月光世界編 前日譚
大地へ降り注がれる赤い雨は鮮血。
今、この時までに犠牲になった者の血。
「ははははははは…………」
男は嗤う。
「哀れだな、創造神」
四肢があらぬ方へと捻れた男は仰向けで天を見つめながら、何も無い世界で嗤う。
「運命の主であるオレを世界は拒絶した、世界は否定した……」
胸部の皮膚は観音開きで臓物を露出させながらも男は生きながらえている。
見える心臓からは吸盤の付いた触手が幾つも伸び、内蔵には眼球が埋め込まれている。
「オレは……必ずお前を殺してやる……。
たとえどれほど時が経とうと、どれほど闇に囚われようと、この身が異形となろうと……」
瞬間、男の体は周辺に散っていたブヨブヨの物質に取り込まれる。
人の原型は留めておらず、その姿は全ての生物を一つにした結果、惑星程の巨大なモノとなっていた。
「忘れないぞ、オレを捨て置こうとした事……」
惑星程の肉体を得た男。 しかし、男は天から落ちた数多の柱に突き刺され、封印される未来を予知していた。
故に、更に未来に起きる事を予知し、このような言葉を残したのだ。
「オレは……必ず蘇る……。
フフフ……ハハハハハハハハハハハ!!!」
遥かなる時が過ぎ、、、
「すぅ……すぅ……」
ここは神に見限られた天使の世界。
空は常に黄昏に染まり、草木は一本たりとも存在しない荒廃した世界。
この世界には天使たちが住処としている城があり、その城の名をパンデモニウムと云う。
「すぅ……すぅ……むにゃ…………ん?」
目が覚めると、アタシは違和感に気付いた。
黄昏の世界で感知できる天使の魔力が減っている。
ベッドから起き上がり、部屋の外へと出る。
「お目覚めになられましたか?」
「っ――――」
扉を開け、廊下へと出ると、そこには黒縁の眼鏡をかけた目の細い男が立っていた。
「ベリアルさん、おはようございます!」
「現時刻は十五時を過ぎたところです」
「えっ…………えっとぉ……じゃあ……おそようございます!」
「…………」
……え、何、この空気……。 そんなにつまんなかったかな……?
「あ、そ、そういえば、魔力を感知できない天使がいるんですけど、みんなどっか行っちゃったんですか?」
「はい。
ベルゼブブ様は赤陽世界、アスモデウス様は森奏世界、ベルフェゴール様は水明世界、リバイアサン様は月光世界、サタン様とルシファー様は紫闇世界へと赴かれました」
「へぇ〜……って、それってアタシも行かなくちゃな感じですか?」
「はい。
七日程前に大罪の悪魔全員で会合をし、ベルゼブブ様が六大世界を襲撃するという旨をお伝えしていた筈です」
「あっ、あ〜!あれですねぇ!」
忘れてたぁ……!!! っていうか、七日前?アタシ居たっけ〜?そもそも呼ばれたっけ〜?!
記憶の一部分が欠落する事はよくあるけど、こんな大事な事も忘れているなんて……とほほ……。
「では、マモン様」
「あ、はい!」
「マモン様には、月光世界へと赴いていただけますか?」
「月光世界……でも、月光世界にはリバイアサンさんが行ってるんじゃ……」
「はい。 ですが、敵の戦力が予想以上だったようで苦戦を強いられているらしく、急ぎ、手が空いている方を回してほしいとの事です」
「なるほど……了解です!」
アタシはベリアルさんの魔法で月光世界にある国の一つ、ニルプスへと転移した。
「っと、ここがニルプス王国……」
レンガの建物が多く、様々なお店が立ち並ぶ中央広場は賑わいを見せる。
その外れ、ボロボロの布切れを羽織ったボサボサな髪の子供が、その光景を恨めしそう表情で……。
「キミ?」
「っ!」
中性的な容姿の子供は自分が見えている事に驚いていた。
「こんなところでどうしたんですか?」
「っ…………」
子供は何も言わない。
腕や足、見える部分の皮膚は骨と密着するほどに痩せ細り、まともな食事を取れていないことを物語っている。
「……お腹空いてませんか? 何か買ってくるので、ちょっと待ってて下さい!」
広場にあるお店から適当に食べ物を見繕い、先程の子供の元へと向かう。
「お待たせしました! さ、これを食べて……」
そこに子供はもういなかった。
「どこに行っちゃったんだろ……あむっ……あ、美味しい」
購入した飲食物を食べながら、嫉妬の悪魔リバイアサンの所在地であるニルプス城へと向かう。
道中でさっきの子に出会ったら、今度こそ食べ物をあげるためにも自分で食べる量を自制しないと……!
