化け物
化け物
「あれは冥界の遺物とみられます」
「冥界?」
「異世界の召喚物です」
「ん?なんだその動物は?」
「水龍剣アクアだが」
「ほほ~面白そうなものを連れているな、まさかダンジョンアイテムか?」
「お前には教えてやらん」
「クソッ、生意気な奴だ、だがそれも今日まで、こいつを召喚すれば否応なくお前は地獄へ落ちるのだからな」
「弱い奴は良く吠えると言うが本当だな」
「うるさい、見ていろよ!」
【暗黒の星々に願わん、わが手に勝利と混沌を、ダークネス!】
「ゴー」
グラッダがそう呪文を唱えると彼の手のあたりから闇が広がって行く。
紫煙とでもいうのか、その煙を吸っただけで檻の中に捕らわれているロキシーは咳き込みだした。
「ゲホッゲホッ!」
「何が起こった!」
「まずいです、あれは変異と召喚を併せ持つ呪物の様です」
「どうだ!すぐ助けなければこの娘は魔物に変化してしまうぞ!」
「く!」
(まずい)
(主、迷っている暇はございません)
「ダン!」
このままではロキシーに憑依した魔物の変化で彼女はダンジョン内へと取り込まれてしまうだろう。
そうなれば助け出す事が難しくなる、今ならば自分も一緒にダンジョン内へと入り込み彼女に取り付いた召喚魔獣を分離して、取り除くことは可能だ。
サザールダンジョンはその後で攻略してしまえば良い。
「かかったな、王国の王女ヨさらばだ、ふははははは」
洞窟内にグラッダの高笑いがこだまする。
檻に触れる前にダンジョンの転移魔法によりマーシャとアクア、そして憑依されたロキシーは海の中へと飛ばされた。
『水生活性3の型』
アクアがそう唱えるとまるで空気の層がマーシャと檻を包み込む。
その間もロキシーはどんどんその姿を変化していく、大きくそして禍々しく肌は全て紫色に変わりまるで膨張しているようだ。
数分後、膨張に耐えられなくなった檻を突き破りその姿が現れる。
【グアウアー】
『まるで悪魔の化身じゃな』
『主どうします』
既に海の底へとたどり着いた様子、だが海の中と言えど天井は暗く、ここは海水で覆われた洞窟の底と言って良いだろう。
『まずは魔法の解除』
『その身に付きたる間を祓へ、パーフェクトクリーン』
マーシャの手から光が放たれる、魔物と化したロキシーだがその姿には彼女の面影一つも見られなかった。
【グラアー】
『効かぬか』
『弱らせなければ神聖魔法は効かないようです』
『仕方がない』
マーシャはインベントリーから聖なる槌を取り出した。
聖槌ガロン:叩けばどんな奴でも気絶する、AT4倍 闇属性の生物にプラス2千の追加攻撃。
各種アシスト魔法が付与されている。
『こいつでどうだ!』
「ドゴン!」
海の中という事もあり振り下ろす速度は地上の5分の一まで落ちてしまうが、マーシャのスキルにより海の中でも聖槌を振り下ろすスピードは10倍。
【グラグラグラ】
魔獣と化したロキシー、その大きさは全長10メートル以上。
全身からはその皮膚全体に棘のような鱗が生えており、口のように見える部分からは10本以上の牙が生えている、腕は4本足も4本。
全体は黒紫の皮膚で覆われ、一言で言えば悪鬼の様だ。
『なんだと!』
聖槌で叩いた悪鬼の頭部、だがマーシャのスキルアシストで振るった聖槌でもびくともしなかった。
逆にその4本ある腕からマーシャに対して反撃して来る。
【グラー】
「ビシュ」
「ズガン!」
悪鬼が振るった攻撃により海底へとたたきつけられたマーシャ、各種のアシストによってダメージは殆ど無いのだが、相手の攻撃は1発で止むことなく4本の腕から休みなくマーシャへと突き放たれる。
「ドゴゴゴゴ」
辺りが一瞬で海底に積もった泥で覆われる、その隙にマーシャは突き放たれた悪鬼の攻撃から逃げ出したが。
次の瞬間不思議なことが起こる。
『化け物を囲め!』
『オー』
(なんだ?)
