嫌々結婚する為に向かった先で出会った美少年。結婚相手の事を愚痴っていたら彼が結婚相手だった……
宜しくお願いします。
「ああ゛ーーーっ!! クッソ面倒くせぇ!!」
馬上で盛大に悪態をつくこの男。口調からは想像できないだろうがこれでもここカルクシュタイン王国の第三王子である。彼がその身分に合わない口の悪さと態度をとるには理由があった。
「仕方ありません。殿下がいつまでも女性から逃げてばかりいるから、遂には他国との問題にまで発展して現在に至るのです。これを機に、しっかり反省なさいませ」
「はぁ!? 何でオレが!! 問題なのは第三王子とは言え、一国の王子の寝室に忍び込んで『私の物になりなさい』とかとち狂ったクソ王女のクソみたいな計画の後始末に俺が王都追放になる事を当然と受け入れるこのクソな世界のせいだろう!!?」
「クソが多すぎです。あと王子がそのような言葉遣いはおやめください」
この世界はおかしい。
何時の時代からか出生数が激減し始め、しかも男女比が狂いだした。元々5:5であった男女比は今では8:2で男性が溢れている。
このままではまずいと各国それぞれ対策し、多くとられたのが一妻多夫という一人の妻を複数の夫で共有するというもの。この政策で溢れて行き場のなかった男性を救うはずだったのだ。
しかし、この政策で新たに生まれたのが女性側の横暴だ。この政策が施工されて数年もたてば清楚で謙虚だった妻も夫を手足のように使い、我儘を咎めれば離婚を迫られ子作りも拒否される。それでも離婚となれば男性側の問題とされ多額の慰謝料を支払った後、後ろ指をさされて生きることになる。
つまりこの世界の女性たちの多くは皆我儘で傲慢。感情論で物を言い反論は許されない。どんなに自分が悪くても謝るなんてもっての他。常に自分を頂点にしたピラミッドの上にいなければ気が済まない。それが許される。だって『女』だから。
そうして何世代も繋いできた出生数も回復せず、男女比も正常に戻らないまま今日までやって来た。男性は黙って女性の一方的過ぎる会話を忍耐強く聞き入れ機嫌を取り、愛を囁き、情けを乞う存在となった。
女性の横暴も魅力の一つと思う様になったのか次第に洗脳されたのかは不明だが男性が女性に媚びる事で次世代へと繋いでいったことは事実。
そんな世界の中でも男性が女性を選ぶことが出来る存在が王族だ。
その血を絶やすことなく繋ぐ責任があるこの一族には女性の奔放さは天敵。王族の血を引いてもいない子を王族と認める事は出来ない為、女性への接触も女性側の男性への接触も厳しく取り締まっている。
それなのに。あの王女は「自分の血こそ高貴で尊いもの。夫の血がどうであれ、称えられるべきは私よ!」と、これまで王族としての教育を受けて来たのかも怪しい程に奔放な女性だった。
国同士の友好関係強化の為に上がった婚約だったが上二人の兄は既に既婚者であり、妻を大切にしている。妻達も弁えているがそれは子供を産んだ後は好きにやっていいという条件の元で嫁いできた、打算が目に見える。王族に嫁ぐ事は女性の頂点に立つという事。義姉達もやはりそこら辺にいる女性達と変わりなかった。
とは言え、王子としては婚姻も義務。過去のトラウマに向き合い、どうにか対面した時に言われたのが先ほどの言葉である。落ち着け、落ち着けと側近にも目線で窘められ深呼吸をする。どうにかその場では穏便に済んだものの、アレと一生は無理。どうにかして子を作ったら祖国に帰ってもらうか留まったとしても自由にさせるかと考えていた。
身支度を整えベッドに横になり目を閉じ数分。
ごそごそと何かが蠢く事に気づいた王子は暗い中目を空けるとそこには。何とも妖艶なネグリジェに包まれ勝ち誇った顔で見下ろしている王女の姿。
カッチーンと固まる王子に王女は『私という至高の存在に触れられるという事に感謝なさい。貴方如き、私に触れるなど本来はあり得ないのですから』と宣った。
王子、これには過去のトラウマが瞬時に蘇り思いつくがままの罵詈雑言を浴びせ王女涙目。何事かと駆け込んできた近衛から剣を奪い王女を粛清せんと抜く。
王女ちびる。
それでも王子の怒りは冷めることなく抜き身の剣を王女の首に添えたところで王女失神。
騒ぎを聞き付けた国王である父親、息子が王女の首に剣を添えているところ目撃。王子を監禁。
意識を取り戻した王女、泣きながら王子を侮辱しすぐさま帰国。
王女の父親大激怒、王子の父親土下座の勢い。
謝罪をしない王子に父親大憤怒!
