ソード山脈登山道
ソード山脈登山道
王国と魔王国の間にそびえたつ山脈の一つ東西に剣のような山々が1000kにわたって連なる。
最高峰は標高4千メートルを超す、頂上付近には夏でも解けない雪が積もり住んでいるのは山ネズミと雪ウサギ、そしてその見た目よりも凶暴な山羊がこの山の主となる。
最初の道は崖を斜めに登っていくような形で続いている。
罠を張るのは30kほど行った谷あいの道、両側を山で囲まれており、上からであれば見晴らしも良く待ち伏せにはもってこいの場所だ。
今日は現場まで辿りつき隠れる場所を確保し罠を張る、一夜を明かし翌日魔族の補給部隊を待ち受ける。
補給部隊は物資のほとんどを召喚した魔獣、ゴブリンやトロルに運ばせるので人数のわりに多くの物資を運ぶことができるといわれている。
それでも山道は険しく下手をすれば足を取られて谷底にまっしぐらなんてこともざらだという。
足元の注意は当たり前だが頭上にも目を光らせておかないといつ上から大きな岩が降ってくるかもわからない。
途中の道までは誰が整備したのか道も崖も土魔法で整地してあり、それほど危険は感じなかった。
「マーシャ様まだでしょうか?」はあはあ
「おぬしもう疲れたのか?」
登り始めて1時間ようやく半分といったところか、あと1時間と少し登ったところで目的地が見えてくるはず。
登り始めて1時間で音を上げるとは情けない。
「たいして荷物も持っていないのだ、あまり早く音を上げると騎士団の方々に笑われるぞ」
「え~」フラン
山道しかも峠越えの道、そこを超えれば隣は敵国、何があるともわからない場所を共に上るという王族の姫。
どう考えてもあり得ない話、たぶん今日一日の出来事でさえ語り草になりえる。
こんな王族見たことも聞いたこともないだろう、しかも楽しそうに山を登り続けているのだから。
「ほんと姫様は疲れ知らずだよな」カバネル
「どこからあの体力が湧き出ているんだ?」ジョシュ
「前に聞いたことがある、なんでも姫様は10以上の身体能力向上スキルを持っているらしい」
「まじか!」
「だってあれで魔法をかけているわけじゃないという話だぞ」ロッド
体力向上魔法で能力を上げたとしても上級魔法でなければ2倍以上の体力アップは難しい。
それに魔法であれば持続時間もあるので常にというわけにもいかない、スキルであればそんなことも関係なくいつまでも持続するのだから、チートなどという生易しい物ではない。
通常魔法でも体力向上魔法で得られる上昇率は20%ぐらいが良いところ。
マーシャのスキルは基本100%アップしかも数種類のスキルが発動しており、相乗効果も合わせれば体力だけでも5倍はアップする、まあ彼女フルに使っているわけではなくせいぜい2倍までというところなのだが。
何せ速足のスキルまであるのでそれだけでも体感では4倍以上になっているのだ。
そりゃ汗一つもかかないわけだ、まあ本人は何事も経験であるとより苦労をする方向を望む性格でもあるから、訓練すればするほど経験値も能力もどんどん上がっていくという。
そうこうしているうちに目的地である谷あいの道へと到着する。
「姫様ここですか?」
谷あいの中で一番標高が高い位置、そこからは細い山道が数百メートルは続く、1k行くと向こう側はアップダウンを繰り返す曲がりくねった崖路に代わるので待ち伏せするにはこの場所が一番良いと判断した。
「よし、それではあそこのくぼ地に荷を下ろし休憩しよう」
そこには30メートルぐらいの谷の窪みがあり荷物を隠すにはもってこいの場所だった。
この場所であれば向こう側からは死角になる、人が隠れていてもすぐには気付くこともない。
そこにキャンプを張るためところどころに認識疎外の魔法陣を敷いておく。
獣除けにも使える魔法の一種。
その場所に土造成魔法でさらにこちら側が見えないように壁を作る。
「姫様これでどうです?」
「うむ そのぐらいで良かろう」
向こう側からは直前を通るまで気付くことがないぐらいにカモフラージュしておく。
