星を明かす罪人 3
前回のあらすじ
一つ、天照城に近づいてくる謎の魔力反応は熾天使をも凌駕する存在である事。
二つ、熾天使以上のその存在は普通に戦っても勝算は無いとアルハは言い切る。
そして三つ! マモンは朝食のおかずをビニール袋に詰め込み、逃走の準備を整えた!
「まるで仮面ラ○ダーOOOみたいなあらすじだな」
そして相変わらず伏せ字が仕事をしていないアルハの台詞であった。
そしてここからが本編である。
「えぇ!? 迎え撃つって……本気なんですか!?」
「言っただろ、俺一人じゃ勝算が無いって」
「だから逃げましょうって言ってるんです!」
「お前、察し悪いな。 協力してくれれば勝てるって言ってんだよ」
「分かんないですよ! じゃあ、最初からそう言ってくださいよ!
まったくもう……」
落ち着きを取り戻したマモンは、ぶつぶつと愚痴をこぼしながらも椅子に座ると、何事も無かったように箸でおかずをつまみ出す。
「……太るぞ」
「悪魔は人を魅了するために太らないの! あーむっ!」
絶えず食べ続けるマモンは口に物が入った状態でアルハに話を振る。
「それで、アタシがいれば勝てるってどういうことですか?」
「そうだな、時間も無いから手短に……。
まず、お前が少しの間だけ時間を稼ぐ」
「うん……もぐもぐ…もぐ……それで?」
「それだけ」
「うん? それだけですか?」
アルハは首を縦に振る。
「馬鹿にしてます?」
「えらく大真面目だ」
「いや、馬鹿にしてますよね? アタシが逃げようとしたから馬鹿にしてるんですよね?」
「人が気を使って時間稼ぎで良いって言ってるのに……」
「いくら、相手の方が強いからって、本当にそんな事で良いんですか?」
「そんな事で良いんだよ。 というか、そんな事すら大変なはずだぞ」
「?? どういう事です?」
「俺は今こっちに来ている魔力を持った奴の事を知ってるけど、アイツは殴る蹴るがヤバいほどに強い。
正面切って勝てないってのは、その格闘センスの高さが理由だ」
「へぇ~っ、そんなに……」
「イマイチ、って反応だな」
「アタシ、アルハさんが戦っているところ見たことないんで」
「それもそうだな……。 分かりやすさで説明するなら……お前がルイから顔面に受けたグングニルって聖奥があっただろ?」
「はい。 アタシにとってのトラウマ第一号ですね」
(そこまで恐怖だったのか)
「お前は防御を行わなかったから一撃で落ちたけど、俺はあれと同等の攻撃を二十回までならシャリドって魔法で完全に防げる」
「え、強っ……」
「で、今こっちに来ている……おそらく東洋人の風貌をした十代後半のヤツ……久導星明っていうんだけど、アイツはグングニルと同威力のパンチやキックを連発できる。 技じゃなくて普通の拳や蹴りでだ」
「…………」
そ~っ…と椅子から立ち上がろうとするマモン。
「言っとくが、星明は既に、天照城周囲に聖奥結界という、特殊型最高位とされる聖奥を発動してるからな。
城から出たら、たちまちその結界に囚われて、強制的に戦う状況になると思うぞ」
「……うぅ…そんなぁ………」
逃走を諦めて椅子に座るマモン。
「時間稼ぎは何分ですか……」
「1分だ」
「余裕ですね!(どやぁ…!)」
「そうか、そりゃ良かったよ」
キメ顔で言い切るマモンを尻目に、アルハはテーブルに置かれている湯のみを使い、これからの手順を説明する。
「星明は全盛期の状態なら、その体にルシファーの力を宿している。 仮に何かしらの理由で使えなかったとしても、その欠点を補うために格闘術を極めるような努力の天才だ。
でも、やつにも弱点がある」
「弱点ですか? ルシファーなら六対の翼にそれぞれ異能力を有していますよね?」
「同じ大罪なだけあって知っているのは流石だな。 確かに、力の翼、護りの翼、癒しの翼、希望の翼、勇気の翼、そして死の翼。 これらの翼を持っているルシファーは弱点が無いように思える。
けど、久導星明が人間という事が問題なんだよ」
「?? すみません、よく分かんないです」
「本来、天使の力を使うのは当然天使だ。 でも、星明は人間。
人間が天使の力を行使する場合、どれか一つに絞らないと肉体を維持する事が出来ず絶命するんだ」
「天使や悪魔の力って人が使うとそんなに危険なんですね……」
「ああ。 だが、不思議な事に熾天使クラスの力を持ち、普通に扱えてるらしい」
