ロンのお使い
ロンのお使い
数日が経ちクラスにどんどん溶け込んでいくマーシャ、彼女の気さくな物言いや態度は年下ながら、クラスの全員にすぐ受け入れられた。
王女という肩書を彼女は言葉使い以外では一切出さなかったからだ。
しかも可愛いさだけではなく勉強もできるときては、10歳クラスの年上の生徒にはかわいがられるのは当然だった。
そしてこの日はローテーションになっている当番を仰せつかる。
今日の授業は算術と歴史それから薬草学のテスト、そう修練度を測るためのテストの日。
「本日の当番はマーシャ様になります、2時間目以降はテストです教員室まで印刷物を取りに来てください」
担任のセレスト・ローゼンバーグはそうマーシャに告げた。
特に一人でせよとか従者は使わないようにとかの指定はない、まあマーシャ一人にさせようと思う学友はいないといってよい。
従者であるフランがすぐに声を上げる。
「はい」
「私もお供します」
(貴方も行きなさいよ)
ロンの隣の女子が小さな声でロン(ロンディア)に言葉をかける。
「ぼ 僕もお供します」
少し顔を赤らめながらロンも席を立つ。
「そうか、ではついてまいれ」
教員室は一番南側にある棟の1階にあり印刷技術は魔法による転写刷り。
紙はリサイクルされるためテストが終われば回収される。
そう家に持って帰り親に見せるなどという、自慢や後悔というシチュエーションはない。
まあ付属学院ではいちいちテストの内容を変えたりしないのでリサイクルというよりリユースに近い。
教員室につくと副校長がテスト用紙の準備をしていた。
「はい これとこれね」
紙の束はバインダーのような固めの表紙に閉じられていてその束が4つ。
重さ的には大したことはないのだが大きさが少し難点、マーシャが持つのはやっとという大きさ。
「俺が持ちます」
ロン(ロンディア)が後ろから声をかける。
「ロンも来たのね」
副校長は少し微笑み、なるほどというような顔をした。
「これで全部じゃな」
「はいマーシャ様、落とさないようにお願いしますね」
「よかろう、では戻るとしよう」
マーシャ、ロン、フランはそれぞれにテスト用紙を持つと廊下を歩き始めた。
(絵画用のキャンバスの大きさだな)
全部で4冊だが4つ持つとそれなりの重さがあり、マーシャ一人では少し厳しい量だった。
この日は他の学年でもテストのため教員室にはほかの生徒も続々とテストを取りに来ていた。
「ロンじゃないかお前もテスト係か?」
声をかけてきたのは隣のクラスの生徒であるカール・ホブルート。
「ああそうだが」
「そういえばこの間、女に負けたらしいな」
「…」
「やはり子爵家の息子などそんなものか」
「なんだと!」
「そこのお前!」
「んおれか?」
「そうじゃ」
「何か用か?」
「おぬし、妾のメイドを侮辱したな」
「メ・・・メイドかよ」笑い
「そうじゃ」
「じゃあお前が対戦相手か?」
「そうじゃ」
「まじかよ、うけるぜ」
「このやろ~~」
「まて!」
「おぬしもわしと勝負してみぬか?」
「おいおい俺に子供と勝負だって?」
(おぬしもこどもじゃろうが)
「怖くてできぬか?」
「あ?」
「怖いならロンの悪口など貴様には語れぬぞ、弱虫じゃからな」
「上等だよ!受けてやる」
「そうかそうかそれではお互いのメイド権(従者権)をかけるとしよう1年間負ければ勝った方のメイド(従者)をすること、良いか?」
「ああ受けてやる」
「では昼休みに剣術修練場で待っておるぞ、びびって来なければ弱虫のレッテルがお前に張られるからのう、逃げたりするな、ふふふ」
「そっちこそ」
「姫様!」
「楽しみじゃのう」
「なんであんなことを」
「別におぬしのためではないぞ、わしは戦いたいのじゃ」
フランはやれやれというふうに宙を見上げてた。
(たった2週間で2回目の勝負、1年後には学年はほぼ〆ちゃうんじゃ・・)
フランはすでにこの姫のメイド兼従者として3か月、最初はびっくりしたものの最近は慣れもあり。
マーシャが何を考えているのか少しはわかってきたが、知識は元よりその体格で大人ものしてしまうほどの剣術の腕。
最初は何を目指しているのかフランにはまったくわからなかった、だが性格は何となくわかってきた。
マーシャ様は正義の味方だ、そしてやはり王族、この人は王となれる資質がある。
マーシャのことがフランの目にはそう映っていた。
昼休み、午前中のテストが終わり昼食を摂っていると隣のクラスから姉であるアリシアがやってきた。
「マーシャはどこ?」
「お姉様ご機嫌麗しゅうございます、本日の御用件は?」
「あなたどういうこと?」
「何のことでございましょうか?」
「カールと試合をするというのは本当ですか!」
「はい本日お昼休みに練習試合をいたします、お姉さまも見学に来られますか?」
「見学も何もカールはわたくしの許嫁です、あなた少し調子に乗っているのではないですか?」
「お姉さまここでその話を持ち出されると皆様に知られたくないことも知られてしまいますわ」
「うぬぬ・・・」
