婚約解消を拒否しました
私には前世の記憶がある。
前世の私は一部を除いて平凡で普通の子だった。
平凡では無かったのは私の体質。
様々なアレルギー症状を起こし、口に出来る物も限られ、そのせいか酷く貧弱で血色の悪い体をしていた。
その上心臓も弱く、少しの運動でも動悸がし、入退院も繰り返した。
そして恋すら知らないまんま19歳で人生の幕を閉じた。
次に目覚めた時、私は眩しい光に包まれてぼんやりとした視界の中で「会いたかったわ」と温かい声を聞いた。
しばらくして自分が赤ん坊になっていると分かり、転生したのだと悟った。
私はトゥラース侯爵家の娘に生まれ『アリステル』と名付けられた。
私に婚約話が来たのは10歳の時だった。
お相手は同じ歳の公爵家の嫡男『ルーベル・ジャン・カルヴァン』様。
シルバーに淡い紫を混ぜた様な不思議な髪色をしたとても美しい顔立ちの男の子で、私は彼に一目惚れをし、婚約が成立した。
それから5年経った今でも私はルーベル様に恋をしている。
でもルーベル様は違う様で、私と会っていてもいつも不機嫌な顔をしていて、昔は弾んでいたと思う会話も今では私が振った話につまらなそうに相槌を打つ程度になってしまった。
意を決して「どなたかお心を寄せる方がいらっしゃるのであれば…」と言ってみた事もあったが激怒されただけだった。
婚約者としてのルーベル様はとても完璧で、エスコートも必ずして下さるし婚約者としての贈り物も送ってくださるので、私達の関係が本当は私だけの一方通行の恋だと両家の親達は気付いていなかった。
愛のない婚約者。
婚約という約束事に縛られただけの関係。
ルーベル様にとっては私はそういう相手なのだと考えると辛かった。
そしてその日は突然訪れた。
朝から何の先触れもなく我が家を訪れたルーベル様は出されたお茶にも手を付けず難しい顔で座っていらした。
ドクンと胸が嫌な音を立てた。
ついにこの日が来てしまった…そんな予感がした。
人払いをされると、私とルーベル様の2人きりになった応接室は沈黙だけが続いていた。
5分が1時間にも感じる中、ようやくルーベル様が重い口を開いた。
「アリステル…君との婚約を解消したいと思っている」
「それは何故ですか?」
「それは…その…」
「明確な理由がないなら私は絶対に嫌です!婚約解消はしたくありません!」
いつもは声を荒らげる事の無い私が珍しく大きな声でハッキリとそう告げたからなのか、ルーベル様は目を丸くしてこちらを見た。
しっかりと見つめられるのは何時ぶりだろうか?
きちんと見てくれた事がこんな状況なのに嬉しかった。
「君は婚約解消を望んでいないの?」
「はい。私はルーベル様をお慕いしておりますので」
「では何故僕の前では笑わないんだ?表情1つ変えずにいるのは僕といてもつまらないからだろう?」
「え?」
不意打ちの様な質問に「え?」としか言えなかった。
笑っていない?
私は何時だってルーベル様の前では最高の笑顔を見せていたつもりだ。
毎日鏡の前で笑顔の練習をして、少しでも可愛いと思ってもらえる様に祈ってさえいたのだ。
「私、笑っておりましたよ?」
「え?」
今度はルーベル様が驚いた声を上げた。
「君が?何時?」
「何時と言われましても…いつも、でしょうか?」
「え?いつも?」
「はい、ルーベル様とお会い出来る日はいつも笑っております。この様に」
私は最高の笑顔をルーベル様に向けた。
「え?」
その笑顔のまんま首を傾げた。
「何かおかしいですか?」
「おかしいも何も…君はふざけてるの?」
「はい?何がですか?」
「本気で言ってるの?え?本当に笑ってる?」
「はい、今も笑顔を作っておりますけど?」
「申し訳ないが僕には君が笑っている様には見えないんだ」
「はい?それはどういう…」
「どういうって…そのまんまの意味だが…」
「私、笑顔ではないのですか?」
「笑顔どころか表情1つ変わらない。表情が抜け落ちた人形を相手にしている様な気分になっていた」
「そんな!」
私は驚きのあまり目眩がして倒れそうになった。
それを慌てたようにルーベル様が支えてくれた。
「今の君は驚いた顔をしているんだよね?」
「はい、多分…」
「僕の目がおかしいのだろうか?」
「と言う事はやはり私は人形の様に表情がないのですか?」
「そうだ」
ショックだった。
