流れ星はパパ
「ねえ、あれは何?」
娘に聞かれて、とっさにパパだと答えた。空を見れば、いつだってパパが頭に浮かぶ。空でずっと見守ってくれていると、信じているから。
「パパ!」
娘は、小さな右手を伸ばしながら、そう叫んだ。何度、夜空を見てきただろう。届きそうなほど、星が存在感を示す、こんな夜空を。
半年前に、この地上から姿を消したパパ。もう、夜の空を見つめなかったことはなかった。
「パパはお空で、何してるの?」
信じている娘を見て、自らの発言
に、信憑性を見つけようとしていた。
パトロールだよと、口にした私のまぶたには、パパがいた。目を閉じるたびに、パパの苦笑いのようにひきつった、心からの笑顔が浮かんだ。
「声、聞こえないのかな」
娘の首の前面は、ずっと伸びきっている。もう数回、流れる光を見ている。私は、聞こえるかもねと、娘に伝えた。
本来の流れ星を、娘は分かっていない。それは、もったいなさすぎる。昔からの言い伝えに、信頼性がないとしても、可能性をなくしたくない。
流れ星が流れている間に、三回願いを唱えたら叶う。そんなファンタジ一を無視できない。
あの流れる光を、パパということにしたまま、その言い伝えに、誘導したい。
「聞こえてないのかな」
そう言う娘に、こう伝えた。光が見えている間に、パパヘのお願いを三回言うと、伝わるかもしれないよ、と。
「やりたい。やるやるやるやる」
娘がやると言ってから、数分が経過した。だが、夜空に動くものは何もなかった。私は、娘の小さな手をにぎり、引いて、帰るように言った。
「帰らないよ」
娘は、マンションの敷地内の、ちょっとした芝生に座り込む。両手をピタリと足に付け、体育座りで、ちっとも動こうとしない。
「あと2分だけ」
娘の手を離した。そして、ほっぺを膨らます娘から、夜空に視線を移す。すると、すぐに光が流れた。それは、歴とし
た流れ星だった。
「パパに会いたい、パパに会いたい、パパに会いたい」
そう叫ぶ娘と一緒に、心のなかで叫んだ。まったく同じ言葉を。天国から、戻ってくることはない。もう、夢のなかでしか会えない。ずっと、そう思ってきた。
娘は、また会えると信じている。会えるはずがないのに。もう、この考えがダメだ。
可能性がないと、決めつけた時点で、何も進まない。娘みたいに、希望を持たないと。
「家に帰ったら、パパいるかな」
その言葉に、否定も肯定も出来なかった。走り出そうとする娘を、後ろから抱き上げて、マンションの部屋へ向かう。
建物内に入ると、毎回決まって、娘はポストを覗く。一番下だから、余裕で届く。
軽い背伸びをした娘は、中から蛍光イエローの長方形を、右手でつかみ、かかげた。
それは、差出人不明の横長の封筒だった。見たことのない鮮やかさが、ハテナを頭に宿らせる。
「パパがここに寄ってくれたんじゃない?」
娘の言葉を、素直に肯定した。パッと、思い出した。未来レターのことを。娘が生まれて少したったときに、パパがネットで見つけて、書いていたんだった。私は書かなかったけれど。
いつでも、直接言えると思っていたから、書かなかった。でも、パパは面白がって、3年後、5年後、10年後の3通を出していた。
そして、今日がその3年後。裏の隅の方にミラちゃんへと書いてある。だから、私に向けてではない。でも、嬉しい。すごく嬉しかった。
「短い時間なら、パパは地球に来られるってことだよね」
また、娘の言葉を、素直に肯定した。ほころびを越えた笑顔を、娘はしていた。
「ねえねえ、もう一通あった。ママへって書いてあるよ」
知らなかった。涙がほろっと流れた。涙は、ずっとほほを伝い続けた。
『会いたい』
そんな言葉がぽろっと、口から自然に出ていた。