幕間 オーディンの腕輪
「ふんぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!!!」
赤陽世界ギイム、天照城にて。
「だハァ〜……ダメです……ぜんっぜん反応しない……どうして……」
オーディンから贈られた魔宝石の腕輪を使いこなそうと指を翳しては念じるという行為を始めて早二時間。
マノは、その真価を発揮するどころか、魔宝石にほんの少しの光を宿すことも出来ずにいた。
「気分転換に休憩でもしたらどうだ?」
「未代さん……」(未代さん、やっぱり優しい! これはやはりアタシに気があるのでは? な~んつってぇ! てヘッ!)
素晴らしい自己解釈である。
「じゃあ、お言葉に甘え……」
『分かっているなら悄気げてないで、どうすれば自分の全力を好きなように操れるか考えるんだな』
アルハの言葉が脳裏をよぎる。
(アルハさんはアタシに無理だとは言わず、考えろって言った。それってつまり…)
「……マノ?」
「……やっぱり、続けます!」
「っ…。
そうか。 なら、これ以上は止めたりはしないから、やれるだけやってみればいい。 手伝える事があったら何でも言ってくれ」
「はい、ありがとうございます。
すぅ……はぁ……」
呼吸を整えると、再び人差し指と中指をルビーの魔宝石に翳す。
(全身のエネルギーを一点に集める感覚……)
目を閉じると、想像の中で自分の全身図を作り出す。
(あの時のアルハさんは……そう…いつも絡んでくる時みたいな雑念や汚れが無くて、本当に神様みたいな雰囲気で……。
アタシも、ああいう感じに心を落ち着かせれば………)
瞬間、マノの体から黄金の粒子が放たれる。
「っ!?」(魔力が、具現化した!)
(……ん? なんか…未代さんが、こっちを見ているような…?)
繰り返し練習をしていた結果とはいえ、あまりにも唐突な出来事に驚きを隠せずにいる志遠は、その神々しい光の粒子を凝視する。
視線に気付いたマノが細目で周囲の様子を窺おうとする。 と、その時。
バシュンッ!
「えっ!?」
マノが目を開いた事で集中力が途切れたからか、黄金の粒子は消えてしまう。
「あっ…」
「……い、今、アタシの体から……光が……。
ッ〜〜〜!! やりましたよ未代さんっ!
アタシ、今の自分の力を扱いこなせてきてるみたいです!」
「あ、ああ、凄いな」
「はい…っ! よし、今の感じでもう一回……」
「そんなすぐにまた出来る…と…は………」
そう言い切るのも束の間、瞳を閉じ、意識を集中させたマノの体の周囲からは即座に黄金の粒子がその輝きを放つのだった。
「っ……」(今度は、どうかな…?)
片目だけをうっすらと開いたマノは、自分の足元を確認する。
「あっ……!」
マノが片目だけを開くと、黄金の粒子はすぐに消えるということはなく、その輝きは維持されている。
(よし、じゃあ左目も開けて…)
短時間の間に進歩した事に喜びを覚え、粒子放出状態に慣れようと閉じていた方の瞼を上げようとした瞬間、、、
シュゥゥゥゥ……
「あ、あぁ……」
やはり使いこなせていないからか黄金の粒子は消失してしまったものの、その消え方はゆったりとしていた。
「惜しかったな」
「はい。 でも、もう少し練習すればエネルギーのコントロールは出来るかもです!
それを腕輪に集中させるのは別の話なんですけど……」
あはは…と、苦笑いで誤魔化しはしたが、その表情には悔しさが滲み出ている。
「…………」
「…? 未代さん?」
「………………」
「みー!しー!ろー!さー!んっ!!!」
「ッッッ! ど、どうした?」
「それはこっちのセリフですよぉ……。 さっきからアタシの顔、ずっと見てましたけど…どうかしたんですか?」
「え……あ、いや……別に、なにも?」
「…………」
コロコロと変わるマノの顔を見る度に険しくなっていく志遠。
それに勘付かれた事に動揺してか、口調もしどろもどろになる。
「…………あ! 喉乾いたから、アマテラスから飲み物でも貰ってくるよ。 何か要望はあるか?」
「……じゃあ、ぬるめの緑茶とみたらし団子を」
「分かった」
バツが悪いとばかりに物理的な距離をおいた志遠は昔の事を思い出していた。
(似ている……顔立ちや体格は違うのに、悔しさを隠そうとする微笑みや雰囲気が……)
その頃中庭では、、、
「ふ……っ! はぁァ!!」
過去にいた誰かの事を考えているとはつゆ知らず、腕輪を構え、形だけでも良くしようと力を発動した際の格好を決めていたマノだったが、、、
グゥぅ~〜〜っ……。
そんな事より何か食べたいと、腹の音がなっているのだった。
「お腹……空きました………」
(未代さんが戻ってくるまでもう少し掛かりそうですし、何か近くにないですかねぇ……)
神の居城とされる天照城にて、食料を探そうとする大罪の悪魔。
ここだけ見れば、彼女の罪状は暴食に思われるだろう。
「うぅ……何も無い……」
(まぁ、中庭に食べ物置いてたら衛生上良くないし、普通は冷蔵庫に入れ…って、この世界、昭和初期の文明だから冷蔵庫って無いんでしたっけ?)