私はいつもルーベル様には笑顔を向けていたつもりだったのだ。
それなのにルーベル様には表情の抜け落ちた様にしか見えていなかったなんて。
悲しくて涙が溢れた。
ポロポロと涙が溢れて止まらない。
ルーベル様がハンカチを渡してくれた。
「すまない…」
申し訳なさそうにこちらを見ているルーベル様の目はいつもより優しかった。
「でもどういう事なんだろう?僕には君の表情が分からず、君はちゃんと表情を作っていると言う。僕がおかしいのか君がおかしいのか?それともどちらもおかしいのか?」
「…確かに」
「ちょっと確認してみてもいい?」
「はい」
ルーベル様は我が家の使用人を呼び各々に私の表情の変化を訊ねた。
「今アリステルがどんな顔をしているか言ってみてくれないか?」
呼ばれた使用人達は不思議な顔をしながらも私が作っている表情を言い当てた。
最後に呼ばれた私の侍女であるティルは
「お嬢様は少し引き攣った笑顔をされています。それが何か?」
と冷めた目で言った。
ティルはルーベル様を良く思っていない。
私に対する態度が冷たすぎると常々不満を漏らしていて、それがそのまんま態度に出てしまっている。
侍女としてはどうなんだろうと思うが、私はそんな素直なティルが好きなので窘めつつも強く叱ったりして来なかった。
ティルがいなくなり再び2人きりになった部屋でルーベル様は頭を抱えて座り込んでしまった。
「僕がおかしいのか?僕にはやっぱり君が無表情にしか見えなかったのに、使用人達にはちゃんと君の表情が分かっている。どうして?何でだ?」
私も混乱していた。
使用人達が嘘を吐いていないなら、おかしいのはルーベル様と言う事になってしまう。
でも何故?
何故私の表情だけが分からないんだろう?
そんな不思議な事が起こり得るのだろうか?
「僕の目がおかしいのか?それとも何かの呪いなのか?でもこんな呪いなんて聞いた事もないぞ」
「呪い…」
その言葉を聞いて何故か昔の記憶が蘇った。
「俺以外の男に笑顔を見せるな!これは命令だ!」
とても高圧的な態度の、顔も思い出せない男の子に突然腕を掴まれてそんな言葉を投げられた事があった。
「何で?」と聞くと男の子は「命令だからだ!」と言った。
「お前は俺のものだからお前は俺の言う事を聞いていればいいんだ!」
と言われて確か
「私にはルーベル様と言う婚約者がいるわ!だから私はルーベル様のものなの。あなたのものじゃないわ!」
と答えた気がするのだが、その辺が曖昧だった。
何故今この記憶が?
それにあの男の子は誰だったんだろう?
何処であの男の子と会ってあんな会話をしたんだっけ?
思い出そうとしてもそれ以上思い出せない。
その事が関係してるとは思えなかったが何故か気になった。
「両親に相談してみるのはどうですか?もしかしたら私の表情がとても分かりにくいもので、長年仕えているから分かるだけの可能性もありますし」
「なら両家の親に聞いてもらった方がいい様な気がする。日時を決めて両家の両親に相談しよう」
「はい、分かりました」
ルーベル様が帰った後、私はティルに訊ねた。
「私の表情は分かりにくいかしら?」
「お嬢様の表情ですか?とても分かりやすいと思いますよ?」
「じゃあ今どんな顔をしてる?」
「何だか酷くお困りな顔をされています」
「そう、ティルにはちゃんと分かるのね」
「…もしかしてルーベル様には分からないのですか?さっきのあれはその確認ですか?」
変に勘のいいティルにそう言われ、私はさっきの出来事をティルに話した。
決して他には漏らさない様に念を押して。
「何て勿体無い!だからなのですね!ようやく分かりました!あのルーベル様の態度の理由!」
「声が大きいわよ」
「失礼しました。でも腑に落ちました。こんなに可愛らしいお嬢様にあんな態度だったのは、あの方にはお嬢様は無表情の人形の様に見えていたからなんですね!」
「そうみたいなの…」
「自分と会ってもいつも無表情の婚約者だったらそうなるのも何となく分かる気がします」
「そう?分かるの?」
「はい。いくら愛らしい婚約者でも、表情を一切変えず、一緒にいても楽しいのかすら感じ取れなかったら、私ならとっくに心が折れてしまいます」
「確かにそうかもしれないわね」
「ルーベル様がいつも表情のない顔でお隣にいらしたら、お嬢様は悲しくなって自信も無くなりませんか?」
