星を明かす罪人 2
「ん、んぅ〜〜〜っ!! ……ん?」
時刻は午前七時、客間の一室でマモンは目を覚ます。
そして、アルハと同じ布団で寝ていた事に気付く。
「……」
「アルハさん?」
囁くように呼びかける。 が、返答は無い。
息はしているので、ただ熟睡してるだけだろう。
「起きないと殺しちゃいますよ?」
「……」
起きる気配の無いアルハの首元に手を伸ばす。
絞めるように首に触れると少しだけ力を加える。
「ん……」
「っ!」
咄嗟に手を離す。
(危ない危ない……って、何でこんな事してるんだろアタシ……。
というか、そもそも、この人がアタシの力を封印さえしなければ、こんな惨めな八つ当たりなんてしなかったんですよ! ええ!)
「……」
「むぅぅ……えいっ!」
気持ちよさそうに眠っているアルハの頬をつねり、うにゃうにゃと顔を弄くる。
「えいっ……えいっ……! ふふ……。
…………。
…………。
はぁ……バカバカしい……」
自分の行為に呆れ、アルハの頬から手を離すと、客間の入り口に折り畳まれた女性用の服を手に取り、そのまま部屋を後にするのだった。
「ん…ふわぁ……朝かぁ……」
マモンが起きてから数十分後、アルハが目を覚ます。
「もう少し寝よ」
どうやらもう少し寝るようだ。
「やっぱ起きようかな」
やはり起きるらしい。
「いや、やっぱ寝るか?」
寝たいらしい。
「いや、でも……」
はよしろ。
「起きるかぁ……うん? あれれー、丘ピーポー?」
何だかんだで体を起こしたアルハはある事に気付く。
「昨日、城下町で買った女性服どこに置いたっけ?
ステラに嫌われようと思って買っといたんだけどなぁ……」
「キ゛ャ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
瞬間、女の子の可愛い悲鳴とは程遠い濁点付きの太い悲鳴がどこからか聞こえてきた。
「女の子なのに汚い悲鳴……野獣先輩かな?」
申し訳ないが女の子説はNGである。
声のした方へと向かうと、そこは女性浴場の脱衣場だった。
(声からしてマモンだろうけど……死体でも見つけたのかな?)
「どーしたー?」
「あ、アルハさん! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………が!」
躊躇うことなく脱衣場に入ると、膝から崩れ落ちた状態のマモンが、ある場所を指さして震えている。
「ゴ…? え、J○J○とかの緊迫した場面で出るアレ?」
「伏せ字が仕事してませんよ!! ゴキブリです!ゴ、キ、ブ、リ!!!」
「ゴキブリぃ?」
確かに、マモンが指差す先には十数匹のゴキブリが衣類の上で蠢いている。
「ああ……俺が買った服、お前が持って行ったのか」
「アレ、アルハさんが買ったんですか?」
「うん、キャ・ワ・イ・イでしょ?」
「ぅええ………」
顔を歪ませ、ドン引きするマモン。 そこまで趣味が悪いのかとも思ったが、ただの白いワンピースに趣味趣向など関係無いようにも思えるが……。
「あの、マモンさん? 何故にそこまで引いてらっしゃるんですかね?」
「だって、アルハさんが買ったんですよね?」
「そうだよ」
隙あらば語録を言い出すホモガキの鏡、アルハ。
「つまり、アルハさんにはそういう趣味が……」
「ねーよ! 人を変態として認識すんな!」
「え、違うんですか?」
「どう見ても正常だろ! この顔面偏差値75に超絶イケボな主人公の隣にいそうなもう一人の主人公ポジションなキャラ立ちのアルハさんだぞ!?」
「せい…じょう……?」
「ん、なんだよ?」
「あ、いえ!」
こんな事を言う人間がまともなはずがない。
これを言うとゴキブリ処理をしてくれなさそうなので、喉元まで出かかった言葉を抑え込む。
「この白ワンピはステラに渡そうと思ってたんだよ」
やれやれ…と思いつつ、服を手に取り、引っ付いてるゴキブリを手で払うアルハ。
「あ゛か゛!? く゛こ゛け゛こ゛!!?