「一つに絞っているからじゃないんですか?」
「そうも思った。 けど、今、星明は四つの翼の力を同時に解放している。 どの力かは分からないが、何であれ複数使用すれば、その時点で死んでいる。 とすれば考えられるのは……」
「誰か、又は何かの力で克復した…って感じなんですかね?」
「ああ。 ま、同じ熾天使の力持ってるんだし、1分ぐらいなら余裕だろ?」
「うわぁ……他人事だと思って……」
文句を垂れながらも、マモンはその姿を赤みがかった黒髪に赤みを帯びた黒目の少女に変える。
「ええ。 正面切っての格闘戦ならアタシにも分はあると思います」
フッ…と口端を上げたアルハは魔力で生成したシンプルな銀の指輪をマモンへと手渡す。
「何ですこれ? 結婚指輪?」
「強敵との戦いを前に結婚指輪渡すとか、どこの死亡フラグを取り出してんだよ俺は……。
敏捷性と防御力を高めるお守りみたいなもんだよ。 多少は役立つはずだ、利き手の人差し指にはめておけ」
「へぇ……」
物珍しそうに見ながら右手の人差し指に填めると、指輪の大きさはマモンの指の太さと合わせるように小さくなる。
「うぉお!?」
「そこまで驚く事でもないさ、その指輪は魔力の塊、使用者に合わせて形状を変えるのは可笑しくない」
「そうなんですね、こういう物もあるんだぁ…」
「では、アッくんとマノちゃんが星明くんの進行を食い止める? みたいな感じで決まったので、私はお片付けしながらまってま〜す☆」
「マノちゃん?」
「はい〜。 マモンのローマ字の綴りからマノちゃんという名前にしてみました〜。
マモンという呼び名を悪魔への知識を持つ人の前で言うと後々面倒な気がしますし、だからといってミオ呼びするのもどうかなぁ…と思ったので」
「マノ……」
「嫌なら嫌って言っておいた方が良いぞ?」
「アッくんヒドイです〜!」
「だって、嫌そうだし」
「あ、いえ! そんなことは……。
嬉しかったんです。 誰かの物を奪うことはあっても、誰かからなにかを貰う事は初めてだったので……」
えへへ…と、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頬を緩ませるマモン。
「よし、マノちゃんで決定ですね! アッくん、ちゃんと名前で呼んであげてくださいよ?」
「そ、そうですよ、アルハさん! ちゃんとマノちゃんって呼んでくださいよ?
だいたい、アタシの事、いっつもお前とかマモンって呼んじゃって……何様なんですか?」
「何様って訊かれると、オレ様……かな?」
「聞いたアタシがバカでした! すみません!」
「もう……アッくん?」
「はいはい……。 じゃ、時間稼ぎ任せるぞ、マモン」
「あッ!? ぐぬぬぅ……この話はあの人を倒したからにします……」
前方から迫る飛翔体からは周辺に発生している聖奥結界の魔力と同質のものを感じられる。
間違いない。 靄に隠れているあの人影こそ、傲慢の罪ルシファーの力を持つ人間、久導星明だろう。
「天照城に被害が出ると俺の財布が薄くなる。 先手必勝…とまではならなくとも、仕掛けられるのは黙ってるのは癪だからな、こっちから飛び込むぞ」
「はい! って、この状況で修繕費のこと考えるとか……」
ボソッ…と嫌味を言われている事など気にせずに結界へと攻め入るアルハ。 それを追いかけるようにマモンも乗り込む。
二人が侵入すると同時に、全方位から天照城に迫っていた靄のような聖奥結界は動きを止める。
(結界の動きが止まった…? 俺が入ってから二秒ぐらい後に……)
「……ああ、目的はあっちか」
「待ってくださいよぉー! って、ここって……」
アルハに追いついたマモンは結界内部の光景に見覚えがあるのか辺りを見渡している。
「マノ、知っているのか?」
「はい……。 アタシが悪魔として覚醒した最初の記憶が、こことほとんど同じでした……」
黄昏の空は視界を遮るように霧がかっている。
右を向けば、かつては花畑だった事を思わせる大量の枯れ草が。 左を向けば、痩せ細った大地には亀裂が生じ、今にも崩れ去りそうなほどだ。
「よく来たな、悪魔」
「……っ!」
「っ……。 出たか……」
霧の中から聞こえる男の声、それは二人の正面からだった。
「姿形は以前見た時とは違う気がするが、お前は強欲か」
(以前…? アタシ、この人と初めてな気がするけど……記憶に無いだけなのかな…?)
