璃失選択 2
「…………。
…………。
……ここが、姉さんの記憶の中」
飯島瑠樹に頭突きをした璃空は病院の一室で意識を取り戻す。
「っ。
あれは……」
病室にはベッドで寝息をたてる少年と少年の手を握る学生服の少女が椅子に座っている。
「僕と、姉さん……」
「その通り」
「!」
ポツリとこぼした璃空の言葉に返される嗄れた老人の声。
声の主は病室の出入り口に佇む。
姉弟の姿に悲哀の念を抱いた眼差しを向けながら。
「まさか精神世界に迷い込む者が現れるとは。
……いや、迷い込むというよりも、自ら訪れたと言う方が正しいのか」
「あの、あなたは?」
「…………」
璃空の問いかけに口を噤む老人。
「時に少年よ」
「はい」
「何故、彼女を否定する?」
「えっ」
「彼女は君を救うために悪魔に魂を捧げ、人としての道を絶った。
普通の人間であれば歩まない道を選んでまでも君を救いたい一心で。
だのに、何故、否定する?」
「それは……。
それは彼女が、姉さんのやり方が間違っているからです」
「間違いか」
「姉さんは大切な人を救うために、それ以上の関係の無い人までも犠牲にしようとしている。 それはやってはいけない事だから……」
「誰がそう言った?」
「え……誰がって……」
「まさか、自分の思いなどとは言わんだろう?
生前、与えられた世界はこの部屋だけだった君に自己という者は無い。
姉の腕が腐れば自らの腕を移植し、姉の眼球が潰れれば自らの眼球を与え、姉の心臓が止まれば自らの心臓を捧げる。
親から言われた言葉を了承し、その通りにしか出来ない君に自分の意思など存在しない」
「…………」
老人の言葉には何一つとして間違いは無かった。
本来の世界における飯島璃空は姉、飯島瑠樹の代替品として両親の言葉に従い、自分の肉体を失っていき死んだ。
全てを見てきたような老人の言葉に璃空は何も言い返せなかった。
「……人間、命には一つ分の居場所がそれぞれ有る。
だが君は、失われるはずだった姉の居場所を無理矢理作り出すために自らの居場所を削り、そして死んだ」
「…………」
二人の会話は病室のベッド側にいる姉弟には聞こえてないのか、眠りから覚め、ベッドから上半身を起こした少年と椅子に座っている少女は楽しそうに会話をしている。
「あのように笑みを浮かべているが、彼女の心は憔悴し、今にも壊れる寸前だった。
女というものに不信感と嫌悪を抱くワシでも理解できた。 あの偽りの笑顔はもう長くないと。
だからこそ最後の時まで傍観したいとも思った。
…………今思えば、それが最大の過ちだったのだろうな」
老人は頭部にある捻れたツノや顎のヒゲを擦りながらため息をつく。
「ワシが誰だったか?
そうさな、人からはベルフェゴールと呼ばれているよ」
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