く゛き゛く゛き゛こ゛き゛こ゛か゛き゛け゛か゛か゛か゛か゛か゛か゛か゛か゛か゛か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
それを見て語彙力ガ行で阿鼻叫喚のマモン。 壁に体を寄せ、手を横に動かすあたり、こっちに来るなとでも言っているのだろう。
「はぁ……。 グラビリ」
何かの詠唱とともに、アルハが指を少し振ると、虫は空中を道のように移動しながら、脱衣場から出ていく。
「あ……あ、ああ…………。 こわかった……うぅ……」
「お前なぁ……」
朝からゴキブリ相手に一人でお祭り騒ぎに出来るのは才能としか言えない。 そもそも大罪の悪魔なら、対応した動物や幻獣の眷属がいるのだからそれらを使って対処すれば良いだけである。
「烏でも呼んで喰わせれば良いだろ?」
「ひっく……か、からすぅ…?」
「ああ。 力を封印してるとはいえ、動物の眷属を使う能力が残ってるのは分かってるだr…」
「何の話ですか?」
「……え?」
「眷属って、なんですか?」
「……」
「……? アルハさん?」
「お前、眷属使ったこと無いのか?」
「え、みんな、そういう能力を持ってるんですか?」
「いや、大罪の悪魔であるお前みたいなやつが、自分の能力が使えなくなった時に、代わりに戦ってくれる使い魔みたいな存在だよ」
「へぇ〜! そんな便利な力がアタシにあったんですねぇ!」
「…………」
驚いた。 この強欲の悪魔はゴブリン、烏、蜘蛛といった汎用性の高い幻獣や動物を使役する能力を得ていながら一度も使った事が無いらしい。
(体は濡れてはいないが、シャンプーの香りが微かにするってことは……)
「もう風呂には入ったのか?」
「はい。 ……って、露骨に話逸らしてません?」
「いや、自分の能力すら分かっていなかった事に呆れて話逸らしてるだけだから安心しろ」
「なぁんだ、そうだったんですねぇ…
って、バカにしてるじゃないですk…むぐ!?」
タオル一枚でピーピー騒ぐマモンに着替えをぶん投げると、頭に引っかかり、見事に黙らせる事に成功した。
実際には投げられた服を着ながらモゴモゴ言っていたのだが、、、
「ぷはっ! バカにしてるじゃないですか!」
「二度言わなくても聞こえてるよ」
「大事なことだから二回言ったんですぅ!」
「安心しろ、バカ相手にバカとは言わない」
「……本当ですか?」
疑うような目線でこちらを睨んでくる。 その問いかけに口端を上げ、首を縦に振る。
「さっきだってバカとは一言も言ってないだろ?」
「……。
……確かに」
「な? じゃ、ステラのとこに行こうぜ、きっと朝飯用意してるだろうし」
「……! 朝ごはんっ!」
嬉々とした表情で、るんるんる〜ん♪と鼻歌混じりに後ろをついて来るマモン。 この悪魔、これでよく世界侵略しようと思ったな。
「あ!」
思い出したように声を高らかにあげる。
「? 今度はどうした?」
「バカとは言ってないですけど、バカにはしてるじゃないですか! やっぱりアルハさん嫌いです!」
「……ああ、そうですか、ごめんなさい」
「心が籠もってないです! それにさっき脱衣場でアタシの裸も見ましたよね!?」
「あれぇ? そうだっけ?」
「見てたじゃないですか!