『お前にはほとほと呆れた! 過去の事をいつま引きずるつもりだ!? お前のおかげで戦争にまで発展しかけたのだぞ!? それがわかっているのか!!』
『方々からお前の悪評が流れている。女性の誘いを断るなど、男の風上にも置けん!!』
『王都に置いておけばまた問題を起こすのは目に見えている。そこでお前には婚姻してもらう事にした』
『相手はブロスヘルト辺境伯令嬢で次期辺境伯だ。辺境なら女性も少ないだろう。女性を毛嫌いするお前には持って来いの相手だ』
『許可なく王都に戻ってくることは許さん。お前は一生、辺境の地で生きるんだな』
そうして長年住んだ城を追い出されたのが十日前。
必要最低限の荷物と護衛、共についてきてくれた側近の少人数で向かった先がブロスヘルト辺境伯領だ。
辺境というだけあって山と川があるくらいで人家がまばらだ。広大な土地ではあるが岩山が多く、平らな土地が少ないため作物の収穫もそれほど多くはない土地だ。
正直めぼしい産業も資源もない貧しいに近いこの土地を有する意味も解らないくらい、この土地は田舎であった。王都育ちの王子達からすれば面白みに欠ける。
人がいないから宿もない。
野営するのはもう何日目か。
「はぁ~……。億劫だ。」
「ご自分のせいですね」
「わかっている!! だが……はぁ」
「お気持ちはわかります。しかし、こうでもしないとあの王女はそれこそ戦を仕掛けるよう自国の王を説得するでしょう」
「我儘放題の王女のご機嫌取りに戦か。ふんっ! 民にはたまったもんじゃないな」
王子が辺境伯領に婿入りする事になったのは田舎という他に辺境伯令嬢に対する『噂』のせいだ。
何でもブロスヘルト辺境伯令嬢は熊をも素手で倒すという猛者で身長は2mを越える筋骨隆々の厳つい女性だそうだ。しかもかなりの男好き。毎夜侍らした男に奉仕をさせ、欲を発散させる奔放な女性だという。使用人への態度もきつく、粗相をすればすぐに熊の餌にしてしまう残酷な女性らしい。
「噂を信じる前に、熊を素手で倒すのと身長と筋骨隆々以外は王女の自己紹介かと思ったぞ」
「その他すべてが自分に当てはまるとは思ってもいないのでしょう。どういう訳か、女性は自分を客観的には見られないようですので」
寝るまでの間、火を囲み側近達と他愛無い会話を楽しむ。いや、楽しくはないが。
兎も角、あのクソな王女のせいで噂の辺境伯令嬢と婚姻しなくてはならなくなったのだ。婚約ではなく、婚姻。普通、婚約して期間をおいてから婚姻だろうに。そうまでして俺を王都から追い出したいのかと思うと我が父ながら怒りを覚えた。
「明日の夕方には城に着くでしょう。今日はもうお休みください」
「はぁ~……、そうする。皆、巻き込んで悪かったな」
「いえ、仕事ですので」
「そこは俺が大事だったからとか言えんのか」
「正直なもので」
「ぐぅっ」
「お休みなさいませ」
「……はぁ、おやすみ」
そうして野営最後の日を終え、眠りに落ちた。
翌朝身支度を整えた後、馬を走らせる。ちなみに馬車は荷馬車だけで人が乗る用の馬車は引いていない。以前女性が隠れて馬車に乗り込み既成事実を作ろうと襲われた事もあり、それから更に女性不信が強まった俺によって移動は全て馬になったのだ。側近としては馬にも乗れるが騎士並みの体力と技術が必要になったのは言うまでもない。