「消えてしまいたくなるかも…」
「ルーベル様もそんな感じだったのかもしれませんね。でも不思議ですね。ルーベル様だけにお嬢様の表情が分からないなんて。呪いでしょうか?」
「ルーベル様も仰ってらしたわ。自分の目がおかしいのか、それとも呪いなのかって。でもそんな呪いがあるのかしら?」
「よく分かりませんがそんな呪いがあるとしたら相当頭のおかしな人がかけたのでしょうね。まぁ、呪いをかける事自体が普通では有り得ませんけど」
ティルの言葉に思わず頷いてしまった。
3日後、ルーベル様の家に両家の親と私とルーベル様が集まった。
ルーベル様から私の表情が全く分からないのだと聞いた両家の両親は酷く驚いていた。
ルーベル様のご両親も私の表情がきちんと分かる様でルーベル様はショックを受けていた。
「一体何時からアリステルの表情が分からないの?」
ルーベル様の母君『モリース』様が青い顔をしてルーベル様に訊ねられた。
「婚約した頃はアリステルの表情は分かりました。良く笑う可愛らしい子だと思っていましたから…ですが11歳になった頃からアリステルの表情が少しずつ無くなってきて、今では一切表情が動かなくなって…僕はてっきり嫌われているのだと…」
ルーベル様が苦しそうにそう答えた。
「どうして今まで言わなかったのだ!」
ルーベル様の父君『ザッケル』様が少しキツイ口調で訊ねられた。
「それは、その…僕にだけ関心が無くての事だと思っていたので…」
ご両親に責められる形になっているルーベル様がとても痛々しく見えた。
「もっと早くに相談してくれたら良かったのに」
「すみません…」
「それで婚約解消を申し出たと…」
「はい…表情を作りたくない程に嫌われているのだと思っていましたから…」
だんだんと小さくなっていくルーベル様。
「とりあえず目の診断をしてもらっては如何ですか?私の表情だけが認識出来ない病気があるとは思えませんが、何かしらの視力の異常も考えられなくもないと思いますし…」
その私の言葉で医師が呼ばれ、みなが見守る中ルーベル様の診察がなされた。
「どこも異常はありません」
ルーベル様を診断した医師はきっぱりとそう言った。
「本当にどこも異常はない?」
「ございません。至って健康的な目でおられます」
「でも、でも、僕にはアリステルの表情が分からないんだ!それは異常な事だろう?」
「そう仰いましても、医学的観点から申し上げますと何も異常は無いとしか申し上げられません。ですが…」
少し頭の薄い、神経質そうに見える細めの医師『ワイグ』先生は少し言い淀みながらも言葉を続けた。
「私の知り合いに魔法学に精通した者がおります。もしかしたら彼なら原因究明が出来るやもしれません」
「ほ、本当か?!」
「確実にとは言えませんが、医学的に考えて特定の人物の表情だけが分からなくなる病気等有り得ません。色盲の様に特定の色だけが認識出来ない事はありますが、アリステル様の表情だけが認識出来ない等と言う事は最早医術の及ばぬ範疇だと考えられます…医者である私が言っていい言葉では無いのですが…ある種の呪詛では無いかと…」
「それはつまり…」
「呪い、だと感じます」
その言葉にその場にいた全員が反応した。
「誰がそんな事を!」
「未だにその様な事をする輩がいるのか?!」
「可哀想なルーベル」
「医者が言う事ではありませんが、呪詛、呪いは存在します。魔術があるのですから当然と言えるのではないでしょうか?ですが彼ならルーベル様のその呪詛を解けると私は信じております。一度彼に会ってみてください」
そう言うとワイグ先生は魔法学に精通しているという『ニャック・ポロナリス』の名刺をルーベル様に渡した。
「少々変わり者ですが悪い男ではありません。私の紹介だと言えば追い返す事もありませんので訪ねてみて下さい」
その言葉を信じて、翌日私とルーベル様はニャックの元を訪ねた。
両家の両親も一緒に行くと聞かなかったが大勢で押しかけても迷惑になるだけだと何とか説得した。
“コンコン”
ドアをノックしたが反応がない。
「すみません!ニャック様はいらっしゃいますか?」
再びノックするも全く反応がなく、諦めて帰ろうとしたら「…何?」と声だけが聞こえてきた。
「あの、ワイグ先生からこちらに行く様に言われた者でルーベルと申します。是非ニャック様のお力をお貸し願いたいと思いまして」
