家畜のススメ
家畜のススメ
ホブルート侯爵邸の中に入るとそこには絵画や置物がいくつも飾られており、なかなか見栄えのする屋敷ではあった。
一回り大きな体を少し丸めるようにして歩く侯爵は屋敷の応接室へとマーシャを通すと椅子に座るよう促した。
そしてマーシャの対面に座ると、ゆっくりと話し出す。
「姫様の要件は奴隷売買のことでしょうか?」
「うぬ その通りじゃ」
「この地は奴隷売買が主な産業というわけではございませんが、今はかなりの利益を上げているのは確かです」
「わらわも商売をやめよというわけではない」
「では何のお話ですか?」
「そろそろ差別を緩めよという話じゃ」
「それは奴隷狩りを止めよ、ということにつながりますが」
「わらわの見立てでは、後1年もたたずに争いが始まる」
「それはどういう?」
「まあ話は最後まできくがよい」
「今回わらわは北の洞窟の調査をする、さすれば魔族の動向が公になるじゃろう、その時味方にするのか敵に回すのかという話じゃ」
「獣人をですか?」
「そうじゃこの地区から北へ行けば、獣人の村がいくつもある、戦いが始まればかなりの数の獣人が流れ込んでくる」
「そうなりますな」
「その時敵に回すと中に入られた獣人が内乱を起こす可能性がある、今のうちに規制を緩くし獣人の扱いを変えれば味方として魔族の攻撃を防ぐ盾として使えるじゃろう」
「確かに、だがそれでは今 奴隷商として利益を上げているわが親族は利益を得られなくなる、そこはどうせよと?」
「新しい仕事をやってみないか?」
「新しい仕事?」
「そうだ、見たところ隣の領は馬が特産だったがこの領は花だったか?」
「はい、奴隷売買のほかはあまりお金にはなりませぬが先代の教えなので」
「そこでじゃ道中を見てきたが、かなり広い土地があるのに雑草ばかり生えた土地が多かった」
「今から馬の飼育では商売は難しいと思いますが?」
「そこでじゃ、牛・もしくは羊を飼ってみないか?」
「広い牧草地があるのに家畜を飼わないとはもったいない話じゃ、そして家畜の世話を獣人にさせるのじゃ、人より鼻が利くし扱うのも楽じゃろう」
「ウシですか……」
「コールマン領でも少し牛はおったがあそこは馬が特産じゃ、牛ならばそれほど競合せずにうまくゆくのではないか?」
「まあ羊でもよいがな」
「姫様は家畜のことをご存じで?」
「わらわも少しかじっただけじゃが、広くなだらかな土地を遊ばせておくのももったいないじゃろう」
「人族では逃げた家畜を追うのも難儀するが獣人族ならばそれも楽に行える、夜盗や獣からも守りやすいのではないか?」
「まあすぐにとは言わぬ、奴隷商をしておる親族に相談してみてはどうじゃ」
「初めに獣人を仲間に引き入れ戦争時に優位に立ち、後は牧畜をさせて食い扶持を安定させるということか?」
「戦時中は金などいくら稼いでも価値が下がる、じゃが食べ物は別じゃ、奴隷の売り買いだけではいざというときに食料を確保できないじゃろう」
「分かりました、すぐにとは言えませぬが親族と検討してみる価値はございますな」
「ん 困ったときは相談にのるぞ」
「はっありがとうございます」
図書館で見た最新版の事業分布図そこには馬と豚は家畜としてポピュラーだったが牛や羊は極端に少なかった。
その理由はすぐわかった、この世界の牛は水牛かもしくはバッファローと呼ばれる原種に近く、しかもかなり大きい、そして羊はかなり凶暴な性格だからということ。
人族が扱うには骨が折れる作業となる、そこで人より身体能力の優れた獣人たちを畜産で採用すればうまくいくのではということだ。
それに牛はそこかしこに野生でいるだけで人族はあまり取って食べていたりはしていない。
野生の牛はタダで手に入るのだ、問題になるのは牧場作りと飼育ぐらいだ。
柵も頑丈に高さ2メートル以上で作成しなければいけないが、そこは魔法で何とかなる範囲だと思っている。
あるものをうまく利用し最小の経費で最大の利益を上げられれる可能性がある、今まで考え付かなかったのはたぶん人族ではあの大きさの野生動物を管理するのが難しいと判断したために他ならない。
この日から数日後ホブルート領の法律が変更され、領内どの町でも獣人の宿泊それに買い物が自由になった。
マーシャがホテルに戻ると、心配そうな獣人そしてクレアとフランが駆け寄ってきた。
「どうでした?」
「なんということはなかった、おぬしら心配しすぎじゃ」
「そうです、わが父はそれほど融通の利かない人ではありませぬ」
「うぬ なかなか物わかりの良い御仁じゃな」
「わが父ながら、お褒め頂き恐縮です」
「まあわらわが話したことは予定にすぎぬ、今までしてきた物事を変えるというのは、なかなか難しいものじゃ特に金が絡むとな、じゃが今ならまだ余裕がある、今のうちに新しいことをした方が良いのじゃ」
「姫様いろいろありがとうございました」
「ん 大したことはしておらぬぞ」
「そんなことはございません、魔法の練習や昨日のことも含め姫様のお世話になってばかりです、この恩はいずれ返させていただきます」
「そうか まああまり気にするな、わらわが好きにしていることじゃ気に病むな」
「いいえそんなことはございませぬ」
「また帰りに寄るのでなその時までしばし別れじゃ、親元でゆっくり静養するがよい」
「はい」