霧の中から現れたその姿は、前述でアルハが説明した黒髪黒目の東洋人の少年だった。
ただし、その少年は異質な点として、背中から計八本の骨を羽のように広げている。
「アナタが、久導星明さん……なんですか?」
「? なんだ、その疑問形な聞き方は? 今まで自分の欲のために俺や志遠の仲間を殺しておいて、よくもそんなことを……」
マモンの隣に立つアルハには目もくれず、一心に鋭い視線を送る星明。
「あの……本当に何のことですか? アタシ、色欲と暴食以外の大罪と顔を合わせた事無くて、第一、アナタみたいに人間なのに大罪の力を持っている事自体、さっき知ったぐらいなんですよ?」
「とぼけるなッッッ!」
「ひっ…!」
星明の激昂に呼応するかのように、空間内部の大地は震え、風が荒々しく吹き荒れる。
「哀れな少女を装って、そんなお前に手を差し伸べ、優しく接していた俺の仲間はみんなお前に取り込まれた!」
「取り込まれる…?」
「……」(取り込まれる……)
「ああ、そうだ!
……誇らしげに言ってたよなぁ? ベルゼブブの暴食と自身の強欲の力をかけ合わせれば、相手の力を永久的に自分が所有しつつもその力を存分に使えるってさぁ……」
「そんな力……知らない……」
「……」(なるほど、やっぱりあの悪魔のことか)
無言のまま、二人のやり取りを観察していたアルハには、星明の話の中に出てきた悪魔に心当たりがあるらしい。
「……まぁ、いい。 そんな事よりも、悪魔、お前はセナの居場所を知っているはずだ。
何処だ、教えろ」
「……?? セナって……」
「ああ、そうか……。 追い込まれないと言う気にもならないんだなぁ……」
腰に携えていた得物を出し、その切っ先をマモンへと向ける。
「おい、横の男。 手を出すなよ?」
「ん? フッ……俺に言ってるのなら安心しろ。
仲間のために自分よりも強い相手と戦って死のうとは思わないからな!」
満面のマジキチスマイルにダブルピースを添える男、アルハ・アドザム。
これには敵味方問わず呆れていた。
「フンッ、所詮は悪魔の仲間、クズにはクズがお似合いだな」
敵ながら正論である。 この言葉にはマモンも擁護出来なかった。
「うわぁ……その通りすぎる……」
「そもそも、一分間、囮になってくれるって話なんだから手、出さなくても良いだろ?(ボソッ)」
「確かにそうですけど、それなら会話の最中にひっそりと聖奥の準備ぐらいすれば良かったじゃないですか(ボソッ)」
「星明のやつ、お前しか見てなかったけど、殺気は俺にもビンッビンに出してたから行動に移れなかったの!(ボソッ)」
トンッ、と一歩こちらへと歩み寄る。
「さて、では、死なない程度に苦しみを味あわせてやるか…!」
「……っ!」(来る!)
「任せたぞ、信じてるからな、マノ」
「……! はいっ!」
耳元で名を呼ばれた彼女は嬉しそうに、それでいて自分への信頼の言葉には暖かな感情が芽生えていた。