当然あと5か所程度小さめの隠れ場所を作り、それぞれに2~3名を配置できるようにしておく。
「姫様作戦は?」
「まずは敵の分断だ、規模にもよるが多めに見て魔獣と魔族が50体から70体と見積もっておこう」
「一番は魔族と魔獣を分けて分断できるかということじゃ、召還した魔獣も状況が分からなければ細かい命令のしようが無いからな」
「分断できれば楽に対処できる、魔獣はそなたらに任せ魔族を中心に妾たちが相手する」
「魔獣と魔族が入り乱れて歩いて居る場合でも半分に分断すれば、敵をパニックに陥らせることが出来る」
「そこまでできればあとは各個撃破すればよい」
「魔獣は騎士団と生徒の剣士に任せる」
「魔族は童たち魔法師が相手した方がよかろう」
「指揮官は童に任せよ、敵の動きを止めて即隷属の魔法をかけるでな」
「あの魔法ですか?」
「ああそうじゃおぬしらの仲間の捕縛に使った魔法じゃ」
「私が破ることができなかったのですほかの魔族でも破るのは無理ですね」
「フロウラよ敵をほめても良いのか?」
「どうせ私たちは囚われの身、姫様の術を破る魔族がいるなら見てみたいですよ」
「ああそうだ、みなにも言っておく、この戦いで魔族が数人逃げるようなことがあっても追わないで逃がしてやるように」
「なぜです?」
「恐怖を植え付けるためじゃ、戦争を起こせば必ず後悔するように向こうの偉い奴に知らせるためじゃ」
「ああ なるほど」
「まあ相手が弱すぎて全員捕縛した場合は数人見繕って敵側に逃がしてやるつもりじゃ」
「そうすれば必ず話し合いに乗ってくるというわけですね」
「今度の話し合いはこちらに分がある、50年前の事件ではこちらに人質がいるわけではなかったと聞く」
「裏切れば仲間がどうなるか…」
「ああ確かに、常に人質を取って魔王国側が嘘をつけないように立ち回れば、また攻め入ろうなどという考えは起きにくくなりますね」
「まあそれでも攻め入れば、本当に痛い目を見せてやるがな」ニマッ!
(うわーなんだ…この人族の姫様は…)ジル
(この姫は魔将軍よりも上をいっている…)フロウラ
魔族の奴隷2人はマーシャがほほ笑むたびに背筋が凍るような悪寒が走り、心臓がチジミ上がりそうな感覚を覚えた。
外見が外見なだけにそのギャップが恐ろしい、ある意味魔族以上の魔族と言えなくもない。
まさかこれほどの力を持った人族が王族の中にいるとは思ってもいなかった2人の魔族。
2人共に脱出するのはすでにあきらめてしまっている、むしろこのまま戦争も回避して仲良くなった方がいいのではとも考え始めていた。
その日の晩、空には星がきらめき夏とはいえ標高1200メートルの峠はさすがに気温が低く。
全員が布にくるまって寝るような形。
吐く息は白く気温は10度までいかないのではと思われた。
「姫様寒いです~」
「おぬしはほんと弱音を吐かせたら一番だの~」
「フランは後で特訓ですね」
「え~勘弁してください~」
崖の中腹に5か所ほど見張りを配置しマーシャ達は魔法で造成した窪みへと身を寄せている。
とりあえず今晩敵が来るということはないだろう、ガリアナ魔王国側の村を何時に出発するのかはわからないが、わざわざ夜中に山越えするとは思えない。
手前の村で一泊するとみるのが普通だと思われる、ということは100kもの山道を登ってくるわけなので、この峠に着くのは午後4時から6時といったところ。
そうしないと明るいうちに山を越えることはできない。
今日はゆっくり寝て明日に備えなければ、目指すはケガ人ゼロという作戦。
「姫様は登山の経験がおありで?」
「いや ないぞ」
「それにしてはよく知っていらっしゃる」
「図書館で山の本も見たからな」
「はあそれで…」
「じゃがこれは登山とは言わぬぞ」
「そうなのですか?」
「これはただの峠越えじゃ、本当の登山とは背に荷物を積み完全防備で高い山を登っていくことを指す、もちろんそのための道具も専門の装備が必要じゃ」
(この姫は本当に7歳?なのか…)