「え?何だって?ワイグに?ちょっと待って!今開ける!」
中で何やら盛大な音がしたと思ったらバタバタと足音がしてドアが開いた。
髪はボサボサ、無精髭を生やした青白く不健康そうな男性が息を切らせて立っていた。
「君達ワイグの紹介って事は絶対面白い話を持って来たって事だよね?何?何かな?」
部屋に通され、怪しげな魔法陣や薬が乱雑に置かれたままのテーブルを挟んで座らせられるとワクワクした目付きでニャックが前のめりで聞いてきた。
「僕に呪いが掛かっていないか調べて頂きたいのです」
「わお!呪い?え?どんな?どんな感じ?」
「僕はこのアリステルの婚約者なのですが、どうしてなのか僕にだけ彼女の表情が全く分からないのです」
「えー!勿体無い!こんなに可愛い女の子なのに!」
「はい…そこでワイグ先生に診断してもらったら異常は無いと言われ、ニャック様を紹介されました」
「分かってるねー、ワイグは!流石親友!心の友!そんな呪い聞いた事がないよ!」
ニャックはとても楽しそうにはしゃいでいる。
「じゃあちょっと見てみるねー!大丈夫、すぐ終わるから」
そう言うとニャックはスルンとルーベル様の隣に来て、虫眼鏡の様な物でルーベル様を色々な角度から見始めた。
そしてふと私の方を見ると
「君じゃない、彼女の方だよ、呪われてるのは」
と明るい笑顔で言ってのけた。
「え?私?」
「うん、君!君に影響が出るタイプの呪いじゃなかったのは幸いかな?どれどれー?」
そう言って虫眼鏡の様な物で私をじっくりと観察し始めた。
「これ、多分、掛けた当人は呪いのつもりなんて全くないね」
「へ?」
「偶然の産物って言うか、一瞬の強い想いって言うか、拗らせって言うか…何かそんな感じかなー?」
「どういう事ですか?」
「ちょっと待ってねー、もうちょっとで全貌が見えて来そうなんだー」
気が散るのは申し訳ないと思って黙って待っていると、ニャックが古びた鏡を目の前に置いた。
「これ覗いて見てー。見えてくるから」
すると、まだ幼い私が映し出された。
どこかの御屋敷だろうか?
見覚えがある様でない様な場所で私はキョロキョロと辺りを見渡していた。
迷子になっているようだ。
そこに黒髪の目付きの鋭い同じ歳の頃の男の子がやって来て何も言わずに私の腕を掴んだ。
離してと言っても全く聞こうとせずズンズンと歩いていく。
そしてある部屋に着くと手を離した。
「お前、名前は?」
「ア、アリステル…」
「ふーん、アリステルか。お前、あんな所で何してたんだ?刺客にしては小さすぎる」
「刺客?そんなんじゃありません!お父様とはぐれてしまって」
「迷子か?鈍臭いんだな!アハハハハ」
「あの、誰か知りませんがお父様の所に連れて行ってもらえませんか?」
「うーん…嫌だね!まぁ、お前が俺を楽しませてくれたら考えてやってもいいけど」
「楽しませる?」
「俺の靴にキスするとか、俺のカッコイイ所を言い連ねるとか」
「それって楽しいですか?」
「た、楽しい!だからお前もやれ!」
「嫌です!」
「なっ!お前!俺の言う事が聞けないのか?」
「そんな事は聞きたくありません」
「生意気だ!」
男の子は小さい私を蹴り付けた。
泣きそうに顔を歪めながらも小さい私はその男の子の言う事を拒否し続けた。
また蹴られそうになった時、男の子は足を滑らせて無様に転んだ。
その姿を見て小さい私はコロコロと笑い転げた。
すると男の子は私の顔を見てハッとした顔をした。
「俺以外の男に笑顔を見せるな!これは命令だ!」
「何で?」
「命令だからだ!お前は俺のものだからお前は俺の言う事を聞いていればいいんだ!」
「嫌よ!私にはルーベル様と言う婚約者がいるわ!だから私はルーベル様のものなの。あなたのものじゃないわ!」
そう言うと掴まれた腕を払い除けて部屋を飛び出した。
「これは王宮?」
一緒に映像を見ていたルーベル様がそう言ったので私は全部を思い出した。
私が11歳の頃、一度だけ父に連れられて王宮に行った事があった。
その時の記憶だ。
ではあの男の子は…。
「タンメル王子?」
『タンメル・D・スワロン』
この国の第三王子である。
素行が悪い事で有名な王子で、悪い噂ばかりが後を絶たない。
「この時に呪詛を掛けられてるねー、無自覚に。しかも不完全だからルーベル君だけに作用してる」