昼前、そろそろ休憩をという事でちょうどいい所で馬を止める。
そこには近くに浅い川が流れており、馬の水飲み場にも最適で何より木陰が気持ちいい所だった。あそこにしようと馬を向かわせると、一人と一頭が先客にいた。
「すまないがここを使わせてもらってもいいだろうか」
「!!」
側近がその人物に声を掛け、驚いた様子で振り返った。
「「「――――!!」」」
「――どうぞ。お好きにしてください」
こんな美しい男がこの世に存在するのか。
にこっと笑うその美青年に目を奪われたのは自分だけではなかった筈。ちらりと見れば側近も護衛の騎士達も誰もが彼に目を奪われ頬を赤く染めている。
ふわりと笑う青年。いや、少年? はトラウザーズを膝上までまくり上げ川に入り馬の手入れを行っている。黒毛の艶やかなその馬も美しく、まるで一枚の絵画のようだった。
しばらく見惚れていたら少年は不審に思ったのか手を止めてこちらを見始めた。
ハッとして休憩の用意をし始める騎士達と側近。私は恐る恐る彼に近づくと少年の方から声を掛けられた。
「旅の方? この辺には何もないのでお困りではありませんか?」
「あ、あぁ。そう、旅、旅かな。でも、もう終わるか……」
「……? このあたりの方ではありませんよね? 終わりとは……っと失礼。不躾でした」
「え、いやっ!? だい、大丈夫だ!! 謝らないでくれ!」
なんだ、なんだこれ。
私は一体。どうしたというのだ。
「あ、その。き、君はこのあたりの人? この辺の土地には詳しいのかな?」
「えぇまぁ。地元ですので」
「そ、そうか! 地元か!」
ドキッと胸が高鳴った。だって地元だって。この美少年の、地元……。
(って落ち着け!! 地元だからなんだ!? それに何ドキドキしてる!? 顔が赤くなってるのではないか!? オレは女は嫌いだが男色ではないぞ!!)
第三王子は女嫌いである。しかし、中身は立派な健康優良児であり肉体的欲求の相手は女性である。それが余計に王子を拗らせる事になるのだが、ここで問題なのは相手が男であるという事。
いくら美少年だと言えど男相手にこんなにも胸が高鳴るなどありえない。
男にしては細く華奢だし、膝まで見えている足は白く折れてしまいそうなほど細い。手も指も細く長く、自分の手と比べたら一回り以上小さいのではないか。発展途上であるのならこれからの成長次第で大きく逞しくなるのだろうが、それはそれで勿体ない……いやいやいや!
(何を考えている、相手は男だぞ!!)
さっきまで男色の気はないと言っておきながら少年が気になってしょうがない。
王都にだって見目麗しい少年達はいる。だが、彼らにそんな気は起きなかったというのに何故、彼にはこうも心躍るのだろうか。
再び馬の手入れに戻ってしまった少年を観察する。
髪は濃い紺色で金の瞳。スッと通った鼻筋が彼に理知的な印象を与えるのに、口角が僅かに上がり愛馬を手入れするのが楽しいという気持ちが伝わってくる。頬は桜色。唇はふっくら柔らかそう。声変わりしていないのか高いが、嫌な高さじゃない。年齢は14,5という所か? 長い髪を一本で結び、露わになった首筋は白く薄っすらと汗が滲んでいる。
穏やかで柔らかな表情の彼は、一体―――?
