エリシウム 3
「あのね……赤陽世界にいた時、アルハさんがマノさんとお話してるのを見てて、すごく楽しそうにしてるなぁ…って思ったの」
「うん」
楽しそう…というか、言葉の遊び相手としてはアイツが適任だと思っただけなんだけど……ん? つまり楽しんでるのか?
「で、でも……私とお話してる時は、いつも気を使っている感じがして…その………楽しくなさそうだな…って……」
「うん。 …うん?そんな事ないぞ?」
「だって……私には……………。
っ…………」
「……由利?」
顔を俯かせ、また黙り込んでしまう由利。
でも、さっきとは違って恥ずかしそうに口をぱくぱく動かしているあたり何か言いたげだ。
「言ってみ? なにを言っても驚いたり引いたりしないからさ」
彼女の顔を覗きこむ。
前髪で隠れていたので表情が読み取れないものの、隙間から赤くなっているのがなんとなく分かる。
「ほ、ほんと…?」
「ああ」
意を決した由利がおもむろに口を開く。
「えっと……。 アルハさん……マノさんにはえ…エッチな事するけど、私には…してくれない……から……。
その……わ、私のことは…好きじゃないのかな……って………」
「…………ん?」
え、何、今の台詞。
エッチな事をしてくださいって事? え、良いの!?
不意にそんな事を言われ、ムスコがみるみる成長していく。
ああ、いや! 落ち着けぇ……落ち着けぇ……!! ムスコよ、どうか鎮まってくれェェェ………。
「? アルハ…さん?」
前屈みになりながら苦悶の表情を浮かべる俺を心配したのか、名前を呼ぶ由利。
やめてクレメンス……。 今、そんなふわふわした愛らしい声で名を呼ばれては……ムスコがperfecTawakeninGしてしまうぅぅ……!!!!
「大丈夫……?」
由利の柔らかい手が俺の身体に触れる。
「フェう!? え、あ、うん!ダイジョブ!好き!大好き!愛してるよ!うんッッッ!」
「っ……! ほ、ほんと?」
ホントだからそんなに見つめないで……! 見てると妙に性的興奮を覚えているのに、そんな事言われてからだと襲いかね………。
「っ………」
「……アルハさん?」
「大丈夫、本当に何でもないから心配すんな。
あ、後、お前の事を好きなのもマジだから!」
「うん……私も好き…!」
不思議そうに見る由利の頭を撫でると、頬を緩ませ、ぎこちなさの残る笑顔でそう答えた。
そういやそうだ。クトゥルフの序列二位であるアイツが出来ないのに、アザトゥスが急遽生み出した新支配者という未完成品が人間を別世界に転生させる力があるとは思えない……。
ふうむ…これは……。
「ま、考えてもしゃーないか!
行くぞ、由利!」
「行くって……」
「まずは近くの村だな。 ファウヌスの情報が掴めるかもしれないし」
「普通の人が神様を知っているの?」
「知ってる知ってる! この世界の管理神と人間はフレンズとしての交流があるんだぜぇ…!」
管理神ファウヌスは森奏世界全体に自分の姿をした分身を数日に一度下界へ降ろし、人々が何を欲し求めているかの問答、他愛のない会話などをしている。
そこから得た情報で世界を埋め尽くす森と点在する泉のみでは補えない様々な物品を今度はファウヌス本人が数日の一度のペースで天上世界から降りて神の恵みとして与えている。
「と、言うわけ」
「…優しいんだね、ファウヌス様って」
「優しいというか、それがこの世界の管理神の役目だからな〜。
月光世界の管理神なら、その世界にある国の王として政治どうこうだし、赤陽世界の管理神…由利も見ただろ、ステラ」
「あっ、あの人も神様だったんだ……」
「そ、アイツは赤陽世界の天候、気温、重力の操作が主な役目なんだ」
「操作?」
「あの世界は太陽の内側にある世界だから、太陽の重力や熱度の調整とかをしなかったり、ステラがあの世界から離れたりするとすぐに消滅するんだ」
「それって……すごく大変…だよね?」
「そうだな。 創造神の任命とはいえ、元は二体の神で管理していた世界だったし……。
お、これは……」
「わぁ…」
管理神についての説明をしながら歩いていると、人工的に造られたであろう建物や数十メートルにおよぶ木々の壁が現れる。
「この先に人があるの?」
「? あ、うん、集落があると思うけど」
人がある? 『集落がある』や『人がいる』ではなく?
…いや、単に言い間違いかもしれない。
「ふふ…そっかぁ……。ふふ……」
「楽しみなのか?」
「うん! 早く欲しいな……」
「……」
欲しい。
由利と出会った洞窟に咲いていた百合。
あれが彼女が育てた花であれば、由利が…由利の中にいる何かが求めているのは魂なのだろうか?
ラドジェルブの効果が失われかけているからなのか、由利から発せられる魔力が少し、黒く、気味の悪い感じがした。