「解く方法は?」
「勿論あるよー。でもちょっとばかり君に危険が伴っちゃうかもー」
「それはどういう事ですか?」
「無自覚の呪詛はねー、本人に直接接触しなきゃいけないんだよー。第三王子って暴れん坊で有名人でしょ。そんな王子に子羊ちゃんを引き合わせたらどうなっちゃうんだろうねー?」
「やります!やり方を教えてください!」
「接触、つまりは体に触れる事ね。それさえ出来れば後は簡単♪『お返しします』って体に触ったまんま言えば解呪ー」
「触る事さえ出来れば簡単そうですね」
「アリステル!あの王子は危険だ!」
「でもそれしか解く方法がないのでしょ?なら私、頑張ります!」
「何故?君には何の利もないだろう?」
「あります!私はルーベル様に可愛いと思ってもらいたくて笑顔の練習までしていたのに、こんな変な呪いのせいで全部無駄だったなんてそんなの酷すぎます!私、これでも怒ってるんです!無自覚だか何だか知りませんが勝手に人に呪いを掛けて本人は好き勝手に生きてるなんて腹が立って仕方ありません!」
私の言葉にルーベル様は黙り込んだ。
「ルーベル君、君、愛されてるねー」
ニャックは愉快そうに私達を見ていた。
ニャックの所から戻ると私達は事の経緯を両親達に話した。
双方の両親から「王子と接触するのはあまりにも危ない」と言われたが私はやると決めていた。
呪いのせいですれ違い、危なく婚約解消までされそうになったのだ。
そんな呪いなんて早々に無くしてしまいたい。
「呪詛はねー、返されると返された本人にその反動が起きるんだよー。女遊びの激しいあの王子の事だから返された呪いできっと面白い事になると思うんだよねー。不完全な呪詛だから中途半端に作用しそうなのもまた楽しみだよねー♪」
とニャックが楽しそうに言っていたがそんな事知らない。
あれこれ計画を立てながら私は第三王子と接触出来そうなチャンスを待っていた。
その頃には私が無表情でもルーベル様は昔の様に私に笑顔を見せてくれる様になっていた。
そして待ちに待ったチャンスがやって来た。
第一王子で王太子でもある『ハレルド・D・スワロン』様のご婚約が決まり、その宴が盛大に開かれる事になったのだ。
私達はそこに参加し、遂に第三王子のすぐ近くまで近付く事が出来たのだが、暴れん坊との評判を払拭する為なのか、はたまた被害者になるご令嬢を増やさない為なのか(恐らく後者)王子の周りには屈強な男達がいて、王子に目を光らせていた。
普通ならば周囲に目を光らせる筈なのにである。
少しでもご令嬢が近くに来ようものならその姿が王子の視界に入らない様に壁になっている。
それでも何とか王子が1人になるタイミングを探して、やっと私は王子の前に立った。
「お久しぶりです、第三王子殿下」
私はなるべく優雅に見える様にカーテシーをした。
「ア、アリステル、なのか?」
「覚えていただいていて光栄です」
私を見て何故か狼狽える王子がいた。
でもそれはほんの短い時間だった。
すぐに王子は私の腕を掴んでどこかに連れて行こうとしたのだ。
私はこの瞬間を逃さなかった。
掴まれていない方の手で王子の手に触れると「お返しします」と笑顔を向けた。
次の瞬間、私から王子に向かって何かが移動する様な感覚がしたと思ったら、王子は私の顔を見て悲鳴を上げて走って行ってしまった。
その後王子は女性の顔を見ると怯える様になり、外にも出られなくなったそうだ。
大人しくなった王子の噂を耳にした今まで積もり積もっていた不満を抱えた人達は天罰が下ったのだと喜んだそうだ。
「はい、あーん」
フォークの先に赤いイチゴが刺さっていて、それが口元まで運ばれた。
「真っ赤になるアリステルも可愛い」
目の前には蕩ける様な顔をしたルーベル様がいる。
あの後呪いの解けたルーベル様は今までの分を取り返すと宣言し、私に甘々になった。
『好きな人に好いて貰える事はこんなにも甘く幸せな事なのね』
そう感じられる程に私は幸せいっぱいで、でもやっぱりまだ恥ずかしくて、前よりもルーベル様の顔が見れない。
「アリステルの笑顔はこんなにも愛らしかったんだね」
今日も今日とて、もう何度目になるだろう言葉が降ってくる。
「大好きだよ、アリステル」
「…私も、大好きです」
2人の甘い空気に両親達でさえ「甘すぎるわ!」と言う様になるのにそう時間はかからなかった。