?彼は、あらゆる人間の悪意の集合なら、それが望むのは、最期は自らの破滅でした。もういいのです。他の人間の思いを叶えてあげるのは!

 そうして、悪意を貪るのは。

 最も望み難い願望を()()()()()()()()()()()は、つまりは自己破壊でした。自分がいなくなることでした。彼は、ついに自分がばらばらな存在であることに気付きました。彼と、イアリオは同じでした。

 彼は、生まれようとしていました。今までは彼は死と同様の存在でした。彼は言葉でした。言葉が力持つ時に、彼は蠢くのです。それは、人間から離れた場所で威力を発揮するからです。彼の力は、元々は人のものでした。彼が生まれるということは、彼女がその母胎を、完成させるということだったかもしれません。人から離れた力は、人に回帰するのであるなら、その力の本来の性質が、そこで発揮されるのなら、

 イアリオの物語の中で、それは子を宿すと同じことでした。最も望み難い、最大のもの。それは、命の誕生に他なりません。決して望んで成ることではありません。オグが、元々はあらゆる人間の救いを求める声ならば、命は、世界中が求める願いでした。だから、夢うつつの現世を彷徨い歩いたとしても、同じものに出会うのです。生と死が。命と悪が。

 だから、追求するものは同じなのです。彼女も、オグも。それは、町の人間すべてが、そしてまた、かの町の周囲にある国も。どんな子が生まれるのでしょう。どんな子になろうとするのでしょう。自由は痛みを伴いましたが、生まれる自由は保障されていました。誰に?自分に。


 象徴的な明日が、手を広げて、イアリオを待っていました。彼女はそして、笑いました。なぜなら、下らなかったあらゆることが、その意味を転換させて、一気に重さを持ったからでした。命は明日を生きるのです。見えなかった未来に、突き進む覚悟と信念を持っているのは、ただそれだけでした。なぜ生きようとするのでしょうか。それは、

 轍を越えて、

 人間が、

 時間をくぐり、

 結ばれるからです。

 この通り。

 前に。


 破滅の町第二部後 了

 第三部に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