カチュア・ジョーバリン
カチュア・ジョーバリン
昨日呪いの魔法で操られ狂暴化し、皇子達に怪我を負わせる所だったが、急遽駆け付けたマーシャに奴隷紋と呪いの魔法を全て解除され自由になったカチュア。
その目覚めは今までに感じたことが無いぐらいに爽やかだった。
「ん?なんじゃこれは?」
見るとマーシャのベッドに寝ぼけて入り込んだのか、カチュアの顔がマーシャの胸のあたりに見えていた、寝相はすこぶる悪そうだ。
急遽作成したパジャマを着せたはずだったのだが、羽が邪魔になったのか…いつ脱げたのか、そこにはスッポンポンのカチュアがまだ小さな寝息を立てていた。
「マーシャ様おはようございます」
「あれ?カチュアちゃんは?」
「ここじゃ」
「あらら~」
「ようやく呪縛から解き放たれて、安心したのかも知れぬ」
「でも どうするんです?」
「うぬ、妾の従者になるか?それとも魔王国に帰るかはカチュアの自由じゃが…」
ジョーバリン公爵家の元に帰れば計画を成功できなかった責任を取らされ、最悪処刑されるか又はもう一度奴隷に落とされさらに過酷な任務を強要されるだろう。
かといって奴隷から解放してもたった一人でこの世界を魔族として生きていくのは難しい。
それならばマーシャの従者として生きていく方が数段マシなのは言うまでもない。
「ん~、ここは?」
「おはようカチュア」
「え?」
目覚めた所がどこなのか確かめながら部屋の中を見渡す、ここ数日は迎賓館の隣にある宿泊施設に寝泊まりしていたが。
本日はそことは又違う場所だ、ベッドはマーシャ特製の羽毛や綿を詰め込んだクッションや布団を使用しており。
寝心地は奴隷としての毎日から比べたら天国と地獄の差がある。
「私…」
「あわてずともよいぞ、ゆっくり考えてみるが良い」
「昨日抑えきれなくなってコサージュを握りしめて…」
「呼ばれて行ってみればまさか魔法で操られて王族を全員殺害する最中だったとは…」
そう言われて裸のまま飛び起きると床に座り込み土下座をするカチュア。
「申し訳ございません、私の命を持って責任を取らせていただきます」
「それはもう済んでおるぞ」
「す 済んでいるとは?」
「操られていた事も、自分の意思ではないことも分かっておる、そしておぬしを殺人者として罪を擦り付けようとした者の名前も分かっておる」
マーシャにそう言われてカチュアの顔は青ざめる。
「申し訳ございませんでした!」
「だからすでに、おぬしの責任ではないと言っておるのだが…」
「は?」
「すでに奴隷紋も消えておるだろう?」
「??そう言えば頭も軽いです、胸…ない紋章が無いです」
「そういう事じゃ」
そう言いながら肩に上着を掛けてやる。
「それでこれからどうする?」
「解放されたのですよ、マーシャ様のお力で」フラン
そう言われてようやく事態が飲み込めたのか、目から大粒の涙が流れ出す。
「私…ヒクッ ヒクッ 」
「オーよしよし」
「ウワー」
「すぐには判断付かぬ よな」
それから数分マーシャのネグリジェに染みができるほど涙を流したカチュア。
ようやく泣き止んだかゆっくりと目を擦りながらマーシャの顔を見る、決心がついたのかその口で自分の言葉で話し出した。
「私はずっと奴隷でした、物心ついた時には親もいない沢山の子供の中の一人として生きてきました」
そこからカチュアは自分の生い立ちを話し出した、それは長く苦しい吸血族のクォーターとしての生活。
生まれてすぐに奴隷化の魔法を掛けられ、吸血魔族の末端としてこき使われる日々。
割と容姿が良かったことから、ナンバー2のグラッダにより城で召使いとして奉公することになった。
勿論そこからは吸血族としての作法や階級や決まり事を叩き込まれ現在に至る。
少しでも逆らえば鞭を打たれ、うまくできないと言うだけで拷問を受けた事まである。
そして今回の仕事を命令された、皇女の従者として参加し情報を手に入れろと。
他の皇族達とは言葉を交わすなとまで言われていた。
「王国の情報、特にお子様達の情報を持って来いと言われました」
「それだけならうまく行ったかもしれぬのに、欲をかいたのやも知れぬ」
「まさか皇子達の殺害までなんて」
「暗殺術など訓練しておらぬのじゃろう」
「…そんな事全然知りません」
「吸血族は阿呆が多いな」
「いくら体を乗っ取り操ったとしてうまく行くはずないですよね」
「まあじゃからうまく阻止できたのじゃがな…」
「私はどうしたら…」
「もう魔王国へは帰ることなど出来そうもないな…」
「証拠隠滅のため消されますね」フラン
「う…」
「妾の従者になるか?」
「姫様の?」
「すでに4人、厳密にいえば3人じゃが、魔王国の元兵士が3名妾の従者として働いて居る、もちろんおぬしはまだ若いからフランと同じように学院にて勉強してもらう事になるがな」
「従者なのに学校に通うのですか?」
「従者だからとは言え物事を知らぬものを召し抱えては生活もうまく行かぬだろ、妾の元にいるのならばまずは勉強じゃ」
「やったこれで普段の仕事がやりやすくなりますよ」フラン
「おぬし調子が良すぎるぞ、まずはおぬしが師となり教えるのじゃぞ」
「なんですかそれ、仕事が増えちゃうってことですか?」
「当り前じゃろうが!」
「まあカチュアは既に皇族の従者としての教育は受けておる、下手をするとフランの方が追い越されるやもしれんがな」
そう言いながらニヤッと微笑むと、フランはびっくりしたような顔をするが。
フランはカチュアの顔を見て、もう一度自分の心に問いかけてみる。
(神聖魔法の使い手ならば、行く当てのない少女を助けるのは当たりまえ)
自分の立場を置き換えて考えてみる、その姿はずいぶん前の自分と同じ、いやそれより酷かった。
男爵家の遠縁など一般市民とほぼ変わらないが、母はどこかの宿屋で女中をしながら貧しくとも一生懸命自分を育ててくれた。
幼いころの思い出がよみがえる、決して裕福な暮らしでは無かったがそれでも幸せだった。
だが、目の前の少女には母と呼べる者さえいない地獄の日々だったのだろう、見ればその肌にはいくつもの傷やミミズ腫れの跡が残る。
「それでも、私はマーシャ様の従者筆頭です!」
「お 言うようになったな、それでこそ妾の一番弟子じゃ頼んだぞ」
まずはカチュアに服を着させて自分達も本日のお茶会用の服に着替える。
昨日の服装とは違い今日はそれほどドレッシーに着飾る必要は無いのだが、それでも試しに着させたい、試作した洋服がいっぱいストレージにしまい込まれていたりする。
その中からメイド風の服を出すとカチュアに合わせてみる。