(もし私が勝ったらお姉さまに権利をお譲りします、そうすればカールはお姉さまの手下になり好きなようにできますわ)
マーシャは小さな声で姉に耳打ちする。
「え!それはほんとう?」
「ええもちろんですわ」
「かならず勝つのよマーシャ!」
妾腹の子とはいえ4つ年上のアリシア・コリゾン・アルフレアは現在隣の10歳クラスにて勉強している。
もちろん同じ寮なのだが、彼女は当然のことながら少しおつむが弱い、というかマーシャの頭が良すぎるのだが。
元子爵家のメイドと王様との間にできた子供のため、ほかの王子たちに負けないように少し虚勢を張り威張り散らすところがある。
だがそんな彼女に最近許嫁が決まった、ホブルート侯爵家の次男カール・ホブルート、先ほどマーシャと剣術の試合をすると決まった隣のクラスの男子である。
王家は毎年定期的にパーティーを開き、8歳になると必ずそのパーティーに出席させられる。
その時うまくいけばお相手が決まるのだ、要はお見合い。
社交界へのデビューも兼ねているため正式ではないがそこで見初めれば後にラブレターが届く。
後はそれに対し拒否するかOKするか、OKすれば許嫁が決定する。
カールからすればとてもラッキーな話だしアリシアから見ればカールはやや自己中なところはあるがイケメンではある、というよりほかの男の子に良いのがいなかったからというのが本当のところ。
まだ子供のためマウントはどちらかというとカールの方が上の状態のようだ。
アリシアは年下やマーシャに対しては歳上のようにふるまうがカールに対しては貞淑を装っていて、なかなか恋愛の進展がないのを最近悩んでいる。
まあ王族だろうが貴族だろうが子供でそんなに恋愛が進展していいものかはわからないが。
カールのアリシアに対する態度はかなりつっけんどんでアリシアが下手に出ているため、いい気になっているのは確かだ。
その鼻を本日折ってやろうという話。
その代償は1年間の下僕化、マーシャにはすでにロン(ロンディア)という下僕ができたので、男ばかり2人も必要無いしカールは隣のクラスのため使い勝手が悪すぎる。
のしを付けてアリシアに譲れば恩を売れる、今後の行動もやりやすくなるというもの。
アリシアはマーシャからの話を聞くと嬉しそうな顔をしながら取り巻きを連れてマーシャのクラスから出て行った。
「マーシャ様!」
「きょーれつだな」
「あれでも妾の姉じゃ、彼女には普通に結婚してもらいたいものじゃ」
「ロンはああいうタイプは嫌いか?」
「好き嫌いというより、俺にはそんなことまだわからねえ」
「まあ10歳じゃからな」
「姫様はまだ6歳なんだろ」
「うぬ6歳といっても頭の中身はそうとは限らんだろう」
「マーシャ様は特別ですから」
「フラン、ほめられても何も出せんぞ」
「そんなこと考えてませんよ~~」
昼食が終わり前回のようにクラスの全員が剣術訓練場へ向かう、途中で
隣のクラスと合流すると総勢100人近くの子供たちが剣術訓練場へと流れていく。
当然のことながら他のクラスや下級生もそれを見て加わってきた。
前回の試合のうわさはすでに学院中に知れ渡っている、その流れに兄であるリカルド・オースティン・アルフレアも加わってきた。
「マーシャこれはどういうことだ?」
「今から隣のクラスのカールとかいう子と剣術の試合をいたします」
「またか・手加減してやれよ」
「もちろんですわお兄様!」
兄のリカルドは2つ違いだが彼も飛び級で10歳クラスへ編入している、つまり今回10歳クラスに3人の王子と姫が通っているということ。
マーシャは特別だがリカルドも本来10歳クラスではなく15歳クラスでも通るほど賢い。
要するに第二王女アリシアの手前10歳クラスで止めてあるという形なのだ。
まあこの一年で頭のよさや剣術、魔法の勉強でどのぐらい違うのかわかればアリシアも抜かされて文句は言えないだろうという、そのための試験期間みたいなものだ。
訓練場には前回とは比べられない人数の見学者が入っていった、もちろん先生まで数人いた。
「では本日この試合の審判をさせていただきます剣術教師ジュリアンです」
「よろしく頼む」
「先生まで見に来たのかよ」
「私は審判です!カール君なめてかかると痛い目にあいますよ」
「楽勝でしょ」
「はじめっ!」
「せやっ!」
(カンッカンッ)
(カカカッ)
どん!
カールのぶちかましのはずが逆に弾き飛ばされたたらを踏む。
「くっそー」
(カンカンッ)
(カカカカカンッ)
はじめは様子見だったがだんだんマーシャの動きが早くなっていき、早くも3分でカールの動きが鈍くなってくる、逆にマーシャは疲れ知らずカールの剣をさばきながらわざと体ではなく相手の剣に集中して攻撃してくる。
「そろそろ終わりじゃな」
(カカカカカカカンッ)
カールの手から木剣が落ちる、あまりの速さについて行けないどころか最後の振り下ろしを受けて腕がしびれてしまう。
「うっ!」
(コロン)
「くっそ!――」
「勝者マーシャ様」
「やった~~」




