エリシウム 1
「う……ぅっう……」
森奏世界エリシウムに点在する泉の一つ。
蔦に縛られる長髪の男は、衰弱しつつも、その蔦から抜け出そうと藻掻いていた。
「はぁ………はぁ……………」
「あーあ……マモンったら気付く前に別世界に転移しちゃったんだ……残念。
ね、そう思わない? ファウヌス」
「…………フ」
長髪の男、ファウヌスは霞む視界に映るその女を睨みながら嗤う。
「……何が可笑しいの?」
「情欲に塗れた哀れな天使よ、君は勘違いをしている」
「勘違い…ね……。
アナタのお友達らしい自称神のアルハという男、神に近い存在とされる境界の守護者、そしてワタシの愛しいマモン。
誰一人として認識できなかったのに、一体何が勘違い…」
「それが勘違いだと言っているんだ」
「っ………」
「もしもアルハという自称神の男が、ボクが最も信頼する彼ならば……。
気付けなかったという事に違和感を持つはずだ」
「…随分な理想論ね?」
「そうかな? 彼なら、管理神ですら自力で解決できない事象に他者を巻き込まないために別世界へ転移したのも頷ける。 そして、近いうちにきっと来てくれる……」
「…………そう」
興味が無さげな女は右手を顔の位置まで上げる。
「っ!」
瞬間、ファウヌスを拘束する蔦が蠢きだす。
何かを吸い取っているのか、蔦はゴクゴクと飲み込んでいる動作が見受けられる。
その動作に呼応してか、女の肌艶が増していく。
一通り吸収し満足したのか、蔦はその動きを止め、ファウヌスを縛るだけの拘束具へと戻る。
「ぐ…ぁっ……う……っ……………」
うめき声をあげるファウヌスの身体は青白く、そこかしこの皮膚から骨が浮き出ている。
「もう半分以上血肉を奪われているのに、まだ意識を保っていられるなんて……変なの」
「はぁ………はぁ……………ぁ…………………ア…ラ………」
蔦に血を吸収されたことで、とうとう意識を失ってしまうファウヌス。
(アラ……。 それがファウヌスの言っていた信頼を寄せる神の名前なのかしら…?
でも、マモンと一緒にいた自称神の名前はアルハだったような…)
「……ま、考えても仕方ないし、ベルゼブブに言われた通りこの世界を初期化しなくちゃ。
……この世界がもともと水だけしかなかったなんて到底思えないけど」
その頃、赤陽世界では、、、
マノや志遠のいる中庭から少し離れた別室でステラへ頼み事をしていた。
「由利ちゃんを預かってほしい…ですか?」
「ああ。 ちょっとファウヌスを探しに森奏世界にまた行こうと思ってるからさ、その間、少し頼まれてくれるか?」
「それは構いませんけど……ファウさんは気まぐれなので、見つからなくてもおかしくは……」
「いつもならな。 でも、そうじゃない」
「と、言いますと?」
「気配を感じないんだよ、一切。
森奏世界の天上界にいれば、今の状態の俺でもすぐ気付けるし、森の中でも感じ取ろうとすれば数秒で把握できる。
でも、今回はそうじゃなかった。
それに妙な泉? みたいなのも増えてたし」
「泉ですか?」
「森奏世界は元々は水だけの世界だったのは覚えてるか?」
「はい。 たしか、ティアちゃんが昔、管理していた二つの世界の一つを譲り受けたとか……」
「そう、そこからファウヌスが大地を造り、豊穣の権能で緑溢れる世界にした。 その森奏世界で水の面積が増えてるって事は…」
「世界の初期化が起き始めている……」
「多分な」
概ね理解したマノは、軽く息を吐くと首を縦に振る。
「分かりました。 そういう事なら、そちらはアッくんにお任せします。
それで、エリシウムへの転移は……」
「未代が使ってた境界路の仕組みを応用……というか、まんま真似て転移しようと思ってる」
「また神王の瞳を使うんですか…? あんまり使いすぎると……」
「第一段階だから使いすぎても疲れるぐらいだよ。
ああ、それと……由利もだけど、あの二人もよろしくな」
「はい、そちらも頼まれちゃいます♪」
「んじゃ、よろしく〜! 由利も留守番…」
「あっ……!」
森奏世界へ赴くために境界路を作り出そうと由利の手を離した瞬間。
「ッッ〜〜〜〜!!」
離れたくないのか由利はアルハの腕めがけて力いっぱいにしがみつく。
「えっと…由利…? 留守番を……」
「ヤダ……私も…一緒に……」
「えぇ…(困惑)」




