在りし日の瑠璃 4
私には弟がいた。
私より三つ下で、小柄で、男の子にしては可愛い顔立ちをしていて、いつも病院のベッドの上にいる弟。
最初は私が十歳の時だった。
学校の帰り道、通り魔に襲われた私は右の眼球を失った。
泣きじゃくる私を心配そうに見る両親。
まだ七歳だからか、事の深刻さを理解していない弟は呆けた表情で私を見ている。
両親が飲み物を買ってくると病室から出ていき弟と二人きりになった。
あの子じゃなくてあの出来損ないが通り魔に会えば良かったのに。
どうして出涸らしじゃなく優秀なあの子がこんな目に合わなきゃいけないの。
病室の外から両親の話し声が聞こえてくる。
防音室じゃないんだから、もう少し気を遣ってほしいものだ。
璃空が意味を理解できる年齢だったらどうするのだろう。
「ねえさん」
「うん? どうしたの璃空」
「ねえさんってぼくよりも必要な人だよね?」
「っ……」
前言撤回、この子は分かっているんだ。
自分が親から卑下されている事を。
「違うよ、誰が誰より必要なんてことはない。
みんな生きる意味があって、みんな必要な人なの」
「……そうなんだ」
「そう」
今の言葉に嘘偽りは無い。
みんな生きる意味があって、みんな必要な人。
弟が生まれる前に両親が私に教えきかせた言葉であり、私自身が驕らないために大切にしている言葉。
私は俗に言う天才であるらしく、そのため両親や周囲の人間から普通の子供より持ち上げられているのだ。
「ねえさん」
「うん? 今度は何?」
「ねえさんは、目、治したい?」
「そりゃあ治したいけど、お医者さんが言うには、私の目をもう使えないからドナーを探さないとだし、だったら片眼だけでも別に良いかなって」
「どなー?」
「簡単に言うと私に眼をくれる人の事かな」
「……そっか」
その数日後、目を覚ましベットから起き上がると私の右眼が元通りになっていた。
その時はどうして目が見えるようになったのかは分からなかった。理解できなかった。
「おはよう、ねえさん!」
「…………え」
……けど、病室に入ってきた弟を見てすぐに理解した。
「璃空、その目……」
「うん! あのね、ねえさん。
ぼくの目ってね、ねえさんにあげられるんだって!
だからね、ぼく、ねえさんに目をあげたよ!」
「なに言ってるの……」
「なにって……。
価値の無い僕の代わりに価値のある姉さんが持っていた方が良いでしょ?」
そう言って璃空は屈託の無い笑顔を私に振りまいた。
気持ち悪い。
「……」
璃空の後ろに立つ両親の顔に視線がうつる。
わらっていた。
自分達の息子が自己犠牲を払い、姉に眼を譲るという行動をしたのにわらっていた。
瑠樹の目が何事も無く元に戻って本当に良かった! 予備はあと一個しかないから気をつけないとね。
この人達は何を言ってるの。
何事もなく? 予備?
意味が分からない。 この二人は璃空の事をなんだと思って……。
その日から私は家族と距離を置いた。