在りし日の瑠璃 3
「姉さん……」
「私のこと、思い出してくれたのね」
「……」
細剣を片手に現れた怠惰の悪魔ベルフェゴール。
彼女は別根世界からの転移者である飯島璃空の姉、飯島瑠樹だった。
どういう因果かベルフェゴールは怠惰の権能を飯島瑠樹に継承させ、人間だった彼女を本物の悪魔へと昇華させていたのだ。
「どうしてこんな……いや、僕のせい……だよね?」
「? どうして? 璃空のせいなんかじゃ──」
「僕が姉さんを救うためだって、自分の体が使い物にならなくなるのを厭わなかったから」
「……。
……うん。 それは一理あるかもしれない」
「やっぱり……」
「でもね、璃空。 私はその思い自体は凄く嬉しかった。
私のためだけに必死になって……自分を捧げてくれて……」
「……違うんだ」
「?」
飯島瑠樹は勘違いをしている。
彼女の弟、飯島璃空は姉を救いたいから自らの体の部位を捧げたわけではない。
「僕は、姉さんだから救ったんじゃない」
「えっ……」
俺の考えが正しければ……。
「僕は、僕みたいな無力な人間でも誰かを救えると思ったからこの身を投げ出しても良いと思った。
そして、その相手が姉さんだった。 ただ、それだけ。
それ以上に深い思いなんて無いんだ」
「……」
彼の判断基準は、自己犠牲により他者が救えるかどうか。 そこに姉弟の愛とか家族の絆とかは無い。
「そうなのね……」
納得したように答えた飯島瑠樹の眼差しは物悲しさを感じる。
「ごめん、姉さん。 だから、姉さんが悪魔になった理由が僕を救うためとかだったら、もうそんな考えは……」
「私を救いたい……それだけの理由で必死になってくれたのね……!」
飯島瑠樹の表情が歪む。
「……え?」
……会話が噛み合ってないような、まるで聞こえてないような解答から見せる微笑みが璃空に疑心を抱かせる。
「おい、璃空。 少し様子が変だ」
「……」
こちらの声が届いてないのか、璃空の視線は飯島瑠樹に向けられたままだ。
「やっぱり璃空は良い子ね。
大丈夫! お姉ちゃんが必ず貴方を幸せにするから……」
瞬間、瑠樹の笑顔は狂気的に歪み、その足取りがこちらへと迫る。
「下がれ、璃空!」
「…………」
声が聞こえているはずなのに、瑠樹の笑みに恐怖を覚えてか、璃空は一向に動かない。
「邪奥解放……」
瑠樹は細剣の先端へと火の魔力を集め、円が描き出す。
円の内側からは幾つもの細く赤い花びらが放射状に広がり、強い衝撃があればすぐにでも射出されるだろう。
先程、建物を崩壊させたのもあの邪奥だ。
「チッ……! 聖奥解放!」
璃空の前へと躍り出て、魔力と闘気で造りだした騎士の化身を顕現させる。
「リコリクスレイン……!」
「ナイトオブセイバー!」
騎士の化身は赤き花びらに貫かれたことで形状維持が困難になり塵のように消える。
だが、瑠樹の邪奥を防ぐという役目を果たせただけ良しとするべきだろう。
「璃空、死んでないの?」
騎士の化身が消失した事で、俺達の姿を目視した瑠樹は残念そうに眉をひそめながら口を開く。
「姉さん……何でこんな事をするの……!?」
突然向けられた殺意に対して声を荒げる璃空。
「でも、安心して! 今度はちゃんと殺すから……」
そんな声が届いていないかのように殺害を宣言する瑠樹。
「姉さん……」
「璃空、あれはもうお前の姉貴とは言えない」
「えっ?」
「今の飯島瑠樹は大罪の力に飲み込まれている。
何が正しいとか、何が間違っているとかの思考は無い。 お前の生き死にに関係無く自分の側にいる事が願いだと思っているんだ」
「そんな…………」
璃空の表情は陰りながらも逡巡しているように見える。
「だからって自分の身を捧げれば解決……なんて思うなよ?」
「っ! そ、そんなことは……」
「顔に出ている。
さっきも言ったように、今のアイツの願いにお前の生き死には関係無い。 仮に死ぬ事で願いが成就しても、大罪を制御できてない飯島瑠樹は本能のままに暴れる」
「じゃあ、どうすれば……!」
「どうもしなくていい」
「……え?」
「お前は俺が指示を出すまで何もせずに待機してれば良い」
「……僕は必要無いって事ですか?」
懐疑的に投げかけてくる璃空。
……うん。 ちょっと言い方キツかった。
「指示を出すまでって言ったはずだぞ? だからな──」
「リコリクスレイン!」
「「!!」」
会話に割って入るように瑠樹の邪奥が放たれる。
「璃空!」
「っ!」
左手で璃空と手を繋ぎ、右の掌から血を流してブラッドブーストを発動し、邪奥を回避する。
ピンポイントに璃空だけを狙った攻撃だったため、後ろの物陰に隠れていた由利には当たらなかったのが不幸中の幸いだ。
「避けないでよ……なんで避けるの……!」
思うように弟を殺せない事に苛立つ瑠樹。
「…………」
その姿に璃空は狼狽えていた。
「……璃空、さっきの続きだけど、やめとくか?」
「!……。 いえ、教えてください! 僕はどうすれば……」
迷いや不安を抱きつつも、姉を救うため、やめるという俺の提案を一蹴する璃空。
「それでこそだ。 ま、そんな畏まらなくても平気だよ。
姉弟の絆ってやつで飯島瑠樹を正気に戻すだけなんだからさ」
「なるほど! きょう……だい……のきずな?」
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