「ご準備出来ましたよ」
「はっ!!!?」
「お食事です。いつまでそうしているのです」
「お、おぉ……、すまん……」
「……」
び、びっくりした……。背後にいる事にも気づかないとは。それほど彼に見惚れていたというのか。
彼の華奢な首を見ていたら何だか、無性に……うぐぐぐっ違う! 決して男色ではない!!
「食事を多く用意してしまいまして……貴方もいかがですか?」
「えっ? しかし……」
「!? お、おい! 何を」
「余らせるのも勿体ないですし。お腹はすいていませんか?」
普段厳しい意見しか言わない側近が、オレの安全を優先させる側近が!
渋る彼をどうにか説得し、共に昼食をとる事になった。体の見た目よりも多く食べたがやはり騎士に比べると少なかった。いつもこれくらいは食べているらしいが肉になっている様子はない。腕細い。だが、不健康な細さはなく、むしろ健康的で余計な筋肉も脂肪もついていない、スマートな体型だ。
辺境の地では危険が多く、一般人でもいざという時の為足腰は常に鍛えているそうだ。彼も例にもれず鍛錬をしているらしい。筋肉はあまりつかない体質なのだそうだ。
昼食が済み片付けた後、行く先が同じだという事で同行してもらうことにした。ここで別れるのは名残惜しかったので密かに歓喜した。ソレを顔に出さないようにしていたのにうちの側近ときたら。
「行く先が同じ? 丁度いい!! 嬉しいです。貴方のように美しい方と一緒なんて! むさくるしい男達と十日以上も一緒で気が狂いそうな所にあなたというオアシスが現れた! もう神に感謝ですね! ささっどうぞこちらへ! しかし美しいですね。食べてしまいたいくらい、とても!! ふふふっ……好みだわぁ」
「おぉぉい!! そこぉ!!」
「はぁ? 何です。やかましいですよ」
「お前!! 何やってんだ!!?」
長年の付き合いがあるこの男の趣味を垣間見た。お前、そっちの趣味があったのか! 知りたくなかった!
「失礼ですね。私は美しいものが好きなのです。男が好きな訳ではありません」
「それ美しかったら男もイケるってこと!? 嫌だ、こんな側近嫌だ!!」
「大丈夫。殿下は好みとは外れているので。しかし、彼は本当にもう……」
「本当に、もう?」
「ドストライク」
「逃げろ少年!! 今すぐに!!」
「逃げられると追いたくなるのが男です。あぁっでも彼を追うのも悪くない……!」
「護衛騎士達!! こいつの魔の手から少年を守れ!!」
知らなかった側近の性癖を暴露された俺、涙目。
ここのところオレめっちゃかわいそうじゃない? 被害者じゃね?
「へぇー!! 結婚ですか!」
「はい。実は親同士が決めた事なのでまだお会いした事もないのですがね」
「そうですか。それはさぞ、不安でしょう?」
「えぇまぁ。しかし、家同士の決め事に文句はあれどそれは向こうも同じ。出会って余程の事がない限り、関係を築き上げるのも大切な事かと」
「ほぉ。関係を築き上げる、ですか。……うん。とても大切なことですね!」
「えぇ。夫婦円満には互いをよく知る事がとても重要です。まずは良好な関係を築かねば!」
「……」
おかしい。
この側近は何を言っている? 関係を築き上げるのも大切だろうけど、女とそんなもの築けるわけないだろうが! 第一!
「結婚するのはオレですけど!!?」
「え!?」
「はいはい。だからしっかり良好な関係を築いてくださいね」
「無理だ! ありえん!」
少年は驚いた様子だ。まぁ、あいつの言葉を聴いていたらさも自分が婿入りするためにここまで来たのだととられても可笑しくない言い回しだったし。実際、王都からここまでついてきてくれたしな。
「……無理?」
不思議そうに首を傾げて問うてくる少年。ぐっ! その角度ヤバい……!