【グオー】
海泥が舞った外側から無数の生き物、いやマーマン(魚人)が現れた。
しかも1体だけではない、総数30体を超す。
『この者達は?』
『魚人族ですね』アクア
まさかこの場所に魚人達が現れるとは思わなかった、手にはそれぞれに槍を持ち魔獣に向かって突き入れるのだが皮膚には傷一つ付ける事が出来ないようだ。
不味いことに悪鬼と化したロキシーの攻撃は彼らへと矛先を変えた、そうなるとどちらかの攻撃が止むまで間に入ることが難しくなる。
《やめー!》
《なんだ?》
《あの者は妾が対処する、手出しは無用!》
《?》
《手を出すなと言うておる!》
《なんだと?この海域に入った者は全て我らの供物、お前もその対象だ!》
《言ったな、ではおぬし達も覚悟しろ!》
困った事にこの場所にそういう決まりごとがあったとは、誰も踏破したことも無事に帰った事もないダンジョン。
確かにマーマンたちに攻撃されたなら身動きの取りにくい海の中で彼らの攻撃をかいくぐり先へ進むのは難しい。
だが、それよりもダンジョンの中で話すNPCがいるとは思わなかった。
《彼らは実在します》
《なんじゃと!》
《彼らはこの海域を支配している魚人族です》
《ダンジョンの中なのに?》
《サザールダンジョンはこの海域すべてが攻略対象となります》
思っていたダンジョンとは違う、と言ってしまえばそれはただの先入観。
そういうダンジョンもあるのだと言う事も含めて初耳なのだが、水龍アクアの話ではこの海域すべてに魔法がかけられており。
海域へ入ることは通常の船や空を通って行けないようになっているのだとか。
その唯一の入口があの洞窟の魔法陣なのだろう、魔王国もそれを知っているはずなのだが。
向こうからマーマンたちが攻めて来るという分けでもないこちらも行くことができない状態で何千年も続いていればそれが当たり前となってしまっているのだろう。
返ってきたら魔王国の図書館にでも言って古い文献を読んでみようと思ったマーシャ。
だがそれより先に目の前の状況を何とかしなければ無事どころか、どんどん面倒なことになって行きそうだ。
《殺してしまうと後が面倒じゃ、少し弱らせてしまうしかないか…》
《主様いつか使った魔法でぐるぐるに》
《それがよさそうか、ならばおぬしは捕まっておれ!》
《トリプルハリケーン!》
「ゴー」
水の渦それもこの海の洞窟と言う閉鎖された場所に3つ、一つは悪鬼を取り込み2つはマーマンたちを取り込み約3分、その威力はマーマンたちでさえ動きを止めるどころか、ほぼ伸びてしまってピクリとも動かなくなった。
《今の内です聖剣を使いましょう》
《そういう事か、なるほど》
インベントリーから魔法学院の聖堂にある試しの剣から手に入れた聖剣。
各能力×100は本当なのか嘘なのかまだ試したこともない、だがそうだとしたら聖魔法の解呪の威力も100倍になると言う事。
2倍や3倍では悪鬼あの姿になったロキシーを元に戻すことができなかった。
だが100倍ならどうなるのか、それはやってみない事には分からない、もたもたしているとマーマンたちが目をさましてしまう。
《聖剣よこの者に掛けられたる呪文を解除せよ、パーフェクトディスペル》
一応通常の解呪ではなく完全解呪(最上級)と言う分類の魔法を使用した、しかもちゃんと詠唱したため威力は倍加する。
「ピカッ!」
海中洞窟がまばゆい光でいっぱいになる、マーマンたちはまだ伸びたままなので影響がない。
数秒すると悪鬼の姿から光があふれ出し邪悪な何かを浄化して行くように見える。
「シュー」
そして光が収まると今まで悪魔にとりつかれていた少女は元の姿に戻り、気を失ったままゆっくりと海底に沈んで行く。
マーシャはそこに駆け寄るとアクアの水中魔法を使い、この場を立ち去ることにした。