今も下半身の一部分が物理法則ガン無視で反り上がってますし!」
「ばっ…!おまっ…! これは…アレだよ……懐刀だよ!」
「そんな懐刀があるわけないじゃないですか!」
「男はいつでも戦えるようにしてんの!」
「ベットの上でしか使えない懐刀なんていりませんよ!」
「うーわっ、ベットの上とか…すーぐそういう発想! 強欲の悪魔なのにムッツリスケベとか性癖歪んでるなー」
「誰がムッツリですか!」
怒りっぽいのに憤怒じゃなくて強欲なのが理解できない。
その後もしばらく、歩きながら口論を続けていた。
「仲が良いですねぇ〜」
「良くないっ!!」
「良くないですっ!!」
ガミガミと言い合う二人に対し、ステラが微笑ましそうに答えるも二人は否定する。
「そうですか〜ぁ。 さぁ、朝ごはん食べましょう?」
「……」
「……」
顔を背けつつも、椅子に座る二人。 テーブルの上には焼き魚や煮物、漬物といった和食の部類が並べられている。
「はい! みんなで手を合わせて……いただきます」
「いただきます」
「いただきます!」
ステラに続き、食事の挨拶をするアルハとマモン。
「…………ああ…美味い……」
「アッくんはやっぱりお味噌汁からなんですね」
「その方が喉に詰まらせないからなぁ」
味噌汁を最初に飲むアルハとステラ。
「あむっ! もぐもぐ…あむっ……ずぅぅ……あむっ…もぐっ……ズゥぅぅ……ぷはぁ! もぐっ……もぐっ……」
焼き魚、米、煮物、米、味噌汁、漬物、米、味噌汁の繰り返しで食べて…というよりも飲み込んでいる。
「あむっ…もぐもぐ……!! んぅ〜〜!!おいひぃです!!」
「ふふっ……お口に合って良かった」
「きったねぇ食い方するなぁ……」
「良いじゃないですか、美味しいんですから」
「女らしさの欠片も無いな」
「フンッ! アナタに分かってもらおうとは思ってないですぅ!」
「ふふっ……今日の食事は賑やかですね〜」
「悪いなぁ、俺の連れがこんな下品なやつで」
「いえ、マモンちゃんは可愛くて良い子でしたよ?」
「可愛くて……良い子…?」
「……ふふーん」
したり顔をキメるマモン。 こ ん な の が、可愛くて良い子とは……ステラもいよいよ人を見る目が無くなってきたのだろうか。
「そういえば、昨日アルハさんと帰ってきた二人の男性はどこに……」
「ツクヨミとスサノオなら、ステラの代わりにこの世界の守護と事務的な仕事をこなしている。 もぐもぐ……」
「へぇ……。 あの二人、お姉さんであるステラさんのために手伝ってあげるなんて優しいんですね!」
「違う、そうじゃない。 手伝うんじゃなくて、自分達だけで解決させて、ステラに褒めてほしいからやってんの」
「え、それっていわゆるシスコン……ですか?」
「シスコンだな。 しかも、どっちもステラの事を女として見てて、でも姉の幸せを願っているから結婚相手が俺なら、そこでキッパリ諦めると思ってるらしいが、それ以外の男なら略奪からのKSSKも吝かではないとよ」
「…………」
絶句するマモン。 当然だ、朝からドロドロの恋愛相関図を聞かされたら誰でもそうなるだろう。
「困っちゃいますよね〜ぇ。 あ、マモンちゃん、ご飯のおかわりはいりますか?」
「あ、はい、お願いします……」
「はぁ〜い。あ、それとアッくん、気づいてますか? 今朝方から、物凄い魔力質量を持つ何かがこの天照城に接近している事……」
「ん、ああ、熾天使クラスか下位神クラスの魔力質量のやつだよな」
「え!? そんな気配、一切感じませんよ!?」
「あれぇ? おかしいですねぇ……」
「俺やステラが感じ取れて、お前が感じ取れないって事は、認識阻害系の魔法か聖奥を使ってるんだろうな」
「聖奥って攻撃をする能力じゃないんですか?」
「いいや、聖奥には魔法と同様に防御型、特殊型、科学型、回復型とかも存在する。
それに攻撃型でも、剣や斧などを用いる近接攻撃型と弓矢や銃を用いる遠隔攻撃型がある。
ちなみに、ルイこと月光世界の管理神オーディンが使った聖奥グングニルは近接、遠隔、どちらとしても扱える珍しいタイプの聖奥だ。 まあ、消費魔力が凄すぎて燃費最悪だけどな」
「へぇ~っ、聖奥にも色々あるんですね。 あむっ…もぐもぐ……。 で、こっちにやって来る熾天使以上の人?には勝算あるんですか?」
「無い」
「……」
その瞬間、食事をしていたマモンの箸が止まる。
「無い…?」
「無い。 普通に正面切って戦ったら一分で負ける自信があるぐらいに勝算は無い」
「………っ! ご飯食べてる場合じゃないじゃないですかっ!!!」
「今更かよ……って、何してんだ?」
「………………………」
マモンはどこからか取り出したビニール袋に、ただ黙々とおかずを詰め込んでいく。
「おお……!」
「…………」
その動きには一瞬の迷いも隙も無く、ある者は見惚れ、ある者は呆れていた。
パンパンになるまでおかずを詰め込んだマモンの表情は、大きな仕事を終えたリーマンの様にも思える。
「ふぅ……。 さあ、お二人とも、逃げましょう!」