「この方女性が苦手でね。幼い頃嫌な想いをされてそれ以来女性を寄せ付けなくなってしまって。で、ある日父親の逆鱗に触れてしまって厄介払いするようにこの地に送られてきたのです。この土地出身のあなたにはゴミを押し付けるようで申し訳ない」
「おいこら、誰がゴミだ、誰が!」
「ゴミはしゃべりませんよ。黙ってください」
「よーし! いい度胸だ。剣を抜け。ここで粛清してやろう」
腰の剣をぬこうと手に掛けるとさすがに騎士達が慌てるが、張本人はどこ吹く風。しかもさっきから美少年の横に張り付いてずっとしゃべってるし!! オレもしゃべりたい!!
「……お嫌なのですか? 結婚」
「えっ、あ、あぁ、まぁ……。その」
「その?」
「っ……、乗り気では、ない」
「何故」
「それはっ……答える義務はないが……」
「……」
「~~~っ」
少年の吸い込まれそうな程に澄んだ瞳で見つめられたら、何故か罪悪感というものが生まれてしまいなかなか言葉に出来なかった。噂は兎も角、ご令嬢もそこら辺の女と関係なく傲慢で我儘で自分に尽くすのが当然と考える女なのだ。今まで例外に当たった事などない。表ではいい顔をして裏では貶す言葉を発するのが女。自分が優位に立つためには他を蹴落とすことを躊躇わないのが女。
結局身分と結婚相手の身バレをしないように気を付けながらいかに結婚が嫌なのかを語ってしまった。これまでの鬱憤を晴らすかのようにずっと少年に愚痴ってしまった。
少年は黙って時折相槌を入れながらオレの話を訊いてくれた。側近以外では初めてでちょっとスッキリした。
夕方、日が暮れる前に予定通り辺境伯の城に到着。城というより砦と言った方が正しいそれは国境の守りに相応しい様相だった。
(名残惜しいがここでお別れか……)
少年に礼を言う為、馬を止めようとするが少年は構わず先に進む。
「おっ! 帰って来た!!」
「おーい!! お戻りになられたぞー!!」
「親父殿呼んで来い!!」
跳ね橋がゆっくりと下ろされ、少年は我が物顔で入っていく。
えっ、ここの関係者だった?
(やばっ)
流石に拙い。もし彼が令嬢のお気に入りの一人だったとしたら、俺が今まで愚痴っていた事は令嬢の耳に入る可能性が高い。いや待て? むしろ、その方が良い?
結婚しなくて向こうから離婚を申し出てくれたら、ここにいる理由はある? 王都に未練はないが、一応王子としての義務はあるんだから兄達の助けは出来るはず。それに離婚出来たら名誉は傷つくが女が寄ってくることもないのでは?