「あむっ……ん? あれ?」
口に食べ物を入れようとして何も無い事に気付く。
なるほど……全部食べてしまっていたということですね……。 ま、いっか!また買えばいいんだし!
「じゃあ、ニルプス城に着く前に最後の食事を〜♪」
周辺を見渡して、アタシはゾッとした。
「…………」
右に見える石橋の下から、半裸の少年が憎らしそうにアタシのことを見ている。
「…………」
左に見える団地の隅からはうつ伏せになる子供の体を揺する子供が……。
「…………」
前方に見えるゴミ捨て場には腐っている事をその変色具合いで示している生肉に齧りつく子供。
「ォゴ!? お゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛!!」
「っ!」
黙々と生肉を食べていた子供が嘔吐し、ハッとする。
「キミ、大丈夫ですか!?」
「ウゥー!!」
獣のような唸り声を上げ、こちらに威嚇しだす。
「あ、あの……」
「うガァァァァ!!」
その態度とは裏腹に体はよろめき、今にも倒れてしまいそうな脆弱さを感じる。
「…………」
この世界は、この国は、こんなに酷いのかと心の中で嘆いた。
アタシたち悪魔を見捨ててまでも選んだ人間がなぜこんな思いをしているのだろう。
天使は、神は、なぜ何もしないのだろう。
怒りと憎しみが込み上げてくる。
大昔、天上の神々が悪魔を大切にしてくれていれば、人間がこんな事にならない結末だってあったかもしれないのに……。
「あ、お嬢ちゃん!」
「っ……」
アタシの行く手に西洋甲冑を着込む二人の男が立ち塞がる。
立ち塞がるというか、そこは目的地であり、一般人が侵入できない場所だから当然かもしれないが。
「今、ニルプス城では、」
「そんな事は分かっています、だから……」
青みがかった黒髪の華奢な少女から姿を変換。
「なッ……キサマはまさか……!」
洗脳開始。 心で呟いて、超音波に近い魔力の念を送る。
「アタシがアナタたちの主人です、ここを通しなさい」
「…………」
武器を構えかけた兵士たちを強欲の権能を用いて洗脳し、城門を開かせる。
「ニルプスの王は、この城のどこにいるんですか」
「最上階に位置する……玉座の間に……」
それを聞くと一歩、また一歩と城の内部を進んでいく。
途中、アタシを止めようとしてくる兵士や王宮魔術士などもいたが、その全てを洗脳で自分の支配下に置いた。
……他の大罪なら殺して解決だったかもしれないけど、アタシは無駄な殺生は好きじゃない。
「…………」
おかしい。
この城に入ってから魔力の感知能力が鈍くなっている。
なんというか……ピリピリとしたドス黒い魔力が城全体を包んでいるようで……これが、リバイアサンの魔力なのだろうか?
「とにかく、早く合流しないと……」
瞬間、上の階から発せられる衝撃。 天井から塵がポロポロと落ちてくる。
その一瞬、ドス黒い魔力が弱まり、上の階にある魔力を感知した。
大きな四つの綺麗な魔力と、その四つを合わせても超えられない更に大きな清らかな魔力と、その清らかな魔力より僅かに大きい黒く汚らわしい魔力。
でも、四つの綺麗な魔力は近くて遠い場所に感じる。
この世界であって、この世界じゃないような……そう、云うならば裏側……だろうか?