一人、考察しながら中庭の一角に生い茂る芝生の草を引き千切って口に運ぼうとしていた、、、
『こっちに来てっ!』
「っ!?」
瞬間、背後から聞き覚えの無い声で呼びかけられる。
すぐさま振り向くもそこには何も無い。
「今のって……」
不気味に思いながら声のする方をしばらく見ていると。
『こっちだよっ!』
再び、その声はマノを呼ぶ。
「だ…誰ですかーっ!」
『こっちこっち!』
「? これって…」
日陰になっている方から聞こえてくる声へと近づいたマノはあるものを見つけた。
「こ、これは……」
一体、何故気がつかなかったのだろう。
そう思いながら彼女は、そこに一本だけ突き立てられているモノに詰め寄る。
その先には、白と桃色の渦巻き状の飴菓子が食えと訴えかけるように佇んていた。
「……いや、いくらお腹空いてるからって、こんな如何にも罠です!って主張している飴を取ろうとするほど馬鹿じゃないんですけど!?」
当然の意見である。
「ていうか、この飴さんもバカじゃないですか!?
もう少し、それらしい場所にあればダマされて美味しく食べてたのに!」
一人でぷりぷりと怒りながら、意味不明な説教を飴にしだすマノ。
だが、彼女の言うようにこんな物に騙される者は、、、
「…………ま、でも、警戒しながら? 食べれば?
問題ないですよね〜!」
……彼女を除けばいないだろう。
「いっただきま~す!!」
そう言って飴へと手をのばす。
だが、彼女の手は飴に届くことはなかった。
何故なら、飴を中心とする数メートル四方の空間が、突如として歪曲したからだ。
歪曲したその一部分は、異常を修正しようとした赤陽世界から切り捨てられ、結果として近くにいたマノを別の世界へと追いやってしまう。
数分後、赤陽世界の空間異常を感知したステラと共に中庭へとやって来た志遠は、彼女を捜索すべく境界路を伝い、本来、転移できない影の世界へと数日遅れで辿り着くこととなった。
「ん……すぅ………ハッ!?」
歪曲した空間に吸い込まれたマノが意識を覚ますと、すぐさま握りしめていた左手に目を向ける。
手に握られていたのは棒、少しだけ飴がくっついているが、そのほとんどは地面に落ち、粉砕されている。
「飴ェェェェェェェ!!!」
飴が付いていた棒を掲げ、嘆くマノ。
そちらにばかり目が行っていた彼女は、その後、視界の奥にいる人物と目が合う。
「…あ」
「こんにちわっ!」
腕を後ろで組み、挨拶をする見目麗しい女性。
「あ、えっと…はい…こんちにわ。アナタ…は……」
左手を後ろに隠し、誤魔化すように女性へ名前を訊ねる。
「私、レヴィ。 貴女は?」
「…………」
「………?」
レヴィを前に呆然と立ちつくしていたマノは【こんにちわ】すらまともに言えずにいる。
レヴィと名乗る女性は何も言わないマノに首をかしげ、不思議そうに見ている。
マノはというと、手を差し伸べるレヴィの人とは思えないほどの美しい容姿に心を奪われていた。
これは、森奏世界編の裏で起きたマノ・ランブルグの物語である。
森奏世界編終わって水明世界編書いてる最中に、時間の余裕があれば、マノ視点の物語である魔剣使徒編を書こうと思ってます。 …忘れていなければ。
時系列としては森奏世界編完結直前までに起きた内容という予定です。 ……忘れていなければ。