「入らないの?」
「へっ? あ、あぁ、でも、いいのか?」
「大丈夫」
そうして少年は進んでいく。戸惑いつつもオレ達も同じように進んだが、アウェー感が半端ない。値踏みされる視線の他、殺気を含んだこの視線。歓迎されていないのは一瞬で察知した。
連れてきた騎士達はビシバシと突き刺さる殺気と視線を警戒しながらオレを守るように陣形を組み、遂に辺境伯の城に入った。
そこに待ち構えていたのは屈強な辺境伯騎士団。近衛兵よりも荒々しくこれぞ兵士と言わんばかりの風貌の彼らは俺が何者であるのか知っているのか? よそ者を警戒するのは仕方ないにしても、不躾すぎる。
「歓迎感謝する。私はカルクシュタイン王国第三王子、クラウス・ハルトヴィヒ・ラウエンシュタイン。国王陛下の命により、ブロスヘルト辺境伯が娘アウレリア嬢の婿になる為王都より参った。辺境伯にご挨拶したい。案内を頼む」
ここで舐められてはいけない。いくら屈強な騎士であろうと王子であるオレが怖気づく事などしてはならない。そして、ご令嬢の玩具にならないという気持ちを込めて腹に力を入れて声を張り上げる。
「残念だが父は今少し離れた集落に出向いているそうで帰りは明日になるらしい。帰ってくるまでは旅の疲れをゆっくり癒されよ。客人達よ」
「「「!!」」」
そこに響いた美しい声の持ち主に、オレ達は驚いた。
声の持ち主のいる方向、そこには昼から共に馬を走らせた少年の姿がある。いたずらっ子のように笑う彼から手綱を受け取った兵士は恍惚として表情を浮かべ、彼が握っていたところに頬ずりをする。そんな様子を気にも留めず、少年はこちらに向かって歩み始めた。
騎士達は警戒態勢を取るがそれは辺境伯側も同じ。
少年は決して目を逸らさず、オレをしっかり見てよそ見をしない。そんな堂々たる姿を見せる少年に、多くの兵たちは平伏す程の歓喜を帯びていた。
「騙すような真似をして申し訳ない。私がブロスヘルト辺境伯が娘、アウレリアです。第三王子殿下、王都から遥々よくお越しくださいました。歓迎いたします」
「「「!!!?」」」
信じられるか?
出生数が少なくなって女は貴重な存在となったこの世界でアウレリア嬢は一人で馬に乗って男に混ざって談笑してたなんて。
傲慢さは欠片もなく、一方的にしゃべることもなく、むしろオレの愚痴を黙って聞いてくれるなんて。そんな女、本当にいるのか? 少年だと思っていたこの人は女で……え? 待って、待ってくれ!!
か、彼が女なら、彼があ、あ……っ
「生足眼福でしたっ……!!」
「やめろぉぉぉ!!! この変態がぁ!!」
辺境伯領で出会った美しい少年。
それがまさか女性で、しかも婚姻相手だったとは誰が想像しただろうか。
運命の出会いというのが本当にあるのだとすれば今日がその日だ。
しかし、この喜びが一瞬にて地獄に突き落とされるなど思いもよらなかった。
「では、父が戻り次第顔合わせを。その後離縁の手続きを致しましょう」
「え!?」
「お嫌なのでしょう? 私との婚姻」
ニッコリ笑うアウレリア嬢。
美しいその笑みに、うっかり頷きそうになる。
「関係が築けない、そもそもその気がないのなら時間の無駄です。陛下には私の我儘とお伝えしますので、殿下に咎も傷もないようにいたします」
「まっ、待って!?」
「乗り気でない婚姻など、お互い不幸ですもの。ね? 殿下」
「―――っ」
時を戻せるなら戻したい。この時ほど思ったことは無かった。
その後、どうにか撤回すべくアウレリア嬢に取り次ぎを願うも辺境伯騎士達や使用人達の邪魔が入り結局その日はそのまま。翌日辺境伯が到着し急いで顔合わせを行うが、話しは訊いていたらしく離縁の方向で話が進められてしまう。
必至で撤回を願う俺をよそに側近であるドミニクがアウレリア嬢に接近。おい、お前はこっち側だろ!!
「末席で良いのです……。私を、あなた様の夫の一人に加えていただけませんか?」
手を取り懇願するドミニクにどう対応しようかオロオロするアウレリア嬢が愛らしい。
って違う!!
「アウレリア嬢!! 俺と、結婚してください!!」
まさか女嫌いのこの俺が、こんなにもストレートに結婚を申し込むなど考えもしなかった。
でも、彼女とならきっと。
「いえ、離縁です。私が結婚します」
「お前は黙ってろ!!」
辺境での新しい生活がスタートする。
ありがとうございました!
気が向いたら新たに更新するかもしれません。
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