魔力消費を抑えるため、飛行魔法使用せずに駆け足で上へと進む。
「聖奥解放!!」
「邪奥解放」
「っ!」
最上階に到着して玉座の間へと繋がる扉の向こうから聞こえてきた二人の女性の声。
片方は幼い少女のような愛らしくも勇ましい声、もう一方は綺麗だけど、凄く怖い声だ。
「穿て! グングニル!!」
「メルマイドヴェール」
気付かれないように玉座の間へと侵入すると、金髪碧眼の少女が眩い閃光を放つ槍を、蒼くきらめく水に包まれた長髪黒髪黒目の女性に突き放つその瞬間に立ち合う。
ここまで近いと、魔力感知能力が鈍くなっていても金髪碧眼の少女がニルプスの王、水に包まれた黒髪黒目の女性がリバイアサンだという事が把握できた。
「はァァァァァ!!!!」
「くっ………ぐ、ぐ………っ! ふふ……」
「…………へ?」
リバイアサンが一瞬だけ、こちらを見て、そして笑った。
(っ!? リバイアサンの力が弱まった?)「ウオォォぉぉォォ!!!!!」
「っ!」
ニルプスの王は、片手に握り締めていた槍を両手で掴み直し、リバイアサンを部屋の端へと押し飛ばす。
玉座の間正面扉から左の方には、別空間と思われる別の景色が広がっており、その景色の中には四名の人影が見える。 なるほど、近いようで遠く感じたのは別空間との繋がりの先から感じられた魔力だったかららしい。
「う……そんな……私が…………こ、こんなところで……う、う……うああぁぁああ!!」
ニルプスの王との力比べに敗北したリバイアサンは、そのまま別空間へと飛ばされてしまった。 否、無理に自身の力を消費せず、ニルプスの王を限界まで疲弊させておいてくれたという方が正しいのだろう。
「…………」
ニルプスの王は、リバイアサンに勝利したというのに、どこか釈然としない雰囲気だった。 当然だ。
「っ――――!!」
最短最速でニルプスの王へと接近する。
「っ、しまっ…!」
それを言わせる間もなく、ニルプスの王を壁へと蹴り飛ばす。
「ガっ……ハ!?」
バンッ!と、壁に打ち付けられた王は、アタシの攻撃を受ける前から満身創痍だったため、この一撃で完全に立ち上がれなくなった。
(ま、まさか……この世界に来ていた悪魔が……二人だったとは……)「ハ……ハハ…………」
「…………何が可笑しいんですか?」
「いや、なあに……自らを犠牲にしてまで仲間に花を持たせる様な奴じゃない気がしたんだが……どうやら見くびってしまったらしい……」
「…………」
ニルプスの王の胸ぐらを掴みつつ、近くの窓ガラスを叩き割る。
「ニルプスの王、オーディン。 アナタに訊きたいことがあります」
「訊きたいこと?」
「なぜ、人を救おうとしないんですか」
「…………」
「アタシたち悪魔を見捨ててまでも選んだ人間が、なぜ、苦しんでいるんですか。 教えて下さい、あんな苦しそうな…」
「悪魔が分かったような口を叩くな」
「っ……。 そうですか……」
叩き割った窓ガラスからニルプスの王を投げ捨てる。
「っ!?」
「さようなら、月光世界の管理神。
生きていたのなら、アタシの城に来ても構いませんよ?
もっとも、もう、アナタを王として迎え入れる者はいないでしょうけど」
一瞬で視界から遠ざかっていく。 まあ、無駄な事さえしなければ、城の周りは水で囲まれているので、死にはしないだろう。
ただ、事前に調べていた情報では、オーディンはこの間にある玉座以外では自身の傷を癒やす事が出来ないらしいので、どれほど時間をかけても一人でどうにかするなんて事は不可能。 その間に、この国の人間にはオーディンを敵とみなすように洗脳する。
元来が神であるので、早々には死なないだろうが、人からの信頼や信仰が失われるのは神であっても堪えるだろう。
都合よく転生者や転移者が現れれば別だけど、この世界を含む六大世界へ転生した人間は数人しかおらず、その中に月光世界へと転生転移した者はいない。
玉座へと腰掛ける。
……凄い。 言葉に言い表す事の出来ない不思議な力を感じる。
「……と、そんな事してる場合じゃなかった」
玉座から立ち上がると、アタシは城の頂上からニルプス王国全体へ向けて洗脳魔法を発動する。
オーディンを敵として認識する洗脳。 そして、苦しんでいる人に手を差し伸べ、誰も苦しまないようにする洗脳だ。
他の悪魔が知れば罵詈雑言だろうが、アタシは自分の存在意義が証明できれば、犠牲なんて無くても良いと思っているので、他の大罪…というか、ベルゼブブの云う自分達だけが住まう世界にするという考えには賛同しかねる。
それだけの話である。
⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
分かったうえで他人のように少女に問いかける。
「うん! ありがとう!」
少女は分かったうえで他人のように感謝の言葉を述べた。
「おう」
このお話の途中に出てきたリバイアサンや四人は2022年7月から投稿開始される【魔剣使徒編】で色々明らか?になるます。




